十七尾 車持皇子と狐姉妹
旧 狐姉妹とかぐや姫 中
「それでただの護衛じゃないんですよね」
ふむ、凍りつけの私の代わりに雪夢が話をしてくれるんだな……というか固まって動けない。
「えぇ、もちろん。ただの護衛如きであなたたちを呼ばないわよ。貴女たちじゃないとできない仕事よ」
「詳しく」
~少女依頼内容説明中~
「なるほど車持皇子が途中で辞退した理由を探ってほしいと」
「はぁーやっと溶けた。それで何で知りたいんだ?」
「私ってさ美人でしょ?」
都の大通りを歩けば百人中百人が振り返るだろうな。私なら振り返る。
「まぁ、美人だな」
「調子に乗らないでください。虫唾が走ります」
「でね、最初あの方は私にぞっこんだったのよ。なのに題を出したとたん『この話はなかったことに』って言われてね。後、雪夢表に出ろ」
「無理な題だったんでしょ? あと二人ともにらみ合いをしない」
やれやれと輝夜と雪夢の頭を数回撫で拳を握り拳骨を落とす。 拳骨を喰らった二人は「いったあ!?」と涙目になり頭をさすっていた。
「ゴホン……そんなことをしたら他の貴族達に馬鹿にされるのはわかっていたと思うんだけどねぇ」
「コホン……わかりました。正直無駄な時間になりそうですが引き受けましょう。お姉様、いいですね?」
「わかった。早速、車持皇子の屋敷に向かおうか」
「任せたわ」
普通なら絶対に辞退できな状況で辞退した……か。めんどくさいことにならなければいいが。
~姉妹移動中~
「すいません」
「はい、なんでしょうか」
ラグナは玄関のような場所を叩くと中から若い女性が出てきた。
「藤原不比等殿に用があってきました。いらっしゃいますか?」
そして雪夢が用件を伝える。女性は警戒した様子で二人を見て。
「御部屋に居ますが、どちら様でしょうか?」
「かぐや姫の使者がきたとお伝えください」
「はぁ、分かりました。お待ちください」
すかさず雪夢が答える。女性は頭を下げると来た道を引き返していった。
「いやぁ、まさか車持皇子が藤原家の人間だったなんてねぇ」
「晴明さんが貴族のことに詳しくてよかったですね」
「ほんとうにそうだね」
しばらく二人で会話をしていると奥から先ほどの女性が現れた。
「どうぞ、こちらへ。旦那様がお待ちしております」
~少女移動中~
「此方のお部屋でお待ちください」
「どうも」
部屋の前まで案内をすると女性は来た道を引き返し。ラグナと雪夢は主人がくるのを待っていた。
~数分後~
「すまない。待たせてしまわれたようだ」
「いえお構いなく」
入ってきた男性は申し訳なさそうに頭をさげ一つ咳ばらいをした。
「それで、どのような御用ですか?」
「早急にかぐや姫と会っていただきたい。この紙はかぐや姫からの手紙です」
雪夢は用件を告げ懐から取り出した紙を不比等に手渡した。
「ふむ……確かにかぐや姫からの手紙ですな。だが、もう私にはあまり時間がないのです。なので、かぐや姫とは会うことができません。どうかお引き取りを」
「時間がない? 失礼だが寿命か?」
「お姉様! 失礼ですよ!」
「いえ、いいんです。さすが驚天動地のラグナ殿だ。隠し事ができませんな」
「おや、私のことをご存知で」
雪夢は二人の会話を聞きながら、寿命が短い人間が汗をかきながら息を切らせて入ってくるものか。たぶんまだ隠していることがあるな……などと考えていた。
「ふーん。医者から長くても残り一年と言われたんですか。なるほど、それで唯一の一人娘の母となってくれる人を探していた最中にもかかわらず辞退したと」
「なっ!? さ、さすが驚天動地のラグナ殿だ。その通りです。私には妹紅という一人娘が居まして、妹紅には母親がいないのです。ですからかぐや姫に求婚をしたのです」
「だけど、求婚の最中に病に犯され余命一年と言われたのですか? だとしたら可笑しくないですか? 先ほど部屋に入ってきたとき不比等殿は汗をかき息を切らしていましたよね?」
「雪夢、不比等殿の霊力を見てごらん」
いきなりラグナの意味不明な発言に眉を寄せながらも雪夢は言われた通り霊力を覗く。人間は誰しも一定の色の霊力を持っているが、不比等の霊力は極薄色になっていた。霊力とは生命力と同じであり、これが消えてしまえば人間は死んでしまう。
「不比等殿、無礼申し訳ございませんでした」
