新学期初日、とある姉妹の一幕
悪役令嬢物にはまったのでテスト作です。感想お待ちしています。
穏やかな春の朝だった。
数週間の間、固く閉ざされていた校門は広く開かれ、新たな学校生活への期待や希望、そして一抹の不安を抱く数多くの新入生を向かい入れる。
ここは、王立リディル高等女学園。王国で唯一、貴族の娘のために建てられた学園だ。十五歳となった貴族は三年間、学園で国を将来を担うにふさわしい淑女になるよう、教育を受けることになる。
そして、今日は学園の入学式。王都に居を構える貴族だけではなく、遠く離れた地方領主の娘も含め、国中の貴族の子供が一堂に会するこの学園での初日は毎年、喧噪に溢れるものだ。
だが、今年は例年にも増して、明るい声が響いている。それは、ある人物が、この学園に入学するからだ。
「見て、アリア様よ」
「え、どこどこ?」
「ほら、あちらよ」
「本当だ、アリア殿下だ」
校門にあふれる少女たちが、誰に言われるでもなく左右に分かれ、その人物が進むための道を開ける。
ゆるいウェーブのかかったストロベリーブロンドを春風になびかせ、その道をまっすぐと進む少女は、不安そうに顔をきょろきょろと振り、サファイヤのように鮮やかな瞳をせわしなく動かしている。 小柄な身体で抱きかかえるように通学鞄を持つと、小さくつぶやいた。
「な、なんだかすごく見られているような気がするよ」
人の保護欲をくすぐるようなその仕草に、校門にあふれる生徒たちは、心を射抜かれた。
彼女こそが、このアルタナシア王国の第二王女、アリア=アルタナシアだ。
「な、なんだか恥ずかしいよ」
「ほら、アリア。しっかり前を向け。まったく、将来の女王がこの程度の視線で照れていてどうするんだ」
アリアに声をかけるのは、横を歩く少女だ。背中を丸めるような姿勢のアリアに対して、背筋をまっすぐにし、堂々と歩くその姿は、同年代の少女にしては高い身長も相まって、ある種の威圧感がある。事実、生徒がアリアを遠巻きに眺めるだけで近づかないのは、彼女がいるからだろう。
その少女の名前は、シズキ=ミナズキ。古くから王国に使え、優秀な軍人を何人も輩出したミナズキ伯爵家の娘で、アリアの幼馴染でもある少女だ。
「そ、そんなこと言ったって~」
「まったく。そんなことで三年間、学園でやっていけるのか? いつまでも、子供のようなことは言っていられないんだぞ」
普段は刃のように鋭いシズキの視線も、今は呆れたようにアリアを向けられている。アリアはその可憐な容姿と、愛らしい立ち振る舞いから、国中で多くの人気を集めているのだが、どうにも自分に自信がないのか、他人から好意を向けられることが苦手なのだ。
要は、重度の人見知りなのである。
例外は、両親とシズキ。あとは、幼いころから王宮でアリアの世話を焼いていたメイドたちくらいだろうか。あとは――。
「まったく、朝から騒がしいと思ったら。あなたのせいだったのね、アリア」
春先だというのに、凍えるかと思うほど冷たい声が、アリアにかけられた。その瞬間、生徒たちのざわめきも、水を打ったように静まり返る。
ただ、一人だけ。
「お姉さま!」
「あ、おいっ!?」
今まで不安そうだった態度など嘘のように、花が咲いたような笑顔になると、アリアは小走りでその人物に駆け寄った。シズキの制止も、聞こえてはいないようだった。
「おはようございます、お姉さま」
その少女は、冷たい目をした少女だった。人を見下し、蔑み、あざ笑うかのような、まるで人としての優しさや温かみを感じさせない濁った蒼い瞳。まだ幼さを感じさせるアリアとは対照的に、すでに成熟した女性の魅力を感じさせる身体。貴族の令嬢とは思わせない、膝上まで上げられたスカートでは隠すことなどできない太ももや、はしたなく気崩した制服の胸元から覗くことができる谷間を、恥じらうことも人目に晒している。肩の辺りで揃えられた錆が混じったような赤髪には、黒いレースのついたリボンが飾られていた。
