その38 リコの居ない間にロイは
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魔女さんの体を吸収したリコは、眠るように気を失ってしまった。その体を抱えて来た道を戻る。
こんなことは初めてなので少し心配だが、アリスも手伝っているようだし大丈夫だろう。
先ほどの大きな部屋に戻って来たら、リコを椅子に座らせて、ハンナさんを呼ぶことにする。あの魔道具はリコが持っているはずだ。
少し気が引けたがリコの服のポケットを確認していく。……なんで胸ポケットに入ってるかなぁ。
意識しないようにしながら魔道具を抜き出してボタンを押す。
しばらくして、部屋の中心に小さな魔法陣が現れた。
それが少しずつ大きくなり、人が通れるくらいになると魔法陣からハンナさんが現れる。
「申し訳ございません、遅くなりました。いったい何があったのでしょうか?」
ハンナさんにどう説明しようか悩んだが、状況をそのまま伝えることにした。
つまり、魔女さんが一週間不在にすること、アリスも同様であること。そして、リコは同じくらい寝込むことである。
「かしこまりました。まず、理子様をお部屋にお連れしましょう。転移を行いますがよろしいでしょうか?」
僕が頷くと、ハンナさんは目を閉じて自分の前に魔法陣の形成を初める。
魔女さんは一瞬で完成させていたが、ハンナさんの場合は小さい魔法陣が少しずつ大きくなっていった。
先ほどのように人が通れるくらいの大きさになると、ハンナさんがここを通るように促す。それに従って魔法陣を通り抜けると、昨日とは別の部屋に到着した。
ここはどこだろう? あの部屋より少し広いのかな?
「こちらは皆様が生活できるように、新たに用意された部屋です。概ね昨日の部屋と同じですが、キッチンや個人の部屋を用意させて頂きました」
ハンナさんにそれぞれの部屋を案内してもらう。リコの部屋に付いたら、中にあるベッドにリコを寝かせてリビングに戻ってきた。
「恐れ入りますが、マスターが不在であることに対応するため、一時下がらせていただきます。必要であれば別の者を呼びますが?」
「いえ、結構です。ただ、ハンナさんに相談したいことがあるので、終わったら戻ってきてもらえますか?」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
ハンナさんは転移ではなくドアから出て行った。
ふぅ、敬語で話をされるなんて初めてだから、なんだか疲れてしまった。これも慣れないといけないだろうか。
少し前まで一般人だったのに、この国に来てからは大変なことばかりだ。
まぁ、リコに会った時に比べればどうってことはないけど。
もう一度リコの部屋に戻ってしばらくその顔を眺める。特につらそうな感じはしないし、いつものように眠っているだけだ。
僕もリコの手伝いができれば良かったんだけど、アリスがそうさせないということは、僕にはできないということだ。
そのことに悔しさを覚えるが、それで止まっているわけにもいかない。僕は僕にできることをしよう。
◆
部屋の中にチャイムが響いた。どうやらハンナさんが戻ってきたようだ。
念のため入り口のドアの横にあるボタンを押して、外へ声が聞こえるようにする。
「ハンナです。お待たせしました」
「いえ、とんでもないです。どうぞ」
ドアのカギを開けるとハンナさんが入ってきたので、そのままリビングに行き席を勧める。
ハンナさんは座ることに若干の抵抗を示したが、再度勧めると素直に座ってくれた。
「お忙しいところすみません。僕は田舎から出てきたので魔法やこの国のことをよく知らないんです。ハンナさんが知っている範囲でいいので、教えてもらえませんか?」
「かしこまりました。まずは魔法の基本からご説明しましょう。少し時間がかかりますので、お茶を淹れますね」
ハンナさんはお茶の準備をすると、僕のふんわりとした質問に戸惑うことも無く説明を始めてくれた。
◆
まず、魔法とは自身の魔力【オド】を用いて世界の魔力【マナ】を操作する技術である。
魔力とは方向性を持たない万能の力であるが、それに方向性を持たせるのは簡単なことではない。
だが、オドはその人自身が発生させたものであり、マナに比べればある程度の操作が可能である。
しかし、人が発生するオドはごく微量であり、それ自体を炎や水に変えても大した規模にはならない。
そこで、オドをマナを操作するものに変えることで、マナを利用できるようにするのだ。
そう、魔法陣とはマナ変換装置であり、周囲のマナを吸収して、マナに方向性を持たせるものなのである。
ただし、この世界には魔力が空気のように満ちているが、だれもがそれを認識できるわけではない。
人間の中のごく一部だけが魔力を認識して、操作をすることができる。それが魔術師である。
ところが、魔術師であってもその能力は人それぞれである。
オドの操作が得意である者は、大きく複雑な魔法陣を作ることができる。
魔力の認識が得意である者は、あらゆる場所で安定して魔法が発動できる。
