偽章 ―罪罰探す治癒の藍―
彼女は生まれた瞬間から恵まれていた。
大きい治療院を経営している父と、それを影ながら支える人格者の母の間に生まれたのである。
「わたしもしょうらい、おとうさまのようなひとになる!」
だからこそ、彼女がそう夢見るのも当然のことだったのだろう。
自身の子どもを溺愛していた父と母は、嬉しげに頬を緩めて幼い彼女にする予定の無かった英才教育を行い始めた。
結果、言ってしまえば彼女は天才だった。
誰もが頭を悩ますような内容でさえ、すんなりと脳に詰め込み応用できたのである。
「アニータは凄いなぁ」
「えへへ、わたしがぜんぶ治してあげるんだから!」
だからこそ、彼女がそう増長したのは幼いからこその過ちだったのだろう。
誰もが一度は思うはずだ、自分は凄いのだと。
彼女も同じく自分が凄い存在なのだと疑うこともしなかった。
遅かれ早かれ誰もが経験する増長は他の者に安易に砕かれることが多い。
それを痛いほど知っている彼女の母は、増長している彼女を敢えてそのままにしておいたのだ。
どうせ気付くのならば、痛い目を見て気付いた方が娘の為になるだろうと。
――あぁ、確かに彼女の増長は砕かれた。
「すみません、私の力が至らなかったばかりに……」
「うっ、ぐ……ううぅぅ!」
自分は凄い存在で、だから自分の父はもっと凄い存在だと信じ切っていた幼い彼女の想いは、治療のミスで人を治せなかった父の儚い背中によって砕かれたのである。
亡くなった人は禍族によって大きく腹を裂かれていたようだった。
力が足りなかったと、些細な油断をしてしまった責任だと、謝り続ける父の姿に彼女は深く嫌悪してしまう。
(こんなのわたしのお父様じゃない。こんなのちがう!)
カッコいい背中を眺めつづけてきた彼女にとって、今の父の姿は見たくなかった。
同時に、あんな弱弱しくて謝り続けるような人になりたくないと彼女は心の底から思う。
母の思った通り彼女の増長は痛みを伴い砕かれる。
痛みと共に得た決心は、確かに彼女を大きく成長させる経験となった。
――ただ、彼女はずれていたのだ。
「私は、私は父のようにはならない」
その時を境に彼女は自分の父のことを「お父様」ではなく、「父」と呼ぶようになり治療する者としての敬いの心も無くしてしまう。
彼女が父として敬うこと一点のみ……母と自分に恵みをくれることだけだった。
基礎の勉学は母から学び、治療学を父以外の知り合いに頼み込み教えて貰う。
あの日以降、それが日課となった彼女は凄まじい勢いで治療する者としての実力を上げていく。
気付けば誰にも教わることが無いような状態に陥っていた。
(これでも足りない。もっと、もっと知識が……それに経験が欲しい)
父のような失敗をしたくない。
ただそれだけの想いが積み重なり、彼女はもっと知識の高みを欲して経験でさえ欲していた。
このとき、未だ14歳の彼女にとって治療を任せてもらうような機会なぞ与えられるはずも無かったのだが。
「父、私を治療の席に立たせては貰えないでしょうか」
「だけどまだアニータは14歳じゃないか、そんなに急がなくても」
唯一納得してもらえそうな父へ必死に頼み込んでも、彼女は治療の席に座ることさえできなかった。
無為な時間を過ごしたくなかった彼女は、せめて知識だけはもっと詰め込もうと本の虫となって一心不乱に読みふけるしかない。
そんな彼女が何とか許された薬の調合を行いながら知識を溜め込む。
いつの間にか、彼女の人生は酷く面白みのないものへと変化してしまっていた。
「た、助けて……ぐっ!」
薬は作れるし治療の知識を十二分に溜めこんでいるけども、実際の経験が出来ない彼女はある日、森の中で血を流し倒れている中年の男性を見つける。
どうやら余物が現れたらしく、何とか倒したものの深い傷を負ってしまったらしい。
すぐに治療院へ連れ込もうとした彼女は男性に近寄り……考え付く。
――考え付いてしまう。
「あの、私はある程度ですが治療の心得があります。せめて緊急処置だけでもさせてください」
「あ、あぁ。頼むよ……!」
新人が治療に携わるときというものは、大抵相手が軽い怪我で万全の準備をした上に監視をつけてようやく行われるもの。
けれど彼女は、今まで一度も席に座ることさえ許されなかった鬱憤を出来心で重症を負っている男性に向けようとしていたのだ。
(私は父のような失敗はしないっ!)