容姿こそよく見ればアリアと似ているが、なにかが決定的に違う。そんな、風貌の少女だ。
彼女がセリア=アルタナシア。アルタナシア王国の第一王女で、アリアの腹違いの姉だった。
「ああ、やかましい。いやね、どこの野良猫が騒いでいるのかと思ったら、貴女だったのね、アリア」
「はい、お姉さま。本日より、私もこの学園に通うことになりました」
「知ってるわよ。なに? あなたは、私がそんなことも忘れているような、愚図に見えるのかしら」
「いえ、そういうわけでは……ご機嫌を損ねてしまい、申し訳ありません」
「謝るくらいなら。最初から自分の言動には気を付けてほしいものね。王族としての、自覚がないのかしら? 自分の言葉が持つ影響力を、その空っぽの脳みそで、少しは考えてほしい者ね」
「も、申し訳ありません!」
セリアが口元を醜く歪め、あざ笑うようにアリアに濁った視線を向ける。すると、アリアの笑顔は消え去り、自分の足元を見るようにうつ向いてしまう。
「お、お言葉ですがセリア殿下!」
シズキがアリアをかばうように、二人の間に割って入る。
「アリアはただ、セリア様に朝の挨拶をしただけです。そのように、過度に攻められる言われはございませ――っ!?」
シズキが最後まで言葉をつづけることはできなかった。セリアの冷たく濁った瞳が、シズキの視線を捉えたからだ。
「ああ、誰かと思ったら、愚妹の腰ぎんちゃくね。へえ、伯爵家の小娘風情が、第一王女である私の前に立ちふさがるだけではなく、非難するような言動をするなんて、ずいぶんな態度じゃない。場所が場所なら、大人しく頭をたれ、私が声をかけるのを黙して待つのが礼儀だというのに」
シズキは、思わずつばを飲み込んだ。そして、喉の奥から声を絞り出す。
「こ、ここは学園です。学園では、貴族の身分は関係なく、生徒は平等に接するのが決まりでございます。ですので、社交界での礼儀作法を、この場で持ち出すのは如何なものでしょうか」
勇気を振り絞ったシズキの言葉に、セリアは目を細める。そして、愉しそうに嗤った。
「あらあら、なにを言い出すのかと思ったら、なにを当然のことを言っているのかしら。私はただ、場所が場所なら、と言っただけだというのに。それを社交界の礼儀作法? ハハハ、まるで私が、身分の差をわきまえない貴女の行動を、攻め立てたみたいじゃないの」
「しかし……!?」
「私は、姉妹の会話に、一方的に割り込んでくるのはいくらアリアと親しい友人とはいえ無粋、と言っただけですわ。ええ、王族としてではなく、人生の先達として忠告すべく、たとえ話の一つもした気もしますが、ごめんあそばせ。まさか、本気にするとは思いませんでした。いえいえ、これは、貴女を責めているのではありません。棒切れを振るうことしかしてこなかった貴女を必要以上に傷つけないように、遠回しな物言いをした、私の落ち度ですわ。どうか、お気になさらないで」
「っ!?」
シズキの顔が、羞恥で真っ赤に染まる。セリアに遊ばれたことに、気が付いたのだ。だが、これ以上反論をしても、またやり込められるだけ。シズキは歯を食いしばり屈辱に耐えると、どうにか声を絞り出す。
「いえ、こちらこそ、差し出がましい真似をして、申し訳ありませんでした」
「あらあら、気にしていませんわ。ええ、心配しなくても、次にミナズキ伯爵に会った際には、あなたのことはしっかりと伝えておきます。主人思いの、素晴らしい娘だ、とね」
つまりそれは、シズキの行動を、セリアにとって都合の良いように解釈され、シズキの父親に知らされるということだ。だが、やはり、シズキに反論などできない。
「……お心遣い、感謝いたします」
