20、男エルフの決意
戦乱の世において、人の命は最も軽いものと言えるだろう。戦場で命を散らす兵士たちは言うまでもなく、戦場以外の場所にも、死の光景は広がっている。
「へへへ、こいつはやっぱり金持ちだったな! 今回の儲けはでかいぜ!」
「これで少なくとも二、三年は飲み食いに困らねえな!」
人間の王国からエルフの国へと続く街道。そこには破壊された馬車の残骸が散らばり、傍らには滅多斬りにされた馬の死体が横たわっている。十数人の、上半身裸で手斧を構えた荒くれ者たちが道端にしゃがみ込み、麻袋一杯の金銀財宝を手に、強欲な笑みを浮かべていた。
言うまでもなく、彼らは乱世に乗じて略奪を繰り返す盗賊だ。たった今、人間の王国から逃れようとしていた富豪の馬車を襲い、全ての財産を奪った後、口封じのために皆殺しにしたところだった。今、人間の王国の若い力は、侵攻してくる魔王軍との戦いにほとんどが駆り出され、治安維持の力は以前とは比べ物にならないほど弱まっている。多くのならず者たちが、この機に乗じて殺人と略奪で生計を立てていた。この盗賊たちも、そんな勢力の一つだ。
だが、治安がいかに弱体化していようとも、人間の王国が完全に陥落したわけではない以上、無法地帯というわけでもない。街道での公然たる殺人や強奪は、依然として大きなリスクを伴う。通りすがりの者に目撃され王国に通報されるかもしれないし、同業者に漁夫の利をさらわれるかもしれない。あるいは、野生の魔物に遭遇する可能性だってある。そのため、盗賊たちも長居はしない。頭領は、部下たちが全ての戦利品をまとめ終えたのを確認すると、すぐに命令を下した。
「お前ら、あの商人の死体をどこかへ埋めちまえ。そしたら、とっととずらかるぞ。長居は無用だ。誰かに見つかる前に、ずらかるんだ」
「へい!」
部下たちも収穫の喜びに浸りすぎることはなく、次々と立ち上がり、シャベルを手に穴を掘り始め、証拠を隠滅しようとする。
だが、その時だった。
「そこまでだ」
「何者だ!?」
富豪の後始末をしようとしていた盗賊たちの動きを、不意に声が遮った。しかも、それは澄んだ、耳に心地よい女の声。彼らの犯罪行為は、ついに目撃されてしまったのだ。荒くれ者たちが一斉にそちらへ視線を向けると、そこには、荒い息をつき、全身汗だくで、黒髪をポニーテールに結んだ少女が、片足を引きずりながら近づいてくるところだった。
盗賊たちが、何者かと訝しんでいると、その少女は手に持った短剣を掲げ、盗賊団の頭領にまっすぐ突きつける。
「全ての金品をそこへ置け」
「……なんだ、お嬢ちゃんは王国の役人か何かか?」
もし相手が王国の人間なら、手出しするのは得策ではない。頭領は慎重に確認する。単身で乗り込んでくるような女が、まともであるはずがない。
だが、相手は予想外の答えを返してきた。
「その金品は……全て私のものだ……。貴様らなどに奪わせるものか……」
「お前の、だと? ……はっはっははは!!」
少女の言葉に、盗賊たちは一斉に哄笑した。
「王国の役人かと思って、肝を冷やしたぜ!」
「なんだ、同業者かよ!」
「残念だったな、女。早い者勝ちって言葉があるだろう。俺たちが先に見つけたんだ。だから、この財宝は俺たちのものだ」
「そうか……」
少女は、相手が応じないと見るや、戦闘態勢を取り、相手に正式に喧嘩を売る。
「ならば、貴様らを殺し、それから金品を奪うまでだ」
少女の発言に、盗賊たちは一瞬自分の耳を疑った。彼女が何を言ったのか理解すると、再び遠慮なく大笑いする。
「この女、頭がいかれてるんじゃないのか!」
「ろくに飯も食ってねえみてえなツラして、俺たちに喧嘩を売るだと?」
「どこの組の差し金だ? こんなガキを死なせに来るなんて、非人道的にもほどがあるぜ!」
「黙れ!」
少女は盗賊たちと無駄口を叩く気はないらしく、短剣を振るって彼らに突進していく。