意気込み彼女は持ち歩いている簡易手術セットで男性の治療を始める。
今まで大量の知識を詰め込んだ甲斐はあったのか、慣れない手つきなものの迷いなく次移すべき行動を選んでいく。
あぁ、確かに彼女の手順は間違ってはいなかったし正確さもかなりものだ。
けれどあまりにも時間が足りなかった。
緊急処置と言った彼女が実際にしたのは“本格処置”。
本来はもっと設備が整った場所で行うべき処置を、彼女はこの場で治すことに集中しすぎて何もそろっていない場所で行ったのである。
故に結果は一つ。
「…………」
「ぁ――――」
青ざめた表情で男性は息を止めていた。
彼女は男性に最後何かされたような気がしたが、自分のミスで死んでしまったというショックであまり覚えていない。
ただ、男性の親族が激怒し必死に自分の親が謝っていることだけは嫌と言うほど脳にこびり付いていた。
それから四年の月日が経ち、18歳となった彼女は無事に治療院に勤められるほどの経験を持っていた。
男性がミスで亡くしてから彼女は今まで以上に努力を重ねていた、それこそ体が壊れるほどに。
初めて父の気持ちが分かった気がしたあの日、彼女は自身の不甲斐無さに気付き治療に携わりたいと一言も言わなくなっていた。
そして本来、成人扱いされる16歳に彼女は二度目の初めてを経験する。
一度目の失敗を糧に彼女は一ミリの誤差もなく治療を完成させたのだ。
「それでは父さん、母さん、行ってくるわね」
「気を付けてな、アニータ」
「頑張ってね」
18歳となる彼女は一人立ちを決意し、父と母に送られて遠く離れた街へ向かう。
ただ自分のせいで亡くなってしまった男性の罪滅ぼしとして、出来るだけ多くの人を救いたい一心で。
ある程度の治療キットを備えた彼女は、街へ向かう途中多くの人を救った。
他の治療院で勤める人々でさえ驚くほどの細かさで、正確さで、彼女は傷や病を癒していく。
「ありがたや……」
「聖女様だ……」
治った人が住む村や町の人々は、彼女の事を“聖女”と崇めた。
だが彼女は“苦笑い”で受け止める。
本来“聖女”というのは治療院で勤める人々からすれば満面の笑みになるほど嬉しい称号のはずなのに。
(私は“聖女”じゃない)
彼女の心の奥底に巣食うのは“罪の意識”。
癒せば癒すほど、救えば救うほど彼女の心にあの男性がこびり付くようになった。
それは彼女が街に赴任してからも変わらない。
主に訓練で、時々余物で、二回ほど禍族で傷付く人々を治す彼女の心は、段々と蝕まれていったのだ。
だから――
「あっ……」
――だから、どうしようもないミスで彼女はまた人を殺した。
(一体何をやっているんだろう)
彼女の罪は段々膨れ上がっていく。
彼女の闇は段々膨れ上がっていく。
――力が欲しい。
――全てを癒せる力が。
――私を“殺せる”力が。
――二度と、私のせいで人が死なないように!
純粋に彼女は人を癒したかった。
純粋に彼女は自身を恨んでいた。
だから、生まれたのは“癒しの銃”。
こうして彼女……アニータは、深い癒しと深い罪で出来た矛盾の『藍の騎士』となった。




