5.祠の試練 後編
離れたところにいる最後のガーディアンは、相変わらず魔力のまとまりを手のひらに乗せているだけで、攻撃してくる気配も動く気配もない。
「……なぁ、アレイス。このガーディアンってこの状態から全然動いてねぇよな?」
「そうだな。……とりあえず、ガーディアンの動きに気を付けながら近づいてみよう」
「分かった」
僕らは警戒しながらゆっくりとガーディアンに近付いてみることにした。
手の届く距離までガーディアンに近付いてみたが、やはりガーディアンは動かず攻撃してこない。
「ここまで近づいても何も動きがないなんて、さすがにおかしくねぇか? もしかしてこのガーディアン、正常に機能していないんじゃないか?」
「さすがにそれはないと思いたいが……。ガーディアンが正常に機能していないせいで宝玉を手に入れれず試験は不合格、なんてことが無いよう先生達が事前に異常がないか確認しているだろうし」
「そうだよなー」
そう言ってヴェルクは他に何かおかしなところが無いかガーディアンを観察し始めた。僕はガーディアンの手のひらにある魔力のまとまりを観察してみることにした。
ガーディアンの手のひらにある魔力だが、一向に魔術式が構築される様子がない。
僕らが使う魔術というのは、まず魔力を集め、その魔力で使う魔術の魔術式を構築し、最後に呪文を唱えることによって初めて魔術が使えるというものだ。
しかしこのガーディアンはまるでどの魔術を使おうかすら決めていないかのように、全く魔術式を構築していない。魔力のまとまりを作り出しているからには、何かしら魔術を使うつもりだとは思うが……。
「ダメだ。オレにはなんか知らねぇけど動かない、ってことしか分からねーや」
ヴェルクは両手を頭の後ろにやりながらお手上げだといった様子でそう言った。
「アレイスは何か分かったか?」
「いや、何も。ただ、このガーディアンが魔力のまとまりを作り上げたというのに、まるでどの魔術を使おうか決めていないように感じたぐらいだ」
「あ~、確かにそうだよなー。オレだったらどの魔術を使うかなんて迷わずすぐに、自分が1番安定して使える魔術を選ぶけどさ。……あっ、もしかしたら!」
ヴェルクは何か閃いた様子で僕を見た。
「どうしたんだ、急に。何か分かったのか?」
「ああ! このガーディアンの謎が解けたんだよ! 今日のオレ、めちゃくちゃ冴えてるかも!」
ヴェルクは僕を見ながらニッと笑みを浮かべた。
「このガーディアンはさ、アレイスと同じ能力を持っているんだよ」
「僕と同じ能力?」
「だって、さっき倒したガーディアンはオレと同じ能力を持ったヤツだっただろ? だから、こっちのガーディアンはアレイスと同じ能力を持つガーディアンってわけだ」
「確かにヴェルクの言う通り、このガーディアンが僕と同じ能力を持っている可能性は高いな。だが、それだけじゃ動かない理由にはならないんじゃないか?」
「いやいや、アレイス。実はそれが1番の理由なんだな~。今からアレイスに2つ質問するぞ」
そう言うと、ヴェルクは得意気な様子で僕に質問をし始めた。
「アレイスって全属性魔術の中で1番安定して使える魔術──1番得意な魔術でもいいが、そういうのはあるか?」
「いや、特にないが」
「それじゃあ、全属性魔術の成績で1番良かったものは?」
「1番と言えるほど何かの属性魔術の成績が良かったというのはないな。偏りなく、どれも同じような成績だった気がするが……」
なんだかこの2つの質問、僕に何か1つ秀でたものがあるか確認するような内容だな。あまり思い出したくないが、昨日タリムが僕のことを平均と言っていたように……はっ、もしかして。
「ヴェルク、まさか──」
「気が付いたか、アレイス。そう、そのまさかなんだよ! アレイスにとって“1番”といえる魔術がないから、このガーディアンは使う魔術を選べないんだよ!」
ヴェルクは自信満々にそう言い切った。
「確かに僕には1番得意な魔術はないし、成績も全て似たようなものだ。だが、全ての属性魔術の能力が同じレベルだというのは現実的ではないんじゃないか? 人である以上、多少の能力差はあるだろう」
