(真愛そのラスト)楽園と確かにあるもの
私の体の毛穴から出る何か。その何かが出会った人を後ろに後退させる。私が小さく前に踏み込めば、その人は一歩下がる。私が大きく踏み込めば、その人は遠くに弾き飛ばされる。
十代の時分はクラスという社会でうまく立ち回れなかった。だがそういう不器用さを棚に上げ、集団から疎外されることをだだ運のなさと思い憎んだ。
それは社会人となっても変わらず、私は孤独を避けるためあらゆる注意を払った。孤独から逃れることこそが私の生を幸福に向わせるベクトルだと信じた。自由になってしまう事をおそれ、不自由であることを幸福と信じた。幸の薄い人間だと思われぬよう、明るく活発な女を演じ、人を苛立たせないよう配慮した。そして私の不運が周囲に及んだときのため、事前に言い訳の布石を散りばめた。
何事も執拗に用心深く。慎重に。まるでそういう配慮が、努力だとでも言うように。つまりはその積み重ねこそが、いつか私を守る盾になる、とでも言うように。
だがどんな盾や防壁をこしらえてみても砂上の楼閣。それは孤独から私を守ったりはしなかった。
私の毛穴からでる何かは、私の周囲でグルングルンと回転し、大きな輪を作っていく。そしてその回転が出会った人を弾き飛ばしていく。親しくなり、互いに距離を縮めようと間合に入れば、そこが射程距離。たちまちグルングルンに弾かれ、遠くへ飛ばされてしまう。私の事を庇う優しい者ほど、その庇った量に反比例して手の届かない遠くへ飛んでいく。それをみて、私にとりついたそれが「ケッケッケ」と笑う。
でも彼は。
違った。グルングルンの射程距離にあって、まるでそんなものは存在しないとでも言うように私をみて笑っていた。男の人の名前を、それも敬称を付けずに呼んだのは初めてだった。彼は最後まで飛ばされることなく、隣に在ってくれた。だが・・・。
あの時、あの回廊、あの最後の部屋で、私は走っていた。そして、一度だけ振り返った。
血だらけになって番人の足にしがみつく彼の姿がみえた。
私はそれを見ても痛みを感じなかった。
代わりに自分が誰で、どこに向かって走っているのかがわからなかった。肥大した寄生虫みたいなものが、私の内臓を中から食い破っていくような感覚に襲われながらも、不思議と痛みも重みも感じなかった。
(もう走ってはいけない)
頭の中に直接ペンで書き込まれたように言葉が見える。一歩ごとに目眩が増す混乱した意識の下で、何度も誰かのペンが頭の黒板になぐり書きをしていく。
(立ち止まって)
(振り向いて)
(彼の方に走って)
(共に死を)
私自身の声・・・なのか。
彼の声・・・
すぐ後ろの道化の男・・・
あるいはもっと別の誰か。
痛みも苦しみもない感覚の中、ぼんやりとそんな事を考えていた。
目が覚めると私は横になっていた。そしてまたすぐ眠った。
ただ起きては眠り。眠っては起きた。 そして何も食べなかった。しかし、死ぬ事は許されなかった。そして何度目覚めてもそこは消毒の匂いがするベッドで、おなじ天井の模様があるだけだった。
「食べたくないのなら、何も食べなくて良いのですよ」
優しい顔でそう言う看護師が繰り返し私の生命維持装置を点検しにきた。私はそのベッドの上で何も考えずにどれだけ過ごしたのだろう。何年もそこで寝ていたような気がする。こんな姿を彼が見たらどう思うか、とは考えなかった。それは私が終焉を迎えていたからだろう。肉体はここにあっても、私のこころはあの時寿命を全うした。だから今ここにこころがなくても、それは何の不自由も不快も伴わない。
ある時から私が寝ている部屋に窓があることに気がついた。窓の外にわずかに木の枝がのぞいていて、ふと気がつくと見たこともない小鳥がその枝にとまった。時には雨が降った。時には強い風が吹いて枝をゆらせた。だが私のいるベッドには雨の音も、風の音も聞こえてはこなかった。枝は葉をつけては枯らし、また葉をつけていた。
そうやって歳月を繰り返していると、あるとき私はふと思った。起き上がるべきではないか、と。
しかし起き上がるという信号を私は動作に変換させることができなかった。起き上がれない。寝返りも一人ではできない。しかし。どういうわけか私は起き上がろうとし続けた。
そしてどれだけの後かわからない。私は起きた。そして座る為の筋肉、立ち上がる為の筋肉づくりを始めた。初めはスプーンを持つことも出来なかった。食事を何度も吐いた。だが何度も食べた。生きることを放棄する権利は私にない。こころのない自分にそう言い聞かせた。
やがて歩くことができるようになると、病棟中の看護師が私に向かって拍手をした。その後の機能回復訓練の末、世話になった病院を退院した。そこは分岐する回廊専属の病院だった。回廊を通り抜けてきたものが入院する場所。特にこころの機能回復科に、多くの最下位者たちが入院している。
