(新装)閑話笑題2・『やっぱりお狐サマが見ていた』
朝一で出会った珍奇な変態生物に削られた精神値を回復しようと、街の外で醜悪なゴブリン達を相手に軽く一狩りしてきた私は、精神値の回復と引き換えに減ってしまった肉体エネルギーを取り戻すべく、天恵の享受を行う事にした。
『天啓の享受』、真人族式に言えば『食事』の事である。
本当なら、森から与えられる恵みを自らの手で得るべきなのであるが、流石に人間共に汚されていない森の深遠まで赴く訳にもいかず、諦めて街の中で「マシ」な物を探す事にする。
苦労の末、木の実の類を乾かした物が売られているのを見付けた私は、それらの中で馴染みのあるモノを選んで買ってあげた。
「人間の癖に、にゃひゃにゃひゃ、ひょいみょのをふゅってるひゃね……、へぇ、あれふゃっ!(訳・『ゴミムシの癖に、中々、良い物を売ってるわね……、えっ、あれはっ!』)」
小袋一杯に買ったそれを抱えながら食べ歩く私は、何気に周囲に向けた視線の先に、「真坂」の存在の姿を見付けて驚く。
それは、私の精神値を削りまくってくれた件の『病的自己陶酔患者』であった。
何某の店から、大きな布袋を抱え出てきた『ソレ』は、見るからに不審な態度で周囲を見渡すと、明らかに疾しい者ですと言わんばかりにコソコソと店の裏手へと回り込む。
・・・怪しい。アレは間違いなく犯罪者の動きだわ。
確かな証拠は無いが、それを直感で見抜いた私は、その事実を確かめる為、変態生物の後を追った。
逃げられていけないという焦燥と、見付かったら碌な事にならないという冷静さという相反する二つの感情を胸に、迅速かつ慎重に店の裏手へと近付いて行く。
そして、店の裏手が見える一歩手前の所まで至った私は、次の行動の先で何が起きても平気なように、自分の胸に手を当てると、ゆっくりと二度三度と深呼吸して気持ちを落ち着けた。
・・・因みに、駄肉に盛られた女真人族共の『自己主張の激しい』胸と違い、この私の胸は唯単に、主である私に似て『慎み深い』だけである。
心と体の準備を整え、いざ変態生物の所業を確かめようと、首を巡らし店の裏手に視線を向けた私の瞳に、目的である存在の姿が映る。
荷物である布袋を抱えて立つ変態生物の姿を視界に捉えた次の瞬間、驚くべき出来事が起きた。
・・・まっ、真坂っ! 嘘でしょっ……!?
変態生物が抱えていた布袋が一瞬にして完全に消えたのである。
その『あり得ない』現象を『あり得る』モノとして説明する唯一の真理が、直ぐに私の脳裏に浮かび上がる。
しかし、それこそが正に『あり得ない』モノであった。
『魔法の道具箱』、空間魔法と呼ばれる特異の魔術の中でも、最も高度な知識と技能を必要とする、その『秘術』をあんな変態生物が会得しているはずがないのである。
私の思考がその真理を否定すると同時に、直感がそれを肯定していた。
変態生物が持っていた荷物を『消した』瞬間に、一瞬だけ生じた僅かな魔力の波の揺らめきを、私の鋭敏な感覚が確かに感じ取っていた。
だが、その事実が更に私の思考を掻き乱し、大きく混乱させた。
仮に、あの変態生物が使ったのが『魔法の道具箱』であるならば、そこに生じる魔力の揺らめきが、『一瞬』で『僅か』なはずがないのである。
どれほど優れた術者であろうと、『魔法の道具箱』を使う際には、最低限度の呪文の詠唱と少なからぬ魔力の消費を必要とする。
それが私が知る紛う事なき『真理』であった。
自らの知る知識とそれがもたらす混乱から、私が開放された時には、件の変態生物の姿はどこかへと消えていた。
『未知なる謎に遭遇し、それに捕らわれそうになったのなら、先ずそこから素直に退く事である。それに逆らい無闇に明らかにしようとすれば、より深い迷宮へと誘われる事になるであろう』
私は、その「分からない事は、素直に分からないと認めることが大事である」という族長様の教えに従い、先刻、見た出来事を忘却する事にした。
・・・所詮、変態生物がやる事だし、気にしたら負けよね。
自分でも妙だと思う納得の仕方をして、私は変態生物によって中断された天恵の享受に戻る。
そして、気分転換の意味も含めて再び歩き出した。
お日様が出てから時間も経ち、人間共が沸き始めたので、私は天啓の享受の後の散歩を終わらせて宿に戻る事にした。
そう決めて踵を返えそうとした私は、次の瞬間、不快というか嫌な予感を感じさせる魔力の波を感じ取る。
好奇心による背中押しと、警戒心による引き留め、その両方を抱いた私は、危険を覚悟で好奇心に従う事にした。
そして、私は、再び、否、三度目の変態生物との遭遇を果たす事になる。
初め、『ソレ』を見た時、一体何をしているのかさっぱり理解できなかった。
しかし、暫しの観察によって、『ソレ』を理解した時、私は再び混乱せずにはいられなかった。
その行動の理由は分からないが、件の変態生物は、明らかに人目を避けた物陰で、『魔法の道具箱(?)』を繰り返し使って、自分の身に着けている物を何度も何度も、それこそ見ているこちらが飽きるというか呆れるほどに入れ替えていた。
・・・嗚呼、解らない! 全然、全く、これっぽっちも解らない! 否、解りたくも無い!
