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きさらぎ国奇譚  作者: 如月ざくろ
みずかね製薬編
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5

 後日、凛と魁星、そして颯太朗は月夜見町にある鳳邸に招かれていた。


「つまり、幸久社長は黄昏派政治秘書である因幡悟志という人物と接触していると」


 颯太朗の説明はこうだった。

 幸久社長が数ヶ月前から黄昏派政治秘書である因幡悟志なる人物と関係を持っている。

 そのころから今まで使用していなかった桃源町にある旧みずかね製薬研究所が稼働し始め、そこに研究員が派遣されるようになった。しかし何を研究しているのかは分からない。


「その通りです。因幡悟志という人物についても調べましたが、それ以上分かりませんでした」

「なるほど。僕も政治家の知り合いがおりますが、聞いたことのない名前ですね」

「何を研究しているのか分からないと言いましたが、おおよそ検討はついています」


 颯太朗はちらりと凛の方へ視線を投げかけた。


「凛は気分が悪いかも知れないけど……」

「私のことは気にしないでください」


 颯太朗は小さく頷いて、分かったと答えた。そして話を続ける。


「ご存じかもしれませんが、父さんは俺と凛を結婚させたいと思っています。それは氷室に異能を持つものを作りたいからです。しかし氷室は今までも異能を持つものと結婚して来た歴史がありますが定着しませんでした。ですから、異能を移植する方法も同時に研究しているようなんです」


 颯太朗以外は、あまりの話に絶句していた。


「異能を移植する? 冗談だろう。それは出来ないと言う結論になったはずだ」


 辰巳の声は震えていた。


「これは兄に聞いたことです。物的証拠は探しているところですが、状況証拠としてはかなり可能性が高いと思います」

「異能を移植するって、どういうこと?」


 言葉のニュアンスで大体の意味は理解出来ていたが、そんなことが出来るはずがないと本能が思っている。


「言葉の通りさ。誰かの異能を取り出して、他の誰かに植え付ける」

「そんなこと出来るの?」


 凛の問い掛けに、颯太朗ははっきりと頷いた。


「出来たと考えています。旧みずかね製薬研究所で、禍の王の器を作る実験が行われていたのは知っていますか」


 辰巳は頷いた。


「禍の王の器が出来たのかどうかまでは分かりません。しかしその副産物として、異能の移植ということが可能になったと考えています」

「そんな、恐れ多いことが……」

「ええ。ただ如月国の倫理では認められないことです。如月国では異能を神聖なものだとされていて、それを科学で侵すことはタブーですから」


 異能を誰かに移植することは可能である。しかしそれは如月国の倫理では認められないことらしい。

 凛はちらりと考えてしまった。凛の持つ“祝福”の異能を、それを欲しがる誰かに渡すことは出来ないのだろうか――と。誰かに渡すことが出来れば、凛はこの色々なしがらみから解放されるのだろうかと一瞬だけ考えてしまった。

 己の苦痛を誰かに渡す。凛の考えでは、それをすることは良くないことだと思っている。でも仮に“祝福”が欲しくてたまらない人がいたとしたら。

 そこまで考えて、凛は首を振った。

 ここまで色んな人にお世話になって、途中で自分の義務を放棄することは許されないだろう。それがたとえ押し付けられたも同然の義務だとしても、やれることはやらなければならない。


「事情は大体分かったが、颯太朗くんは構わないのかい。全てが真実だったとしたら、君のお父様は法で裁かれる可能性があるけれど」


 もしもこれら全てが明るみになったとしたら、幸久社長はもちろんのことみずかね製薬も糾弾されることだろう。

 そうなったら罪のない颯太朗やその兄はどうなる。如月国はおろか日本国で生きていくことがどれほど辛くなることか。しかも針の筵の中でみずかね製薬を立て直し、何千何万の罪なき社員たちとその家族の生活を守らなければならない。みずかね製薬の御曹司として、そういう義務を背負わなければならない。

 その罪と責務を兄弟二人で背負えるのか。

 辰巳はそう尋ねている。


「構いません。全て受け入れます。父が本当に董子さんに危害を加えたのだとしたら、きちんと捌かれるべきだと思います」

「分かりました。では颯太朗くんの証言をもとに調査をしてもらいましょう」


 颯太朗は毅然とした態度で、きっぱりと言い切った。その表情かおに迷いはないけれど、父親の罪を告発する覚悟というのはどれほどのものだろうか。

 辰巳は彼の覚悟を受け取った。


「出来れば、後日、お兄様にもお会いさせてください」

「分かりました。兄に聞いてみます」

「そして、凛さん」


 颯太朗と話していた辰巳は、突然凛の方に顔を向けた。

 処理仕切れない情報を抱えたまま、凛は辰巳の方へ向き直った。


「幸久社長の狙いは貴方です。私たちが彼の企みに気付いていることはきっと分かっているはずですから、今まで以上に身辺に気を付けてください」

「分かりました」


 それよりも凛が心配していることは、董子のことだった。狙いが凛だとしたら、董子のことは完全に巻き添えで会ったわけだ。その申し訳なさが心をちくりと刺す。

 でもきっと董子も辰巳も、私からの謝罪は求めていない。

 求めているのはただひとつだけだ。これらの事実を明らかにして、償うべき罪を償わせることだ。

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