そう。二度目の世界。
私が道化の男の横を走りぬけ、辿り着いた場所。楽園。そういう呼び名が大袈裟でない場所。
退院した私は、手続きのため総督府へ行った。指定された部屋で待っていると、私の前には現れたのはホールオレンジの受付にいた女だった。
「久遠さん。お久しぶりです。すごいですね。最下位グループの方がここにくるのは、一国の宰相になるよりも難しいと言われています。って調教師さんみたいな例えでごめんなさい・・・って、また余計なこと言っちゃった。それが原因でオレンジの受付くびになって、職場こっちに変わっちゃったっていうのに・・・。と、無駄話はこの辺にして」
無駄話はこの辺にしてと言いつつも女は、ホールオレンジに選ばれる最下位の人間の特徴を説明し出した。
「まず最下位グループではあるものの、最もその上位グループに近い人、または光央者であるものの、強い後悔などの影響で枠からもれた人達が集まる場所。それがオレンジなのです。つまりカラーホール二十四色のうち、最も優秀なクラスという訳です」
そのホール最大のメリットはオレンジの人間同士が出会いやすいこと。これは異常に高い確率で設定されていて、故にパートナー数制限二名まで、という唯一の最小人数構成になっています。他ホールのように四人パーティーが組めたり、回廊に入る前からパートナー選びができる等の権利が適用外とされています。
オレンジの人同士はほぼ上位の人、または本来は光央者の人、な訳ですから出会ってパートナーになればそれはもう有利なわけです。その理由として回廊内での死亡原因最たるものがパーティー内での人間関係のもつれ、と言われているからなの。
番人との駆け引きなんかよりずっと難しいのね、人間のほうが。
だからと言って一人で回廊に入った人の多くも不安や恐怖で自滅する。死因のおよそ八割は自滅・・・、そうね裏切りや人間関係のトラブルが死亡原因に直接結びつくの。だからオレンジ出身者が二度目の世界に到達する確率が最も高く、更に言うとこれは神がかり的な確率の話ですがジョーカーの番人がいる部屋経由でこちらの世界に来ることができる人は百パーセントオレンジ出身者なんですよ。今日まで」
でもまさか久遠さんはジョーカーの番人に出会ってはいないですよね? と女は付け足した。私は答えなかった。それを今更聞かされることも、その時のことを思い出すのも今の私にはあまり意味がない。
ちなみに言えば、彼女は回廊の番人ではなかった。そして住人でもない。つまり一度目と二度目の世界の行政者。私たちのイメージでいう神、という存在。の、事務方。
その彼女から私はこの世界の構成やルール、そして権利などについて説明を受けた。
私は居住都市としてチパングという都市を選んだ。
その都市は遊んでばかりいると落ち着かないので、普段は働いていたいという人々が多く集まっていた。私はそのチパングで働いた。さすがに満員電車はなく、交通渋滞もなかったが、お昼のランチでは行列ができる。みな平日は仕事をして、週末にまとめて遊び、しばらくすると長期休暇をとって島にいく。島というのはリゾート部の呼び名だ。
遊んでばかりいる人達に比べてチパングの人達は点数の貯まる量も桁違いだった。彼らは仕事を選び、就職し、勤労することでこの世界に貢献し、その代償として沢山の点数を得る。
この世界のあらゆる職務の全ては、二度目の世界の住人と呼ばれるもの達によって賄われている。回廊の住人と同じだ。人間そのものの容姿。だが個の感情というものをほとんど、といって良いほど持ち合わせない。あくまで役割を遂行するために必要な分だけの喜怒哀楽を有している。
またそういう住民の人手は必要最低限にされており、足りなくなるとロボットなどをレンタルして補っている。もちろん人間の働き口もここにはいくらでもある。
働くだけで遊ばない私は、働き始めてから半年間で、三億スティアーポイントという点数が貯まっていた。
その世界には十八種の都市部、と呼ばれるものがある。一度目の世界でいう国、というものに相当する。この世界で生きるには、その都市部の中から住む場所を選択しなければならない。そして一年ごとに違う都市へ転居することも可能だ。
一度目の世界とほとんど何もかも同じだが、大きな違いが三つある。一つ目は何もしなくても金が貯まる。
好きな事をして一月も暮らすと自身の集積回路に過剰な点数が貯まる。点数が貯まると行動範囲が広がる。それがこの世界の通貨。労働を積み重ねなくとも、ただ質素に暮らしていれば勝手にお金持ちとなって贅沢ができる。
