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加勢と終結

 怜が男へと駆け寄っていく。それを見ながら、五十鈴は警戒を解けないでいた。

 夏樹や春子はまだ到着しそうに無く、この場には五十鈴たち二人と男のみ。男は怜の能力によってほぼ無力化されたが、元々漫画で見たような派手な戦闘をするような能力じゃない。それよりも、黒幕の一人として周囲を操っていそうな能力だ。何か狡猾なことをしてくるかもしれない。

 そんな懸念が頭を離れず、五十鈴は男が動けばすぐに止められるよう、目を凝らしていた。

 そして、その懸念は現実のものとなる。

 怜が傷の処置を終え、男の方を向いたとき、その目が深紅に染まったのだ。

「怜!」

とっさに叫んでも、すでに手遅れだった。

 顔を逸らそうとする抵抗の兆しが消え、怜の全身が弛緩する。

「くひっ、そ、そうだ。よーし、じゃあ、まずそこのガキを殺せ!」

痛みと狂喜に歪んだ顔で、男が命令を喚く。それに従って、不安定に揺れながら怜が立ち上がった。

 その目に、生気は無い。いつも宿っていた優しげな光も、周囲に向ける冷たい光も、感情のすべてが無かった。

「怜!怜!」

どれだけ名前を呼んでも、返事をしてはくれない。それどころか、右手の形を変えた。指二本を立てる、先ほど男に向けた形状。その次は、きっと。

その予想に反することなく、怜の瞳が深紅に変わる。そして。

「きゃぁぁ!」

咄嗟に左に跳んだ五十鈴の爪先を斬撃が掠り、靴と、その下の指を浅く斬る。アスファルトの地面を綺麗に切り裂きながら走ったそれは、五十鈴がつい今しがた間で立っていたところで消えたらしかった。

「チッ!早くしろ!」

苛立った男の声。それを意識したわけでは無かろうが、怜はもう一度腕を振りかぶる。今度は左腕の横に。おそらく、この道を遮るように斬るつもりなんだろう。五十鈴が避けられないように。

 それを防ぐべく、右手を突き出す。小刻みに揺れるそれを安定させるために左手で握り締め、怜へと狙いを定める。

「怜、ごめん!」

一言の謝罪と共に能力を発動、動きを止める。だが、これは一時的なもの。啓二の話からするなら二十秒程で強制的に解除されてしまう。その間に夏樹たちが到着するのはさすがにタイミングが良すぎだろう。

 つまり、この二十秒は対策を練るための時間とも言えるのだ。この間に有効な案が出てこなければ、斬り裂かれる事になる。

 十八。怜の腕の高さは二の腕。しゃがめば避けられるだろうが、予想が外れれば頭蓋骨が真っ二つだ。

 十六。二十秒後に解除された後、すぐに発動する。タイミングがずれれば結果は同じ。

 十四。周囲の壁を利用して高く飛ぶ。高度が足りない、もしくは跳躍が遅れた場合膝から下は確実に無くなる。

 十二。隣のビルに飛び込む。入り込む隙間が無い。

 十。

「し、東雲さん!」

五十鈴を呼ぶ、聞き覚えのある声がした。

「金子、君?」

緊張と焦りが支配するこの状況でも、いつもと変わらず気弱そうな声。紛れも無く、金子協次郎、五十鈴のクラスメイトの声だった。

「は、早く逃げないと!」

背後から走ってきたらしく息が乱れてはいるものの、はっきりした声音。すぐに、左腕が引かれた。性格を反映したように遠慮がちに、それでも有無を言わせない強さで。

「ダメ!今逃げたら、怜が、怜が!」

「で、でも、さっき見てたんだ!あ、あの男が腕を振ったらアスファルトと東雲さんの靴が切れたよね!危険だよ!早く逃げようよ!」

そこで、ようやく協次郎が五十鈴を見る。紅く染まる瞳を見て、息を呑んだ。

「し、東雲さん、それ……」

「今、怜が動きを止めてるのは私がやってるからなの。でも、もうすぐ解除されちゃう!」

途端、その言葉を待っていたかのように能力が解除され、怜が動き出す。自分の状況を確認してから、再度五十鈴と、協次郎を見やる。が、動きはしなかった。

「おい!何やってる!二人まとめて殺せ!」

まるで二人まとめて五十鈴の能力にかかっていたように動きを止めていた男が、思い出したように命令を下し、下卑た叫びに弾かれた怜がもう一度構える。

 五十鈴はもう一度停止させようと右腕を伸ばすが、一向に能力は発動する兆候を見せない。どうやら、強制解除後は数秒間使用不能になるらしい。

 その間にも怜は腕をさっきと同じ場所へと動かし、五十鈴たちを冥い瞳で見つめる。そして。

「東雲さん!」

掴まれた腕が不意に強く引かれ、バランスを崩す。よろめいた視界に、唐突に影が差す。ちょうど、協次郎ほどの体格の影が。

「ダメ!」

怜の斬撃は対象の位置まですべてを切り裂いて直進する。つまり、たとえ協次郎が立ち塞がろうと、その体を切り裂いて五十鈴へと向かってくるのだ。それは、協次郎の犬死を指す。