それは、あまりにも有勇無謀な行動だった。
そして結果は、当然、火を見るよりも明らか…。
「ちっ、立つこともおぼつかねえくせに、カチコミかけてきやがって。自分の身の程を知らねえのか?」
一分も経たないうちに、少女は盗賊たちに打ち倒される。頭領は少女の頭を踏みつけ、彼女に唾を吐きかけた。少女が怖いもの知らずな様子だったので、頭領も最初はどんな手練れかと思ったが、実際に戦ってみれば赤子の手をひねるより簡単だった。しかも、少女は来る前から既に怪我をしていたらしく、腹も空かせ、ふらふらだった。盗賊たちは武器さえ使うことなく、あっという間に拳で少女を意識不明に追い込んだ。
「…………く、そ……が……」
朦朧とする意識の中、少女はそれでも罵詈雑言を呟いていた。
……
五ヶ月前のあの日、シェリスは三年半世話になったエルフの男、クルイに、自らが魔王であることを明かした。それはつまり、シェリスがあの平淡で退屈、しかし非常に平和で安定した生活に別れを告げなければならないことを意味していた。クルイと別れた後、彼女はエルフの森を去った。
庇護もなく、住む家もなく、腹を満たす手段もない。シェリスを待っていたのは、ただ自分の両腕だけで生存競争を勝ち抜かなければならない、過酷なサバイバル生活だった。幼い頃、弟と二人きりで生きてきたシェリスにとって、このような生活は決して目新しいものではない。
だが、今の彼女と、魔王になる前の彼女とでは決定的な違いがあった。それは、力の差だ。かつてのシェリスは生活こそ苦しかったが、生まれ持った強大な力のおかげで、他の魔物から食料を奪うことなど造作もなかった。しかし、今のシェリスは、体を鍛えたことすらない十五歳の少女と何ら変わりない。唯一頼れる短剣一本では、この残酷な弱肉強食の世界で生き抜くにはあまりにも心許ない。彼女は人間の王国に身を寄せることもできず、ましてや魔界へ帰ることもできない。こうして、シェリスは樹皮を齧り、雑草を食む日々を送ることになった。
だが、シェリスがこの現状に甘んじるはずがない。力は依然として彼女の執着の対象だ。薬を飲んでも、鍛錬をしても力が戻らないのなら、いっそ実戦を通して感覚と経験を取り戻し、それを突破口に力の回復を試みようと考えた。血みどろの戦いの緊張感、刺激、死地からの生還という絶境を思い出せば、あるいは土壇場でかつての感覚を取り戻せるかもしれない。たとえそれが、シェリスの根拠のない希望的観測に過ぎなくても、彼女は思いつく限りの方法を全て試すしかなかった。たとえ、それが大きな危険を伴うとしても。
こうして、シェリスは風餐露宿の生活を続け、勝ち目のない戦いを何度も繰り返し、死の淵を何度さまよったかわからない。そうして、かろうじて今日まで生き延びてきた。そして今日も、彼女は見知らぬ相手に果敢に戦いを挑んでいた。
極度の飢餓、ろくに手当もできない無数の傷、そして元々貧弱な体力。それが、シェリスが何の抵抗もできずに敗れた原因だった。
(また…これか…。また力を取り戻せなかった…。また人間に、こんな辱めを……)
人間に足蹴にされるなど、魔王にとってこれほどの屈辱はない。独り彷徨ったこの半年近くの日々を思い返し、シェリスは歯ぎしりし、悔し涙を流す。
かつての自分がいかに威風堂々とし、他を睥睨していたか。今の自分の惨めさといったらどうだ。魔王ともあろう者が、こんな犬畜生にも劣る境遇に落ちぶれるとは、実に嘆かわしい。
「頭、この女、どうしますかい?」
一人の盗賊が前に進み出て、頭領に尋ねる。頭領は足元で虫の息のシェリスを一瞥し、特に考えることもなく決定を下した。
「こいつに顔を見られちまった。逃がしちまったら、王国に通報されねえとも限らねえ。だから殺せ。お前ら、もう一つ穴を掘って、後でこいつを埋めちまえ」
「へい!」
