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四年後

 いくらか夏の匂いが混じり始めた風が、五十鈴の髪を揺らす。エスパー課に参加してから四年、髪の色は随分茶色味がかってきていた。もっとも、今だって常人から見れば白髪も同然なのだが。

 手の中の携帯に目をやる。今日は珍しくエスパー課からの連絡はなかった。普段なら、朝昼夜、関係無しに呼び出されるのが常なのだが。

 五十鈴が高校に進学した頃から、球体保有者(スフィア・キャリア)による異能犯罪件数はうなぎ上りで、エスパー課の出動要請も引っ切り無しに訪れるようになっていた。それでも五十鈴と協次郎は学生と言う事で夕方から午後九時頃までの拘束だったのだが、大学生になって一年、その暗黙の了解もなくなっていた。

 「おい、聞いたか? 宮島のヤツ、『赤目』だったんだって」

「うわ、マジかよ。なんかやってんじゃね?」

「だよなー、赤目って言えば、犯罪者じゃん」

風に乗って、誰かの会話が耳に届く。どうやら、知り合いが球体保有者だったらしい。

『赤目』とは、球体保有者の通称だ。長ったらしい名前を嫌ったネットの住人が、その特徴から呼び出したものがそのまま定着した、蔑称としての意味合いが濃いもの。

そして、赤目イコール犯罪者、という等式が、球体保有者の存在が世に知らしめられてから四年、急増した異能犯罪によって成り立ってしまっていた。

 五十鈴自身、自分が保有者であることは周囲に隠している。それは自身の保身のためであり、家族や友人に迷惑をかけないためだった。

 「オレ、あいつのアドレス消すわ」

「やっぱ? オレ、一回あいつん家行っちまったよ」

「やべぇよそれ、なんかされてんじゃね?」

気分が悪くなって、五十鈴はその場から足早に立ち去った。

 あれだ。現在、球体保有者であるというのは、それ自体で犯罪者扱いされることになる。問答無用で嫌がらせや嫌悪の対象にされてしまうのだ。

 それは自身への嫌がらせだったり、無視だったり、陰湿ないじめに発展する事もある。それだけではなく、家族や親類、近隣住民まで被害が及ぶ事もあり、球体保有者への迫害が社会問題になっていた。

 だからこそ、全体的に球体保有者はその能力や存在を隠そうとし、一部が見せびらかすように犯罪を行う。それが大々的に取り上げられ、一般人と変わらない保有者にまで影響が及ぶ。悪循環だった。能力を隠そうとすることがまた、『犯罪者』のイメージを煽っていることも、一つの要因だった。

 不意に、手の中で携帯が音を奏でる。春子からの着信だ。

「はい、もしもし?」

『あ、いつも通り、オフィスに来て。そこで説明するから』

「わかりました」

足に力を込め、思いっきり蹴り出す。急に走り出した五十鈴をぎょっとした目で見た周囲も、五十鈴の姿を認めると呆れたような顔になる。それくらい、五十鈴が突然慌て出したり走り出したりするのは日常茶飯事となりつつあった。


 「ここであってるのか?」

「ええ。間違いないわ」

深く被ったフードの奥から、隣に立つ真弓を見やる。四年間、ほとんど離れず一緒にいると気がつかないが、四年前の写真よりも随分大人っぽくなっていた。後頭部の尻尾はい

まだ健在だが。

ちなみに、今俺が着ている、適正サイズより二周りほど大きいフード付きパーカーは、俺の目と髪の毛を隠すためのものだ。木田未来に発想を得た、俺の自己防衛。

 閑話休題。俺たちは今日、大学を早めに切り上げ、見ず知らずの人間を訪ねていた。

 ついでに言っておくと、、俺たちが大学に通っているのは『フォースだけが未来ではいけない』という隊長の意向によるものだ。俺も真弓も通う気なんて無かったのだが。

「でも、こんな時間にいるのか? まだ四時だぞ。その引田って人は、社会人だろ?」

「ええ。引田登三十二歳。一応、飲食店勤務、ってことになってるわ」

「だったらなおさらだろ。留守だったら骨折り損だぞ?」

無駄足の可能性を示唆する俺に諭すような視線を向けた真弓は、言い含めるように口を開いた。

「引田さんは現在、職場を無断欠席して家に引きこもっているわ」

愕然とする。それなら確かに家にはいるだろうが、俺たちのことを招きいれてくれる可能性は低いだろう。これは、無駄足を覚悟した方がいいかもしれない。

「理由は、同じ職場の人たちからの嫌がらせ。保有者だってことが露見したようね」

「あー、よくあるやつか」

ここ四年で急増し、今では社会問題とさえ言われているもの。今まで仲の良かった人にいじめられる、それは人の心に深い傷を与えるらしい。それによる自殺や、報復などは数え切れない。

