16. お姉様は将来の不安について考える
「お姉様、お腹が空きましたわ」
裾のほつれたドレスを身に纏ったミラがお腹を抱えて訴える。
「それに寒くて……」
顔を上げれば、割れたガラス窓からビュービューと隙間風が入り、ぼろぼろのカーテンを揺らしていた。
部屋の中はがらんどうとしており、ベッドもソファも絨毯さえも、金目になる物はもう何一つ残っていなかった。
何もない部屋で、私はミラと二人きり、孤独と飢えを感じていた。
あれだけいた使用人の姿もなく、お屋敷は鎮まりかえっている。セドリックやイルダ、マリアでさえもみなお給料を払えず、辞めてしまっていた。
残されたのはボロボロのお屋敷と膨大に膨れた借金だけ……。
――これから私たちどうやって生きていけばいいのだろう。
「お姉様――」
顔を青ざめたミラが力なく私に凭れかかった。
「ミラっ!?」
私は悲鳴を上げて、ミラを抱きしめ、その体を必死で摩る。
「ごめんね、ミラ。お姉様が不甲斐ないばかりに、こんな苦労をさせて……」
「……いいんです。私はお姉様が傍にいるだけで」
「ミラ……」
こんな時でさえ、彼女は健気に微笑んで見せた。
しかし、すぐにミラの目が遠くを見つめ、うわごとを話しだす。
「ああ、お姉様。いい匂いがしてきましたわ。なんて温かそうなスープなんでしょう」
「え? ミ、ミラ?」
「テーブルにみんなが待っていますわ。私も行かないと」
「行くってどこへ? ミラ? 何を言っているの? しっかりしなさいっ!」
「……ああ、あれはお母様、来てくださったのですね。私も今、そちらにーー」
「えっ!? ちょっとミラ!? そっちはダメーーっ!」
――――――
「――ミラっ!」
バッと目を見開くと、私はベッドの天幕へ手を伸ばしていた。
「………………ゆ、夢?」
バクバク心臓が鳴り、嫌な汗が背中に張りつく。
私は伸ばした腕をゆっくりと戻し、額に浮かんだ汗を拭った。
「夢で良かったぁ。……ん?」
頬に紙の感触を感じ、ゴロンと横向きに寝返りを打つ。
暗闇の中で、その紙を手に取って顔に近づけて見る。
「あー。悪夢の原因はこれか」
私が手に取ったのは、セドリックが参考用にと用意してくれた、過去のお屋敷の運営に関する資料だった。
昨日これを読みながら眠ってしまった所為で、あんなおぞましい悪夢を見たというわけだ。
「はぁ」
私は資料を枕の脇に押しやり、深いため息を吐いた。
――――――
「お嬢様がこれほど数字にお強いとは思いませんでした」
何度目かになる勉強部屋でのお屋敷の運営に関する講義で、セドリックは感嘆の声を洩らした。
午前中はミラと一緒に家庭教師に教わりながら、教養や音楽、礼儀作法などの令嬢としての勉強をし、午後はセドリックに屋敷の運営に関する勉強、そして空いた時間を見つけてはマーカスに護身術を教わるという、中々に充実した日々を過ごしていた。
「計算は意外と得意なのよ」
私はペンを置き、セドリックに自分の出した計算表を手渡す。
屋敷の運営に関してだが、初めてのことだし、難しいことばかりだけど、前世の教育のお陰で数字関係は割とすぐに理解できた。
セドリックが参考用にと、過去の運営資料を私の勉強部屋に置いてくれたおかげで、いつでも好きな時に勉強することができたのも大きい。
私はセドリックが予想するより早く試算表の読み方をマスターしていた。
「ふむふむ。よくできております」
「うふふ。ありがとう」
私は褒められてニンマリと頬を緩めるが、すぐに口をへの字にして眉を顰め、手前に置いてある帳簿を手に取った。
「……でも昔の帳簿を見ると、今とだいぶ運営費が違うわね」
私がため息をつきながら指摘すると、セドリックも苦笑を浮かべて頷く。
「先代の頃は領地運営も上手くいっておりましたから、その分の余剰を屋敷に回しておりました」
「さすがはお祖父様ね。……それに比べて」
先代が亡くなり、お父様が領主となってから、屋敷に入ってくるお金も徐々に右肩下りになっている。
屋敷の運営費がこれなのだ。領地の運営はどうなっているのか考えると気が重い。
今朝の悪夢もこれが原因だった。
前世のゲームの記憶もあって、不安ばかりが募ってあんな恐ろしい夢を見てしまったのだ。
私は夢の中で見た破綻した伯爵家の無惨な姿を思い出し、身震いする。
「ねぇ、セドリック。領地の経営は大丈夫なの?」
私はずっと気になっていたことをセドリックに訊いた。
「先代からの相談役と協力して今の所はなんとか。しかし、旦那様があの調子ですからね。……いずれはお嬢様に手伝っていただかなくてはいけないかもしれませんね」
セドリックは冗談混じりに答えたが、笑い事ではない。
お父様がいい加減な性格なのは分かっていたが、私たちの生活に直結する大問題だ。
――私はミラに苦労なんかかけたくないのよ!
こうなったら早くセドリックに認められて、絶対領地の運営にも関わってやるんだから!