「悪く思うなよ、小娘。もうちっとマシな顔してりゃあ、奴隷にでもしてやろうかと思ったんだがな。お前のその貧相な体じゃ、俺たち兄弟の好みじゃねえ。それに、もう一人食わせる余裕もねえんでな。だから死んでくれ。恨むなら、こんな戦乱の世の中と、身の程知らずにも俺たちに逆らったお前自身を恨むんだな」
頭領の言葉が終わるや否や、冷たい感触がシェリスの首筋を走った。明らかに、刃物をシェリスの首に突きつけられている。
(……私は…死ぬのか……)
以前、シェリスが他人に戦いを挑んだ時も、九死に一生を得るようなことはあったが、実際に殺されそうになったことはなかった。だが、今日の相手は違うようだ。シェリスは、はっきりと死の脅威を感じていた。
シェリスとて、自分の死に様を想像しなかったわけではない。彼女はその力に絶対の自信を持っていたから、自分は天寿を全うするのだと信じていた。百歩譲っても、最強の勇者か、あるいは新世代のさらに強力な魔物の手にかかって死ぬのだろうと。そのどちらも有り得ないとは思いつつも、それならば魔王としての尊厳は保たれる。まさか自分が、こんな下劣な盗賊たちの手にかかって死ぬことになろうとは、夢にも思わなかった。尊厳も、ロマンも、全てが跡形もなく、踏みにじられてズタズタだ。
「…………はは、私の力は結局私を裏切り、永遠に戻ってこないというわけか……。ならば、無様に生き恥を晒すより、いっそ死んだ方がマシかもしれんな……」
全ての希望を完全に放棄したシェリスは、自嘲気味に笑う。彼女の命は風前の灯火、生殺与奪の権は他人の手にある。不満を言ったところで何になろうか。いっそ、この残酷な現実を潔く受け入れよう。もし力が戻らない運命なら、シェリスにとって生きることは死ぬことより辛い。
そう悟った瞬間、シェリスは完全に絶望の淵に突き落とされた。
「死ね、名もなき女」
頭領は刃を振り上げ、シェリスの首を目掛けて、全力で振り下ろす。
「…………」
死の運命を受け入れたシェリスは固く目を閉じ、生命が終わるその瞬間を待った。
………
……
「なにっ?」
だが、シェリスが待っていた死は訪れなかった。代わりに聞こえてきたのは、盗賊の驚きの声。
「ぐっ……。言ったはずだ、俺はシェリスを守ると……! 約束は、破らない!」
同時に聞こえてきたのは、聞き覚えのある男の声。
シェリスは必死に顔を上げ、目の前の光景に完全に度肝を抜かれた。
「……なぜ……」
彼女は心の底から問いかける。
なぜなら、もう半年近く会っていなかったエルフの男、クルイ・アーシュが、今まさにシェリスの前に立ちはだかり、その背中でシェリスへの一撃を受け止めていたからだ。鮮血がクルイの背中から飛び散り、肩から腰にかけての傷口がパックリと開いていた。
「エルフだと!? ……邪魔だ! お前も死にてえのか!」
盗賊の頭領は、この命知らずの男を威嚇する。だが、クルイは全く退く気配がない。
「シェリスを守るためなら、この命、捨てでも構わん!」
「どけっ!」
頭領はクルイを蹴り飛ばし、再びシェリスに刃を振り上げる。
「させるか!」
クルイはすぐに地面から起き上がり、全身全霊で頭領に体当たりする。その勢いを利用して、クルイはシェリスの上に覆いかぶさり、彼女の盾となった。
「ちくしょう、まずはお前からだ! 野郎ども、やっちまえ!」
頭領の号令一下、盗賊たちは一斉に襲いかかり、シェリスを庇うクルイに殴る蹴るの暴行を加え始める。
「クルイ……お前……」
シェリスは、苦痛に歪むクルイの顔を理解できない思いで見つめる。なぜこの男は、自分のためにここまでできるのか? 彼女には全く理解できない。魔王シェリスの辞書に、自己犠牲などという言葉はない。そのような理念を持つ人間が何を考えているのか、彼女にはわからない。もし部下が主君のために命を懸けて戦い、散っていくのならまだしも。このような無意味な自己犠牲は、一体何のためだ?
