(新装)奮える我が魂と現れた強敵!?
日も高まり賑わいだした街の様相を後目に露店廻りを続けていた俺は、他の通行人達の妨げにならない様、身に着けていた同田貫を、先刻、手に入れた脇差に変えておく。
この脇差自体も拵えを含めて、二尺半程というかなりの長さを持っているが、周囲を見渡せば同様か或いはそれ以上に長いショート・ソードに始まり、末には俺の背丈を遥かに凌ぐトゥ・ハンド・ソードまでをも身に着けた人間もいるので、悪目立ちしないという意味も含めてそれで問題は無いだろう。
因みに、俺の身長は170cm位である。
・・・しかし、2m以上ある得物って、いざという場面で『長物』に終わらないのでしょうか?
『過ぎたるは及ばざるがごとし』ともいうし、実際の所がどうであるのかに凄く興味津々である。
そんな矢先に、『鍛冶屋』という看板を見付けた俺は、趣味と実益を兼ねた前世に於ける『武器マニア(白兵戦用武具中心)』の血を大いに沸かせた。
『たのもぉー!』
何か凄く楽しみ過ぎて、おかしなテンションで突撃を咬ます、俺。
「…、…いらっしゃい、ませ…?」
満面の笑みを浮かべて出現した俺の勢いに圧されたのか、店番の少年は、困惑気味(というか、かなり引き気味)で出迎えの挨拶を口にした。
その反応に、一寸だけ冷静なった俺は、顔面の表情を『冷静』に引き締めて、店内を見回す。
そこには、剣に槍、斧、鈍器といった前世の世界では『古物』と成り果てた武器達が、今尚、幻想世界御用達の武器として存在しており、更には各種の兜や籠手、脛当に始まり、全身鎧に至るまでの防具、そして様々な形をした盾が所狭しと並べられていた。
その販売スペースの奥には、武具製造の為の工房と思われる場所が存在しており、正確にいえば『鍛冶屋』ではなく『武器屋』である店の様相に、俺の興奮はウナギならぬ『竜昇り』状態である。
・・・ヤバい、嬉し過ぎて、鼻血吹きそう!
「ちょ、チョットだけ、触っても良いですか!?」
「ええ、別にかまいませんけど……」
正に『ドン引き』している少年の反応などなんのその状態で、俺は喜び勇んで目の前の『お宝』の群れに跳び付いた。
興奮やるかたない心を自制し、落ち着いた様子を装いながら、一振りの剣を手に取る。
・・・うぅ~っ! ヒャッホォぉぉ~~~!
そして、引き抜いた剣の刃が姿を見せた瞬間、俺は興奮を抑えきれずに呻き声にも似た声を漏らした。
前世でも、武道の師範をしていた祖父の影響で『真刀』に触れた経験はあったが、幻想の王道である本物の『剣』に触れた喜びに、俺の心は打ち震える。
・・・刀も良いけど、剣も素敵ですよねぇ。
『斬る』事を追求し、それを『芸術』にまで高め上げた『真刀』と、『戦う』事を追求し、それを『究極』にまで鍛え上げようとする『真剣』、そのどちらにも俺の心を魅了する美しさがあった。
自らの手に握られた剣、そして周囲に視線を遣れば、確かにそこに存在する戦場の盟友達の姿。
目の前に在る様々な武具を前にして、俺は武器が武器である事が当たり前の世界に自分がいる事を強く実感した。
前世の世界に於いて、文化技術としての価値を以って武器ではなく美術品として扱われ、鑑賞される存在となる事で在り続ける事を許された『刀』。
その盟友を、再び武器として振るう事が出来る世界。
それは、時代の流れと共にその存在を失くした『武士』が、もう一度、自らの存在を取り戻す事を許された世界である。
俺は、その事実に魂を奮い立たせずにはいられなかった。
・・・さて、十分、堪能したので帰りますか。
好奇の心を、武士の誇りに昇華して、色々と満足した俺は、満たされた心を抱えて店を出ようとする。
「えっ…!? (何も買わないのですか?)」
・・・えっ、何か買わないと駄目ですか?