 そしてまた、俺たちの前にあるアパートの一室に住んでいる男性もその被害者ということなのだろう。

「……ってことは、引き込める可能性って、かなり低くないか?」

「それでもやるしかないでしょ」

「あー、まあ、そうだな」

意を決して、アパートの階段を登っていく。カンカンと金属音を響かせながら廊下を進んだ先の角部屋に、『引田』の表札がかかっていた。几帳面な手書き文字。

 「二〇三、ここね」

「表札も間違いない。じゃあ、押すぞ」

無言で頷きあって、俺がインターホンを押す。古めかしい電子音に、反応はなかった。

「やっぱりダメか」

「すいません、引田さんですよね? 市役所のものですが……」

「お……」

いきなり身分詐称を始めた真弓を止めようと声を掛けるが、その前に真弓の手が俺の口を塞ぐ。どうやら、黙ってみていろというようだ。

 四年間で数多の訓練は受けてきたものの、勧誘の訓練など受けたことはない。まあ、ここは傍観しておこうか。いきなり身分詐称を行っては、信用性も何も無いと思うが。というか、ここは区だから区役所だと思うんだが。

 そんな俺のツッコミも虚しく、玄関扉が音を立てて開き、俺たちを中に引き込んだ。

 「おお、上手くいった」

「静かにしてなさいよ」

「君たち、何者なんだ?」

狭い玄関で、無理やり二人並んだ俺たちの前に立っていたのは、やつれていると言っても過言ではない顔に、眼鏡をかけた男性。身長は俺より五センチは低いから、百六十九くらいか。清潔な格好をしてはいるが、部屋の中のゴミ袋がそれを台無しにしているな。

 問いの意味が分からず顔を見合わせる俺たちに、引田が詰め寄る。

「この辺に市役所なんてないし、僕が政府と関わったのは能力を登録するときの一回だけだ。ってことは、それ絡みなんだろ? 見たところ成人しているかしていないかくらいだ。その若さで公務員なのか?」

中々どうして頭の切れる人だ。真弓の嘘も、俺たちの素性についての推測も、あの一瞬でやってのけたわけか。これは、一筋縄ではいかないか?

