第18話 迫る終焉と託された意志①
薄曇りの空が広がる放課後、学園に漂う空気はいつもとは違っていた。
葵は胸の奥にかすかな不安を抱えながら、校庭を見渡す。
言葉にできない種類の不安だった。
世界のどこかで、見えない何かが動き出している。
そんな感覚。
数日前から感じていた小さな違和感が、今日になって確信めいてきていた。
(この感覚……覚えてる。ネザリウスと対峙した、あのときの空気に似てる)
皮膚の奥に微かに触れるような、冷たい気配。
その静けさの裏に、何かが忍び寄っているような予感があった。
前世の記憶が、ふと脳裏をよぎる。
***
「……キルハ、お前は強い。だが、その瞳には、まだ迷いがあるな」
冥界の奥、漆黒の空間で対峙したネザリウスは、静かに口角を上げていた。
「……黙れ。お前を止める。それだけのために、俺はここに来た」
キルハの声音は強く響いていたが、わずかな震えがその端に滲んでいた。
ネザリウスはそれを見逃さなかった。
「いいだろう。ならばその覚悟とやらが、本物かどうか、試させてもらおうか。英雄」
その言葉に、キルハは剣を強く握りしめた。
***
結果、ネザリウスに見透かされていた。
すべてを終わらせることはできず、そしてその影響が現在にまで及んでいた。
葵はそっと瞳を閉じ、一つ息を漏らした。
(また、大切なものを失うかもしれない……)
あのときの絶望を、繰り返すのはもう嫌だった。
(でも、今の私に何ができる?)
湧き上がる焦りを押し込めるように、わずかに震えた左手を右手で強く抑える。
そして空を睨む。
見据えた先は、間違いなくヤツの潜む方角だった。
***
その頃、冥界の奥では、変な胸騒ぎが広がり始めていた。
これまで静かだった魂たちが、なぜかざわざわと落ち着かない様子を見せている。
まるで、深い水の底に何か大きなものが沈んでいて、それが少しずつ動き出したような感覚に近い。
「……ネザリウスが、また動き出してる」
冥界に住む者たちは、うすうすそれに気づき始めていた。
まだ姿は見えない。
でも確かに、何かが目を覚まそうとしている。
その気配は、静かに、でも確実に冥界から人間界へも漏れ出していた。
***
冥界の奥深くでは、ネザリウスを信じる一派がひそかに集まっていた。
彼らは表立っては動かず、地下に隠れるようにして仲間を集めている。
封印されていたはずの禁術の巻物も、いくつか盗まれたという噂が流れていた。
ネザリウス自身の姿は、まだ誰も見ていない。
それでも周りの空気がずっしりと重くなっているのを、みんな感じ取っていた。
『きっと、もうすぐ目覚める』
冥界には昔から二つの勢力がある。
魂を大事にしようとする秩序派と、ネザリウスの考えに近い清算派だ。
秩序派はいち早くこの異変に気づいたが、みんなの意見がまとまらず、動きが遅れていた。
一方、清算派の一部はすでにネザリウスに手を貸しているという話もあった。
何か大きなことが起ころうとしている。
その足音が、少しずつ近づいてきていた。
***
昇也は霊的調査のため、再び学園の裏手にある空間の浄化に向かっていた。
だが、数日前とは明らかに違っていた。
手のひらに集めようとした霊気がうまく収束せず、気を抜けば浄化の結界が乱れる。
集中が切れてる。
それだけじゃない、霊的な違和感。
微かに手が震え、視界が霞む瞬間もある。
「っ……」
短く息を呑み、昇也は膝に手をついた。
明らかな力の弱まりを感じていた。
近くで様子を見ていた葵は、昇也の異変にすぐ気づいた。
「昇也……?なんだか最近、調子が悪そうだけど大丈夫……?」
葵の声に、昇也ははっとして立ち上がる。
だが、曖昧に笑って答えただけだった。
「うん……ちょっと寝不足かも。心配かけてごめん」
「でも……」
「大丈夫だから」
それ以上、葵は深く踏み込めなかった。
自分からは話そうとしない昇也の姿に、どこか距離を感じながらも、何もできない自分に歯がゆさを覚えていた。
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