6.試練のあとに
木の実と野草ばかりではあるが、ヴェルクと協力をしてなんとか夕食を作り終えた。
本当なら祠の試練で疲れた体を早く休めるためにも、支給された食糧を使って簡単に作れるものを食べるだけにしたかったが……、支給された食糧をタリムとティアナに渡してしまった以上どうしようもない。
「よーしっ! 今夜は祠の試練突破記念にパーッとやろうぜ!」
ヴェルクは水の入ったコップを片手に元気良くそう言った。ヴェルクがパーッとやりたい気持ちは分からなくはないが……祠の試練突破記念に食べるにしては、あまりにも地味なメニューになってしまったな。パーッとやるつもりだったのならもう少し手を加えてマシなメニューにしたかったが……。
まぁ、地味なメニューだろうがそんなことなど気にせずヴェルクは盛り上げようとしてくれているのだから、僕もそれに乗っかろう。
「そうだな、それじゃあ乾杯でもするか?」
僕は乾杯のジェスチャーをしながらヴェルクに聞いてみる。
「おっ、アレイス。ノリがいいね~! んじゃあ、はい!」
ヴェルクはそう言って僕用にとコップに水を注いでくれた。ヴェルクからコップを受け取った僕は乾杯の音頭を待った。
「それじゃあ、祝! 祠の試練突破記念にカンパ~イ!」
ヴェルクの音頭で僕らはコップを打ち合わせた。
乾杯したあと、ヴェルクはコップに入っていた水を一気に飲み干した。
「ぷはーっ! いや~、無事に祠の試練を突破できてホントーに良かったなー。いろいろと助けてくれてありがとな、アレイス」
「いや、僕は別に大したことはしてない。むしろ、ヴェルクが思ったことを呟いたり行動に移してくれたお陰でどうすれば良いのかを導き出すことができたんだ。ヴェルクには本当に感謝している」
「いやいや、オレの特に深く考えていない言葉や行動とかで閃けるアレイスが凄いんだって。他にもオレの魔術式の抜けを見つけて修正するのを手伝ってくれたり、動揺しているオレを正気に戻してくれたりさ。……なぁ、アレイス。少しオレの話を聞いてくれないか?」
ヴェルクは先程までの陽気な様子とはうって変わって真面目な表情でそう言った。ヴェルクの雰囲気の変化を不思議に思いつつ、僕は口にしていたものを飲み込みヴェルクを見た。
「オレさ、実は……小さい頃に……」
ヴェルクは少し苦しそうな、そして何かに恐怖を感じているような表情をしながら手に持つコップに視線を落とした。
この様子だと今から話そうとしている話は簡単に話せるような内容ではなさそうだ。それに、それを話すにはまだヴェルクの気持ちの整理がついていないように感じる。
「ヴェルク、今はまだ話そうとしていることに対して気持ちの整理がついていないんだと思う。ヴェルクの気持ちの整理がつくまで僕は待っているから、今ここで無理をしてまで話さなくても大丈夫だ」
「っ……! アレイス……」
ヴェルクは驚いた様子で僕を見る。そして数分ほどすると何かを決意した表情になり、落ち着いた声色でヴェルクは話し始めた。
「ありがとな、気を遣ってくれて。もう大丈夫だ。オレさ、こうして一緒に祠の試練を乗り越えれたアレイスには話しておきたいと思ったんだ、……オレが昔やってしまった過ちを、さ」
そう言うとヴェルクは1度深く深呼吸をした。
「実はオレ、小さい頃に見よう見まねで使った魔術を暴走させてしまって、友達を傷つけてしまったことがあるんだ。
当時住んでた村の近くには森があってさ、そこによく友達と遊びに行ってたんだ。ただその森はたまに森の奥の方でゴブリンが目撃されていたから、なるべく手前の方で遊ぶようにしてはいたんだ」
そう言うと、ヴェルクは暗い表情でコップに視線を落とした。
「でもある日、オレと友達はいつも通り森の手前の方で遊んでいたにも関わらず、ゴブリンに遭遇してしまったんだ。オレと友達は急いでゴブリンから離れようと逃げたんだ。けど、友達は恐怖で足がもつれて転んでしまい、追い付いたゴブリンに襲われて……」
ヴェルクは語尾を少し震わせながらそう言い、体を僅かに震わせた。おそらく当時の光景を思い出してしまったんだろう。僕はヴェルクの気持ちが落ち着くまで静かに待つことにした。
少しして、ヴェルクは落ち着きを取り戻すと再び話し始めた。
「ゴブリンに襲われている友達を助ける為に、オレは近くに落ちてた木の枝を使ってゴブリンを追い払おうとしたんだ。けど、子供の力じゃほとんど効果はなくてさ。
そんな時、以前村に訪れた冒険者が魔術を使うところを見せてくれたのを思い出して、オレは見よう見まねで魔術を使ったんだ。
ちゃんとした知識も無く間違いだらけの魔術式だったが、奇跡的に魔術を発動することができたんだ。
けど当然、間違った魔術式による魔術を制御できるはずもなく、また当時、自分の魔力量が普通よりも多いことを知らずにありったけの魔力を注いでしまっていたから余計に魔術が大暴走してしまい、ゴブリンだけでなく無関係な友達まで巻き込んで傷つけてしまったんだ」
「そんなことがあったのか……」
ヴェルクの話を聞いて、僕はヴェルクが2体目のガーディアンを倒したあとに「オレはまた──」と言っていたことを思い出した。恐らくあの言葉はこの出来事を思い出して出た言葉なんだろう。
危害を加えてこない──つまり無害なガーディアンが友人の姿と重なり、自分の魔術が無関係な者に危害を加えてしまったと認識してしまったんだろうな。
