それぞれの力
「ごめんなさいね。こんなときに限って渋滞していて……」
男を護送する藤波さんと課長とは別れ、俺たちはオフィスへと戻ってきていた。新たに加わることになった金子も一緒だ。
「いや、結果的に全員無事で、大した怪我もなかったんだから、気にすることない」
「けど、危険な目にはあわせちゃったから」
「このくらいは覚悟の上だって。それより、課長以外の能力を教えてくれ」
俺の言葉に、思い出したとばかりに手を打つ春子さん。その隣の杏さんも、今の今まで忘れていたようだった。大丈夫だろうか、この組織は。
「あ、えっと、夏樹さんの能力は聞いたのよね?」
『夏樹さん』なる名称に三人揃って首を傾げるが、すぐに課長の名前だと思い当たる。妙に外見とあっていない名前だ。
それはともかく春子さんの問いには俺と五十鈴のみが頷き、金子が首を傾げる。金子はエスパー課――『警察庁異能犯罪対策特務課』の活動・所属人員に対する揶揄としてついたあだ名らしい――に加入してまだ三分と経っていないのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
「じゃあ、そこからね。夏樹さんの能力は『身体能力強化』。自らの肉体を、常人の三から五倍に強化するの」
それは分かる。何せ課長自ら説明された挙句、脇に抱えて運ばれたのだから。常人には不可能な芸当だった。
「私の能力は、『治癒』。名前の通り、即死じゃない限り大抵の傷は治せるの。ただ、大きければ大きいほど治すのに時間がかかるし、傷跡も残ってしまう。間に合わなければ死んでしまうわ。だから、過信はしないで欲しいの」
そんなマイナス面を考慮して有り余るほど、有益な能力だ。これで、さっきの男の傷が治っていたのも頷ける。
「そして、永汰君の能力は『完全防御』。自身の体を、まったく攻撃を通さない物質で包み込むの。ただし、発動中は呼吸が出来ないから、長くても一分が限度よ」
一分間だけ、まったく攻撃を通さない。使い所が難しい能力みたいだな。とはいえ連続発動が可能だとは思うが。
「最後に、杏ちゃんだけど……」
そこで、黙って聞いていた杏さんが元気よく声を発した。
「はいはーい!ボクの能力は、『精神感応』だよ。ボクと、『登録』した人の間で、テレパシーでの会話を可能にするんだ。と、いうわけで、これから登録するから、ちょっと黙っててね?」
そう言った杏さんは、まず五十鈴の前に立つと、耳栓で周囲の音をシャットダウンする。そして、五十鈴の眉間に左の人差し指を当てた。
数秒間、室内に沈黙が下りる。次に口を開いたのは、五十鈴だった。
「……聞こえるよ」
どうやら、テレパシーでの会話中らしい。すぐに満足したのか、杏さんは満足げに頷くとその隣に座る俺へと視線を移した。
「じゃあ、怜クンも我慢してね」
同じ動作を行い、俺も何となく目を瞑る。すぐに、頭の中で杏さんの声が響いた。
(聞こえる?)
「聞こえてる」
(あ、口に出す必要は無いよ?頭の中で思い浮かべるだけでいいから)
(……こう、か?)
(そうそう、上手い上手い)
満足を通り越して喜びすら感じてそうな雰囲気の杏さんが、俺の頭を撫でて、金子の下へと赴く。俺に残されたのは、髪の毛を押す手の感覚と、左から俺を貫く不穏な視線だけだ。
「じゃあ、一応二人の能力の名前だけ教えておくわ」
『登録』を三人分終えた後、杏さんが腰を下ろしたのを見計らって、春子さんが話を再開する。どうやら、俺にも他の四人と同じ様に名前がもらえるらしい。嬉しいかどうかはこの際おいておく。名前があろうが無かろうが、使えることには変わりないのだが。
「怜君のが、『不可視斬撃』、五十鈴さんのが、『動作阻害』。意味は、分かるわね?」
まあ、分かる。インビジブルで不可視。スラッシュは斬撃だろう。五十鈴のは、そのままで邪魔や阻害、といった意味か。
ふと隣を見やれば、分かっていなさそうな顔で首を傾げている五十鈴がいた。まあ、中学三年生では、そこまで習わないか。
「五十鈴、インタラプションっていうのは、邪魔とか阻害ってことだ。分かるか?」
「今ので分かった。ありがとう」
謎が解けた開放感が満ちた笑顔で礼を言われて、悪い気はしない。頬の緩みを自覚しながら、五十鈴の頭を撫でる。
「おーおー、見せ付けてくれるねー。じゃあ、ボクはちょっと寝るから」
「じゃあ、今日はここで解散にしましょうか。金子君は、明日、またここに来て頂戴ね。緊急の要請があった場合は、杏のテレパシーで連絡が行くはずだから、出来る限り早急にここ、もしくは指定したポイントに来て。ただし、学校とかがあるときは、到着の見通しを教えてくれればいいから。それじゃあ、解散」
春子さんの言葉を持って、大分密度が濃かった今日も、家に帰るだけとなった。
日が傾き、橙に染まる空を見上げる。意図せずして、ため息が零れた。なんだか、色々ありすぎて感じていなかった疲労が、一気に来た気がする。
思えば、この数日に起きた出来事は、今まで遠ざけてきた『危険』の揺り返しなのではないかと思う。あの時あそこに男がいて、瀬上を操ったのは偶然かもしれないが、俺には必然に感じられる。根拠の無い予測、いや、ただの嫌な予感でしかないが、これからも友好的ではない球体保有者に数多く出くわすのだろう。そうなったとき、五十鈴を護れるか。いや、護れるか否かじゃない。死んでも護る。俺は、こいつから離れたら二日と生きていられないだろうから。
「……怜?」
いつの間にか繋いだ手に力が入っていたらしい。俺を見上げる五十鈴の顔に「心配」の二文字が大書されているのを見て取り、慌てて益体も無い思考を振り払う。五十鈴に心配をかけるわけには行かない。
「……いや、何でもない。帰ろうか」
こいつを護ることだけが、俺の存在意義であり、贖罪なのだから。




