良い街中華がありますよ
藤堂の運転するワゴン車が、首都高を抜けて一般道に入った頃。
助手席の灰原遥が、資料をめくりながらふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば司くん、親戚の女の子が京都本部に配属になったって本当?」
運転席の藤堂司が、眼鏡の奥で目を細めて少し振り返った。
「ええ、御堂さんです。御堂家の……まあ、遠めの親戚ですが。
まだ小さい頃から才能がすごいって聞いてましたよ」
灰原は目を輝かせて身を乗り出した。
「牛鬼の本霊と契約した天才少女でしょ!
10歳くらいで契約したって聞いて、すごいなって思ったよ!」
後部座席の黒崎は、腕を組んだままぼそりと呟いた。
「八岐大蛇に牛鬼に……京都は化け物揃いだな」
灰原がすぐに笑って振り返る。
「零さんだってその1人じゃないですか!
あの人も昔は相当ヤバかったって噂ですよ?」
黒崎の表情がわずかに強張った。
「あんまあの人の話題は出すなよ。
噂してると面倒ごとに巻き込まれるぞ」
灰原がすぐに笑って振り返る。
「零さんだってその1人じゃないですか!
あの人も昔は相当ヤバかったって噂ですよ?」
黒崎の表情がわずかに強張った。
夢だとわかっているのに、灰原の明るい声が妙に生々しく響く。
この夢は、過去をなぞらせるだけでなく、黒崎が一番触れたくない部分を、わざわざ抉ってくるように感じられた。
「……あんまあの人の話題は出すなよ。
噂してると面倒ごとに巻き込まれるぞ」
藤堂と灰原が同時に不思議そうな顔をして振り返った。
「え……?」
「零さんって、そんなに怖い人なんですか?」
灰原は素直に首を傾げ、灰原らしい無邪気な口調で続ける。
「僕、零さんとは直接会ったことないですけど……
なんか、特対室の古株の人たちが零さんの話になると、急に口を閉ざすんですよね。
一体どんな人なんですか?」
黒崎はため息をつきながら、ぼそぼそと続けた。
「あの人もあれで丸くなったが、昔は尖ってたんだよ。
全国の大きい事件を嗅ぎつけては首突っ込んで、本部はそれを嫌ってこっちに寄越したんだよ。
……まあ、今はだいぶ大人しくなったみたいだがな」
藤堂が少し興味深そうに聞き返した。
「昔は相当、問題児扱いされていたんですね……」
黒崎は後部座席で腕を組み直し、窓の外に視線をやった。
(……問題児、か。
お前がいた頃は、まだマシだったよ、遥)
灰原が少し申し訳なさそうに笑った。
「ごめんごめん、僕が変なこと聞いて。
でも、零さんって今でも伝説級に強いって話ですよね?
……なんか、蓮さんより怖いかも」
黒崎は小さく鼻で笑った。
「ったく、余計なこと言うなよ。
とにかく、あの人の話はほどほどにしとけ。
面倒ごとに巻き込まれたくないだろ?」
「はーい、わかりました」
灰原は素直に頷き、にこっと笑った。
そうこうしているうちに、車はあきる野の郊外に到着した。
周囲には、春の柔らかな陽光が降り注いでいた。
少し風が強く、郊外特有の土と草の匂いが混じり、遠くから軽い埃が舞い上がっている。
まだ午前中だというのに、車を降りた途端に空気が変わり、どこか現実味を帯びた空気が黒崎の肌を撫でた。
ぐうう……
春の風が誘ったように誰ともなく腹の虫が鳴った。
灰原が嬉しそうに笑顔を弾ませた。
「あきる野に良い街中華があるんですよ!
特製天津飯が最高で、ふわふわの卵と甘酸っぱいあんが絶品なんです!」
藤堂は呆れながらも苦笑した。
「これから調査を始めようって言うのに、少し呑気では……?」
灰原は一切動じず、胸を張って言った。
「何言ってるの司くん!
いつ死ぬかもわからないんだから、食える時に食っとかないと!
それに、最後の飯ならとびっくり美味しい物じゃないと!」
藤堂は納得が行ったようないかないような、複雑な表情を浮かべた。
黒崎は後部座席から黙って二人のやり取りを聞いていた。
夢だとわかっているはずなのに、灰原の明るい声が、妙に胸に染みてくる。
この声は、毎夜のように夢の中で聞いているはずなのに、今日は妙に生々しく、胸の奥にじんわりと染み込んでくる。
(……この夢、いつもより長く続いている。
まるで、俺にまだ何か見せたいことがあるみたいだ……)
灰原の笑顔を見ていると、まるで本当に生きているかのように感じてしまう瞬間があった。
そのたびに、黒崎の胸の奥で小さな棘がざわつく。
夢だとわかっていながら、灰原の明るさに触れて一瞬でも心が緩んでしまう自分が、情けなくて仕方なかった。
風が吹き、黒崎の髪を少し乱した。
その冷たい感触が、夢の中であることをわずかに思い出させる。
しかし、それでも灰原の笑顔は、黒崎の視界から離れようとしなかった。
胸の奥で、わずかに違和感が芽生え始めていた。




