46. 婚約②
食卓に並んだ豪勢な夕食は美味しかった。
だが、突然の婚約話の所為で心底味わえたかと言うとかなり怪しいものだ。
前祝いとばかりに舌鼓を打つお父様達とは違い、私は複雑な心境で食事を終え、詳しい話を聞く為にリビングへと場所を移した。
暖炉の傍の椅子にはお父様が、その隣の一人掛けソファにパトリシア。
その二人に対峙する形で、三人掛けの大きなソファに私、ミラ、ルイの三人が陣取った。
「――さて、詳しい話をお願いできますか?」
使用人が用意してくれた紅茶を一口飲み、私は両親に向かって話を切り出した。
「まず初めにお伺いしたいのですけど。その婚約はもう決定済みなんですの?」
「ああ、そうだ。先日の領主会議の中で打診があってな。これ以上ない縁談だったので、その場で話を進めたよ」
「……お父様。せめて一言……」
私が呆れて言うと、お父様は麗しい顔を顰めて首を振った。
「何を言う。手をこまねいて他の令嬢に座を奪われたらどうする。第七王子とは言え、王家の血筋を引く立派な継承者。関わりを持ちたい人間はたくさんいるんだぞ。その王室が我が伯爵家に白羽の矢を立ててくださったんだ。これほど名誉なことがあるかい? それにアルフレッド様はちょうどお前と同じ歳。ピッタリな相手じゃないか」
――ははーん。
珍しく熱弁を振るうお父様だが、その魂胆は透けて見えていた。
要は『箔付け』と『お金』だ。
王位継承権から大分遠い第七王子とはいえ、王子は王子。
そのネームバリューと婚約によって伯爵家にもたらす利益はどれだけのものだろう。
領地を抱える伯爵家の令嬢として、その魅力は理解できる。
そんな打診があったなら、みすみす断る貴族もそういない筈だ。ましてやうちのような経営が傾きかけている貴族なら尚更。
本当にいくら貰ったのかしら?
その場で話を進めたってことは余程の金が動いたのだろう。
しかも、ここ数日のパトリシアの散財具合から見るに、受け取った支度金についてもう既に手をつけているようだし、今更婚約を取りやめることなどできないのだろう。
だから当事者である私や、屋敷の運営を管理するセドリックにも何も相談することなく、事後報告としたのだ。
呆れたものである。
もはや、反対などできない状況ではないか。
この場でそのことを追及してやろうとも思ったが、隣にミラやルイがいることを思い出し、口を噤んだ。
まだ純粋無垢なこの妹義弟たちに、そんな浅ましい両親の性根など知らないでいて欲しい。
「――よくわかりました。お引き受けするしかないようですね」
「お姉様!」
「ダメです! 婚約なんて」
私がため息をついて同意すると、隣からミラとルイが悲痛な声を上げた。
ーーああ。姉を心配して、必死に反対してくれるなんて、なんて可愛い妹義弟なの!?
私は感激して思わず、ぎゅっと二人をまとめて抱きしめる。
「ミラ、ルイ。お姉様は大丈夫よ。これは伯爵家にとっても最良の縁談。元から貴族の娘として、お家のための結婚は覚悟していましたから」
もっともそれは優秀な婿をとって、当主を継ぐという計画のためだったけれど。
「まぁ! 素晴らしいわ。グレース! 貴女のような娘を持てて私も幸せよ」
パトリシアはわざとらしく感激の声を上げた。
そして、パンと手を叩き、ウキウキと弾んだ声で「これで婚約は成立ね」と言う。
「そうと決まったら、早速パーティのドレスを仕立てなくっちゃ!」
「パーティですか?」
「ええ、そうよ。お城でのパーティよ!」
パトリシアの言葉に驚いていると、お父様が説明した。
「王都に行って殿下と顔合わせをした後に、城で開催されるパーティに出席することになっている。そのパーティでお前とアルフレッド王子との婚約を発表するつもりだよ」
――なんと。
いきなり王都へ行って、お城で婚約発表とは。
ちょっと展開が凄いのだけど?
ゲームの中ではグレースが婚約した経緯について多く語られていないので、この後の詳しい展開が読めないのが痛いところだ。
「王子に気に入ってもらえるように着飾らないとね。ウフフ。私も新しいドレスを仕立てなくちゃいけないわねー。お城でのパーティですもの。最新の流行のドレスじゃないと恥をかくわよね?」
すっかりはしゃいだ様子のパトリシアに、私は面倒なことになったと、こっそりため息をついた。
王子との顔合わせも気が重いが、お披露目パーティということは、ダンスの練習をしなくてはいけないということだろう。
パトリシアのセリフではないが、身だしなみやドレス選びも相当気を使わなければならないし、時間は幾らあっても足りないんじゃない?
これはお茶会の計画をしている場合じゃないわね。
はぁ、秋の収穫時期に向けてハインツと打ち合わせもしたかったのに、それどころじゃないじゃない。
もう! 計画が全部狂ったわっ!
「王都なんて僕初めて行きます」
「しかもお城でパーティですって」
隣を見れば、ソワソワとした様子でルイとミラが話していた。
どうやら二人とも私の婚約には反対だが、お城に参上できると知って、好奇心の方が勝っているのだろう。
そうよね。私も当事者じゃなければ、はしゃいでいたところだ。
目をキラキラさせる二人の姿を微笑ましく見ていたのだが、そこに水を刺すようにパトリシアが告げる。
「あら、ミラは連れて行かないわよ」
「ーーっ!?」




