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第19話 無表情無愛想美人の感情は読みづらい、つか読めない

 翌日、俺達は勉強という名目で朝から図書館へと来ていた。もちろんアスールにまずは警戒心を解いてもらう為である。勉強はあまり出来ないだろうな。

 ひとまず問題となるのはアスールが俺達のこと、いや、正確には人間という種のことをどう思っているかを聞き出す必要があるだろう。その結論次第ではあまり会いに来るのもやめた方が良さそうだ。


「…………また来たの?」


 開幕一番心が折れそうなことを言われた。いや、まぁ昨日の今日だから普通なのかもしれんが。


「勉強しに来てるからな。多分しばらくはほぼ毎日来ると思うぞ?」

「…………そう」


 これは結構時間が掛かりそうだ。まず表情から何も読み取れない。鬱陶しいというのも読み取れなければ嬉しいという感情も読み取れない。無なのだ。無。

 好きの反対は嫌いではない。嫌いというのもまた別の感情だが少なくとも自分の人生に何かしら関わっているという前提がある。

 好きの反対は無関心なのだ。嫌いから転じて好きというのもあり得るこの世の中で無関心ということだけが唯一の敵だ。自分の人生に何も影響はないと思われているからな。

 それはもう人として認識されているかすら怪しい。自分の人生には極端に自分に関係のあるものと無いものに分けられる。その無いものに区分されてしまうと何をしても心は動かないだろう。

 昨日の感触からして何かしら感情はあったと思ったんだがな。流石にこれは完全に俺も予想外の反応だ。


「おはようございますアスール様」

「ん……おはよう」


 ルナも必死にコミュニケーションを取ろうとしている。こういうのは得意そうなルナに任せて俺は観察だけ続ければいいか?

 昨日と同じく大きな広間に入ると俺達はそれぞれ本を手に取った。昨日で場所は把握してたしな。


「ん? アスールは読まないのか?」

「…………お金ない」


 どうやら貧乏のようだ。いや、この情報はいらないな。必要になるかもしれないがあまりアスールの悩みとは関係ない気がする。


「いいぞ、俺が払う」

「…………?」


 おおう、警戒心バリバリだな。昨日はしっかり見ていなかったが今日は分かる。多分常にこうなんだろうな。

 少し怪訝な雰囲気を放つアスール。最もな理由を考えることは俺の得意分野だ。そうやって逃げてきたからな。


「人ってのは色々な感情があって、読み手と聞き手が違えばそれだけで意見が変わる」

「…………そうなの?」

「そういうものだ。でも意見交換をしようにも俺はルナの思考回路が結構分かるしルナも俺のことをよく分かっていてな。新鮮な意見が欲しいんだ。協力してくれ」


 それは多分物語などを読んだ時の感想を言い合うのに必要なことなのだろう。今回はそれを利用し、勉強という1つの本に流用させてもらった。

 もちろんそれは勉強にも言えることだが知識として入る勉強は感情の有無とは無縁のもの。好き嫌いはあれど結果は変わらない。

 簡単に言えば数式で求め方は違えど答えは同じということだ。物語などでは答えがなく、そういう話が出来るのだが勉強では苦しいか?


「ん…………理解した」


 良かった、通じたらしい。3人分の今日の夜までの料金を支払い、俺達はそれぞれ本を読み始める。後はルナがどう動くかだな。


「あの、アスール様」


 お、動いた。流石ルナ。行動が早い。


「ん…………?」

「好きな食べ物は何ですか?」


 いやなんだその話題。ありきたり過ぎて逆に警戒したぞ。俺が。


「…………魚?」

「あ、私と一緒です! 今度美味しいお店に一緒に行きませんか?」


 もしかしなくてもあの海鮮丼もどきの所だろうな。あれからほぼ毎日食ってるもんな。

 しかし段階を進めるには早過ぎる。もう少し日を置いてから誘うべきな気がする。


「ん…………考えとく」


 アスールもアスールで遠回しに拒絶したな。ルナは……。


「はい、楽しみに待ってます」


 気付いてないね。まぁ分かってたけど。

 人間関係は基本文面通りに受け取ってはならない。前向きに検討するや行けたら行くなどの断り文句があるのだから。

 これはアスールからの遠回しに俺達との関係を進める気がないのをアピールしてるのか、それともこれが素なのか。その判断が付かないけどな。


「アスール、有翼種について聞きたいんだけどな」


 俺が言うと明らかに警戒の色を出した。やっぱりこの手の話題には敏感なんだろうな。

 だからこそここであえて言わなければならない。俺が有翼種をどう思ってるのか。


「その翼って触り心地どうなんだ!? やっぱりフワフワモフモフしてるのか!?」

「…………」


 あえてここで明るく振る舞う。特にルナも乗りやすい話題を選択する辺り、流石俺。まぁこれでアスールのトラウマを掘り返したら余計に溝が深まりそうなんだけどな。


「私も気になります。アスール様、どうなのですか?」

「…………自分じゃ分からない」


 まぁですよね?