顔を伏せたシズキに、セリアは笑う。愉しそうに、シズキを嘲笑う。
ゴーン、ゴーン。
校舎の備え付けられた鐘が、大きくなった。始業の十分前を知らせる鐘だ。
「あら、もうこんな時間なのね。それじゃ、私はもう行くわ。こんなところでつまらない話に付き合うほど、暇ではないの」
そう言って、立ち去ろうとするセリアを、アリアが引き留めた。
「待ってください、お姉さま!」
「……なにかしら。暇ではない、と言ったばかりなのだけれど。頭だけではなく、耳も悪いのかしら。私の愚妹は」
セリアは冷ややかな視線をアリアに向ける。アリアは一瞬、身を竦ませたが、すぐに一歩踏み出して、なんとか言葉を紡ぐ。
「えっと、その……」
「あら、どうしたのかしら。この私を引き留めるほどの、重大で重要な要件なあったのでしょう? 言ってごらんなさい」
言葉は優しく、されど声音は冷たく。セリアは、アリアに酷薄な笑みを向けた。そして、追い詰められたアリアは、たまらず叫ぶように声を上げた。
「せ、制服です!!」
「……は?」
さすがのセリアも、その言葉の意味を理解することができずに、気の抜けた返事しかできなかった。
「あ、あのですね。この学園の制服のことです。私、お姉さまに制服姿を見せるのは、今日が初めてなので、どこかおかしい場所がないか、お聞きしたかったんです」
そういって、恥ずかしそうにアリアは、スカートの橋を掴んで見せた。
この学園指定の制服は、真新しい白と青を基調としたブレザータイプの制服だ。淑女らしく、露出度が少ないひざ下まであるロングスカートと、首元まで絞められたシャツに、ワンポイントのリボンタイがあしらわれているシンプルながら、気品を感じさせるデザイン。それを、セリアのように気崩すでもなく、折り目正しく着こなしているのだ。
シズキなら間違いなく、似合っていると太鼓判を押すだろう。
だが、よりによって、相手はセリアだ。
「それが、私を引き留めた理由かしら?」
「はい、そうです」
アリアは鮮やかなサファイアの瞳を濡らし、上目遣いで言った。
「似合って……いるでしょうか」
「……ハハ、ハハハ、ハハハハハ!!」
一拍おいて、セリアが笑う。狂ったように、両手でお腹を押さえながら、覚束ない足取りで、アリアに近づいた。そして、アリアに両肩に手を添えて、膝を曲げて視線を同じ高さにすると、吐息がかかるほど顔を近づけた。
「あなたすごいわね、アリア。本当にすごいわ、この私を、笑い死にさせる気かしら」
「あの、お姉さま――」
「いいわ、あなたのその、素敵な質問に、答えてあげるわ」
セリアは言う。
「そんなくだらないこと、聞いているんじゃないわよ」
場の空気が、凍り付いた。間近に控えるシズキはもちろん、周囲で事の成り行きを緊張した面持ちで眺めていた生徒たちも、心臓を掴まれたかのような錯覚に陥る。
「制服が似合っているか、ですって。ああ、くだらない、くだらない。本当に、愚図で愚鈍な愚妹だこと。ええ、そんなあなたに、教えてあげるわ。制服なんてね、誰が来ても、正しく着用していれば、違和感がないようなデザインをしているの。誰が来ても、それなりに似合うものなのよ。それを、あなたは自分に似合っているか、ですって。なに、その傲慢な言い方。まるでこの学園の制服が、あなた一人のために用意されたとでも、勘違いしている物言いじゃない。それじゃ、なに? もしもここで、そんな恥知らずな格好はよしなさい、とでも、私が言ったら、あなたは今この場で、下着姿にでもなるの? 明日からは、貴女専属のデザイナーが用意したドレスでも着こんで、登校するのかしら? ねぇ、ねぇ、ねぇ!?」
「お姉さま、痛いです……っ」
「――ふん」