二つ目は年齢。経年とともにあるべき老いがない。そのためこの国の身分証などに生年月日がなく、代わりに入界年月日が記載される。だが老いがない代わり、希に体力や外見がほんの少しずつ若返る人もいる。
三つ目は妊婦がない。子を持つことができない。だが恋愛も可能だしセックスもある。私にも不思議と毎月生理がある。しかしこの世界の産婦人科に妊婦はいない。
あとはおおよそ一度目の世界と同じだ。好きなことをして暮らせば良い。すぐに点数が貯まる。都市部では家も買える。好きなものを食べられる。点数があれば何でも購入できる。
旅行も可能だ。この世界には十八の都市部とは別に、八百余りのリゾート部がある。そのリゾート部の一つ一つは大小の島になっている。あらゆる需要に対応した、様々な島々。ハワイや、ニューカレドニアなど一度目の世界にあるリゾートの模造島はもちろん、この世界独自の豪華な島々が点在している。
毎日、寝て、遊んで、食べていれば良い。働くことも納税することもない、家事だって家政婦や、ロボットがやってくれる。映画が好きなら一日中みていられる。毎日競艇場に通っても良いし、美味しい料理を食べ歩いて暮らしても良い。楽器やお華、外国語やダンスを習いながらすごしても良い。
世界は果てしなく自由で、永遠に続いている。私が生涯をかけてもイメージしきれないほどにだ。
この楽園のような場所で人々は長い時間を過ごす。そしてやはり一度目の世界と同様に、その死後がどうなるのかはわからない。
リゾート部の島々に、例えばこんなものがある。本の虫たちの島。
そのリゾートは一年中の常夏だ。湿度のない夏と、大きな木陰に吹く爽やかな風のコラボレーションが人々の読書欲を掻き立てる。たったそれだけのコンセプトで創られたリゾート島。世界最大の図書館とあらゆる古書が集まる設備を持ち、海沿いや草原に建つホテルは勿論、街そのものが全て風の通り道を計算して設計されている。
訪れる人々はこの透明な海と大草原を併せ持つ島で心身を休息させ、そして思う存分の読書をする。例えば草原の木陰、プールサイド、森の中のハンモック。カフェのテラスなどで。
エメラルドグリーンとライトブルーが階調するあざやかな海と空の水平線。それを眼下に見下ろせるホテル。窓をあけると常緑樹の葉が香る。
朝起きてホテルのプールで泳ぐ。そして熱いシャワーを浴び、部屋に帰って冷えたアイスティー。ひんやりとしたシーツに飛び込んだ後、横になって本を読む。
夕食はレインツリーの下につくられたテラスで芝生の電飾を眺めながらの食事。冷えたトマトと、ガーリックシュリンプ。つめたいパスタ。それからレッドアイ。隣のテーブルの老夫婦が、私たちを優しい顔で見ている。なんともいえないシワシワの笑顔。
素晴らしいアイデアだ。ー 贅沢をする ー という概念のその斜め上をいく発想。そういうリゾートがこの二度目の世界には多く点在している。
私はリゾート部の良さを理解できる。資本主義を基点とする一度目の世界ではこれが創造できないであろうことも。だが彼のいないこの世界で私がリゾートに行きたいと思うことはない。私はどうすればこの痛む何かから解放されるのか。ここで私に何をしろというのか。私は今、ここで何をしているのか。
休日。過ごし方はいつも大体同じ。私は常に何かをしていた。朝起きて布団を干す。それから味噌汁をつくって魚を焼く。チパングという都市は海に囲まれている。家の近所の魚屋に毎日新鮮な魚が並ぶ。
朝ご飯の後は洗顔をして、歯を磨く。洗濯ものを干して、シャツとスカートにアイロンをかけて、庭に咲いたグラジオラスに水をやって、ほとんど乗らない自転車の洗車をする。それから部屋の掃除や、草刈。
やるべき事がない時は巨大なジグソーパズル。
昼はチーズかヨーグルトだけ。それから外に出かける。外出といっても首都周辺を網の目のように走っているバスに乗るだけ。バスにのって遠くにいったり、近くを旋回したりフラフラとする。私はバスに乗って窓の外を眺めているのが一番楽だった。特に雨の日が好きだ。雨の音と、窓ガラスに流れる水滴をみながら、バスが路面を走る振動を感じていると何も考えずにいられた。
平日は働く。この国の規則で、週に五日以上は働かせてもらえない。私は平日の五日間働いていた。ピザが自慢のカフェで。ウエイトレスをしながら生地のつくり方と焼き方を勉強した。私はそこで昼十二時から夜の八時まで働いた。仕事はあまり楽ではなかった。それでも、客が嬉しそうに食事する表情や、食後の安心した顔を見ていると気が楽だった。ウエイトレスになりきる事ができたし、余計な事を忘れていられる。だから楽だった。
そのカフェでは若い男女が働いていて、みな仲が良かった。私のことも入店時から仲間として歓迎してくれた。仕事帰りにも食事に誘ってくれた。皮肉にも一度目の世界であれほど憧れていた関係だった。私はできるだけ誘いを断らないようにしていた。人間らしさを失わないために。
