開殻 ―鳥の如く自由の青―
「ミア、分かってるねぇ? 死なないように……死んだら主様に怒られるからなぁ?」
「わかってるー! ”天雷よ、呑み穿て”!」
面倒臭そうに首裏をポリポリと掻きながら忠告するジョージに、ミアは朗らかな声色で返答すると超高速の電撃を放つ。
「っらぁッ!」
ウィリアムたち全てを飲み込もうとした電撃だが、放射状に広がり切る寸前にウィリアムがエンテたちの前に躍り出て大盾を構えた。
瞬間、凄まじい重みがウィリアムの持つ緑の大楯に全てかかり『騎士の力』で身体能力を底上げしてもなお、『緑の騎士』が押されてしまうほどである。
「ぐ……うぅあ!」
正面から受けきるのは不可能と判断したウィリアムは、すぐさま大楯の向きをやや上方に向けることで電撃をなんとか受け流し切ることに成功した。
大きく息を荒げながらも、まだ耐えきれる火力だと判断し大盾を再び真正面に構えるウィリアム。
健気にも立ち続ける『緑の騎士』になにか思うところがあったのか、ミアは嬉しげにぴょんぴょんと跳ねて極上の笑顔を見せた。
「うんうん、『緑の騎士』はそうじゃなくっちゃ! つぎ、いく――」
「――”破壊よ、全て薙げ”」
再びVサインを決めて電撃を放とうとしたミアに襲いかかるのは、上空から降り注ぐ一文字の火炎。
興奮している彼女の死角から放たれたソレは、超高熱を持って放たれる。
「”原土よ、変り化せ”」
が、怠そうに呟いたジョージの周りから原土が盛り上がり巨大な盾を作って火炎を打ち消した。
(出し惜しみせぬほうが良いぞ、ウィリアムよ。……奴らには魔法がまだ残っている)
(……分かってる)
圧倒的なまでの強さ。
それを先程の攻防で嫌というほど理解したウィリアムは、大楯を左手に構え右手で空を掴む。
「砕き成せ、”原土之創造”」
魔族側の『黄の騎士』と同じ”原土”が周りから現れ空を掴むウィリアムの右手へと収束し……一つの形を為す。
ゴツゴツとしながらも、鉄鋼の鈍色に輝く槌を固く握りしめ『黄の騎士』の力を手にしたウィリアムは大槌を大きく振り上げ、ジョージが作り上げた原土の盾へと飛びかかった。
「”原土よ、砕き割け”!」
まるで鐘の鳴るような、腹に響く音が鳴り響いていとも容易く原土の盾は砕け割かれる。
砂と化し重力に従って地面に崩れ去る土塊の向こう側で、桃色の幼女はただVサインでニッコリ笑っていた。
「”シャーナル”!」
「”火炎よ、鋭く砥げ”ッ!」
彼女の左手に掲げたVサインから生まれでたのは雷撃……ではなく、業風。
荒々しい竜巻のような風が、ウィリアムの背後から突撃したエンテの攻撃を防いでいたのだ。
(これは魔法……!)
(まずい、ウィリアム!)