だが、クルイの行動は、シェリスにかつてない感情を抱かせていた。この男の前で涙など見せたくなかったが、今のシェリスはもう自分の涙腺を制御できず、泣きじゃくりながら問いかける。
「な、なぜこんなことをする!? 私が魔王だと知っているのだろう! 私が死ねば、お前たちは喜ぶべきではないのか!」
「……大丈夫だ、シェリス。君が誰であろうと、俺は君だけに愛を捧げると言った。愛する女を守るのは、男の責任だ…。たとえ俺が死んでも、君を死なせはしない…」
既に頭を割られ血を流しながらも、クルイはシェリスに微笑みかける。自身の危険よりも、彼はシェリスが安心することを望んでいた。
弱いくせに、喧嘩もできないくせに、それでもヒーローを気取って、自分の危険さえ顧みない……。そんな、ただ強がるだけのクルイを見て、シェリスは唇を噛みしめ、涙ながらに罵る。
「……馬鹿者め…」
クルイは今、一方的に殴られるだけだ。生きたまま殴り殺されるのも時間の問題だろう。彼が死ねば、次に殺されるのは自分だ。クルイがどれだけ格好いいことを言っても、彼の命でシェリスを救うことはできない。
だが、もしクルイと一緒なら、共に死ぬのも悪くないかもしれない……。そんな考えが、既にシェリスの心に浮かんでいた。
死が迫る絶望の中で、彼女は笑った。命の終わりまで、自分は一人ではないのだから。
シェリスが笑みを浮かべたのを見て、クルイも微笑み返した。もしかしたら自分は、死ぬまで愛する人と結ばれることはないのかもしれない。もしかしたら地獄でも、自分はシェリスの目に映る「劣等種」のままなのかもしれない。だが、シェリスがどう思おうと、クルイに後悔はない。彼は勉強もできず、何も才能がなく、エルフの魔法も使えず、何の取り柄もない。だが、そんな無能な自分でも、愛する人のためにほんの少しでも役に立てたのなら、それで満足だった。自分の人生が無駄ではなかったと思えるのだから。
笑顔が交錯した瞬間、二人は既に死を覚悟していた。
…………だが。
「そこまでだ! このならず者ども!」
空の彼方から、風を切る音と共に、別の女の声が遠くから近づいてきた。
「お前は!?」
相手が空飛ぶほうきに乗って降りてきたのを見て、盗賊たちは思わず目を丸くする。魔女帽子を被った銀髪の女性が、宙に浮いた箒から飛び降り、手に持った魔法の杖を掲げ、呪文を唱える。
瞬間、クルイを殴っていた盗賊たちの体が、まるで暴走する馬車にはねられたかのように、一人残らず後方へ吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。女はクルイとシェリスの前に立ちはだかり、大喝する。
「この偉大なる森の魔女様がいる限り、お前たちにこの二人を傷つけさせはしないよ!」
割って入った女は、他の誰でもない。魔女ラルヴィ。なぜか彼女もここに駆けつけたのだ。
「森の魔女…? まさか……ラルヴィか!?」
森の魔女という称号を聞いただけで、盗賊の頭領は怯えたようにラルヴィの名を口にする。手下の者たちも口々に噂し始めた。
「なんだと? あの伝説の大魔法使いか?」
「確か、ずっと行方不明だったはずじゃ…」
「今の俺たちじゃ、森の魔女とやるのは、ちと分が悪いんじゃねえか…」
部下たちの退縮の念を感じ取り、頭領もラルヴィと事を構えるのが得策ではないと判断する。頭領は素直に刀を鞘に収め、部下に撤退命令を下した。
「ちっ、面倒はごめんだ。どうせ金は手に入れたんだ。これ以上ごちゃごちゃやってると、夜も長くなる。野郎ども、ずらかるぞ」
森の魔女の名に恐れをなしたのか、あるいは官兵が来るのを恐れたのか。いずれにせよ、盗賊団は素直に立ち去った。周囲に敵の気配がなくなったのを確認すると、ラルヴィは慌てて振り返り、二人の様子を見る。
「大丈夫かい!? クルイさん、シェリスちゃん!」
「ラルヴィ……なぜお前がここに……」
シェリスは力なく尋ねる。またラルヴィに借りができてしまった。彼女が助けに来なければ、二人ともここで命を落としていただろう。
「別に。あんたが家出した日、クルイさんとあたしであんたの行方を捜し始めたのさ。もう五ヶ月以上も探したんだよ。この五ヶ月、クルイさん、ずっとあんたのことばっかり話しててさ、飯も喉を通らないってくらいだったんだ。昨日、やっと近くの酒場で情報掴んで、二人でこの辺りを探してたんだ。どうやら、彼の方が先にあんたを見つけたみたいだね。あたしも、何かヤバそうな気配を感じて、すぐに駆けつけたってわけさ」
「そうか…。クルイ、お前……」
「……」
「クルイ?」
ドン。
命は助かったものの、クルイは既に重傷を負っていた。シェリスが礼を言おうとした時、彼は突然地面に倒れ込み、意識を失った。