「真愛ってほんとミス多いよね」
「そうそう。クレームつけてきた客に謝りにいってテーブルの上のグラス倒したり」
「ほんとっ、おっかしいよね。謝りながら余計に客怒らせちゃうとこ、逆にかわいくて憎めない」
「そうそう。それに何かフワフワしてんだよね。心ここにあらず? って感じで。まったく悩みがあるなら、お姉さんに相談しなさい」
店の女たちは、私を可愛がってくれた。二度目の人生をやり直しても、それまでの自分は改善されなかった。だが誰もそういう私に苛立ちを感じないかのよう。この世界で生活する人達は心に余裕があるのだろうか。それとも光央者というのは、私の想像よりもずっと優れているのかもしれない。
店の男たちからは良く冷やかされた。
「いいのいいの。違うテーブルに料理運んでもいいの。久遠さん美人だから」
「そう。真愛ちゃんは何しても許される。ていうか俺が許す」
「そうそう、この子に謝られたら怒ってた客も最後は笑顔で帰っていくし。でもまあ女には通用しないけど」
「でも、もてたでしょう? 向こうでは」
「それは間違いないでしょう。美人なのに全然しっかりしてなくて、アンラッキーな所が男心をくすぐる?」
・・・ぐさり・・・
とくる所だ、むかしの私なら。運に関する事を他人から言われただけで血の気が引く。しかし今は笑っていられた。笑顔をつくって頷いている事ができた。だがそれは顔の筋肉が記憶している、笑顔というのに最も近い表情を作っているだけだ。私の何処にあるのかわからない、こころが笑うことはない。
「今度の定休日に車出して、オハナのキャストみんなでイタリアンレストランに偵察に行くんだ。まあそれは口実で、本音はたまにみんなで遊びたいね。ってのりなんだけど、真愛ちゃんもどう?」
ある日。仕事からの帰り道でそんな話をされた。オハナというのは店の名前だ。店内の雰囲気もお洒落で、スタッフのユニホームもかわいらしく、調度品にも油断がない。肝心のピザは上品でとても美味しい。そして新鮮な野菜を仕入れることや調味料を探求することに情熱を惜しまない。とどめに優しくて色気のある男ばかり。これほど恵まれた環境にあってさえ、私は働きがいも見出さず、女として男をみることもしなかった。だが、
「良いですね。私も参加させて下さい」
一日だけ。というのが、私をその気にさせた。病院を退院しチパングへきて半年。未だ何一つ楽になってはいなかった。それでも一度は誰かと遊んでみよう。やっとそういう気になったのだ。
当日。私はゆっくり寝ていた。遅く起きてきて台所で湯を沸かした。冬の少し暖かい朝だった。
食事をし、食器を洗った後は、洗顔をし髪形を整えてしっかりと化粧をした。直径二センチのスクエアリングピアス。小さなボストンバッグ。レースのスリップ、その上にカシュクールワンピース。襟の広いボルドーの膝丈コート、同じ色のタイツ。甘くないトワレ。手染めのストールを巻いて履きなれた五センチヒールの靴を玄関に出す。最後に鏡の前で天然石の付いたネックレスのナスカンをとめた。地球にいた頃。どんなに毎日が嫌になっても、私は女であることをやめなかった。それはここへ来ても同じだった。
ドアを開けると、かしの葉を通り抜けてくる日差しが眩しかった。その日差しを取り込んで胸の天然石が輝いている。ドロップ型にカットされたレインボームーンストーン。輝く部分は七色の光を放つ。だがその石には輝かない部分が必ずある。それは、カットの仕方を工夫しても、光の差し込み方を変えても決して輝きを発しない。私と同じ。私の中に光は入らないし、入ったとしても内部で永遠の反射を繰り返すだけ。
だとしても、生きなければいけない。彼の分も。そうだ。生きる、を諦める権利は私にはない。
「おはよう。真愛ちゃん」
「あ、おはよう真愛」
待ち合わせ場所の、二十二街区。八十五番街のイエローという駅の前には、もう四、五人の人が集まっていた。しばらく待っていると九人全員が揃った。さあ、そろそろ出発、という時だった。
この世界で私を救ってくれるその人が現れたのは。 彼はバイクに跨って、短い煙草をくわえてこちらを見ていた。そして私も見ていた。その人が私を見て、口にくわえた煙草を落とすところを。
「久遠っ! 久遠か?」
大声をあげて彼は私の方に駆け寄ってきた。私も二、三歩前に出る。
「ダッハッハッハ。やはり久遠か!」
佑輔だった。私はこの国にきて初めて、瞳の奥が自分以外の他人をとらえた気がした。
「懐かしいなっはっはっは。昼飯まだだろ? 付き合えよ」