「あなたも見えるのですね。私の病は目には見えずに体の内側を徐々に蝕んでいくようです」
「まった。それは病じゃないんだろ? 呪いだ。それも、先代、いや、先々代の頃の呪いだな」
「そこまでわかるのですか?! やはり隠し事はできないようですな。解く方法もわかるのでしょうか?」
不比等殿には悪いがその呪いを解くことは不可能だ。軽い呪いなら解くことは簡単だがこの人にかかっている呪いは神からの祟りと同じモノといっても過言ではないだろう。
「すまないが、私たちでは……」
「いえ、いいのです。この呪いは先々代が神の領域を穢してしまったため受けた呪いです。私が死ぬことでこれからの子孫たちが許されるのなら受け入れましょう」
「……? 誰だ」
「どうかなされたのですか?」
「いえ……ちょっと、雪夢。そこの襖を開けてみてくれるか?」
「はぁ……誰もいないと思いますけ――え?」
そこには肩まで髪を流した少女が耳を当てるかたちで座っていた。
「……え」
「くは……はは」
「も、妹紅! そんなところで何をしているか!」
妹紅と呼ばれた少女は慌てて立ち上がろうとして転んでしまった。
「きゃ!」
「だ、大丈夫か?! 妹紅!」
なるほど、この娘が不比等殿の娘、藤原妹紅か。ふむ、貴族には見えないな。
「あ、あの。お父様」
「な、なんだ、妹紅」
「先ほどの話は本当でしょうか?」
「話を聞いていたのか……妹紅、後で話す。今は客人の前だ部屋に戻っていなさい」
「お父様……わかりました」
「ちょいとまってくれないか」
部屋から出ようとしていた妹紅をラグナは呼び止め、不比等の隣に座るよう指さす。
「私たちは都の陰陽師だ。本日参ったのはかぐや姫、と言ったらわかるか?」
「は、はい。最近、お父様がゾッコンになっていた方ですよね?」
「そうだ。私たちはかぐや姫から不比等殿を連れてくるように命じられて参った」
「なぜ、連れてくるように?」
「それはわからない。そして、不比等殿はこれを断った。理由は先ほどの呪いのせいだ」
「呪い……?」
「あぁ、呪い――「ラグナ殿?」
それ以上は言えなかった。だが、妹紅にはその続きが分かってしまったようだ。
「ラグナ殿、どういうつもりだ?」
「色々と考えが変わりましてね。あなたをかぐや姫のもとに連れていくことに決めました。もちろん、妹紅様もご一緒に」
「断らさせていただくと言ったはずだ!」
二人の言い合いを聞いていた妹紅が突然口を開いた。
「お父様。私、かぐや姫に会いたいです」
妹紅のかぐや姫に会いたいという発言に不比等はため息を一つつくと妹紅の目を見て言う
「本当にいいんだな。……ラグナ殿、私たちをかぐや姫のもとに連れて行ってもらえないだろうか」
「ふふ、いいですよ。それでは外に参りましょう。車が来ますので」
「車?」
――パチンと指を鳴らす音が部屋に響く。気が付くと三人は揺れる部屋のような場所に移っていた。
「失敬、時間があまりないので牛車まで飛ばさせていただいた。運転は、私の妹がしているのでご安心を」
「はぁ……おや? 体のが軽いぞ?」
「この牛車にはちょいと仕掛けが施しておりましてね。すこしだけ呪いが軽くなったんでしょう。それと妹紅様」
ラグナは妹紅にだけ聞こえる声で言った
「かぐや姫、輝夜をどうか理解してほしい」
「え……?」
「皆さま、目的の場所に到着いたしました」
前で運転をしていた雪夢が外から扉を開けた。
四人は屋敷に入るとかぐや姫の御婆さんに事情を説明し、かぐや姫がいる部屋の前に通された。
「それではわたしゃ、戻りますんで」
「御婆さん、後で山の幸を持っていくんで楽しみにしてください」
「ラグナさん、いつもありがとうねぇ~」
そういうとおばあさんは来た道を引き返していった。
「それでは、不比等殿、妹紅殿。部屋に入りますよ」
雪夢が二人に確認しかぐや姫のいる部屋の襖を開けた。
開けられた襖の先にいるかぐや姫を見て不比等と妹紅は息をのんだ。
そこにいたのは神々しさと妖艶な雰囲気を醸し出したかぐや姫がいたからだ。
かぐや姫はこちらに来るようにとでもいうように手を振った。
「かぐや姫、来るのが遅くなってしまい申し訳ない」
「いいのですよ。もともと私が頼んだのですから。本日は来ていただき誠に感謝しておりますわ。えーとそちらの方は?」
「あ、私は藤原不比等の娘、藤原妹紅といいます。始めまして」
