グイドとツィラペ
孤独だった。
「…………」
誰にも、何にも頼れずにただ雨の中を彷徨い歩く。
金も無かった。
知り合いも居なかった。
話す資格も持ちえなかった。
歩き、歩き、歩き……そして歩き疲れても歩き続ける。
まるで汚物を見るような目で自身を避けて行く人々を眺めながら、少年は何度も同じことを考えていた。
どうして、と。
自分には何も無いはずなのに、“人間じゃない”のに。
どうして母は自分を逃がしたのだろうか。
自ら身を挺して助けてくれたはずの母に、問いかける理由。
と不意に前から衝撃が走り、少年は力なく軽い沼と化している道に倒れ込んだ。
もう、立ち上がる気力さえない。
「ごめ、ん……なさい」
それでも口から出たのは謝罪。
ぶつかってごめんなさい。
身を汚してしまってごめんなさい。
こんな汚物を視界にいれてしまってごめんなさい。
ぶつぶつと謝罪を口にし続ける少年に、ぶつかったであろう男性から手が伸びた。
殴られる、と少年はすぐに理解する。
しかし避けるのは絶対に駄目だ、避ければ次は母にまで――
――あぁ、その母はもう死んでいるんだったか。
「大丈夫か、少年?」
「っ……!」
だが意外にも伸ばされた手は、少年を叩くことはなくそのまま差しだされる。
あまりにも予想外の行動に少年は思わず“見てはいけない”他人の顔を見上げた。
「だ、れ……?」
「ん、俺か?俺はな――」
茶色の髪に瞳を宿した、四十代近くだろう男性はニカッと眩しく笑う。
「――アルタだ、よろしくな」
その日、緑の少年はエンテの父……アルタと出逢った。
「ここ、は……」
今まで見ていた懐かしい光景。
ゆっくりと浮上する意識の中でそれが夢だったのだと、ウィリアムは朧けながら辿り着く。
「目、が、覚めた、か」
「……ッ!」
瞬間、拙い言葉を聞いたウィリアムは夢うつつの意識を完全に覚醒させ飛び退こうとして――
「これは」
「残念、だった、な。お前、は、動けない」
――自身の体が巨木に縛り付けられているのを理解した。
ただ縛り付けられている訳ではない、巨木の中に四肢が埋め込まれている。
この拘束を引き千切ろうと体中に力を入れたが、力を入れにくい体制のためただ足掻くだけにしかならない。
ならば『騎士の力』を使おうとして、ウィリアムは口を開く。
「舞え、“風之――もごっ!」
「そんな、見え、透いた、真似、やらせる、か」
完全に予見されていたのか、『騎士の力』を発現する前にウィリアムの開いた口の中に巨木の枝が突っ込まれる。
その際に口の中が複数切れたのだが『橙の騎士』はお構い無い。
「俺たち、は、『騎士』、に、なる、ため、“詠唱”、する、必要、が、ある」
ウィリアムならば、「舞え、“風之守護”」。
エンテならば、「薙げ、“火炎之破壊”」。
アニータならば、「穿て、“純粋之救済”」。
『騎士』というのは無限のエネルギーを持っているわけでは無い。
当然、『騎士の力』を扱うにはそれ相応のエネルギー……つまりは魔力を必要としている。
まず『騎士』とは、魔族にしか扱えないはずの魔力を扱えるようになった人間を指しているのだ。
「つまり、“詠唱”、する、ため、の、口、を、塞げば、『騎士』、には、なれない」
「……ッ!」
『騎士』を『騎士』足り得ている魔力は、無尽蔵のエネルギーではない。
それ故に起こる“詠唱”という一手間。
一瞬の隙だけれど、戦闘ではそういう訳にはいかないだろう。
人間の英雄と呼ばれる、『騎士』の数少ない弱点の一つだった。
「さて、お前、に、聞く」
「…………」
「今すぐ、『騎士』、を、やめる、か。オレ、に、殺される、か……だ」
「……!」
ある程度想像はしていたものの、まさか同じ『騎士』に殺されるかもしれないという事実にウィリアムは驚く他ない。
だが『橙の騎士』は全くもって関係なさそうに、懐からナイフを取り出すとウィリアムへと刃先を向けた。
「どっちだ」
ここまでなのか、とウィリアムが自身の拳をきつく握り目をつむる。