その行為の意味を理解しようと必死に思考を巡らせ続けた私だが、その努力も限界に達し、終にはそこから逃げ出してしまった。
精神が崩壊する一歩手前の魂の叫びに打ち震えながら、かれこれ三十分程、街の中を迷走した私は、何とか正気を通り戻すが、件の変態生物によって無駄な肉体エネルギーを消費させられた事実に、激しい負荷と怒りを抱かずにはいられなかった。
『我は求める、その稀有なる天の息吹を! 《万敵切り裂く至高の風刃》!』
心に沸き上がる怒りを魔力に代えて、私は全身全霊の持てる力を込めた、最大威力の風属性攻撃魔法を天空へと目掛けて撃ち放った。
・・・はぁーっ、スッキリしました!
自分でも驚く程の威力を持つ風が、心にあった全ての嫌なモノを吹き飛ばしてくれたのか、その心のままに私はとても爽やかな笑顔を浮かべるのであった。
・・・想像以上に大きかった威力の余波が、周囲に『ちょっとだけ』影響を及ぼしたみたいだけど、特別な問題はないよね?
『怨むなら、私じゃなくて、あの変態生物を怨みなさい』という紛う事なき正論を呟いて、私は、その場から立ち去った。
負荷の解消も果たしてスッキリとした気分になった私を嘲笑うかのように、『ソレ』は現れた。
・・・精霊神様、コレは貴方が私に課した魂の試練なのですか? それとも古に討ち滅ぼされたという邪神達の呪いでしょうか……。
全く望まぬ変態生物との四度目の遭遇という『呪詛』紛いの出来事に、最早、私はそう嘆く事しか出来なかった。
ここで逃げたら負けと自分を奮い立たせ、私は変態生物に臨んだ。
変態生物は何某の店の前に立ち止まり、何事か考え事をしているのか幾度となくその表情を変えた後、今までの人生の中で私が見た中でも最高に『ウザい』笑顔を浮かべると、鼻息を荒くしつつ、件の店の中に飛び込んで行った。
『アノ』変態生物が喜び勇んで入って行く店など危険極まりなく、下手に関われば魂までも汚されかねないと判断した私は、それを避ける為に迷う事なくその場から立ち去った。
・・・コレ、本当に『邪神の呪い』ですか……?
真坂、変態生物との五度目の遭遇をする羽目になるとは思わなかった私は、そう心から嘆くと同時に、『邪神の呪い』の存在を確信して、恐怖に打ち震えずにはいられなかった。
傍から見るその変態生物の姿は、唯の買い物客である。
しかし、その『買い物』の対象が『危険』過ぎた。
自慢ではないが、故郷の『精霊樹の里』に於いて『神童』とまで呼ばれた私の博識は、それが並みではないという自負を当たり前に抱ける程度である。
その私の知識の全てを以ってしても、あの変態生物が興味を向けているモノの正体が全く解らなかった。
・・・あの奇妙奇天烈としか言いようもない像こそ、邪神の祭器ではないのでしょうか?
そして私は、その想像によって、これまでの出来事に於ける『真理』の存在を見出した。
見るからに怪しいとしか言えない店の男と、その男に腕をとって信奉される変態生物。
そして、僅かに聞こえてきた『カトブレパス』という言葉。
嘗て邪神の僕として、この世界の全てに破壊と災厄を撒き散らした伝説の魔物の名を、平然としているどころか笑って話すその存在に、私は心から恐怖する。
自らの身の安全を計る為にも、あの邪神の使徒たる変態生物が、邪神の祭器を手に入れるのを何としても阻止する必要があった。
・・・しかし、正直、怖くて仕方ないデス。
駄目だ、恐怖とそれによる負荷で、思考は激しく乱れ身体が思う様に動かない。
そんな私の不甲斐なさを嘲笑うように取引が済んでしまう。
取引が終わると同時に猛然と姿を消す男。
抜け目なく『魔法の道具箱』に、手に入れた邪神の祭器を収める変態生物改め、邪神の使徒。
全ては最悪の形で終わってしまった。
絶望に打ちひしがれる私への追い討ちの如く、手に残した杖の闘中達をした祭器を見て満足そうにほくそ笑んだ邪神の使徒は、勝利の雄たけびを上げると何処かへと走り去って行った。
最早、取り返しのつかない状況となった現実に対する恐怖と絶望を抱え、私は宿へと帰る為に歩き出した。
・・・宿に戻ったら、ほんの少しだけ寝台の中で泣いても良いよね……(ぐっすん)