「うっ、確かにそうだが……き、きっとその能力差があまりなくて判断しきれなかったんじゃないか?」
ヴェルクは先程までの自信満々な様子から一変して、痛いところを突かれたような反応をみせた。
「ま、まぁ、原因が分かったところでガーディアンを倒さないことには試練は終わらねぇしさ。さっさと倒しちまおうぜ! あ、最初のガーディアンはアレイスが倒したから、あのガーディアンはオレが倒してもいいか?」
ヴェルクは分が悪くなったのか話題をガーディアン討伐へと変えた。まぁ確かにヴェルクの言う通り、ガーディアンを倒さないことには先へ進めない。
「ああ、別にかまわない」
これ以上の原因究明はやめ、僕は最後のガーディアン討伐をヴェルクに任せることにした。
「よーしっ! 最後に相応しい強力な魔術を使ってガーディアンを一撃で倒してやるぜ! 危ないかもしれないから、アレイスは離れたところで待っててくれよ」
「分かった」
僕は言われた通り、ヴェルクから少し離れたところで待つことにした。ヴェルク自身も、万が一に備えてガーディアンから距離をとった。
「やっぱ強力な一撃っていったらこれだよな! いっけぇー、エアリアルブラストッ!!」
ヴェルクは手のひらをガーディアンに向けながら気合いの入った声で風属性の上位魔術の呪文を唱えた。
しかしヴェルクの気合いも虚しくぷすん、と気の抜けた音が静かな祠の中にこだましただけだった。
「うわー、こんなのめちゃくちゃ恥ずかしいじゃねぇか」
ヴェルクは少し顔を赤くしながら頭を抱えてしゃがみこんだ。しかし、すぐに立ち上がると両手で自分の顔を挟むようにパンッと顔を叩き、再びガーディアンに向けて手を構えた。
「よ、よーし、次こそ……! エアリアルブラスト!!」
ヴェルクの構築した魔術式が、呪文に反応して一瞬強く光る。しかしまたしてもぷすん、と気の抜けた音が鳴っただけだった。
「なんでだよ、さっきよりも集中して魔術式を構築したのにまた失敗かよ! くそっ、もう1回!」
ヴェルクは2度も失敗してしまった自分に苛立ちながらも、再びエアリアルブラストの魔術式を構築し始めた。
僕はヴェルクが何故失敗してしまうのか原因を探る為に、魔術式を観察しておかしな点がないか探してみることにした。
──今のところ問題は無さそうだが……ん、そこか!
「よし、これで!」
「待つんだ、ヴェルク! その魔術式、抜けがあるぞ」
僕は呪文を唱える直前のヴェルクに急いで声をかけた。
「えっ? マジか!?」
ヴェルクは魔術式をキープしたまま僕を見る。僕はヴェルクのもとへ駆け寄り、ヴェルクの構築した魔術式に触れて抜けている部分の魔術式を仮構築した。
ヴェルクは僕の仮構築をなぞるように抜けている部分を構築していき、無事に魔術式を完成させた。
「助かったぜ。ありがとな、アレイス」
そう言うとヴェルクは魔術式をキープする手をガーディアンに向けて構え直した。
「今度こそ、これで終わらせる! エアリアルブラストッ!!」
ヴェルクが力強く呪文を唱えると魔術式が強く光った。その直後、荒れ狂う烈風が起こり、一直線にガーディアンへ向かっていった。
ガーディアンはエアリアルブラストに反応して、魔力のまとまりをキープした手のひらを前に突き出した。
そのまま防御魔術を使うのかと思って見ていたが何も魔術は発動せず──いや、あのガーディアンの場合は発動できずが正しいか──エアリアルブラストをまともに受けたガーディアンは勢いよく後方へ吹き飛ばされた。そして祠の壁に窪みができるほど強く叩きつけられると、ガーディアンは力なく地面に倒れた。
ガーディアンが地面に倒れて数秒すると、最初に倒したガーディアンと同じように黒い体が黒い粒子となり、祠の中央にある石碑へと吸い込まれていった。
無事、宣言通り強力な魔術でガーディアンを倒したヴェルク。「よっしゃーっ! ガーディアンを倒したぜ!」とでも言って喜ぶのだろうと思っていたが、ヴェルクにしては珍しく何も言葉を発さず静かだった。
不思議に思いヴェルクを見る。するとヴェルクは少し青ざめた顔をしながら、つい先程までガーディアンが倒れていた地面を見つめていた。
