49. ローリー
「あれ? グレースお嬢様、どうしたんです?」
ダンスの練習室の扉をノックした私を出迎えたのは、ルイの従僕のローリーだった。
「ちょっとね」
そう言って、ローリーの体とドアの隙間からレッスン中のルイの姿を確認する。
ちょうど家庭教師からレッスンを受けている最中だった。
前に一度、ルイのダンス姿を見たことがあるが、その時は足元のステップばかり見て、フラフラとした動きだったけれど、今は背筋がピンと伸びて形になっていた。
「この仕上がりなら、パーティでも大丈夫そうね」
「中に入られますか?」
ホッと息を吐く私に、ローリーが気を遣って申し出る。
今日は口うるさいパトリシアも町へ出かけており、ルイに近づくことを咎める者はいない。
しかし、私はかぶりを振って遠慮した。
「邪魔しちゃ悪いからいいわ。少し様子を見に来ただけだから」
「お嬢様も忙しいみたいだね」
「まぁね。……ねぇ、ローリー。今、少し話せるかしら?」
「?」
――――――――
場所を近くの空き部屋に移動し、私は窓枠に凭れると、部屋の中央で立ち尽くすローリーと向き合った。
「何ですか、改まって? ルイ様のことで何か? もしや奥様と何かあったんですか?」
「……ええ、そうね」
「何ですか? 俺で良ければ協力しますよ。何でも言って下さい」
爽やかな笑顔でローリーは胸を叩いて見せる。
きっと、この青年はこうやって人に取り入るのが上手いのだろう。
私はその頼もしい姿にニッコリと微笑んだ。
「フフ。そんなこと言って……。知ってるのよ?」
「え?」
私は笑顔を消すと、キョトンとするローリーをじっと見据え、口を開く。
「ローリー。貴方なんでしょう? 私が領地運営に手を出していることをお継母様に告げ口したのは」
「……」
驚きの表情で固まるローリーだったが、次の瞬間にはフッと息を吐いて破顔した。
「あはは。バレちゃいました?」
あっけらかんとローリーは笑う。
その飄々とした表情は悪びれることなく、まるで悪戯がバレた子供のようだった。
「とっくにね」
私は小さくため息を吐くと、肩を竦めてみせた。
――先日、セドリックから、パトリシアに私の行動がバレていると聞かされた時、情報を漏らした容疑者として真っ先に思い浮かんだはローリーだった。
「お継母様が領内の商品を勝手に売り捌いてお金を横領した時、貴方、私に鎌をかけたでしょう。あの時、伯爵夫人の不正行為を知っているのは領地運営に関わっているごく一部の人間だけ。私が運営に関わっているかどうか試したんじゃない?」
――あの時、ローリーは偶然を装って、パトリシアの不正について話題にした。
ローリーがそのことを知っていることに驚き、つい口を滑らせてしまったが、あれは私がパトリシアの不正行為を知っているかの確認だったのだ。
もし、私が運営に関わっていなければ、その情報すら知らない筈で、あの時のリアクションで彼は確信したのだろう。
そして、それをパトリシアへ流した。
だから、こんなにも早く婚約の話となったのだ。
「ああ。気づかれちゃいましたか」
「あの時、私にお継母様の動きに気をつけるよう言ったのは忠告だったのかしら?」
「まぁ、そんなところです。わざとらしかったですかね?」
「いいえ。違和感を感じたのは確かだけど、そもそも私が領内の運営について勉強していることは一部の人間しか知らないし、口止めをしっかりしているわ。そして昔からここで働いている使用人は私の味方だから、お継母様サイドに情報を流す者はいないの。
それに貴方はルイの従僕だから、私達姉妹にも、お継母様にも、両方とも気兼ねなく接触できる人物。新しく雇われた者で、疑わしいのは貴方だけよ?」
「上手くやっていたと思ったんだけどな」
「ええ。とても上手くやれていたわ。貴方はイルダの息子ということで、信頼されているし、無意識に私達の味方と見ていたもの。貴方がお継母様側の人間なんて、誰も気づいていないんじゃない?」
「いやぁ、バレるなんてビックリです。さすがはグレース様ですね。それでどうするんです? イルダに報告して、俺を解雇します?」
まるでいつ解雇しても構わないというように、ローリーはあっけらんと口にする。
清々しいくらい飄々とした男である。
私はそんなローリーに、「まさか!」と言って、コロコロと笑った。
まるで悪役令嬢のように。
「こんな素晴らしい人材を私が手放すと思って?」
「おや?」
私の言葉が意外だったのだろう。ローリーは頭を傾げる。
「率直に言うわ。お継母様からいくら貰ったの? それより色をつけて支払うから、私の陣営につきなさい」
「……うわぉぅ」
私の提案に目をキラリと輝かせて、面白そうに笑うローリー。
「流石はグレース様ですね! 俺の想像の上を行く。――いいでしょう。乗りました!」
「貴方ならそう言うと思ったわ」
まるで悪巧みをするお代官と越後屋のように、私たちは笑い合う。
「でもいいんですか? 俺がこっちについたとわかったら、奥様が黙ってませんよ?」
ローリーは試すように目を光らせるが、私はその言葉を笑って軽く受け流す。
「あら、貴方は今まで通り、こちらの情報を流してもいいのよ。むしろ、それをお願いしたいの。適度に情報を流しつつ、相手の情報を得る。これは心理戦よ? 貴族社会では当たり前に行われることなの。
きっと向こうも貴方が私に買収されることなんて予測済みよ。
ーーこれはね、私とお継母様の情報戦なのよ!」
ババーンっ! という効果音がつきそうなくらい気持ちを込めて言い放つと、ローリーはポカンと口を開けた後、ブフッと吹き出し、お腹を屈めて、それはもう楽しそうに笑った。
「あはははははっ! いやー、俺、母さんに無理矢理連れて来られたけど、この屋敷に来て良かったです。こんな面白いショーを間近で見れるなんて最高ですね!」
ヒィヒィと笑うローリーに私は呆れて肩を竦めた。
「……貴方って大物ね。本当、スパイに向いてるわ」
――――――――
それから1ヶ月あまり、ドレスを仕立てたり、ダンスの猛特訓を行ったり、王族の方々の前でも恥ずかしくないよう礼儀作法の練習をしたりと忙しい日々が続き、あっという間に王都へ出発する日を迎えた。
お読みいただきありがとうございます。
こちらの話で第二章が終わりで、次回から第三章に入ります。
書きたいことが多くて長かった!
第三章はようやく二人目の攻略対象キャラのアルフレッド殿下が出てきて活躍する予定です。
引き続き、お読みいただければ幸いです。
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本作中に登場するミラを主人公とした、架空乙女ゲームのシナリオのルイ編を短編として書いております。
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とある伯爵令嬢の恋物語 ルイ編
※本作とは違いシリアスな恋愛ものとなっております。