私は迷った。佑輔と話したい気持ちはあったが、健之の事を聞かれるのは嫌だった。だが彼の目が不思議と私を安心させた。高笑いと明るい表情は変わっていなかったが、その目の奥は沈黙していた。彼の黒い瞳に、私は映っていないかのよう。
オハナのスタッフに事情を話して別れ、そして私は彼と食事する事にした。
佑輔は蕎麦屋に入りたいといったが、私が遅めの朝食をとった事をしると、大きなビルの一階にあるカフェに変えてくれた。
彼はこんがりと仕上がったパンに、焼いたソーセージが挟まったものをニつ注文した。そして熱いコーヒーを火傷するのではないか、という速さで飲んだ。
「三咲も死んだよ」
それが彼の最初の言葉だった。壁が無く店内は剥き出しであったが、特殊なエアーカーテンのせいで寒くなかった。そこで私は温かいミルクを飲んでいた。彼は三咲も、といった。私が彼の目をみて何か感じたように、彼も私の瞳の奥をみてここには健之がいないと感じたのだろうか。
「不意打ちだった。助けてやれなかった」
「ふんっ! まあ死んで当然だ・・・、日頃の行いが悪すぎんだよ」
笑いながら彼はいった。顔を下に向けたまま。
「何回か、刑務所に入ったんだ。そんでわかった。罪を犯しても天国へはいけないらしい事が。だけど一つだけ方法がある。自殺することだ」
私は、自分の手首に視線を落とした。
「おまえも考えただろ? 俺はもう何もかも嫌になった。あいつらが、毎日刑務所の囚人みたいな扱いされて労働しているのに、どうやって俺はここで笑って暮らせっていうんだ? 自殺しちまえば終わりだ。大罪になったって良い。天国へいって百万匹の昆虫と六畳一間で暮らそうと、鬼の飼ってるインコの餌の為に何度も生爪剥がされながら生きようと、ここで暮らすよりましだ。そうは思わないか、っと」
「あなたの気持ちは良くわかるつもり。でも私はあなたとは立場が違う。私に自殺する権利はない。あるのはここで毎日を、確かに暮らしていかなければならないという現実だけ。だいいち」
その先の言葉は、私の顔の前に出された、佑輔の手によって制せられた。
「最後まで聞けよ」
そう言われて私は我に返った。気が付くと私は無意識に喋っていた。それも感情的に。おそらくこの世界にきて初めて。
「と思ったが自殺なんてかっこわるいし、やめたんだ。第一そんな事したら、あの世で三咲にもう一回殺され兼ねねーからな」
そして自殺をやめた彼は今世界中を旅しているのだという。そしてありとあらゆる方法で情報を集めているらしい。それは天国へいった三咲に、今ここから何かしてあげられる事はないかと言う発想なのだろう。
「大した情報は今のところつかめてない。だが一つだけ朗報はあるぞ。天国はそこまで悪い場所じゃない」
「闇従者が、なんの努力もせずに死のうとするのを抑制する為に誇張されている。詳しい情報はまだわからないが天国も言うほどしんどい場所ではないみたいだ。まあ暗くて陰湿な場所だろうけどな」
私は嬉しそうな表情をつくった。彼は私が喜ぶと思って話したのではないかと思ったからだ。だが彼にそんなつもりはなかった。佑輔は私の表情など見ずに、熱いコーヒーとパンを再度注文した。
隣のテーブルでは男性が新聞を読んでいた。その横で大きな黒い犬が行儀よく座り、佑輔の方を見ていた。彼は相変わらず調子のいい話ばかりしては、大笑いした。だが私にはわかった。回廊の中で彼に会った時とは違い、彼はこころから笑ってはいない。
「ここのソーセージはうめぇなあ。コーヒーもうまいし」
以前の私なら可笑しくなって笑っただろうか。彼はホットドックも、コーヒーも味わう気があるとは思えない早さで胃袋の中に詰め込んでいたからだ。
「ここの住人がつくる食いもんってのは確かにうまい。でもそこまでだ。それ以上はない。所詮はこの世界の神さんだか、なんだかが創った人間の形した動物だ。まじめに働くし、さぼったりもしなければ、休日に遊びたくもならない。人間が冗談言えば笑うし、理不尽な事をいえば怒るし、でもそこ止まりだ。あくまで表現が可能なだけ。例えば料理に感情を込めるって事まではできねえ。でも人間が作るもんは違う。例えば三咲だ。俺が付き合ってた女に金を持ち逃げされて、困り果ててた時に突然あいつがきたんだ。でかいスーパーのビニール袋両手にさげて俺の部屋の前に立ってた。中に入れると勝手に台所を占領して、何時間もかけて食い切れないほど料理作って、テーブルに並べて。それで、食べなきゃ元気でないよ、とかなんとか言ってむすっとしやがった。なにしろ三日も何も食ってなかった俺は、しこたま食った。そしたらあいつ何も言わずに後片づけして帰っていった。おもしれぇ女だろ? だけどあん時食った料理は言葉にできねえ。あれには元気になれ、っていう気持ちみてえなもんが入ってた。うまいもんってのはそういうもんだろ?」
