八岐大蛇
「随分と派手に暴れてるやないか、奏ちゃん。」
九条恭弥は、張り付けたような不自然極まりない笑顔のまま、戦場の中心にゆっくりと歩み寄ってきた。
まるで血と風圧が飛び交うこの場所が、自分の庭であるかのように悠然とした足取り。
白蛇の群れがシーサーを取り囲み、激しく食らいついている様子を、九条は面白そうに眺めていた。
彼は御堂の隣に立ち、軽く肩をすくめた。
「危ないから下がっとき。これじゃまともに戦えんやろ」
淡々と言われた言葉に、御堂は一瞬言葉を詰まらせた。
「しかし、牛鬼がまだ……」
言い終わる前に、九条が被せるように、困ったような顔で言った。
「今の君に、何が出来るん?」
その一言が、御堂の胸に深く、鋭く突き刺さった。
棘のように、容赦なく。
北での戦いで牛鬼を早々に失い、ただ見ているしかなかった自分。
白峰が懸命に前へ進む姿を横目に、自分だけが取り残され、足を引っ張っているような苛立ちと悔しさ。
プライドが音を立てて軋み、喉の奥が熱くなる。
九条の軽い関西弁は、表面上はからかうような優しさを含んでいるのに、その奥底には御堂の無力さを容赦なく抉り出す、冷たい棘が隠されていた。
(私に……出来ること……)
御堂は唇を強く噛み、静かに後ろへ下がった。
何も言えなかった。
ただ、胸の奥で疼く痛みだけが、激しく広がっていく。
一方、白蛇の大群に襲われるシーサーは、それを激しく嫌がるように暴風を巻き起こした。
凄まじい風圧が周囲を薙ぎ払い、白蛇の何体かが吹き飛ばされ、木々に激突して砕け散る。
しかし——
白蛇たちは、飛ばされても、吹き飛ばされても、一切怯まなかった。
むしろ「関係ない」とばかりに、執拗に、ねばつくような執念で次から次へと湧き上がってくる。
吹き飛ばされた個体が地面に落ちた瞬間、次の白蛇がその上を這い上がり、傷ついたシーサーの金色の体毛に牙を突き立てる。
巨大な白蛇は胴体を巻きつけ、細い白蛇は鱗の隙間に滑り込み、まるで生き物全体を食い荒らす蟻の群れのように容赦なく食らいついていく。
血のような赤い瞳が無数に輝き、牙が肉を裂く湿った音が連続して響く。
飛ばされても、砕けても、新たな白蛇が無限に湧き出て、シーサーの体を白い渦で覆い尽くす。
その執拗さは、まるで九条の意志そのものが形になったかのようだった。
徐々に、だが確かにダメージは与えられている。
白峰は遠巻きに警戒しながら、胸の奥で小さく安堵の息を漏らした。
(……少し、持ち直した……)
凛も隣で息を整えながら、わずかに肩の力を抜いた。
しかし——
痺れを切らしたシーサーが、本気を出し始めた。
低く響く咆哮と共に、今までとは比べ物にならないほどの暴風——いや、嵐が吹き荒れた。
風圧が凄まじく、九条が召喚した白蛇の群れが次々と吹き飛ばされていく。
白峰は咄嗟に真田丸8式を地面に突き立て、風に耐えようとしたが、体が後ろに押し流されそうになる。
「うっ……!」
凛も同様に、風圧に耐えきれず小さく悲鳴を上げた。
「きゃあっ……!」
凛が吹き飛ばされそうになった瞬間、白峰は咄嗟にその小さな体を抱きしめて受け止めた。
「凛ちゃん、しっかり!」
白峰は凛を抱えたまま、必死に足を踏ん張った。
その直後——
巨大な影が二人の前に立ちはだかった。
牛鬼だった。
シーサーの猛撃で傷ついた巨体を無理に動かし、牛鬼は白峰と凛の前に立って風を遮った。
風圧が牛鬼の巨体にぶつかり、激しい音を立てて弾かれる。
白峰は牛鬼の背中を見上げ、息を飲んだ。
(牛鬼……!)
それでも牛鬼は、二人を守るようにその場を動こうとしなかった。
戦況は、再び大きく傾き始める。
九条恭弥はそんな状況を、相変わらずの貼り付けた笑顔で悠然と眺めていた。
その笑みは一切揺るがず、戦場の惨状など最初から計算済みであるかのように、ただ静かに楽しげに目を細めている。
胡散臭い笑顔の奥に、底知れぬ余裕と圧倒的な力が静かに宿っていた。
「このままじゃあかんなぁ……」
彼は軽く呟きながら、ゆっくりと呪符を掲げた。
指先に込められた氣が、淡く輝きながら呪符に吸い込まれていく。
その瞬間、周囲の空気が一気に変わった。
「おいでませ、八岐大蛇」
九条の声が低く、しかし確かに響いた。
その瞬間——
空が一気に暗くなった。
黒い雲が渦を巻きながら急速に集まり、昼間だというのに世界が夜のように覆い尽くされる。
激しい稲妻が何十筋も地面を撃ち、雷鳴が耳をつんざくような轟音を立てて連続する。
地面が激しく震え、禍々しい黒い気配が爆発的に膨れ上がり、森全体を圧倒的な威圧感で包み込んだ。
そして——
八つの首が同時に咆哮を上げた。
ゴオオオオオッ!!
その咆哮は天地を震わせ、風を切り裂き、空間そのものを歪めるほどの迫力だった。
八岐大蛇がこの世に顕現した。
巨大な黒い巨体はシーサーに引けを取らない威圧感を放ち、八つの首がそれぞれ異なる方向を睥睨しながらゆっくりと姿を現す。
鱗は闇を吸い込んだような漆黒で、雷光を反射して不気味に輝き、一つ一つの首が独立した意志を持つかのように蠢いている。
口からは火の息、水の奔流、毒の霧、雷撃が交互に零れ落ち、五行の力が複雑に絡み合いながら周囲を蹂躙する。
九条は八岐大蛇の召喚を終えると、満足そうに笑った。
その笑顔は相変わらず胡散臭いが、瞳の奥には紛れもない強者の余裕と愉悦が宿っていた。
「これで少しはマシになるやろ」
神話に語られる最強クラスの妖怪を、まるで自分の手駒のように呼び出したその姿は、まさに圧倒的な強者そのものだった。




