第44話:【断絶】這い寄る希望と、残酷な拒絶
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昨日2/20は日間 2,474 PV という凄まじい記録を達成し、ついに物語は 第5章:【終末の楽園編】 へと突入しました。
第44話は、過去の因縁との完全なる決別。
エルサを「便利な道具」として連れ戻そうとする騎士レナード。
だが、ゼノス皇帝にすべてを捧げた彼女の口から出たのは、慈悲ではなく「誰ですか?」という残酷な一言でした。
精神的な同化が完了し、人間としての機能を失いつつある聖女。
その「美しき拒絶」を描き出します。
天を衝くほどに高く、厚い雲の上に浮遊する離宮の麓には、もはや「世界」と呼べるものは残っていなかった。
地上を埋め尽くすのは、音もなく全てを飲み込む漆黒の泥。
触れれば魂まで腐食させるその濁流から逃れ、帝国の生き残りたちは今、禁忌の聖遺物を起動させていた。
「これさえあれば……エルサ様のもとへ届くはずだ」
騎士団長レナードの声は、枯れ果てていた。
かつて、魔力を持たぬ彼女を「石ころ同然」と地下室へ放り込んだその手は、今や泥にまみれ、縋るような震えを止めることができない。
「あの方は慈悲の塊だ。我らが跪き、涙を流して悔い改めれば、必ずやあのご尊顔を綻ばせ、この地獄を浄化してくださる。我々を見捨てるはずがない」
彼らが口にする「反省」とは、自らの罪に対するものではない。
迫りくる死の恐怖から逃れるための、身勝手な生存本能に過ぎなかった。
かつて踏みにじった少女を、今度は「救世の道具」として略奪しに行く。
その傲慢さに気づかぬまま、彼らは離宮の結界を強引にこじ開けた。
離宮のテラス。
そこは外界の腐臭など微塵も届かない、芳醇な花の香りと清らかな魔力に満ちた箱庭だ。
魔王ゼノスは、銀の椅子に深く腰掛け、その膝上にエルサを囲い込んでいた。
彼の長い指が、エルサの白磁のような頬をゆっくりと撫で上げる。
「見ろ、エルサ。泥を啜り、無様に這いずり回る虫たちが、お前の足元まで辿り着いたようだぞ」
ゼノスの視線の先、庭園の端に転がり出たレナードたちの姿があった。
泥に汚れ、正気を失いかけた彼らの姿は、この世で最も醜い喜劇のようだった。
「お前を暗い地下室に捨て、飢えと孤独に晒した英雄殿だ。……どうだ? あいつをこの場に引き摺り出し、お前の靴を舐めさせてやろうか?」
ゼノスは愉悦に目を細め、彼女の反応を待った。復讐か、それとも恐怖か。
しかし、エルサが向けたのは、そのどちらでもなかった。彼女は、ただ風に揺れる花を見るような、虚ろで純粋な瞳をレナードへ向けた。
「……ゼノス様、お戯れを。あのような……汚らわしい泥の塊が、私の知り合いであるはずがございません」
鈴の鳴るような、透明な声。エルサはゼノスの胸にそっと寄り添い、甘えるように目を伏せた。
「私の世界には、あなた様と、あなた様が与えてくださったこの光しか存在しません。……あのような醜い『無』に、私の記憶を割くのは苦痛ですわ」
その完璧な拒絶。過去の全否定。
ゼノスは低く笑い、満足げに彼女の指先へ執着に満ちた口付けを落とした。
「エルサ様ッ! おお、聖女様……!」
ゼノスの指先一つで、空間を転移させられたレナードは、神殿の冷たい床に叩きつけられた。
目の前には、かつて自分たちが虐げたはずの少女が、神々しいまでの美しさを纏って座っている。
「申し訳ございませんでした! 私たちが間違っていた! さあ、今すぐ地上へ戻り、その御手で泥を払ってください! あなたならできるはずだ!」
必死に床を這い、エルサの裾を掴もうとするレナード。
だが、その指が彼女に触れる直前、氷のような冷気が場を支配した。
エルサは、汚物を見るような眼差しで彼を見下ろし、小さく身を引いた。
「……汚い。触れないでください」
その声には、怒りすらこもっていなかった。
「ゼノス様以外の熱を肌で感じるのは、吐き気がするほど不快です。あなたが誰かは存じませんが……どうか、消えて。私の視界を、その醜さで汚さないで」
「な……エルサ様? 冗談でしょう? 私です、レナードです! あなたを守ると誓った……!」
「聞こえなかったか? ゴミが」
ゼノスの冷徹な声が響く。彼はエルサの肩を抱き寄せ、レナードの絶望を嘲笑うように告げた。
「お前たちが求めている聖女は、お前たち自身の手でもう殺されたのだ。……ここにいるのは、俺の愛によって再構築された、俺だけのエルサだ。お前たちの世界など、最初からこの子の記憶には存在しない」
ゼノスがパチンと指を鳴らす。
その瞬間、レナードの足元に底なしの闇が口を開けた。
「あ、あああぁぁぁーーっ!」
悲鳴は、離宮を包む静寂に一瞬で吸い込まれた。
レナードは、かつて彼女を突き落とした地下室よりも深く、暗い「泥の世界」へと再び放り出されたのだ。
今度は、救いとなる聖女を永遠に失ったという絶望を抱えて。
再び静寂が戻った離宮で、エルサは満足げにゼノスの腕の中で瞳を閉じた。
外界は滅び、泥に沈む。
だが、この閉ざされた楽園にいる限り、彼女を傷つける過去も、義務も、誰も存在し得ない。
二人は永遠に解けない抱擁を交わし、深い、深い沈黙の底へと沈んでいった。
第44話をお読みいただきありがとうございました!
ついに第5章が本格始動しました。
かつてのヒーロー候補さえも、今のエルサにとっては「ただの不純物」に過ぎません。
おかげさまで、投稿時の文字数も、過去の 1,279字 を遥かに凌駕する密度となっております!
「エルサの冷徹な一蹴がたまらない!」「ゼノス様の勝利宣言、もっと見たい!」と思われましたら、ぜひ【★評価】や【ブックマーク】をお願いします!
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