気分良く店から出て行こうとする俺を、店番の少年が短い驚きの声を漏らし、唖然とした顔で凝視する。
『目は口ほどに物を言う』とは正にこの事だと体現する視線を受け、俺も無言の視線を使って『目で語って』みた。
確かに、この場に取り揃えられている武具の数々は、どれも素晴らしい出来の物ばかりである。
しかし、最早、『神器』と言うに相応しき《同田貫》がある以上、特別それ以外の武器は必要としないし、俊敏さに重きを置く俺の戦いの流儀なら、動き易さのある戦闘衣の上に重装な装備を身に着ける事は、それを殺す事にしかならなかった。
結果、素見の状態になってしまったが、こればかりは致し方ない事である。
入店時の異常な興奮状態が要らぬ期待を抱かせてしまった事は素直に反省するが、その為に無駄な散財をする訳にもいかなかった。
しかし、侍たる者、如何に理由があろうとも他者の期待を裏切っていけないかと思い直して、生活道具の一つとして造りの良い短剣の一本でも買っておこうかと考えた瞬間、店の奥から『ソレ』は現れた。
『ソレ』を一言で言い表すのなら、『冬眠明けの熊』である。
背丈は俺よりも頭一つ分低い140cm位にして、全身に筋肉を身に着けた『化け物』。
その身から放つ獰猛な闘氣が、目の前に現れた存在の危険さを物語っていた。
俺は本能的に腰に差した脇差の柄に手を掛け、いつでも戦えるように身構えた。
「おいおい、何を身構えている。強盗とかなら余所へ行っておけ」
その忠告に反して、好戦的ともいえる笑みを浮かべる『猛獣』。
・・・うぬぬぅ……、この熊(?)、人語まで話すのか!
決して侮る事の出来ぬ敵の存在に、俺の中で警戒心が高まった。
・・・という、戯事はこれ位にしておきますか。
改めて現れた存在に視線を遣れば、その低い身長に反した筋骨隆々といえる逞しさを感じさせる容姿から、幻想世界で『ドワーフ』と呼ばれ親しまれる存在である事が窺われる。
先日、『森の憩い亭』の女将から教えられた話に照らし合わせれば、目の前の存在は、火と地の加護を受けた鍛冶の才能に恵まれた存在である『地人』と呼ばれる亜人族であった。
・・・とすれば、この熊モドキな亜人殿が、この店の主という事か。
先刻の冗談を抜きにしても、一目で只者ではない事を感じさせる雰囲気を身に纏った存在であるが、それにしても何というか、正に『冬眠明け』さながらの尋常ではない荒くれだった気配を撒き散らすその姿に、正直、少しチビリそうです。
「……何、普段からあんなに機嫌が悪いのですか?」
「ええ、基本、あんな感じの人ですが、最近は碌な仕事が無いので不機嫌続きですね……」
「それはお気の毒です」
「いえいえ、それでも腕だけは確かですから、これも修行の内です」
小声で囁き合う俺と少年の間で、妙な親和が生まれる。
そこで俺は、皆が幸せになれるかもしれない、一つの良い方策を思いついた。
「あの、一寸変わった武具の製造をお願いしたいのですが、話だけでも聴いてもらえますか?」
今現在、店に置いてある品物を必要としない俺、遣り甲斐のある仕事を求める店の主、店主の機嫌が良くなって欲しい少年、この三者にとっての『一石二鳥』ならぬ『一石三鳥』になればと、その提案を口にした。
「なるほど、ちゃんとした『客』か。ならば話は勿論聴くし、仕事の内容によっては多少の融通も効かせるぞ」
俺の言葉に商売人と言うより、仕事人という表情で応えた店主は、顎を動かし『着いて来い』という仕草を示すと、店の奥の工房に戻って行く。
俺は店番として残る少年に軽く目礼してから、その後に続いて工房へと入った。