第11話 その想いは祈りと共に②
その予感は、すぐに現実になった。
次の授業のチャイムが鳴る直前、教室の外廊下を巡回していた教師が、慌てた様子で職員室へ駆け戻っていく姿が見えた。
「なんかあったのかな……?」
クラスがざわつく。
やがて放送が流れた。
校舎の一角で原因不明の異常が確認されたため、生徒の立ち入りを制限するという内容だった。
その報せに、葵と昇也は顔を見合わせた。
やっぱり始まってる。
どこかで、何かが動いている。
そんな予感だけが、胸の奥に確かに残っていた。
「行こう」
昇也が立ち上がる。
葵もそれに頷き、二人はこっそり教室を抜け出した。
***
向かった先は、校舎裏の古い倉庫棟だった。
しばらく使われていないはずの場所だが、扉の隙間から冷たい空気のような霊圧が漂っていた。
「……感じる」
葵が小さく呟いたそのとき、闇の中からひとつの影がにじむように現れる。
気配が形を成し、歪んだ黒い霧が人のような輪郭を帯びる。
昇也が前へ出た。
「来るぞ、葵!」
しかしその瞬間、上方から鋭く空気を裂く音がした。
漆黒の気配を一筋の光が断ち割る。
「遅れてすまない。別の場所にも霊障が出ていた」
霧を裂いて現れたのは、黒衣を纏った零士だった。
静かに浮かぶその姿に、葵は思わず息をついた。
「……これで三人そろったな」
零士の声が消えると同時に、黒い霧の中から再び気配が迫る。
不定形のまま、鋭い爪のような腕をもたげ、三人に向けて飛びかかってきた。
昇也が素早く手を動かし、死神の鎌を手元に出現させる。
葵もまた、胸の奥に熱のようなものが広がっていくのを感じた。
それに呼応するように、手元に現れたのは、夢の中でキルハが持っていたものと同じ、淡く紫に光る剣だった。
「……お願い。力を貸して」
葵は小さく呟き、剣を握りしめた。
黒い霧の魔物が、唸るような音を立てながら飛びかかってくる。
零士が霊力を解放し、防御を展開する。
その隙に、昇也と葵が同時に駆け出した。
その瞬間、葵の身体が自然と動いていた。
剣を握る手に、恐怖はなかった。
昇也の動きに合わせて走るうちに、不思議な感覚が胸を満たしていく。
(この動き……知ってる)
前世の記憶を、まだすべて思い出したわけではない。
けれど、剣を振るう感覚も、昇也との間合いも、まるでずっと前から体に染み込んでいるようだった。
懐かしさとともに、心の奥から湧き上がる高揚感。
失われていた何かを、今ようやく取り戻したかのような感覚。
「昇也、合わせて!」
思わず声が出た。
昇也も応じるように振り返り、にやりと笑って構え直す。
「もちろん!」
ふたりが呼吸を合わせて前に立ち、互いの動きを読むようにして動作を重ねていく。
それは練習や訓練ではなく、まるで魂が響き合っているかのようだった。
後方では、零士が静かに指先を動かし、複数の結界を展開して支援に徹していた。
敵の攻撃をすぐに防ぎ、ふたりの動きに合わせて的確に補助を続ける。
(三人で戦うということが、こういうことなのね)
葵の胸に、言いようのない懐かしさが広がっていく。
それは昇也にも、零士にも伝わっているようだった。
昇也は刃を交わす合間に、ふっと目を細める。
零士もまた、霊を押さえながら、ほんのわずかに目元を揺らした。
三人の心がどこかで重なった瞬間。
そこに流れた感情は、懐かしさと切なさ、そして強く在りたいという願いだった。
涙がにじみそうになるのを、葵は振るった一閃に込めて断ち切った。
その一閃が霧の魔物を深く裂く。
だが、黒い霧は完全には消えず、断たれた部分から不気味な瘴気が溢れ出る。
「……やっぱり、効きが浅い」
昇也が呻くように呟いた。
構えを取り直しながら、敵の中心に残る異質な気配を見据える。
「この感じ……前にもあった」
かつて自分が導こうとした魂が、何かに取り込まれそうになったあの夜の記憶が蘇る。
「……また……あのときのように」
昇也の声がかすかに震えた。
それを聞いた零士が目を細める。
「昇也、下がれ。これはただの霊障じゃない。中に汚染された魂がいる」
零士が結界を組み直し、魔物の核心に向けて光を撃ち込む。
霧が一瞬、苦しげな音を立てた。
「葵、今のうちに核心を!」
葵は大きく頷き、そっと目を閉じた。
「どうか、迷える魂が安らかな場所へ還れますように」
小さく祈るように言葉を紡ぎ、再び剣に力を込める。
紫の光が刃に沿って強く輝きを増した。
「あなたの痛みを、終わらせる」
その一言とともに踏み込み、霧の核心へと祈りを込めた一撃を真っすぐに叩き込んだ。
断末魔のような震えが空間に響き、霧の影が崩れ落ちるようにして消えていった。
***
静寂が戻った。
ふたりの間に残ったのは、荒い息遣いと、どこかに漂う温かい感覚だった。
昇也が息を整えながら葵を見る。
葵も昇也を見る。
どちらも何も言わなかった。
でも、確かに何かが伝わっていた。
そのとき、零士がふっと気配の方へ顔を向けた。
「……終わっていない」
低い声だった。
「今のは、中にいた魂を解放しただけだ。外側の霧は、まだ根を張っている」
昇也が眉をひそめる。
「じゃあ、また来るってこと?」
「来る。しかも今度は、もっと強い形で」
零士の視線が、倉庫の奥の暗がりへと向いた。
そこに何かがいるわけではない。
でも、何かがそこから続いている。
葵は剣を握ったまま、その暗がりを見つめた。
終わっていない。
まだ、続いている。
それがわかった上で、葵の足は一歩も後ろに退かなかった。
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