「昔のことを思い出して動揺してたオレに、アレイスは『力の使い方を間違えていない』みたいなことを言ってくれただろ? あの言葉のお陰でオレは無関係な人を傷つけてしまってはいないんだって思えたんだ」
ヴェルクの「また」という言葉の意味を推測していると、ヴェルクは僕を真っ直ぐに見ながらそう言った。
「それでさ、改めて思ったんだ。今のオレ達には簡単に誰かを傷つけてしまうだけの大きな力がある。
今はまだ学園という環境の中にいるから力の使い方を指導してくれたり、間違いがあった時はすぐに止めてくれる先生がいるけど、無事に卒業して学園の外に出たらもう、正しく導いてくれる先生はいない。だから今以上にこの力の使い方を誤ってはいけないんだって思ったんだ」
ヴェルクはそう言いながらグッと拳を握った。
「ヴェルクの言う通りだな。これからは大きな力を使う時は、それによって起こる全てのことに対しての責任を自覚した上で行使しないといけない」
僕もヴェルクを真っ直ぐに見ながら応えた。
「ありがとな、アレイス。話を聞いてくれて。……さーて、自分から祠の試練突破記念にパーッとやろうぜ! って言っておきながら暗い話で台無しにしちまって悪いな。仕切り直しでもう1回乾杯しようぜ!」
そう言ってヴェルクはコップを僕の方へ向けた。
「分かった。そしたらまずは空になったヴェルクのコップに水を入れてからだな」
僕はそう言ってヴェルクのコップに水を注いだ。
「おう、ありがとな。んじゃ、仕切り直して乾杯!」
ヴェルクの乾杯の音頭に合わせて、僕らは再びコップを打ち合わせた。
それからは、僕が夕食に作ったおかずの味付けが寮母さんとそっくりだとか、他のチームは何を食べているんだろうな? とかたわいもない話をしながら夕食をとった。
*****
「そういえば、アレイスは卒業後の進路はどうするか考えてるか?」
夕食の片付けを終えると、ヴェルクがそんなことを聞いてきた。
僕らが通う王立魔術学園は、卒業生のほとんどが王国に属する魔術師団へ入る。少数派ではあるが魔術師団に入らない者は冒険者になったり、王国に属する騎士団に入って魔術騎士になる者もいる。
ちなみに、貴族の女子生徒だと魔術師という箔をつけるのを目的に魔術学園へ通っている者がほとんどだそうだ。だから卒業後は実家に戻り、そしてお嫁にいったりすることが多いらしい。ただし例外として実力のある者は魔術師団から入団して欲しいとお願いをされることがあるとか。
「そうだな……、とりあえず冒険者として1人でやっていける自信はないから、王国の魔術師団に入ろうかな、というぐらしにしか考えていないな」
何か1つでも秀でたものがあればそれを武器にして冒険者としてやっていける可能性があったかもしれないが、僕の能力はどれも平均的でぱっとしない。だから消去法で考えると魔術師団に入るのが無難という結論に辿り着く。
「へぇ~、なんか意外だな。真面目なアレイスなら魔術師団に入って、どこの部署に入りたいとか具体的に決めてるのかと思ってたよ」
「これといって得意なものがないからな。魔術師団の中で僕に合っている部署に配属させてもらえれば、ってぐらいにしか考えていないんだ。ヴェルクは決めているのか?」
「オレか? オレは魔術師団に入ってサポート系の部署にいけたらなー、って考えてるよ。攻撃・防御魔術をメインとする部署はスピード勝負だから下位魔術しか素早く確実にできないオレには向いてないだろ?」
ヴェルクは頭の後ろをかきながら少し自嘲気味に言った。
「でも、補助魔術を使う部署なら攻撃・防御魔術メインの部署ほどスピードを求められないし、オレ、補助魔術の成績はそんなに悪くなかったからさ。あと、他の人より魔力が無駄に多いから、上位魔術を使う魔術師に魔力を供給できるからいいんじゃないか? って思ってな」
「なるほど。確かにヴェルクは補助魔術を使った時、ほとんど失敗したことがないから向いていそうだな」
「本当か? オレと違ってどの魔術も安定して使えるアレイスにそう言ってもらえると、なんか自信が湧いてくるな」
ヴェルクは嬉しそうにニコニコしながらそう言った。能力がぱっとしない僕の言葉でも、ヴェルクに自信がついたのならなによりだ。
それにしても、「どの魔術も安定して使える」か……。ヴェルクは僕のことを少し勘違いしている。
僕が安定して使える魔術は中位までで、上位となると使えないことはないが発動までに時間がかかってしまう。だから中位以下の魔術と同じように安定して使えるとは言いにくい。
そのことを訂正しようと思ったが、ヴェルクの嬉しそうな顔を見て水を差すのは悪いと思い、僕は言うのをやめた。
「アレイス、今日はオレが先に火の番をするよ。まだオレ、寝付けそうにないしさ」
「そうか。それじゃ、お言葉に甘えて先に休ませてもらうよ」
「おう! おやすみ」
「おやすみ」
僕は寝る支度をし、体を休める為に横になった。
いよいよ明日は試験最終日だ。今までのように食材を集めながら進むのでは時間が……かかりすぎて……。
自分では気付かないうちに疲れを溜め込んでいたのか、横になってすぐに強い眠気がやってきた。
このまま頭がぼーっとした状態で考え事をしても意味がない。そう思って意識を手放そうとしたその時、この森の中にいて今まで嗅いだことのない甘い香りがすることに気付いた。
ヴェルクにこの異変を伝えようとするも、この強い眠気に抗えず僕は意識を手放してしまった。