「かぐや姫、私が参った理由は先日のことについてをお詫びしたいと思い参りました」
「いえ、あなた様の事情は雪夢から聞いております。妹紅さんと一緒にいたとこを無理矢理呼び込んでしまい申し訳ありません」
さっきから謝罪をしてばっかだな……おや? 妹紅が何か言いたげな顔をしているぞ。
「あのかぐや姫様」
「なんでしょうか?」
「なんで、求婚を求めた人たちにこの世にはないであろう物をお題にしたのですか?」
「これ! 妹紅。無礼だぞ」
「いえ、いいのです。そうですね……もし私が、この大地の住人ではないと言ったら信じますか?」
かぐや姫の発言に妹紅と不比等の動きが固まる。しかし、唯一事情を知っているラグナはお茶を啜り、雪夢はかぐや姫をみながらため息をついていた。
少ししてから元に戻った不比等はあまり信じれない様子だ。
「信じませんか……まぁいいでしょう。私は月からやってきたのです」
「月……から?」
目をぱちくりさせながら妹紅は呟いた。
「そうです。しかし、私はあと何回かの満月の夜に月に帰らなくてはならないのです。だから、求婚をしてきた方々へ難題を押し付けたのです」
「ほんとに月から、来たのですか?」
「えぇ、私は月である罪を犯しました。その罪は……」
かぐや姫の発言を遮るように今まで黙っていたラグナが口を開いた。
「不老不死の薬を飲むことだ」
「ラグナ!?」
「不老!?」
「不死?」
一人は遮った者に、一人は不老という言葉に、また一人は不死に驚きの声を上げた。
「不老不死の薬を飲んだ彼女は月から追放され地上へと落とされた。しかし、月の連中は不老不死の薬を飲んだ輝夜を連れ戻そうとしている。この意味が理解できるか?」
「どういうことでしょうか?」
ラグナは聞いてきた不比等の目を見ながら言った。
「実験道具にしたいのさ。不老不死っというのは何をしても死なないし老いることもない、だからいろいろなことができる」
「なんと、残酷な。だが、本当に不老不死という証拠がない!」
「そうですね。ならコレを見てください」
そういうとかぐや姫は懐に隠していた短刀で自分の腕に傷を入れた。
「ッ痛……ほら」
顔をしかめながら傷口を妹紅と不比等に見せつける。すると、徐々に傷が消え、完全になくなってしまった。
「傷が……本当に不老不死なのですね」
「月の話も本当……なのね」
かぐや姫は二人を見ると微笑んだ。
「怖いでしょうか?」
そんなことを言うかぐや姫に妹紅は言った。
「そんなことはないです。ただ、女の子のあなたを捕まえてひどいことをしようとする月の人たちが許せない」
「妹紅さん……」
「かぐや姫、私は今の話を聞いてあなたの友達としてあなたを守りたいと思いました」
「私を守るなんて不可能ですよ。月は地上より遙かに発展しています。ただの人間のあなたでは無理です。それに友と言ってくれた人を死なせたくはない」
「だけど、逃げることならできるはずです!」
――二人の会話を聞いていたラグナがまた口を開いた。
「輝夜、そこまで言ってくれるんだ全部話すんだ」
「わかったわ。……妹紅さん、いえ、妹紅、私は、月には帰るつもりはないの。実験道具にされて帰る人がどこにいるもんですか。だから、私は月から逃げるわ。その、少しの間だけでいいから……私の友達として力を貸してくれないかしら?」
「当たり前だよ! 輝夜の力になるわ!」
「妹紅、優しい子の育ったんだな」
「いいお子さんをお持ちで、よかったですね」
「えぇ」
「ねぇ、妹紅」
「なぁにかぐや姫」
「かぐや姫じゃなくて、さっきみたいに輝夜って呼んで頂戴。あと敬語も禁止ね!」
「不比等殿涙がこぼれてますよ」
「おお、これはお恥ずかしい姿をみせていしまった。妹紅に初めての友ができたのでつい涙が出てしまった」
「わかったわ、輝夜。これからずっとよろしくね?」
「もちろんよ、妹紅。ところで、もしよかったら今日泊まっていかない?」
「まって、お父様に聞いてくるわ」
「妹紅、泊まらせていただきなさい。かぐや姫、妹紅を頼みますぞ」
「えぇ、責任をもって預からせていただきますわ」
「よかったですね。お姉様」
「あぁ、輝夜のあんな笑顔を見たのは初めてだ」
狐の姉妹はかぐや姫をみながら優しく微笑んでいた。
つづく
修正20161111




