それは空を舞う鳥のように
我空がセレーナを包む。
無から自らだけでの空間を生み出すそれは、”世界の歪み”として現れた。
「裂き継げ、”我空之自由”」
世界の歪みである我空がセレーナの……『青の騎士』の両脚を包み込めばそれは美しいニーハイブーツとなる。
青色を受け継ぐその『騎士の力』に等しい、青色を軸として彩られたそのブーツで彼女は地面に降り立った。
ウィリアムたちの向かい側で戦い続けていたジョージはすぐさまセレーナの異変に気が付き、嬉しげに頬を緩める。
「どうやら、『青の騎士』が”本当の騎士”へと至ったようだ」
「セレーナちゃん! それは……!」
くつくつと笑うジョージの言葉を聞き、慌てて背中側を見たウィリアムは彼女の変化した両脚を見て表情を驚愕へと変えた。
両目を見開いているウィリアムの視線を受けてセレーナは少し恥ずかしげに、はにかんだ。
「わたし、決めたんです。わたしが望む自由がこの世界に無いなら、作ってしまおうって」
「……とても、危険だよ。それに、『騎士』としての重圧を君が背負うことになる」
「構いません」
にこやかな笑みを浮かべつつ、その瞳には確かな”決意”が秘められていてウィリアムにはもう何も言えない。
ただ、自身よりもかなり若い彼女が下した判断を尊重しなければならないと、そう思って大楯をもう一度強く構え直した。
「……わかった、セレーナ。君は今から『セブンスナイツ』の一員だ。共に戦おう」
「はいッ!」
彼からの気遣いが消えたのを理解したセレーナは、同等に扱われているとすぐさま思い至って嬉しげに返事を返す。
この言葉を最後に、魔族たちへと大楯と大槌を片手に走り出したウィリアムを彼女はただただ見つめていた。
(構いません、だってわたしが『騎士』になった二つ目の理由は……あなたを守りたいからだもん)
一つ呼吸。
目を前に向ければ先程まで眺めているだけしかなかった多種多様な光があった。
けれど先程までの自身とは違う、もうあそこに入ることの出来る力を彼女は持っている。
(勇気を下さい、ウィリアムさん)
あなたを守れる勇気を。
あなたに並べる勇気を。
わたしに、空を飛ぶ勇気を下さい。
「”自由よ、道を継げ”」
幼い頃から『青の騎士』を見てきたセレーナにとって、本来知りえない”望んだ力を叶える能力”というモノを直感的に理解していた。
何より”本当の騎士”として、理想が一本道として見えているから。
言の葉を紡いでセレーナは右脚で空を裂けば、そこに現れるのは”我空”。
彼女のみが通れる空間であり、この場ならば時間も距離もベクトルも関係ない。
ただ、好きなところに入り込み好きなところから出ることが可能だ。
次元の裂け目ともいえる我空に入り込んだ彼女は、一瞬にしてミアたちの背後に出現する。
音もなく、風もなく、ただ先程まで居たかのように、さも当然に現れた。
「魔族さんたち、行きますよッ!」
「そちらの『青の騎士』も面倒な技を!」
ウィリアムたちに電撃を放つミアよりも、サポートに徹していたジョージの方が幾分か早くセレーナに気付き振り向く。
「”我空よ、裂き送れ”!」
「”原土よ、変り化せ”ッ」
とっさにジョージたちの前に現れた土壁だったが、セレーナが放った斬撃……三日月状の我空がセレーナの持つ空間へと送り出してしまう。
巨大な壁だったものが、真っ二つに裂かれたように跡形もない姿になっていた。
(チィッ、めんどくせぇ! 流石は『青の騎士』ってところかぁ)
そこまで射程距離がないのか、すぐさま消え去った我空にジョージは安堵の息を隠れて漏らしつつセレーナを睨みつけた。
七色を持つそれぞれの『騎士』は色ごとの特性をもつ。
黄が原土のように、橙が樹木のように、紫が天雷のように、だ。
故にそれぞれの色が表す『騎士の力』というのは、意外と特定しやすかったりする。
例えば赤が瞬間火力が高かったり、緑が守ることに特化していたり……その中でも基本的に青と紫は異様に強いことが多い。
(眼の前の『青の騎士』はその典型的だぁな。空間を操るとか、信じられねぇ)
『青の騎士』が”本当の騎士”に至るには、純粋に”自由を求める”という理想が必要となる。
必要となるが故に、『青の騎士』は空を飛ぶことを力にしやすいのだ。
だとしても、空間ごとを手にして自由とするとは流石にジョージも想像していない。
(まだワイらにはミアがいる……が、過信し続けても駄目だよなぁ。二人も相手してるし、そろそろガス欠……か)
再び振るわれる我空の牙を、すぐさま土壁を作り上げることで防御したジョージは一度後ろに下がるとミアに近づいた。
「お遊びはここいらでお終いにしよかぁ、ミア」
「えー、まだあそびたりないー!」
まだ遊びたいとゴネる彼女にジョージは面倒くさそうに表情を変えながら、それでもあくまで声色は優しくミアを誘導する。
「いいからいいから、そろそろ飯の時間だしなぁ」
「あ、ごはん! わかった! かえる!」
何とも御しやすいと内心で細く笑んだ彼は、”ミアに抱えられた”。
幼女の脇に抱えられたジョージは全身の力を抜き、ダランとすると最後にやる気なさげに右手を左右に振る。
「んじゃま、ワイらはこれで失礼するなぁ」
「な、待て! ”ロング・”――」
「――”虚飾よ、装い光れ”!」
エンテが追撃を掛けるより、ミアの言葉のほうが早かった。
上空から超巨大な天雷が降り注ぎウィリアムたちの目の前が一瞬で真っ白になる。
(ぐぅ、目が……!)
中々に収まらない極光に暫くの間ウィリアムたちは視界を奪われたままだった。
「う、ぅう。あいつらは……」
「流石に、逃げたみたい……だな」
数分後、ようやく視界を取り戻した三人は周りを見渡しジョージとミアがいないか軽く探したが、どうやら本当に居なくなったようだと息を吐くウィリアム。
とそこでセレーナがウィリアムへと近づいてくるのを視界で捉える。
「ウィリアムさん……」
「セレーナ、お疲れさま」
「あ、ありがとうございます」
慌てて頭を下げる彼女を見て、ウィリアムの視界が自然と青いニーハイブーツへと移った。
「……後悔は、してない?」
「はい」
色んな感情が入れ混じった声色で問うウィリアムに、銀の少女は即答する。
空のような深みのある青色の瞳が、『緑の騎士』を貫いた。
それでも、と言葉を続けようとしたウィリアムの肩に誰かの腕が乗る……エンテだ。
「後悔はしてない、それでいいじゃねぇか、ウィリアム。……人の決意に頭を突っ込むなよ」
「……ごめん」
ペシペシとしょぼくれた少年の頭を二、三度叩いたエンテは、大きく伸びをしながら”火炎之破壊”を消し去る。
「さ、帰ろうぜ。帰ったらセレーナちゃんには怖い怖いお父様からのお叱りだ」
「うん、そうだよな。ミッチリ怒ってもらわないと」
「か、覚悟しておきます……」
平穏が訪れた森のなかで、三人の笑い声が木霊していた。
かくして、銀の少女は『青の騎士』となる。
少女の心に新しい想いを乗せて。
5章、閉幕。