そういって彼は熱いコーヒーを勢い良く飲んで、再び注文した。そして「おまえも、なんか飲む?」と、すっかりぬるくなってしまったミルクをみてそう聞いてくれた。私はいらないと答えた。週末の駅前には活気があって、これから何処かへ出掛ける人、待ち合わせをする人達で賑わっていた。時折電車が走る音がする。
「星川さんはね、私を助ける為に死んだの」
誰にも話すつもりはなかった。しかし佑輔の無色な瞳に向かって私はそういっていた。どういうつもりなのか私自身にもわからなかった。わからないまま最後の部屋で起きたことを細部まで彼に説明している自分がそこにいた。
「あのバカ・・・、かっこつけやがって」
そういった彼の瞳から涙がこぼれた。
私は彼の強さに驚かざるを得なかった。三咲の話を聞いても、健之の話をしても、私は悲しいとも苦しいとも思わなかったのに。
その後も週に一度は彼と会った。平日は働いて、週末は彼のオートバイに乗せてもらって色々なところへいった。
佑輔と出会って半年ぐらいがたったのだろうか。町の風景や色も違って見えるようになり、私は笑うことができるようになっていた。
「後、何時間かかるの?」
飛行機のシートに座って、隣の佑輔に私は聞いた。
「はい? 俺眠いんだけど。キャビンかマルボロに聞いてくれる?」
彼の言うキャビンかマルボロが近くに来る前に機内アナウンスが流れ、到着まで五時間はかかるのだとわかった。最初の飛行機には三時間乗っていた。乗り継ぎにニ時間弱。今乗っている飛行機は五時間だという。三日間の旅行のうち、初日と最終日は移動で終わりだ。
「この旅行は強制参加だからな。理由は聞くなよ、行けばわかるんだから」
佑輔がある日の日曜日、公園の芝生で突然私にそういった。
「行くのは一番最近にできたリゾート部だ。しってるか? 巨大遊園地の島」
彼は起き上がって鞄から地図を出し、広げてみせた。彼の背中から芝草が落ちた。午前の柔らかい陽射しが斜面を包んでいる。
「この辺の海が人気のリゾートが密集してるところ。そんで、まあここと、ここもまあまあ島が集まってる海」
「新しくできた遊園地はどこにあるの?」
佑輔が指差した位置には島の数こそあるが、リゾート地はそこを除いては皆無だった。その遊園地はまったく未開の海にただ一つ存在していた。その海が都市部から遠すぎ、交通の便も悪く、そこにリゾートをつくっても利用されないから未開になっている。たしかに地図でみると遠かった。海には「カリーフ・オーシャン」と記されていた。
「これがその新しい島だ。名前はカリーフ・フラワーパーク。長い間この世界では新しいリゾートがつくられなかった。だから久しぶりの新作ってわけだ」
佑輔はその遊園地島のパンフレットまで持っていた。そこには世界最大というジェットコースターや、大きな観覧車がのっており、園内はいたるところ赤い花が埋めている。
「これって遊園地だけの島?」
彼は頷いた。
私は草の匂いを感じながら芝の上に体育座りをしていた。佑輔は仰向けに寝転がったり、起き上がったりを繰り返しながら煙草をすっていた。
「久遠? なんでこの世界の人間達は、リゾート部の島のオーナーをやらないかわかるか? あれはすげー儲かんだぜ」
私は首を振った。
「売り上げだか、総動員数だかがワースト百に入るとオーナーも経営者も、とにかく携わってる人間はみんな天国いき。つまり勝手に死んじまうからだ。リゾート部だけじゃねえ、この世界の中には人間が手を出せないようになってる業種が結構ある。だからこの島も全部住人が運営してる」
この半年間で私が驚かされてきたのは、彼の情報収集にかける熱意とその才能だった。さすがは日本国に在命中は、自称『名探偵の名をほしいままにした男』である。彼は調べてきた事をいつも私に聞かせてくれた。
「まあ命を懸けなきゃなんねぇからな。だから島の財産や経営に人間は手を出さない。危ない橋だからな」
「それよりちゃんと休みとっとけよ、三日で良いから」
私は言われた通り、三日間の休暇をとった。
飛行機に何時間も乗ると、ようやく目的の『カリーフ・フラワーパーク』に到着した。
「あー、良く寝た。今何時だ?」
佑輔は、機内でずっと寝ていた。これ以上ないくらいの、リクライニングシートの活用法で。
寝起きの彼と飛行場を出ると、そこはすでに園内だった。小さな町といくつかのホテルがある。園内には夥しい数の花が咲いていた。花は全て赤いもの。そして二種類だけだった。一つがコスモスであることは私にもわかった。コスモスは三、四十センチのものから、三メートルぐらいの草丈になるものもあった。花壇は、区画ごとに花が咲いているものと、そうでないものに分かれていた。区画ごとに花期をずらしているのかもしれない。島には高い建物や山が無く、園内のどこにいても海がみえる。