「サポートランク、ランク(フォー)、球体コードは《能力探知者》、あなたのことですね、引田登さん?」

唐突な真弓の確認に、戸惑いながらも頷いた引田は、ますます疑惑の視線を鋭くした。

「そこまで知っているなんて、本当に何者なんだ」

「私たちは、スフィアフォースです。警察庁異能犯罪対策特務課はご存知ですね?」

槌田の口から出て行った聞いたこともない名前に、引田が一歩後ずさる。まあ、当然の反応だろう。一人がぶかぶかのパーカー着て、フードで顔隠してるんだから。

「その、自衛隊バージョン、とでも言いましょうか。私たちの仕事は、球体保有者によるテロの鎮圧や、他国からの侵略行為の迎撃などです」

「そんな組織が、僕に何の用だ」

「私たちに、力を貸していただきたいのです」

引田の表情が揺らぐ。そりゃあ、名乗りもせずにそんな事を言われれば、誰だって怖くなるだろう。

「そういえば、自己紹介をしていませんでしたね」

仕方なく、俺から助け舟を出す。きょとんとした顔で俺を見ていた槌田は、思い出したようにあたふたし始めた。

「あ、も、申し遅れました。私は、スフィアフォース隊員、槌田真弓と言います。サポートランク、ランク四です、球体コードは《瞬間移動者》」

「同じく、柊怜です。アサルトランク、ランク(セブン)、コードは《不可視切断者》。訳あってフードは脱げないですが、ご了承を」

「あ、ああ。それにしても、『災厄級』とは、さぞかし強い能力のようだ。けど、そんな人がいながら、何故『戦術級』の僕に?」

『災厄級』や『戦術級』と言うのは、ランクの別称だ。それぞれのランクに見合った能力が、一体どの程度なのか。国が一覧のときに使った名称が、そのまま定着している。

「あなたの能力は、私たちの仕事に必要だからです。あなたの能力は、二十四時間以内に使われた能力を探知して、その使用者を視ることができるもののはずです」

唐突に自分の能力を言い当てられた引田は、再び表情を揺らがせる。そして、今度は二歩下がった。

「き、君たちは、僕に、『超越兵団』なんかと戦えっていうのかい!?」

ここ二年で耳にたこができるほど聞いたその名前に、唇が弧を描く。確かに、最終的にはそうなるだろう。

 しかし。

「直接戦うのは、私や柊など、直接戦闘に向いた能力を持つ隊員だけです。あなたには、私たちの情報収集や、戦闘状況の確認など、後方支援を手伝っていただきたいのですよ」

「……だ、ダメだ。僕にそんな度胸はない。この話、断らせてくれ」

もう一歩後ずさった引田が、小刻みに首を振る。その様子を見て、俺はそうそうに勧誘を諦めた。

「真弓、帰ろう」

「……分かったわ。それでは引田さん。またご縁があれば」

フォースは超法規的組織であるため、たとえ勧誘対象であろうと連絡方法は一切ない。つ

まり、接触はいつも一方的なのだ。

 引田の家を後にして、元来た道を戻る。真弓の能力を使わないのは、俺を連れると真弓に結構な負担がかかるからだ。真弓曰く、「五十メートルを全力疾走したくらい」。

 まあ、訓練を受けているから体力は人一倍あるとは言え、それを何度も強いるのはモラルに反する。

 だから、緊急招集でもない限り、使わないことにしているということだ。

 「……超越兵団、ね」

「どうかしたのか?」

不意に、先ほど言われた言葉を呟いた真弓は、言い終えた後呆れたようにため息をついた。

「私たちも同じようなものとは言え、どうして、二言目には軍事利用なのかしら、と思ったのよ」

「あー……」

超越兵団。それは、二〇二二年に、隣国である朝鮮民国が設立を発表した軍事組織。球体保有者のみで構成された部隊のことだ。それにより球体保有者の脅威が世界に広く広まり、俺たちスフィアフォースも俄然緊迫感が増した。また、保有者への反感を煽る結果にもなっている。

「まあ、仕方ないんだろ。やらなきゃやられるんだから」

肩を竦めた俺に、真弓の呆れたような視線が突き刺さる。

「なんだよ」

「そんな簡単に割り切れるわけないでしょ」

「だとしてもそういうスタンスだってことだろ」

「まあ、平たく言ってしまえばそういうことなんだけど」

勝ち誇る俺など見もせずに、真弓はキョロキョロとあたりを見回すと、心配そうにこっちを向いた。

「……いいのかしら? 会いに行かなくて」

その言葉を聞いて、俺は周囲の風景に見覚えがあることに、今更ながら気づいた。

「……あー、いや、いいよ」

「あなた、そう言ってもう四年よ?」

「俺は逃亡中だろ。会いに行けば五十鈴に迷惑がかかる」

「そうかもしれないけど……」

「あいつは一人じゃないから、大丈夫だ」

 見覚えのある風景。確か、この先にある路地に入って十分も歩けば、あの家があるはずだ。閉じこもっていた俺たちが唯一無二の世界として定義した、あの家が。

 けれど、今顔を出すのは避けておこう。きっと、五十鈴は新しい世界を築いているだろうから。


 「……ただいま」

誰もいない家の中に、五十鈴は挨拶を投げ込んだ。返事を期待するのは三年前にやめた。怜はあれから一度だって帰って来ていないが、連絡がないということは無事なのだろう。そう思うことにしている。でないと、心配で気が狂いそうだから。

「ねーねー、今日の夜ご飯何がいいー?」

怜が失踪してから半年後、心配だからとわざわざ隣に引っ越してきた杏が玄関から顔を出す。

 顔に出ていた懐古も不安も押し込めて、咄嗟に笑みを浮かべる。

「今日の当番は私だから、任せて」

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