戦闘準備
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
駆け寄ってきた槌田に軽く返して、立ち上がる。その間に、木和田と浜尾の二人は的の検分を始めていた。
「なるほど。データは取れたわ。ありがとう。このデータ、もし法案が施行されれば登録に回すけどいいわよね?」
「ええ。大丈夫です」
吹き出た冷や汗を拭って、努めて何でもない風を装う。そのままシミュレーションルームを出ようとしたところで、甲高い音が鳴った。
「……招集!?」
車がバックする際に鳴る音のような、あまり危機感を煽られるような音ではない。が、スフィアフォースの面々は一様にシミュレーションルームを飛び出し、今来た道を駆け戻っていく。……なんだ?
とりあえずその後ろについて走りながら、前を走る木和田に声を掛ける。
「なあ、これどういう状況だ?」
「ああ、そーいやそうだな。この音は招集のサインなんだよ。この音が聞こえたら、二分以内にさっきのモニタールームにいないとならねぇ。覚えとけ」
「ああ、なるほど」
とはいえ、何でこんなときに呼び出されるのかについては皆目検討もつか無いが。まあ、俺はここに参加してからまだ三十分ほどだ、知らなくて普通だろう。
全員がモニタールームへと入った後、副隊長が備え付けのパネルを操作すると、扉の正面に位置するディスプレイが明るくなり、『SOUND ONLY』の文字が現れる。
「……今日は、どういったご用件で」
『最初の出動だ』
流れ出したのは、一般的な男性の声。しかし、そこに込められた何かは、俺の背筋を伸ばすのに十分な量を持っていた。
「エスパー課では?」
『現在、ゾディアックの件でそちらに回す余裕が無い。何より、あの組織では力量不足だ』
その、「ゾディアックの件」を起こした張本人としては、頭を垂れる他無い。居心地の悪さを感じる俺を他所に、話は進んでいく。
「了解しました。それで、内容は」
『球体コード《気圧操作者》、木田未来の確保だ。抵抗すれば殺害も許可する』
木田未来。どこかで聞いたことがあるようなその名前は、槌田の呟きによって解説された。
「……ミス・ボンバー……」
『ミス・ボンバー』とは、確かネット上の掲示板から生まれたあだ名だ。木田未来の行動を、昔のゲームキャラになぞらえて揶揄した『ボンバーウーマン』から少しずつ変化し、『ミス・ボンバー』で定着。それはすぐに人々を通じてメディアにも広がり、今ではすっかり定着している。
つまるところ、木田未来は爆弾魔なのだ。最も有名なのは、渋谷のスクランブル交差点で小型のプラスチック爆弾を爆破したこと。それ以外にも小規模な爆破を繰り返している愉快犯。それが木田未来の人となりだ。
『現在、木田は都内の雑木林にある廃屋に潜伏している。至急向かってくれ』
「了解」
そこで通信が途切れ、ディスプレイが切り替わる。どうやら、木田の潜伏している雑木林周辺らしかった。
きびきびした動作で振り返った隊長は、先ほどまでとは別人のような顔をしていた。どうやら、スイッチが入ったらしい。
「ハードナー。地図の拡大を。雑木林が画面いっぱいになるように」
呼び方まで変わっている。どうやら、本格的に任務開始らしい。
「……入口は三つ……」
二枚並べて表示されたのは、どちらも同じ縮尺の同じ場所。ただし、左は地図で、右は航空写真だが。
そこに映っていたのは、高い鉄柵で囲まれた雑木林だった。どうやら、自然保護の観点から、立ち入り禁止になっているらしい。
「ゴースト、イミテーター。二人一組で東から。周囲を警戒しつつ廃屋を目指して」
「了解しました」
「はいよ」
「ハードナー。西から同じく」
「了解」
「ジャンパー、……」
そこで、隊長が言葉に詰まる。どうやら、俺のコードネームとやらが決まっていないためにどう呼ぶべきか迷っているらしい。
「とりあえず、ジャックでいいです」
「ジャック?」
「ジャック・ザ・リッパーのジャックです。小さい頃刃物振り回すことが多かったんで、あだ名がそれなんです」
「なら、リッパーでいいじゃない。丁度、意味もあってるもの」
「決定ね。ジャンパー、リッパー。同じく南から。くれぐれも注意しなさい」
「了解です」
「了解よ」
一通りの指示を終えて、隊長が一息つく。すぐに、顔を引き締めて五人を見回した。
「木田を見つけ次第戦闘に入って。確保、抵抗されれば殺害もやむなし。ただし、他の班が駆けつけるまでは無理をしないで、『逃がさない』程度の心構えでいること」
各人がいっせいに頷く。それを見て、隊長も満足げに頷いた。
「総員準備開始。ヒトサンマルマルをもって移動を開始するわ」
告げられた時間を脳内で数字に変換する。……一時丁度か。今何時だ?
ポケットを探るが、携帯は見当たらない。まあ、あったとしても電池切れだろうが。仕方なく、出て行く槌田に声を掛ける。
「おい、槌田さん」
「……何かしら」
「今何時だ?」
槌田は不思議そうな顔で首を傾げた後、得心したように手を叩いた。
「そういえば、預かったままだったわね」
そう言って弓なりに放ってきたのは、見慣れた携帯電話。
「安心して、中は見てないわ」
「紳士的だな」
肩を竦めた槌田を尻目に、携帯の電源を入れる。現在時刻は十二時四十五分だった。




