17. 貴族ってお金がかかるのよ
「ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。ワン……ミラ、テンポがズレていますよ」
週に数回行われるダンスのレッスンにて、家庭教師の厳しい声が飛んだ。
「はい」
家庭教師の言葉にミラは足元を確認しながら、ステップを踏んだ。
「足元ばかり見ない。背筋を伸ばして!」
「はいっ!」
「はい。ワン、ツー、スリー……」
パンパンと手を叩きながらリズムを取っていた家庭教師は、ミラのステップを見て手を止めた。
「ストップ、ストップ。……どうしたの、ミラ? 今日は何だか集中できていないみたいよ?」
「……すみません、先生」
「一旦、休憩にしましょう。休憩後はグレースから始めるわよ」
壁に凭れて見学していた私に先生は声をかけ、休憩時間となった。
先生に怒られたミラがしょんぼり項垂れながら私の方へやってくる。
「お疲れ、ミラ」
「……はい」
明らかに落ち込んだ様子のミラは椅子にかけていたタオルを取ると、そのままタオルに顔を埋めた。
ミラと一緒にレッスンを受けるようになって気づいたが、実は彼女は運動神経があまり良くない。
それでも不器用ながらもいつも一生懸命なミラの姿は可愛らしく、微笑ましく見ていたのだが、確かに先生の言う通り今日のミラは少し様子がおかしかった。
「……体調でも悪いの?」
心配して私が訊くと、タオルに顔を埋めていたミラは顔を上げて、ブンブンと首を横に振る。
「いいえ! 違います。…………ただちょっと、つま先がいつもより痛くて」
歯切れ悪くミラが言い、手を伸ばして靴のつま先を摩った。
私は彼女のダンスレッスン用の靴に目を向ける。
「……もしかして靴が小さいのではなくて?」
「靴が?」
キョトンとするミラに対し、部屋の隅で控えていたミラの侍女であるアイリが答えた。
「ミラ様。そうかもしれません。以前より少し背が伸びていますもの。……でも困りましたわ。そうなると、靴を新調しませんと」
「靴ね。――マリア。私が前に使っていた靴はあるかしら?」
私は隅で控えていたマリアに声をかけた。
「はい、あると思います。今、探してきますね」
「あ、私も一緒に行きます」
アイリがマリアについていき、しばらく経って、私が以前に使っていたダンス用のヒール靴を手に戻ってきた。
「今のミラ様だと、こちらのサイズかこちらのどちらかと思いますけれど。……いかがですか?」
「……こっちかしら」
「そうですね」
アイリがミラのつま先を触り、サイズが合っていることを確認する。
「良かったら二つとも上げるわ。どうせすぐに必要になるでしょうし」
「グレース様。ありがとうございます。助かります」
アイリがお礼を言う。
「……お姉様。よろしいのですの?」
「いいのよ。どうせ私は使わないものだし。でも、私のお古になるけど良かったかしら?」
「私は全然っ!……むしろ、嬉しいです」
はにかむように微笑んで、ミラが靴をギュッと握る。
――はぁ、なんて良い子なんだろう。
昔の私だったら、「人のお古なんて!」と激怒していたに違いないのに、この違い。
やっぱり、ミラは天使ね。
――――――
夕食の席でディナーを食べながら、私は考えていた。
昼間の一件で、私は改めて自分たちが育ち盛りの子供であることを認識した。
洋服や靴、身につけるアクセサリーだって、成長するに従ってどんどん新調する必要がある。
この数日、お屋敷の運営について勉強するようになって、諸々の経費について私は意識するようになっていた。
例えば、この食卓に並ぶ料理だって、毎月結構な食費がかかっている。
今まで何も考えずに過ごしてきたが、貴族というものはとてもお金がかかるのだ。
食費を含めた生活費に始まり、屋敷で働く使用人の給料、毎月の家庭教師を雇うお金。
それでなくとも私もミラも育ち盛りの子供。かかる費用に際限はない。
今はまだ運営費に余裕があり、今まで通りの贅沢な生活ができているが、試算表で見た右肩下がりの内容が続けば、いつまでもこんな生活はできないだろう。
あと数年したら学園にも通わないといけないし、今のうちに貯蓄に回しておかなければ。
贅沢三昧に過ごさず、出来るだけ質素に暮らせば問題ないだろう。
その間に猛勉強して、領地運営に加わって、どうにか領内の復興対策を練れるくらいに私が成長できれば――
そんな算段を脳内に計画していると、突然、お父様が私たちに声をかけてきた。
「ーーグレース、ミラ。話がある」