マナの操作が得意である者は、大量のマナを魔法陣に流すことができる。
大抵の魔術師が得意なのはせいぜいこの中の一つぐらいである。もちろん、二つ以上得意なもの者もいるし、逆に苦手なことがある者もいる。
そのため、同じ魔術師であっても、魔法陣の形成速度、魔法の威力、発動できる回数は全く異なってしまう。
昔は、これでも特に問題はなかった。
そもそも魔術師は、その希少性から国に仕えることが多かったが、その役割は大きいものではなかった。
天気などの簡単な予知、護衛や相談役、王や貴族が扱う魔道具の作成、その程度のものだ。
中には不老不死や、世界征服など大それた野望を抱く魔術師もいたが、結果を出せるものなどいるわけがなかった。
魔術とは個人の技術に依存するものであり、魔術師は自分の技術を弟子に伝えるだけ。それが昔の人の認識だ。
中にはある程度の集団となり研究を行うものもいたが、せいぜい数人程度が手紙のやり取りを行う程度のものだった。
しかし、時代の流れと共に魔術師の在り方も変わった。原因は戦争だ。
魔法を使えば偵察や伝令が早く正確になる。
空から森に炎を放てば大規模な火災が起こせる。
川の流れる方向を変えれば進軍を妨害できる
国は、軍人は、魔術師にそういった能力を求めた。
自分が行いたい研究をしているだけでは誰も雇ってくれない。魔術師たちも広い知識を得なければならなかった。
そのため、魔術師同士の連携が始まり、知識の共有が広がり、技術の研鑽が行われるようになった。
そして、何よりも大きかったのが悪魔戦争の勃発である。
いくら魔術師の能力が普通の人間より高くても、悪魔に抵抗できるものではない。魔術師も集団で行動しなければならなかった。
だが、さっき言ったように魔術師の能力は個人によるものが大きく、火を放つ魔法であっても、射程や威力はばらばらである。
これでは集団になっても効果的な運用が出来ない。
この時は後のグランドマスターが現れ悪魔を駆逐したが、魔術師たちは自分たちの在り方に大きな疑問を抱いた。
『彼女ほどの力がなければ、自分たちは時代遅れの遺物として排除されるのではないか?』
彼らはグランドマスターのもとに集まった。その技術を私たちに教えてもらいないかと彼女にすがったのだ。
彼女は一つの条件と共にそれを受け入れた。それは、これから作る集団の目的に「悪魔に対抗する」ことを加えるということだ。
魔術師たちに異論はなかった。悪魔戦争の直後であり、彼らもその脅威は身にしみて理解していた。
グランドマスターの知識と技術を求めたもの、理念に共感した者たちが集まり、この集団はどんどんと大きくなっていた。
いつしか集団は国を興し、「魔法省」という機関を作った。魔法省はその後も発展を続け、現代に至る。
◆
「簡単ですが、魔法と『表向きの』魔法省の成り立ちについては以上です」
僕はメモを取り、ところどころ質問をしながら話を聞いていた。ハンナさんは素人の僕が基本的なことを聞いても親切に答えてくれる。
「ありがとうございます。『表向き』と言うのは、グランドマスターの考えの辺りでしょうか?」
「はい。ロイ様があの部屋にいたということは、マスターの正体はご存知ですよね?」
ハンナさんの言葉に僕はうなずく。
「マスターの本体は、悪魔戦争の時には死に瀕していました。自身がいなくなった後、悪魔に対抗するための手段を伝えるために、わざと姿を表したのです」
つまり、魔女さん――ここではハンナさんに合わせてマスターと言おうか――は、最初から魔法省のような組織を作るため、悪魔戦争に参加したわけだ。
しかし、それには少し疑問がある。
「なぜ、マスターは悪魔戦争まで人前に出なかったんでしょうか?」
もっと早く組織を作っていれば、悪魔への対策は今より進んでいたかもしれない。――そしたら、僕の村だって――
……いや、そう考えるのは何か違うな。
「ロイ様の疑問はもっともです。しかし、マスターには不安がありました。その一つは、『人々に魔法の技術を教えたら、歴史が繰り返すのではないか』と、いうものです」
なるほど、世界に悪魔が現れた原因。それは、魔法技術の発展により人々が魔力を求めた結果だ。
この世界の人間は過去の人間より魔法の適性が低い。だが、このまま発展すれば、いつかは同じことになるかもしれない。
「もちろん、マスターの力なら、そのようになる前に対処をすることも可能です。しかし、それはマスターの望むものではありません」
『対処』……か、ろくでもない方法になるのは間違いない。確かにあの人は、それを望むようには思えなかった。
「他にも様々な不安があり、自身の死を近づくまで結論が出せなかったのです。マスターはそれまで何度も表の世界に出ようとしたとはありました。戦争の勃発、人間と獣人の軋轢、愚王による圧政。数えればきりがありません」
アリスの話でも、マスターは人の争いには介入したことが無いと言っていた。それは、グランドマスターになる前からずっとそうだったのだろう。
