見計らったかのような
「……これが、私の過去。自分の父を嘲笑い、こんな風になりたくないと望みつつ父さん以上の失態を重ねた、醜い過去よ」
自嘲的な笑みを浮かべるアニータ。
とっくに治癒は終わっており、二人は向かい合って座っていた。
上半身を服で包んでいたウィリアムは、ようやく彼女が“人嫌い”だと言われる理由を理解する。
「人が嫌いなんじゃない、人と接するのが“罪”だと感じていたのか」
「えぇ、そうよ」
治療する行為を続ければ続けるほど、彼女の中にミスで亡くした人たちの亡霊が囁き続けるのだろう。
若い頃に植え付けられた“罪”の意識に彼女は今も蝕まれているのだ。
ガタガタと触れる両手を握りしめてアニータは肯定する。
「最近は毎日夢に出てくるわ、私のせいで亡くなった人々が……。でも、それも仕方ないわ、これは私が起こした罪であり、私が受けるべき罰だもの」
「――――」
ウィリアムは知らぬ間に拳を握りしめた。
何故だかは分からないが、途方も無く少年は彼女の言い草が気に入らない。
受けるべき罰、償うべき罪と脆く笑うその顔が何より許せなかったのだ。
「ふざけるなよ」
「えっ……?」
身を焦がすほどの怒りに満たされるウィリアムに気付き、嗤い続けていたアニータは驚愕に顔を歪める。
何故怒っているのか、自分が何か悪いことを言ったのか。
心の底からそう思っている彼女の顔を見て、余計に少年はイラつきを抑えられない。
「撤回する。今のアニータは『騎士』じゃないし――」
確かにミスした若き頃のアニータは亡くなった男性の家族からは、一生許されないだろう。
それは二度目の家族も同様。
だが論点はそこじゃないのだ。
「――治療する者としての、資格さえない」
「――――」
あまりに冷たく残酷なウィリアムの言葉に、大きく目を見開くアニータ。
震える彼女を、ただ少年は見続けるだけ。
居心地の悪い静寂が二人を包み込み、そのまま時がただ流れていくと思われたその時……爆音が響く。
「ッ!なんだ!」
跳ね上がるように立ち上がり、ウィリアムは外の状況を確認するために走り出した。
だが一瞬立ち止まるとアニータへ顔を少しだけ傾ける。
「そこに居ろ、きっと今のアニータじゃ足手まといだ」
「…………」
返す言葉も無く、ただ俯き続けるアニータをその場にウィリアムは外へ出た。
開ける風景の中でどこに異常が発生したのか見渡し、すぐさま視野に入る。
「禍族!なんてタイミングの悪いッ!」
ウィリアムの“呪病”が全快するまで、残り一週間と成ったこの日に禍族が現れたという事実。
前々から出現位置や出現時間に悪意を感じていたものの、今回ほどタイミングが悪かったことは無いだろう。
舌打ちをしながらウィリアムは左手をかざして叫ぶ。
「舞え、“風之守護”!」
幸いにも街の中で見つけたのは一体のみ。
人型の形をした禍族は基本的に動きがかなり遅く、被害が出にくいのでかなり弱い部類の禍族だ。
(間に合ってくれよッ!)
大楯や能力を使えないが、唯一膨れ上がった身体能力でウィリアムは大きく飛翔し禍族の元へ向かう。
今の状態ではまともに攻撃することすら出来ないが、ある程度の時間稼ぎなら出来るだろうと判断して、訓練場へ向かうことはしない。
着地した瞬間に足に力を込め飛翔を繰り返し、普通では在り得ない速度で向かうウィリアム。
近くに禍族を捉えた瞬間、腰を大きく回し拳を回転させながら住民に手を伸ばす禍族を殴り飛ばした。
「Ah――――!」
「うるせぇ!」
ほんの数秒で離れた禍族の元へ到着したウィリアムは、急ぎ周りの被害を確認。
物的被害はある程度出てはいるが、人的被害に関しては出ていないらしく多少怪我をしている人だけのようだった。
一安心と安堵の息を漏らし、再び視線を禍族へ戻して拳だけの状態で構える。
「お前に誰も殺させない、それが俺の“望み”だから」
拳以外の攻撃手段を持たないウィリアムの、不利な戦いは幕を上げた。
一方同じとき、アニータは地面に顔を伏せ震えていた。
彼女の脳裏に焼き付いていたのは、爆音が響く前に少年が放った言葉。
(今のアニータは『騎士』じゃないし治療する者としての、資格さえない……か)
ウィリアムの望みは“全てを護りたい”というもの。
それに対して自分の望みはどうだろうか。
“全てを癒したい”だけじゃない、それだけの方がずっと良かった。
(なんで、なんで私は“自分を殺したい”と望んだのかしらね)
望みを叶える力はもう与えられている。
事実、アニータは“全てを癒したい”という望みを叶えている最中でもあった。
だがもう一つの望みは?
――“自分を殺したい”という望みは一切叶えていないではないか。
叶える力はあるというのに、その為の銃だというのに。
『藍の騎士』となって三年も経ったと言うのに、未だアニータは自分を殺せていなかった。
彼女は自分の罪に、自分で罰をかぶせる事さえ出来ない。
「穿て、“水之治癒”」
慣れた手付きで自身の持つ両銃を取り出したアニータはその銃口を見つめる。
何回も使ったことがあるので使い方は彼女には分かっていた。
(ここを引いて、後は銃口を私の頭につける。後は……引き金を引くだけ)
“巫女様”に教えて貰った使い方を行い、自身の頭に銃口をくっつけるアニータ。
後は引くだけで簡単に死ねる。
銃と言うのは、効率よく人を殺す道具なのだから。
(私じゃ『騎士』になれないし、私じゃ治療する者の資格さえないから)
自分の指が震えるのがわかった。
当然だ、今からしようとしているのは自分で自らの命を絶つことに他ないのだから。
「死ね」
「償え」
「「償って死ね」」
脳に響くのはアニータのミスで死んだ人々の声。
次々に死ねと、償えと叫び続けるアニータが受けるべき罰の化身だ。
(分かってるわよ、死ねば良いのでしょう?)
自嘲的な笑みを浮かべたアニータは引き金をゆっくりと引いていき――
「た、助けてください!怪我人が居るんです!!」
「えっ?」
――助けてくれと叫ぶ声が鼓膜を揺さぶり、我に返る。
慌てて玄関へ向かえば、破片が体に刺さり血を垂れ流している人々の姿が在った。
懇願する人々を見てアニータは引き金から手を離す。
(そう、ね。私は死ぬ、でもそれは今じゃないわ)
怪我をしている人が居るのなら、癒すべきだ。
病気を患わっている人が居るなら、癒すべきだ。
癒すべき人たちが居るのなら、私がすべきことはたった一つ。
「落ち着いて!重症の方から前に並んでください!私が……」
それは今『藍の騎士』としてのアニータが出来る、最低限の事なのだから。
「『藍の騎士』である私が、貴方たちを必ず癒して見せますッ!」
亡霊の声が悔しげに唸って消えた。




