141:グリーンベリー探し
モモさん達と別れてから山沿いの林道をもう少し南下すると、町一つくらいなら入りそうな巨大な湖が目の前に広がっていました。
ネットの情報によれば魔王軍襲来前は王都民に親しまれる風光明媚な観光地だったようなのですが、度重なるモンスターとの戦いで荒れ果て、光帯と星明りに照らされた湖からは昔日の面影はありません。
周辺はモンスターが徘徊する危険スポットとなっており、この湖の東側を迂回するように南下すればワイバーンの塒とは目と鼻の先なのですが、私の目的は討伐ではなく納品アイテムである『グリーンベリー』の採取です。
この『グリーンベリー』は葉っぱの無い蔓のような低木に生る小さな果実で、イベント用の納品アイテムではあるのですが、一応通常生産にも使える物のようですね。
分類は果物系で、酸味の強い青リンゴのような味がするのですが、色合が熟す前のような色合である事と、食感はベリーのような粒々なのに味が青リンゴと、食べ慣れるまでは脳がバグる感じがするともっぱらの評判です。
モモさんに教わった群生地はこの湖の南側から少し西に行った場所で、「この湖を西側経由で戻ったらどうなるのかしら?」みたいなノリで通った時に見つけたそうです。
ただその時はワイバーンと戦った帰りだった事もあり、あまり1PTで狩り尽くしてもと思い程ほどに採取したとの事で、「他のプレイヤーがあまり通らない場所でしたし、たぶんまだある筈ですわ」というのがモモさんの話でした。
まあどうなっているのかはわからなかったのですが、もしその場所に無かったとしても王都の南側なら広い範囲で分布しているらしいので、きっとどこかで見つける事は出来るでしょう。
因みにこの大きな湖なのですが、ゲームなので当然のように潜った人がいるのですが、結構な深さがあるので全ては調べ切れなかったようですね。
今の私は丁度水着を着ているので入ってみるのも良いかもしれませんが、水中で呼吸が出来るようになるアイテムが無ければこれ以上の探索は難しいと言う話ですし、夜中にわざわざ水中に潜るのは止めておきましょう。
これは水中が危ないからであって、決して私の体に人よりちょっと水の抵抗を受ける場所があるとか、泳ぎが苦手という訳ではないのですが、とにかく今の所入る理由がないので潜るのは止めておきます。
とにかく目的地である湖に到着した訳なのですが、意外と早くつきましたね。ワイバーン戦を観戦していた時間を除くと私が普通に歩くのとそう変わらない時間で到着したといいますか、『小人化』しているのでもう少し時間がかかると思っていました。
まあその辺りは牡丹が頑張ってくれたと言いますか、人間形態の私について来れるだけの移動速度はありますからね、人を乗せているので多少揺れないようにセーブはしてはいるのですが、全体的な移動速度と言う意味では誤差の範囲なのでしょう。
「牡丹、ここからは静かに行きますよ」
海嘯蝕洞に人が取られたと言っても0になった訳ではないですからね、塒に向かうルート上にはそこそこ他のプレイヤーが居てモンスターを掃討してくれていたのですが、あまり人の通らない外れた場所に行くとなると、モンスターの襲撃が考えられます。
よほど変なエンカウントをしなければ大丈夫だとは思いますが、一発でも当たれば即死するかもしれませんからね、気を付けるに越した事はないです。
「ぷぅー…」
牡丹は「わかった」というように息を吐き、辺りを警戒するように視線をキョロつかせた後、跳ねる音が少し静かになりました。
そのまま湖の東側を通り南側に抜け、そこからモモさんの言っていた場所まで西進します。
この辺りからあちこちに『グリーンベリー』と思われる蔓の塊があるのですが、流石に林道に近い場所のベリーは取りつくされてしまっているようですね。
ある程度の時間がたてばリポップするようなのですが、通行の多い場所だとその度に摘まれてしまい探すのも効率が悪いですし、モモさんの言っていた群生地に行く事にしましょう。
途中ワイバーン数匹北上していく姿が見えましたが、残念ですが今回は見送りですね。私達はまばらに生える木の陰に隠れて、そのワイバーン達を見送ります。
塒ルートである林道辺りはワイバーンの襲撃から逃れるのに適した森林地帯になっているのですが、西側に移動すれば一気に木々が疎らになり、隠れる難易度が上がっていきます。
開けた草原にチラホラと生えている草や植物の陰に隠れて、待って、移動して、そうしながら時間をかけて湖の南西辺りにやってくると、生えているのは茂みなのかただの草なのかと言う植物程度で、もう殆ど身を隠す場所がないですね。
そういう場所までやって来てやっと『グリーンベリー』がたわわに実る群生地を発見したのですが……丁度その近くで、3匹の武装ゴブリンが徘徊していました。
この武装ゴブリンというのは、体格や筋力と言ったステータスは殆ど通常種のゴブリンと変わらないのですが、比較的まともな武器を持ち、ボロボロの皮鎧や継ぎ接ぎだらけの籠手や拗ね当てを身に着けたゴブリンの事ですね。
だいたい数匹纏まって行動し、中には盾を持っている個体も居るとの事で、一通りの装備を身に纏った敵とのチュートリアル戦闘という感じのモンスターでした。
『小人化』していなければ蹴散らして『グリーンベリー』を回収してとなるのですが、今は避けられる敵との戦闘は避けたいのですよね。
水辺で武装ゴブリン達が何をしているのかはわからないのですが、水場で「GYAT」「GYAX」と言っていますし、もしかして遊んでいるのでしょうか?
