心の迷い
--- カルの視点 ---
魔王ドラミスとの戦いから10日が経過した。
最初の頃は、世間知らずだったティオが記憶を戻したわけではないが、徐々に自立して動くようになった。
俺がディフセル城へ行った後に、彼女は露店市場へ行き食材調達をする。家で昼料理を作って食べた後は、ギルドの案件をこなして翌日の食材代を稼いだ。その後、家に戻り夕飯の料理を作って食べる。夜中は料理の本を読み、次に作る料理を決めているようだった。
――なんだか、俺の存在意義があやうい。
以前のティオは飯など腹に入ればどうでもよくて、俺と一緒に旅をしながら剣術の腕を互いに磨きあっていた。
「カル先生、どうかされましたか?」
レイアが俺の表情を察したのか、聞いてきた。いかん、今は剣術指導の最中である。
「いえ、レイアお嬢様、お気にしないでください。引き続き、横斬りの練習をお願いします」
「はい、わかりました」
当初は、貴族の遊びごとだと思っていたが、彼女の剣術に対する学びの姿勢は本気である。手にはマメができてはいるが、彼女は気にしていない。才能もあるようで、様々な剣術の型を吸収している。
――稽古するレイアの姿は、記憶を失う前の剣の腕を磨くティオが重なって見えた。
午前の剣術指導を済ませ、城内で昼食が行われる。テーブルにはレイア以外にグレイ=ディフセル侯爵と親族達も椅子を並ばせる。その中の椅子に親族でも貴族でもない、俺が座っているのは奇異な存在であろう。
「カル先生の剣術指導は、いつも素晴らしいです! 今日の模擬試合では、私は本気で打ち込んだのにカル先生は息ひとつ乱さずに、それを捌かれていました!」
しかし、レイアが俺を褒めてくれるおかげで、違和感が消えてくれる。実は、これのおかげでレイア以外にも剣術指導の依頼が増えてきている。そのため午後は、城内の兵士達に剣術を教えていた。
午後の剣術指導も終わり、俺は帰りの馬車に近づくと、レイアがかけよってきた。
「カル先生、これからは夕食もこちらで召し上がりませんか? もし、家族達との食事が煩わしければ、……その私とだけでも一緒に」
彼女の小柄な両手は、俺の左手を軽く握っている。
俺は少し考えた。ティオは、自分で夕飯を用意するだろうが、俺の分の食事も用意しているだろう。
「レイアお嬢様、お心づかいありがとうございます。ですが、今日はお断りします」
優しく、彼女の両手をほどき、馬車に乗り込む。
移動する馬車の中で考える。明日からはティオに俺の分の料理を用意しなくていいと言うべきだろうか悩んだ。馬車の窓から外の風景をぼんやり眺めていると、赤い看板が目にうつる。
「ちょっと馬車を止めてくれ」
馬車は、魔導仕込み専門店の前に止まった。そういえば以前、ティオは風と土の魔導仕込みが欲しいと言っていた。店の中に入る。
「いらっしゃいませ、何かをお探しでしょうか?」
「風と土の魔導仕込みの剣を見に来た」
「では、こちらの風鈴剣と土剛剣はいかがでしょうか?」
「それぞれの値段は?」
「それぞれ、5千Gです。合わせて1万Gになります。」
……財布の中には8千G入っていた。ディフセル城で様々な人に剣術指導をしていたおかげで、いつの間にか大金を手にしていた。これなら、1本買える。風鈴剣と土剛剣を持ち比べると、風鈴剣の方が軽かった。
「風鈴剣を、購入する」
「お買い上げ、ありがとうございます」
出費は大きいが、安定した仕事があるので、気にならない。
再度、馬車に乗り、家に帰る。テーブルには、俺の料理だけが置かれていた。
「カルおかえり、今日は遅かったな。私は、先に夕食すませたよ」
「ああ、すまん実はティオにあげたいものがあって」
風鈴剣をティオに見せる。彼女はまぶたを見開いた。
「もしかして、これを私にくれるのか? 助かったよ魔導仕込みは高すぎて、自力で購入できるのはいつになるだろうと途方にくれていたからな!」
予想以上に喜んでいた。最近、彼女は料理の事に夢中で、魔導仕込みのことなど、どうでもよくなっていたと思っていたが……
「よし! 今度は、土の魔導仕込みも頼むよ、お礼にこれからもカルの分の料理も作ってあげるよ」
「ああ、その件なのだが……」
「正直、私自身が食べるだけでは本当においしい料理か分からんのだ。カルは味音痴だが、それでもいてくれないと困る」
自分の口がふさがる。そして、風鈴剣を手切れ金代わりにしようとした自分が恥ずかしくなった。
「ほら、夕食が冷めきらないうちに早く食べてくれ」
料理を口に入れる。
「おいしいよ、ティオ」
なぜだろう? 少ししょっぱい気がする。それでも、ティオの料理は本当においしかった。