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追放された万能薬師は、隣国の冷徹皇帝に溺愛される  作者: La Mistral
第6章:【新生の神話編】

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第75話:【出陣】亡国の影、蹂躙の凱旋

第七十五話、長らくお待たせいたしました。

「白亜の砦」での攻防を終え、ついに物語は王都へとその舞台を移します。

かつて聖女として敬われたエルサが、自分を捨てた民や恩師の前に、二人の王の「共有物」として現れる残酷な凱旋。

彼女の心に最後に残っていた光が、ゼノスと新王の圧倒的な魔圧によって塗り潰されていく様を、五感の全てを動員して描写いたしました。

「家」を焼かれ、過去を断絶された彼女が、これからどのような「影」へと堕ちていくのか、その転換点となる一話です。

「……降りろ、エルサ。……お前を裏切った世界が、目の前にあるぞ」


ゼノス様の地鳴りのような低音が、血を吸って重くなった私の鼓膜を震わせ、喉の奥に苦い胆汁を逆流させる。


彼の無骨な指が、黄金色だったはずの髪を力任せに引き絞ると、頭皮が剥がれるような鈍い音がし、視界に火花が散って脳髄を白く灼き上げた。


「……ぁ、……あ、あ……」


馬車から引きずり出された私の素足が、瓦礫と硝煙にまみれた石畳に触れた瞬間、ざらついた砂の感触と、死者の返り血による生温かい湿り気が這い上がってくる。


よろめく私の身体を、新王が冷徹な腕で受け止め、わざとらしく鼻先を私の首筋に埋めて、凍てついた吐息を吹きかけた。


「父上、見てください。この女、かつての『故郷』の臭いを嗅いだ途端、こんなに脈を乱して……未練がましく濡れた瞳で見つめていますよ」


新王の嘲笑は、氷の破片を噛み砕くような冷たさを帯び、私のうなじに鳥肌を逆立たせる。


彼は、私の顎を力任せに逸らせ、無理やり地平線の先にある、半焼の聖印が掲げられた王都の城壁を見つめさせた。


「……違う、……違います、若君……っ。私は、ただ……」


「黙れ。お前の言葉など信じない。お前の身体が、誰の魔力に屈服し、誰を求めて震えているのか……その答えだけを、この男たちに見せつけてやれ」


「……く、……ひっ、……ぁ……」


新王の冷徹な指先が、私の薄い衣の襟元に指をかけ、鋭い爪で漆黒の布地を裂くたびに、絶望した民たちの喉から血の混じった悲鳴が爆ぜる。


「見ろ、エルサ。お前が慈しんだ羊どもだ。……お前の肌が、俺の冷気で青白く染まっていく様を、涙を流して拝んでいるぞ」


新王の嘲笑は、凍てついた金属が擦れ合うような不快な高音となって、私の耳の奥にこびりついた耳鳴りを一段と激しくさせた。


「……や、……めて……見ない、で……っ」


私は、泥に塗れた石畳に顔を伏せようとしたが、ゼノス様が背後から私の腰を岩のような腕で抱え上げ、逃げ場を完全に塞いだ。


彼の掌から放たれる、焦げた硫黄のような猛々しい魔力の熱が、剥き出しになった私の背中の皮膚を、無慈悲に、そして淫らに焼き焦がしていく。


「隠す必要などない。エルサ、お前はもう聖女ではない。……俺たちの支配を誇示するための、ただの『傷跡』なのだからな」


ゼノス様の地鳴りのような咆哮に合わせ、新王が私の鎖骨を自身の魔力で凍らせ、神経の奥底まで突き抜けるような鋭い激痛を走らせた。


王都の広場に立ち込める、死体の腐臭と硝煙の混じった重苦しい空気が、私の肺を汚泥のように満たし、呼吸をするたびに意識が白濁していく。


「……あ、……ぁぁっ!……主君、……壊れる、……私が、……消えて、しまう……」


「消えはさせん。お前の心だけを、この絶望の炎で焼き尽くし、ただ我らの魔力を乞うだけの肉の器にしてやる」


「……あ、司教様……見ないで、お願い……っ」


私の唇から溢れたのは、祈りよりも醜く、懇願よりも重く湿った、絶望の味のする吐息だった。


広場の中央、断頭台の影で泥を啜る大司教の、血走った眼球が私を捉えた瞬間、周囲の空気は死者の溜息のように冷たく、鋭い刃となって私の肌を削り取った。


新王はその無惨な再会を祝すように、私の首筋に刻まれた彼の紋章を、冷徹な爪先でなぞり、そこへ氷穴の奥底から汲み上げたような、凍てつく魔力を流し込む。


「どうした、エルサ。この老いぼれに、お前の『家』がどこにあるのかを教えてやれ」


新王の嘲笑は、ひび割れた鐘の音のように残酷に響き、私の耳の奥で、かつて慈しまれた民たちの悲鳴と混ざり合って、脳髄を白く灼き上げる。


背後のゼノス様は、私の項をその巨大な掌で包み込み、新王の冷気を上書きするように、皮膚をじりじりと焦がす猛々しい熱量を叩きつけた。


「……っ、……あ、あぁぁ!……熱い、……冷たい、……主様、……もう、……壊れて、しまう……」


私の身体の中で二つの相反する魔力が爆ぜ、内臓を攪拌し、骨を軋ませるたびに、銀の鈴を泥に沈めたような、甘く濁った喘ぎが広場に霧散する。


「……エルサ……主よ、なぜ、このような……」


大司教の、魂を削り出したような慟哭が、冷たい秋風に乗って私の鼓膜を針のように突き刺し、喉の奥に苦い鉄の味を逆流させた。


私は、ゼノス様の岩石のような胸板に背中を預け、新王の支配的な眼差しに射抜かれながら、かつての信仰を、その血塗られた泥の中へと自ら踏み捨てた。


「……司教様、……救いなど、……ありません。……私は、お二人の、……影。……この痛みだけが、……私の、……生きる、証……なのです」


ゼノス様が満足げに私の腰を抱き上げると、城門から漂う硝煙の臭いと、新王の放つ凍てついたミントのような香香が、私の意識を深淵へと誘う。


「仕上げだ、エルサ。……お前の神が住んでいたあの玉座を、今から俺たちの『檻』へ、そしてお前の『生きた玉座』へと造り変えてやる」


二人の王に左右を固められ、私は崩れゆく王都を背に、永遠に太陽の届かぬ城の奥深くへと、その重い鎖を引き摺りながら、一歩ずつ歩みを進めた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

第七十五話「出陣」にて、エルサの精神的な「死と再生(再編)」が完了しました。

大司教の絶望した表情と、それを見つめるエルサの空虚な瞳の対比には、特に力を注いで執筆いたしました。

次話、第七十六話では、陥落した王座の間を舞台に、エルサが「生きた玉座」として二人の王の間に据えられる、さらに濃密な隔離生活が始まります。

逃げ場のない城の奥深くで、彼女の肉体と精神がどう造り変えられるのか、その深淵を綴ってまいります。

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