「だ、大丈夫!ぼ、僕だって、能力あるから!」

肩越しに叫んだ協次郎は、両腕を体の前で交差させる。それは、子どもが良くやる防御の構え。だが、そんなもので何ができるというのか。

 そう叫ぶ心の奥に反して、体は動かない。まるで、自身の能力がかかったように。もう、協次郎のすぐ傍まで斬撃は来ているはずなのに。自身のせい協次郎が死ぬわけには行かないのに。それを防ぐ手立てが無い。眼前に迫った激痛と生の終わりを見据えられず、強く目を瞑った。

 なのに、それらは訪れなかった。

 恐る恐る目を開けると、怜が何らかの要因によって弾き飛ばされるところだった。

「……え……なんで?」

「ぼ、僕の能力なんだ。ずっと隠してたんだけど……」

「……球体保有者スフィア・キャリアだったんだ」

「……な、何それ?」

その疑問には答えず、ゆっくり首を振る。

「……後で課長から説明してもらうから、今は待って」

「か、課長?」

腑に落ちていない協次郎から視線を動かし、吹き飛ばされた怜を探す。その姿を見つけたとき、ちょうど起き上がったところだった。

「し、東雲さん!早く!い、今のうちに逃げようよ!」

「……ううん。私は逃げないよ。怜がまだいるし、これも任務だから」

「に、任務?で、でも、さっきの奴が起き上がったらまた……!」

「大丈夫。きっと催眠術は解けてる。あれだけ吹き飛んだら、かなり痛いから」

その言葉に違わず、起き上がった怜の目には感情が戻っていた。その証拠に、道に入った切れ目を目に留め、目を見開いている。そして、五十鈴と協次郎へと目をやると、大急ぎで駆け寄ってきた。

「五十鈴!悪い、俺……」

「大丈夫。無事でよかった」

「で、君は?早く逃げた方がいいぞ。たぶん、あいつまた何かやってくる」

「あ、ぼ、僕、東雲さんのクラスメイトで、金子協次郎って言います。そ、それで、僕も手伝います!」

思い切って叫んだせいか、かけていた丸眼鏡がずれたのを慌てて直すその仕草を見て、怜の目が訝しげなものに変わる。それをフォローするように、五十鈴は説明を入れた。

「金子君も球体保有者なの。能力を反射できるみたいで、怜を吹き飛ばせたのもそのおかげなんだよ」

少し考え込む様子を見せた怜は、軽く頷くと口を開いた。

「……わかった。でも、危なくなったら五十鈴連れてすぐ逃げてくれ」

「わ、わかりました」

いい含めるような口調で呟いた怜は、言い終わるとすぐに男へと振り向く。未だ蹲ったままの男は、新たな見方の参戦に呆然自失といった体で、五十鈴たち三人を見ている。

 そこに、怜の声が響いた。

「……もう、いいだろ。大人しく捕まれ。どのみちその足じゃ逃げ切れない」

「ふ、ふっざけんなよ!俺が!この俺が!てめぇら見たいなガキ共に捕まってたまるか!」

「そのガキ共にやられてそんな状態なんだ、諦めた方が身のためだぞ」

「そーだぞ。さすがにこの人数相手に逃げおおせられるとか思っちゃいないよな?」

唐突に後方から響いたのは、つい先ほどなのに、かなり前に聞いたような気がしてくる声。振り向けば、永汰と春子が立っているのが見える。予想に反して、杏はいなかった。

「ぐ、う……ッ!」

「おっと、能力は使うなよ?自分の体が可愛いなら、な」

そうのたまった永汰は、二本指で構えていた怜にウインクをかます。やられた方は閉口したようだったが。ただ、同じ考えだったようだ。

 「はい確保。ご苦労様、二……人……?」

「あ、こいつも保有者だって」

「へぇ、じゃあちょっと来てもらおっか」

さっさと男を立たせた永汰が、手招きしてそのまま来た道を戻っていく。

 とりあえず事態の収拾がつき、五十鈴はいつの間にか詰めていた息を大きく吐いた。

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