私達はすぐにホテルに入った。受付で手続きをすると、佑輔は情報収集だといってどこかへ行ってしまった。
一人になった私は夕食の前に風呂に入った。そして部屋のバルコニーに出て髪を乾かした。そこから世界最大のジェットコースターが走行しているのがみえた。急坂を登って急降下するクラシックなタイプだった。
夕食の時間になっても佑輔は戻ってこなかった。私は一人で食事をした。それからベッドの上で柔軟運動をした。快適な温度が設定された部屋だった。二十二時になると園内の電飾が消され、たちまちあたりは静かになった。私は肌触りの良いローブを着てサラサラと滑るシーツに包まれて眠った。
翌朝、佑輔の言うとおり朝早く起きた私は、手早く準備を整え彼の部屋の電話を鳴らした。彼はまだ眠っていたようだったが、受話器を置いて三分もすると迎えに来た。
「おう! 今日は思いっきり堪能しろよ!」
一階に降りるエレベーターの中で彼がそういった。寝癖のついた髪と、よだれのあとがついた頬で。
◇◇◇
帰りの機内で雲を眼下に眺めていると、再び涙が湧いてきた。佑輔は横で寝ていた。俺はどんな場所であっても寝ることができる。そう得意に話す彼に私は救われた。
「何で? 一周で良いわ」
大観覧車の三周連続乗車チケットを購入しようとする佑輔に私はいった。だが彼は私の意見を聞き入れず迷わずそのチケットを買った。そしてその理由を誰にも聞かれたくない話をするからだ、といって私にチケットの一枚を手渡した。
その観覧車はとても大きく、一周するのに二十分を要する。途中駅での下車も可能で、あらかじめパネル操作で選んでおけば、コーヒーやソフトクリームを途中駅で受け取ることもできる。
「あまり泣きベソかくなよ」
「どこで? 誰が?」
「俺が別れ話をしているみたいに思われるだろうが」
「誰の?」
と、噛み合わない会話をしつつ、先に歩き出した彼の後について、私は観覧車に乗った。園内にはあまり人がいなかった。
多彩な色調のセンスは申し分なく、アイデアも豊富で飽きさせず、全ての事務処理がスマートであり、さらに言うなら何というか、見るものの心を包む。安心させる。そういう園だ。なぜこれだけのものをここにつくったのか。この完成度にしては観光客が少な過ぎる。立地が悪いために。
午後三時。快晴の日が差し込む観覧車の中で、佑輔はいつになく真面目な顔で私に話しかけていた。柔らかな革製のイスに腰掛けて、熱線反射ガラスに囲まれたかわいらしい内装のケージの中。
「さっき、なんでナポリタン注文しなかった?」
私はそういう気分ではなかったと嘘をついた。私はなるべく好物を食べないようにしている。そんなことが何かの償いになるとは思っていない。消去法だ。それを食べないほうが気持ちが落ち着くから。
「じゃあ見なかったのか?」
「なにを? どこで?」
「まあ、良い」
そういって彼は腕組みをした。
「俺やおまえが通過してきた回廊に、番人の長がいるのをしってるか? そいつは何人もの人間を殺してきた男で全ての種類の番人の長だ。で、その長がある時、光央者と光央者になりかけてる人間のパーティーに出会った。回廊内で光央者になる人間もいる。長はあやめる番人だ。それも戦闘になった場合、人間側に勝つ確率が一パーセントも設定されていない唯一の存在。だがそのかわりに光央者にだけは手を出せない制約がある。つまり、そのパーティーは長のいるその部屋を素通りできる、という超幸運な状態でそこに入ったんだ。でもな簡単には行かなかった。そのパーティーはモンスターに追跡されてたんだ。あやめる番人の中にはそういう悪趣味なのがいて、一度目をつけた人間を面白がってどこまでも追いかける。
長は自分で殺さない相手だからといって、そいつらを助けたりはできない。それは番人の性質上の問題だ。だからそのパーティーは殺された。といっても一人は助かって一人は死んだ。しかし死んだ方は、死ぬ間際に完全な光央者になっちまった。
長の部屋に光央者が入った場合天国へ行かせてはいけない、というルールがある。長は仕方なく回廊と、天国の評議会の両方にそれを知らせた。議会は動いた。そして特別な措置を出した。死んだ体を生き返らせ、二度目の世界で夢だった遊園地をつくる許可。という措置だ。
でもってそこまでで終わり。遊園地が完成したらそいつは再び死んで天国へ」
佑輔は眼下に広がる、巨大アミューズメントパークを見下ろしながら大きく息を吸った。私はその時、呼吸することを忘れていたかもしれない。