「そうか……。いきなり触るのはNG出しな。ちゃんと触れるくらいに仲良くなってからだな」


 さらっとこちらは好意的であることを示す。これも積み重ねれば重要なことになるのだ。多分だけど。


「…………仲良く?」

「ん? 駄目か?」


 さて、こいつはどう返してくる? 拒絶する、受け入れる、現状維持。俺の予想だと現状維持だろうな。


「…………駄目じゃないかもしれない」

「何でそう曖昧なんだ……」


 これはどれに値するんだろうか。分からん。判断が付きにくい場合は保留だな。色々と情報を蓄積して結論を出すしかないようだ。


「あのなアスール」

「…………?」

「嫌なことはちゃんと嫌だと言わないと分からないし伝わらないぞ?」

 

 ひとまず俺が知りたいのは本心。アスールがこんなことで本心を出すとはとても思えないがきっかけくらいにはなってくれるかもしれない。


「…………なら私の目の前でイチャイチャしないで」

「お、おう……それについてはマジですまん」


 思わぬ方向の返答が返ってきてしまった。こいつは本当に読めねぇ……。


「アスール様もイチャイチャすればいいんじゃないですか?」


 何だその逆転の発想は。ルナは思いの外グイグイ来るからな。ちょっと油断出来ない。


「…………意味不明」


 それは本当に俺も同意見だ。


「ルナ、流石にそれはない」

「ご主人様まで!?」


 相当ショックだったらしい。落ち込んで一言も喋らなくなってしまった。


「いや、あの、ルナ?」

「…………何ですか?」


 お、おう……そんなに病まなくてもいいだろ。


「ひとまず落ち着け? あ、アスールどうしよう!?」

「…………落ち着く?」


 そうだな。まずは落ち着こう。こんな表情のルナなんて見たくない。何か元気になるようなことを言わなければ。

 ルナが元気になりそうな言葉……。イチャイチャするのは禁じられたしな。思い付かない。


「る、ルナ……か、帰ったら頭撫でてやるから機嫌直せ!」

「…………混乱中?」


 何も落ち着かなかった。とりあえずもう俺も駄目っぽい。


「っ! わ、私もご主人様の頭を撫でたいです!」

「お、おう……」


 ルナはかなり元気になった。いや、うん何と言うか……なぁ?


「…………チョロい」


 まさしくその通りだろう。俺も思った。

 ひとまずルナのことは置いておこう。元気になったんだし。問題はアスールのことなんだよな。

 感情が読めないとなると何か他の方法を考えるしかないか? いや、今は派手に動くのは避けたいところだな。

 物事には段階というものがある。ルナとの時も同じだ。段階を踏んだからこそ今の関係があるのだろう。


「…………変な人」

「今馬鹿にしたか?」

「ん…………したかもしれない」


 馬鹿にされた。でも馬鹿にされたということはそれだけ興味は向いているということだ。これは好感触っぽい。


「アスール、人を馬鹿にすると自分も馬鹿にされるんだぞ?」

「…………そうなの?」

「そうなんですか!?」


 いや、多分だけど。知らないけど。


「…………それじゃあ直せば馬鹿にされない?」

「いや、馬鹿なら馬鹿にされると思うぞ? まぁでも価値観ってのは人それぞれだからな」

「…………それぞれ?」

「あぁ、それぞれ。だから多種多様の人間がいて色々なものが開発されていくわけだが」


 それは良いことか悪いことかどっちなのだろうか? ある方面から見れば良いことかもしれないがある方面から見れば悪いことかもしれない。それは誰にも分からないのだろう。


「…………それぞれ」

「何だ? 何か気になったのか?」


 それぞれという言葉を呟くアスール。何かあるのだろうか?


「…………刀夜」

「ん?」

「…………もっと話を聞きたい」

「っ!」


 それはアスールが初めて見せた願望だった。いや、俺が知らないだけでアスールも何か思うところがあるのかもしれない。

 本当に色々と読めないが好意的に来てくれるのならそれに答えるまでだ。


「何の話だ? イマイチよく分かってないんだが」

「…………価値観」


 えらい抽象的だなおい。


「…………人間とはどういう種?」

「そこから? まぁそうだな……自己中心的で他者を陥れるのが好きな種族かな」


 でもこれって俺が言うと自虐にならないか? 俺だった人間だし。


「ご主人様はそんな人ではありません!」


 ルナ、今はそんな話してない。だからちょっと静かにしてようね? せっかくアスールが反応してくれたのに逃しちゃうでしょうが。


「ルナの意見はそれとして人間に何かあるのか?」

「ん…………差別するの好き?」

「俺は嫌いだな。区別はしても差別はしない」

「…………区別?」


 そう、区別。区別と差別は大きな差がある。


「例えばだが、巨乳と爆乳とかな。まさしくお前とルナだろ?」

「…………」


 物凄く冷たい目で見られた。怖い。ブリザードが吹き荒れているかと思った。


「ご、ご主人様! 今はそういう話はしてませんよ!」

「そうか? …………そうかもな」

「…………刀夜も男の子」


 そりゃあな。性欲だってあるし機会があるなら色々としたい。ルナと。


「まぁ別に隠し事もないしな。何かあるなら色々聞くぞ?」

「ん…………ありがと」


 読みづらい感情表現のアスールだがまぁ話をする分には出来るようだ。完全に拒絶されてるわけじゃないのだろう。

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