『騎士』を意地でも止める気のない彼にとって、この二択は選択肢にならない。
ならばまだ殺された方がマシである。
覚悟を決めるウィリアムに、しかし待ったをかけた者がいた。
「待ちなさい、グイド」
「……!ツィラペ、どうして」
美しい声を持つ女性の声へと『橙の騎士』……グイドは向く。
それに釣られてウィリアムもツィラペと呼ばれた人物に顔を向けて……二度目の驚きを感じた。
白銀に覆われた躯に、宝玉を思わせる美しくも力強い瞳。
しかし四足で歩き耳と尻尾を生やしたソレは、紛れも無く“狼”だった。
美しくも畏怖を感じる狼は、その外見に似合わぬ美しいソプラノ声を口から響かせる。
「“また”余物が出ましたわ。『七色の騎士』よりも先に、そちらを優先してくれませんこと?」
「……あぁ」
ツィラペの言葉に苦渋の表情で頷いたグイドは、木の弓を創り出すと身体を掻き消す。
余りに唐突な展開についていけず、頭が混乱し続けるウィリアム。
一体何が起こっているのか。
目の前の狼は一体何なのか。
“また”余物が出たとはどういうことか。
グイドと呼ばれた男性は何故、自身を狙うのか。
しかし考えを纏める時間を与えず、目の前の白銀の狼はウィリアムを見据えた。
目と目が合い……次の瞬間には口を塞いでいた枝が口から抜けていくのを感じる。
「……『七色の騎士』、名を」
「お前は、一体」
「わたくしは名前を問うたのですわ、『七色の騎士』」
有無を言わさぬ白銀の狼の言葉にウィリアムは質問に答えるしかないのだと悟り、目の前の狼を睨み付けながら言葉少な気に答える。
「ウィリアム」
「そう。では質問ですわ――」
美しい青色の瞳が細められた。
「――貴方は一体、どこまで“契約”を?」
「けい、やく……?」
聞き覚えのない単語にウィリアムは頭上にクエッションマークを複数出現させる。
目の前の緑の少年は本当に知らないのだと、そのリアクションで理解したツィラペは両目を大きく開けた。
そんなことは在り得ないだろうと。
「まさか、“契約”を知らないと?『七色の騎士』である貴方が?」
「あ、あぁ」
「……『騎士の力』。どういうことでして?」
軽い怒気を纏いながら問う狼だが、その質問の先は自身でないことにウィリアムはすぐに気付く。
同時にこれがバラムに当てた問いということも。
(なんのことなんだ、バラム)
(知らぬ。いや、知らない……のか?違う、知らないのではない――)
まるで自分が言っている言葉を理解できないと言った風に混乱するバラム。
しかしバラムが次に吐く、小さな言葉にウィリアムは戦慄した。
(――思い、出せない)
「あの“巫女様”かっ!」
「“巫女様”……?……!まさか、まだ彼女が!?」
思わず思ったことを口にしたウィリアムだが、その吐かれた単語を聞いて目の前の狼は全てを察する。
同時に、何故『七色の騎士』である彼がここまで何も知らないのかを。
「答えなさいウィリアム、貴方の言う“巫女様”とは接触したのですの?」
「……あぁ」
苦虫を噛み潰したような表情で頷くウィリアムは、“巫女様”と出逢ったときのことを話す。
現在、目の前の狼とウィリアムは敵対しているはずだが、そんなことより少しでも多くの情報が欲しかったのだ。
「そう、ですの」
「俺はお前の知りたいことを伝えた。なら次はお前の番だ、お前は何を知っている?」
“契約”。
“巫女様”の目的。
『七色の騎士』。
聞きたいことや知りたいことが山のようにあった。
それでもあくまでツィラペたちとウィリアムは敵対関係、拒否されるか渋られると予想していた。
「その前に確約してほしいことがありますの」
が、それはいい方向で裏切られることになる。
“約束”ではなく“確約”と表現したことが気になるウィリアムだが、まっすぐツィラペを見つめて先を促した。
全ての予想を上回る、その言葉を。
「――グイドを、『本当の騎士』へと導いてほしいのですわ」
「……は?」
奇天烈な展開にグチャグチャになった現状に、またひとつ、混乱が追加された。