「どうした、ヴェルク。少し顔色が悪いようだが大丈夫か?」
「あ、あぁ……ちょっと、な」
そう言うとヴェルクは魔術を放った自分の手に視線を移した。その手は何かに怯えるように少し震えていた。
「オレ、一撃でガーディアンを倒せるかもしれないチャンスだからって調子に乗って魔術のことばかり考えて……。ガーディアンが防御魔術を使わない──いや、使えないってことが頭から抜けていた。今のがもし関係ない人に、もし攻撃魔術から身を守る方法を知らない人にあんな強い魔術を放ってしまってたら、オレはまた──」
「ヴェルク……?」
ヴェルクの様子に異変を感じ、僕はヴェルクの名前を呼んだ。しかし反応がない。
ヴェルクの話していた内容から恐らく、先程ガーディアンを倒した時のことが原因なのだろうが……ヴェルクの過去に何かあったのかもしれない。
とりあえずヴェルクをこのままにしては良くない状況だと思い、僕はすぐにヴェルクの正面へ回り、両肩を掴むと1度だけ強くヴェルクの体を揺さぶった。
「落ち着け、ヴェルク! 今、相手にしたのはガーディアン、僕らが倒すべき相手だ。そしてそのガーディアンを倒しただけであって、ヴェルクは無関係な人を巻き込んだりはしていない。ヴェルクは倒すべき相手に力を使ったまでで、決して力の使い方を間違えてはいない!」
「っ……! ア、アレイス……」
ヴェルクはハッとした表情で僕を見る。数秒ほどすると、ヴェルクは両手で自分の顔を挟むようにパンパンッ! と2回叩いた。
「ありがとな、アレイス。オレ、ちょっと動揺し過ぎてたよ」
「もう大丈夫なのか?」
「ああ、アレイスのお陰でな。……なぁ、アレイス。オレさ──」
ヴェルクは少し俯きながら何かを言いかけた。しかしその時、祠の壁の一部が光りだした。
数秒ほどしてその光が収まると、今度は奥へと続く通路が現れた。
「うわ、なんだこれ? 行ってみようぜ、アレイス!」
ヴェルクは先程までの様子が嘘のように、いつもの調子に戻った様子で現れた通路の入り口へ向かった。
ヴェルクが何を話そうとしたのか気になるところだが……なんとなくヴェルク自身が話すのを少し躊躇っていたように感じたから、今はそのままにしておいた方がいいのかもしれない。
「念のため、トラップが無いか気を付けながら進もう」
そう言いながら僕はヴェルクの元へ行き、警戒しながらヴェルクと共に通路の奥へ進んでいった。
特に何も起きること無く通路を進んで行くと、宝玉が納められた台座のある小さな部屋に着いた。
「これが先生の言ってた宝玉か?」
「恐らくそうだろう」
「んじゃ、さっさと宝玉を持って出ようぜ」
そう言ってヴェルクは宝玉を掴んだ。その直後、宝玉を掴んだヴェルクの手の甲に魔術式に似た複雑な模様が浮かび上がった。
しかし、複雑な模様は数秒ほどで消え、ヴェルクの手の甲は何事も無かったかのように元に戻っていた。
「今のは一体なんだったんだ?」
「分からない。とりあえず体に異変は無いか?」
「ああ、特に何も」
「そうか」
少し警戒しながら僕も宝玉を掴んでみる。すると先程のヴェルクと同じように僕の手の甲にも複雑な模様が浮かび上がり、数秒ほどすると何事も無かったかのように模様は消えた。
ヴェルクと同じで確かに体に異変は無い。宝玉を掴んだことで起きた現象だから、もしかしたら宝玉に何か変化が起きているのかもしれないな。
僕は自分の手にした宝玉を観察してみた。すると、宝玉の中に先程手の甲に現れた模様と同じ模様があることに気が付いた。ヴェルクにも確認すると、ヴェルクも自分の手の甲に現れた模様と同じ模様がヴェルクの持つ宝玉にもあることが分かった。
「あくまで僕の推測だが、恐らくさっきのは宝玉と宝玉の持ち主を証明する為の魔術の一種なんじゃないかと思う」
「なるほど、不正防止の為ってことか。んじゃ、無事に宝玉を手に入れたことだし、祠を出ようぜ」
「そうだな」
僕らは宝玉を鞄へ大切にしまい、祠の出口へ向かった。
祠の外に出ると、空は茜色に染まっていた。日没まであまり時間がない為、今夜は祠の近くで夜営をすることにし、僕らは急いで食材を集めて夕食の準備にとりかかった。




