外伝:白銀の庭の追憶 ― 獣の誓いと光の揺り籠 ―
かつて光の界アステリオスは、神々の傲慢さが生み出した「沈黙の楽園」だった。
若き騎神アモルは、その巨躯と、一振りで大地を割る剛腕ゆえに、他の神々から恐れられていた。
彼の歩く場所には常にひびが入り、彼が触れる花は、その力に耐えきれず枯れ落ちる。
「……私は、壊すことしかできぬのか」
ある日、創造神ゼウスは、戦場を血で染め上げたばかりのアモルを呼び出した。
「アモルよ。お前の力は、今の平和には過ぎたるものだ。
今日より、西の果てにある『白銀の庭』の番人を命ずる。
そこには、私の娘アスティシアがおる。
……指一本触れることは許さぬぞ」
それは事実上の追放だった。
戦うことしか知らぬ獣に、最も壊れやすい「光」の守護を命じる。
それはゼウスなりの残酷な試練だったのかもしれない。
アモルが辿り着いた白銀の庭は、息を呑むほどに静かで、脆かった。
そこで彼は、一人の少女に出会う。
まだ幼く、神としての自覚も薄い、透き通るような銀髪の姫――アスティシア。
アモルは自らの巨大な影が、彼女の足元の花を隠してしまうのを恐れ、庭の入り口で立ち尽くした。
「……近寄るな、姫。私は呪われた騎神。
触れれば、貴女のその白い指も、容易く折れてしまうだろう」
アモルは背を向け、庭の外壁に座り込んだ。
それから数ヶ月、彼は一度も庭の中へは入らなかった。
ただ、門番のように座り続け、迫りくる魔物や荒ぶる風を、人知れずその背中で受け止めた。
だがある嵐の夜、結界を抜けた影の獣が庭に侵入した。
アモルは咆哮し、庭を蹂躙しようとする獣を素手で引き裂いた。
返り血を浴び、我を忘れて戦うその姿は、まさに破壊の化身。
戦いが終わり、荒い息をつくアモルの背後に、小さな足音が響いた。
「……来ないでくれ!」
アモルは叫んだ。返り血で汚れた己の手が、恐ろしかった。
「私は獣だ。破壊することしか、護る術を知らない……!」
だが、背中に触れたのは、驚くほど小さく、温かな掌だった。
アスティシアは、怯えることもなく、アモルの血に濡れた鉄の籠手にそっと頬を寄せた。
「……温かいわ。アモル」
「何を……馬鹿なことを。私は、貴女の庭を血で汚したのだぞ」
「いいえ。あなたは、私を独りにしなかった。
……外の風が吹くたび、あなたが背中で守ってくれている音が聞こえていたわ。
この手は、壊すための手じゃない。私を、抱きとめてくれるための手よ」
アモルは、生まれて初めて震えた。
神々の賞賛よりも、戦場の勝利よりも、その小さな一言が、彼の魂の核を震わせた。
彼はゆっくりと振り返り、膝をついた。
アスティシアの目線に合わせて、その大きな、無骨な手を砂の上に置く。
「……姫様。私は、誓います。
この手が、いつか貴女の未来を切り拓く盾となることを。
たとえこの命が尽き果て、肉体が砕け散ろうとも、貴女の祈りが途切れることだけは、断じて許しはしない」
アスティシアは微笑み、アモルの指先に一輪の花を置いた。
今度は、花は枯れなかった。
それが、後にラザールを救う「最強の騎士」が誕生した瞬間。
白銀の庭に、初めて二人だけの「絆」という名の火が灯った夜のことだった。