先程までミアが掲げ、雷撃を放っていたのは”右手のVサイン”。
しかしいま彼女が掲げるのは左手であり、つまるところ右手が未だ自由に動かせる状態にあった。
「”守護よ、人を護れ”!」
「”天雷よ、呑み穿て”!」
ほぼ同時だった。
ただほんの一瞬だけウィリアムの方が早く唱えきれたお陰か、彼女の右手は無理やりウィリアムの方へと方向転換され雷撃を放つ。
すぐさま腰を据えて大盾を上方へ少しずらして構えたウィリアムは先程よりも幾分か強力になっている雷撃を反らしきった。
「ぐぅ……!」
「っぶねぇ!」
ウィリアムのうめき声と、ミアから離れたエンテの愚痴が空間に響く。
彼らの視線の先には未だ余裕っぷりを隠そうとしない魔族側の『騎士』たち。
この戦いは、不利なまま続いていた。
何をやっているのだろう。
何をしているのだろう。
あるときは天雷が、あるときは火炎が、あるときは原土が、はたまたあるときは風が。
到底現実味のない戦いが目の前で繰り広げられる中で、セレーナは一人ウィリアムが作り出した風の結界に護られていた。
彼女はただ、結界の中で震える他ない。
『外に居たのはちょっとだけだっただろうけど、もう分かるだろう? 君が求めた自由の果てがどのようなものなのか』
ずっと頭の中で反響し続けるのは、戦う直前にウィリアムがセレーナへと放った言葉。
(わたしが求めた自由は、これっぽっちも望んだものじゃなかった)
外に出られれば何にも縛られない。
何にも縛られなければ、きっとソレは自由なんだと。
もう誰にも役目を押し付けられることなんてないんだと、そう思い込んでいた。
だが違う。
外に出てしまえば誰も守ってはくれない。
誰も守ってくれなければ、きっと訪れるのは”死”。
セレーナが望んでいた自由は、何よりも危険で何よりも苦渋に満ちていて……人間如きが生きるにはあまりに厳しすぎた。
この世界は、開放的に生きることはできない。
人は、人間は固まって籠の中で生きることしか出来ない生き物なのだろう。
ならば彼女にもう選ぶ権利など存在しない。
(結局、わたしに選ぶことなんて出来なかったんだ。自由なんて存在しない、こんな世界じゃ――)
『――でも、その縛られた世界をぶっ壊す為に俺はいる』
声が聞こえた。
穏やかで、暖かくて、でもその言葉を言うときは大きな盾に護られているような安心感を感じれる……求めていた声が。
『君みたいに自由を知っていたら、それを夢見てもっと心に余裕ができるはずだから』
『君の顔が言っていたように見えたから。……外に出たいって』
あぁ、そうだ。
今のこの世界の外はとても危険で、皆が今を生きるのに必死で自由を知れない。
自由に生きるなんて、きっと無理な相談なのだろう。
それでも、諦められない。
一生を城の中で過ごしていく気なんて毛頭ないし、ライアンがやっている事務仕事なんて欠片もしたくないし、国民全てのために生きたくなんてない。
(ただ、わたしは――)
『綺麗だね、ここ』
――あのとき、あの景色を一緒に見てくれたあの人のような瞳を、わたしも宿したいだけ。
ドクン、と自らの心臓が飛び跳ねるのをセレーナは何より強く感じた。
あの人の……ウィリアムのことを考えるだけで胸が熱くなる。
「あぁ、わたし……ウィリアムさんのこと、好きなんだ」
口にすれば案外スッキリした。
けれど胸に灯る火は全然消えるどころか、さらに熱を帯びていて。
瞳を上げれば、雷撃を一心に防いで苦しむ姿が見えた。
(守りたいなぁ)
更に視線を上げたなら広がるのは木々の奥に見える深蒼の空。
(自由に、なりたいなぁ)
いつか父を連れ出して、あの崖に連れていきたい。
無理やり腕を引っ張って、青々とした一面に広がる草原や奥に微かに見えた山々を見せてあげたいと思う。
この世界は、美しいもので溢れていると知ってほしいのだ。
『その縛られた世界をぶっ壊す為に俺はいる』
(うん、そうだよね)
今が駄目ならいつか。
でも、待っているだけは性に合わない。
もう一度、視線をウィリアムへと戻した恋する乙女は誰もが見惚れる美しい笑顔を見せた。
「わたしも、この世界を変えたい。誰もが自由に飛べる、そんな世界に!」
――力が欲しい。
――この世界の軛を壊す力が。
――全て自由に生きれる力が。
すべての人に、色鮮やかな光を灯せられるように!
今、籠の中の鳥は大空へ飛び立った。
自らの空を手に入れるために。
セレーナの周りを、”我空”が包み込んだ。