「番人の長にしてもそうだが、天国や、回廊の議会ってのもそうだ。闇囲者には冷酷だが、光央者にはあまい。そいつが遊園地をつくるにあたって、もう一つおまけを与えた。それがそのリゾートの売り上げと、観光客の総動員数だ。年間でも、月間でもいい。一度でもリゾート部の上位十内に入れば。つまり九百近くある島の中で、一回でもベストテンに入れば、その人間をもう一度復活させて、二度目の世界に戻してやる。って条件をつけた。まあ、それはあくまでおまけだ。何にせよ、それでそいつがつくったのがこのフラワーパークだ」
不思議に思うだろ? と彼は付け足した。観覧車には、今、私と彼以外に六人の人間が乗っているはずだ。私は心臓が止まりそうになるのを、観覧車に乗り込む人間の数を数えることで紛らわしていた。
「この遊園地がどれだけ高い完成度かは、今日一日遊んでみて、おまえにもわかるだろう? こいつはこれだけのものをつくる才能がありながら、何であえて誰も来ない辺境の地を選んだかわかるか?」
私は首をふる。十位内に入ることなどとても無理だから、だろう。私はそう思ったが彼は意外なことをいった。
「好きなやつを意識してつくったからだ」
園内に広がる赤い花。それらが精一杯に作り出した赤の色は、橙がかった陽を受け、人にはつくれない存在感を放っていた。
「この男は、自分がその遊園地をつくった事が、この世界にいる好きな女に悟られるのはまずいと思った。もし悟られて、自分の為にその女が園の経営に手を出すようなことがあっては困るからだ。この世界のタブー。覚えてるか?」
私は頷く。島の経営には人間が携われないようになっている。もし携わるなら天国行きとなるリスクを同時に背負う、と祐輔がここに来る前に教えてくれた。
「そう。危ない橋を渡らせたくなかったんだ。だが自分だと言う事がばれない範囲で、その好きな女の名前なり、何かなりを盛り込みたかった。たぶんどうしてもそうしたかったんだろ。男として気持ちは良くわかる。俺だって草野球チームの背番号に、自分の女の誕生日をいれたことがある。男ってのはどこまでいっても、そういう自己満足みたいなところがある。
だからその男は、わざわざこの売れない海を選んで、園内に赤い花ばっか並べたんだ。この情報力の支配者である俺様がこっちの世界に来なかったらな。この男の思い通り、誰に真意を悟られることもなかっただろうが」
その回廊の長と言うのは? と私が聞くと、ジョーカーのカードみてえなやつだ。闇従者が遭遇すると百パーセント殺される。と佑輔はいった。
窓を少しスライドさせると、籠の中に風が入ってきた。私はその風の匂いを吸って大きく深呼吸をした。乾いていると信じて疑わなかった胸の中、今は支えきれないほどの湿度を感じる。
「園内に無数にある赤い花は、八割ぐらいがコスモスで、残りはアイビーゼラニウムだ。二つの赤い花にはいくつかの花言葉があるが、その中で一つだけ共通する花言葉がある。それが真実の愛、だ」
たまらずに手で口を抑える。この世界で初めての涙が頬をつたう。
「その男の名前は星川健之」
うん。と、私は発音できなかった。
「でもって、園の名前にもなってる、カリーフ、って海の名前は、古代ガゼル皇国の神話に出てくる神の名だ」
「神?」
私はとまらない鳴咽をかばいながら彼の顔をみて聞き返した。
「ああ。そうだ神の名だ」
「か・・・み」
「幸運の女神」
号泣する以外、他にどんな選択もなかった。出した声は言葉になっていたかわからない。だが何度も私は繰り返していたはずだ。「健之を助けたい」ただその言葉だけを。
◇◇◇
「久遠真愛さま。繰り返しのご説明となりますが、この画面にご記入いただくと正式にカリーフフラワーパークの職員としてご登録となりますが、ご署名後は次回契約の三ヶ月後まで解約、変更することができません。また本件には重大な危険が伴います。本件の一部の適用事項には契約者ご本人様のあらゆる有権を全て無効とし、その身柄を転送する措置があり極めて重大な」
「存じております」
親切な説明を最後まで聞かず、私は電子万年筆を手にとった。
総督府のリゾート管理課へ行く、というと佑輔は驚きもせずに笑って言った。
「久遠。絶対死ぬなよ」
私は迷わず頷いた。佑輔はその私に背中を向けて言った。「今まで使われてこなかったんだから、ここで出るかもな。おまえの特殊ステータス」
一生かかっても、このカリーフフラワーパークを十位以内にすることなどできないのなら、誰に問うても私の選択は愚かで意味のないことなのかもしれない。欲望に従う理性も品位もない行動。これだから最下位の人間は、と光央者に失笑されるのかもしれない。
しかしこれは揺るがない。
健之と再会したい。その気持ちは、運にも不運にも左右されることはない。
会いたいと願って冷めないこの熱量は私の中だけに存在している。確かに今、ここにあるのだから。
◇◇◇