まあゴブリン語はよくわかりませんし、習性も謎なのですが、遊んでいるのなら飽きたらどこかに行くでしょう。そう思いそのまま茂みで待機していたのですが……そのゴブリン達はどこかに行くどころか、ヒクヒクと鼻をひくつかせて辺りを見回し始めます。
「GOBUGO!」
「GOBUBU」
えっと、もしかして匂いでしょうか?ここまで本格的に索敵されるとは思っていなかったので少し油断してしまいましたが、確かにこちらが風上ですね。
これがワイバーンや体が大きく耐久度の高いボアあたりでしたら逃げる事も考えるのですが、武装ゴブリンの耐久度は通常種とそれほど変わりはありません。
相手は3匹、やってやれない数ではないですね。
(牡丹…)
(ぷ!)
【意思疎通】で簡単に打ち合わせをするのですが、作戦自体はかなりシンプルです。
気付かれる前に強襲。
切れる手札があまりないですし、もし一撃入れて無理そうなら……逃げればいいだけですからね。最悪の場合は、本当にどうしようもなければ、湖に飛び込めば何とかなるでしょう。
武装ゴブリン達の装備で着衣水泳と言うのも難しそうですし、何とか沈める事が出来たら倒す事が……とまで考えましたが、その辺りは今からかける一撃にすべてがかかっています。
(行きます!)
出来たら簡単に倒す事が出来ますようにと祈りながら、私は牡丹から降りて、左右から挟撃するように武装ゴブリンとの距離を詰めました。
一番近くに居る武装ゴブリンAが剣装備、右奥にいる武装ゴブリンBが剣と盾、一番左の奥に居る武装ゴブリンCが槍を装備したゴブリンですね。槍持ちは腰に袋を吊り下げていたので、何かアイテムを持っているのかもしれません。
とにかく私達はまず手始めに、一番近くに居る武装ゴブリンAに攻撃を集中しました。
「GOBU!?」
まるで奇襲される事を一切考えていなかったという武装ゴブリン達は、いきなり草陰から襲い掛かって来た牡丹に向けて武器を向け、不安そうにキョロキョロと辺りを見回していました。
牡丹に気を取られながらも、反対側から攻撃を仕掛けてきている私の存在に匂いで気付いているのでしょう、焦燥に駆られたように適当に剣を向けてくるのですが、その視界の中に私の事が捉えられる事はないですね。
とはいえ夜間これだけ動けているとなると夜目がある程度きくのでしょうし、目を凝らせられれば水着自体は見えますからね、相手が冷静になる前に一撃を入れようと、私達は一気に距離を詰めました。
ガリガリに痩せた1メートルちょっとの体は、人間からしたら小柄の部類に入るのですが、今の私からは見上げる程大きく……その、腰に巻いた布の下にそそり立つ物が見えてしまったのですが、匂いを嗅いで何を考えていたのでしょう?とにかく絶対にゴブリンだけにはやられないようにしようと心に決めながら、反対側から走り寄る牡丹と同時に、武装ゴブリンAに攻撃を仕掛けました。
※ゴブリンはなかなか危険です。