「そうならないような世界を作ることもできました。しかし、マスターはそれをしなかった。彼女が味方をした時点でその勢力の勝利が確定し、それは世界の正義となるでしょう。マスターはそれを恐れました」
自身の決定が世界の全てを決めてしまう。それはとてつもないプレッシャーになるだろう。
マスターがどれだけ悩んでいたのか、僕には分かる訳がない。彼女の選択に文句を言っても不毛なだけだ。
「今でも魔法省を作ったことが良かったのか悩んでいます。魔術師に一方的に肩入れをしすぎているのではないか、他に方法は無かったのかと」
僕は、この組織が間違っているとは思わない。結果として多くの魔術師が育ったし、魔道具も地方の村まで広まった。
マスターがいなければ、こうはならなかっただろう。
「現状はこんなところですかね。何かご質問はありますか?」
「今更ですが、ハンナさんは何者なんですか?」
ハンナさんは詳しすぎる。マスターの正体や過去を知っている人なんて、この世界にほとんどいないはずだ。
「私はマスターに作成されたホムンクルスです。ただし、記憶の転写はされておりません。先代からこういった知識は教えられていますけどね。私のような者がいた方がマスターが動きやすいため、何名か配置されているのです」
「そうだったんですか、道理で実情に詳しいんですね」
「……驚かれないんですね?」
「さすがに、もう慣れました。僕の体もこんな感じですしね」
そう言って僕は右手を虎のものに変える。
「なるほど、話には聞いておりましたがすごい能力ですね。私に見せてもよろしいのですか?」
「ハンナさんも自分のことを教えてくれましたからね。そのお返しです」
ハンナさんが信用できることはよく分かった。なら、こちらもそれに応えるべきだろう。
そう思って答えたら、ハンナさんも優しく微笑んでくれた。
◆
「色々とありがとうございました。もう一つ相談したいことがあるのですが、良いでしょうか?」
「どうぞ。何なりと申し付け下さい」
ハンナさんはお茶のおかわりと、お菓子をもって来てくれる。なんとも気が利く人だ。
「実はお金を稼ぎたい……と言いますか、仕事につきたいのです。紹介してもらうことは出来ますか?」
先ほどと違ってハンナさんはすぐに答えてくれなかった。それに、少し悩んでいるように見える。
やはり、この国で獣人が働くのは難しいのだろうか。
「ロイ様は、なぜ働きたいのでしょうか?」
「僕はリコと結婚したいと思っています。そのためにはお金を稼がないといけないんです」
少し恥ずかしかったが、正直に理由を話す。すると、ハンナさんは微笑ましいもの見るような目を僕に向ける。
「失礼しました。まず、お金ということに関しては、ロイ様が心配することはありません。すでにマスターの個人のお金から、ある程度の額を皆様にお渡しすることになっております。仮にこの生活を続けても、ずいぶんと余裕がある額ですね」
「いや、でも、それに頼って生きるのも、僕も男として情けなくて」
「おっしゃることは分かります。しかし、予想されていると思いますが、この国では獣人が仕事をするのは難しいですね」
やはりそうなのか。どうしよう、それこそアリスに頼んで転移させてもらい、出稼ぎでもしようか。
「ロイ様の能力なら、護衛や従者という手もありますが、これらは拘束時間が長く、おすすめできません」
ハンナさんの言う通りだ。わがままを言うようだか、リコとはあまり離れたくない。
「それこそロイ様の見た目なら、少し着飾って女性に甘い言葉を囁けば、かなりの金が稼げるのではないかと」
は?
「むしろ、私にそうしていただければ、いくらでもおこずかいを……失礼しました」
「……えええ」
「冗談です」
「そ、そうですか」
「話を戻しますが、別に仕事はしなくても良いのではないですか?」
「でも、僕も男として……」
「理子様は、ロイ様が仕事をする事を望んでいるのでしょうか?」
その言葉にはっとする。言われて見ればリコはそんなことを一言も言っていない。ただ、僕がそうしなければと思っていただけだ。
「理子様が望んでいることは何でしょうか? ロイ様はどうしたいのでしょうか?」
そうか、それなら分かりきっている。
「リコは僕とアリスと一緒にいること、人の世界にいることを望んでいます。なら、僕はそれが続くようにしたい」
「なるほど。既にお二人は普通の人とは違う次元の力をお持ちです。ならば、ロイ様は日常を維持することを目指してはいかがでしょうか」
確かに。少し力を使うだけで、僕たちは普通の人の世界から離れてしまう。
「そうですね、まずは美味しいお茶の淹れ方を覚えてみませんか? これなら私がお教えできますよ」
願ってもない申し出だった。
リコもお茶を飲むのが好きみたいだし、僕の淹れたお茶でリコの心が安らぐなら、こんなに嬉しいことはない。
「よろしくお願いいたします。ハンナさん」
「いえいえ、とんでもない。あ、せっかくですから執事服をご用意しますね。それで私にお茶を入れてみましょうか。うふふ、楽しみですねぇ」
ちょっと不安になってきた。