肩を掴む力に手が入ったのか、アリアの顔が苦痛に歪む。セリアは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、突き飛ばすようにアリアから手を離した。勢いに負けて倒れそうになるアリアの体を、正気に戻ったシズキが支える。
「大丈夫か、アリア!?」
「うん、平気だよ。シズキちゃん」
「っ!? セリア殿下、いくら姉妹の戯れとはいえ、少々乱暴なのではないでしょうか」
「いいの、私は大丈夫だから」
「だけど……」
自身のことなら、屈辱に耐えることができる。だが、アリアのこととなれば、シズキも自分を抑えることは難しい。果敢に食って掛かろうとするシズキを、アリアは制止する。自分は大丈夫だと、シズキを安心させるように笑みを浮かべると、自分の足で立って、セリアに頭を下げた。
「ご不快にさせてしまい、申し訳ありません、お姉さま」
「ええ、わかればいいの」
「ただ……」
「あら、なにか言い訳かしら。聞いてあげるから、言ってごらんなさい」
最後に、どうしてもこれだけは言いたいのだと、アリアは恥ずかしそうに言った。
「初めて見たお姉さまの制服姿が、とてもお似合いでしたので。私も、お姉さまのように、似合っていたらいいな、と思っただけなんです」
瞬間、セリアの顔が歪む。怒りを抑え込むように、屈辱を耐えるように、右手で左腕を掴み、力の限り握りしめる。顔をアリアから背けると、吐き捨てるように言った。
「ありがとう。最悪のお世辞だわ」
そして、不愉快さを隠すこともなく、靴を賭を響かせながら、その場から立さえるのだった。
しばらくして、校門に喧騒が戻る。それは、今の一幕を見た生徒たちの声だ。内容は主に、セリアに対する嫌悪感と、アリアに対する同情心からくるものだろう。
「大丈夫か、アリア?」
「大丈夫って、なにが?」
「お前……いや、すまない」
弱さをおくびにも出さないアリアの物言いに、シズキは頭を振る。
「私が不甲斐ないせいで、アリアを辛い目に合わせてしまったな」
アリアが制服のことについて質問したのは、シズキを責めるセリアの意識を、自分に向けるためだ。この場にいる多くのものが、そう直感的に分かっただろう。そして、そのせいでアリアが、傷つくことになってしまった。
「別に、私は辛くないよ。お姉さまも、私も、久しぶりにお話ししたから。少し、はしゃぎすぎちゃっただけ。ごめんね、シズキちゃん。お姉さまも、悪気はないの。ただ、少し素直じゃないだけなの」
その言葉に、苦笑を漏らす。セリアの口の悪さは、素直じゃないどころではない。悪意の塊そのものだ。そんなセリアのことまでも、アリアは庇おうとしている。底抜けのお人よしだが、アリアがそこまで言うのならば、今は引くことのする。
「ああ、わかったよ、でも、最後の言葉はよかったな」
思い出したように、シズキは言う。あのだらしなく、ふしだらなセリアの姿に、アリアはお似合いだといった。その姿こそが、セリアの本質だ、と言ったのだ。最高の皮肉だ。あの屈辱に顔を歪めるセリアの顔を思い出せば、胸の鬱に渦巻くわだかまりも、すっと消えてしまうものだ。
「まさか、アリアがあんな、気の利いたことを言えるとは思わなかったよ」
「えっと、よくわからないけど。ありがとう?」
きょとん、と首をかしげるアリア。もしかして、無自覚だったのだろうか。シズキは、どちらでも構わなかった。どちらでも、胸がすいたことには変わりないのだ。
「いや、いいさ。それより、早く行こう。初日から遅刻は、勘弁だからな」
「あ、待ってよ」
そうして、王女アリアの、リディル高等女学園での学校生活は始まった。
場所は移り、人気のない、校舎裏。
アリアの前から逃げるようにして、駆け足でこの場所までやってきたセリアは、校舎の壁に背を預け、息も荒く空を見上げた。
雲一つない、穏やかな春の空。暖かな太陽の陽ざしに目を細めながら、セリアは呟いた。
「私の妹、マジ天使」




