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7.ナメクジの襲撃

 今度こそは夫ともロサ属とも良好な関係を築いて、この土地で穏やかに暮らしたいと思った。ミモサの王や正妃に決められ、自分の意志など問われることもないまま連れてこられた政略結婚ではある。それでも自分の居場所と定めて根を下ろしたい___アケイシャの望みはそれだけだった。


 義弟となったシノウィルソニーは度々訪ねてきて何くれとなく気を遣ってくれる。


「義姉上、この城には素晴らしい温室があるのですよ。そちらでお茶はいかがですか」「義姉上、城下に降りてみませんか。変わった趣向の店ができたのです」「義姉上、義姉上……」


 連日の訪問にアケイシャは流石にちょっと煩わしく思い、侍女にそっと頼んだ。


「ちょっと息抜きしたいわ。南西の中庭なら出ても良いでしょう?」

「はい、奥方様。他の侍女には、シノウィルソニー様がお見えになっても行き先をお教えしないよう伝えて参りましょう」


 常にそばに控えている侍女が気を利かせてくれて、アケイシャは中庭で暫しの休息をとることが出来た。侍女が少し離れてついてきているとはいえ、一人で歩けるのは気持ちが浮き立つ。ミモサ国では姫君という身分でありながらほとんど顧みられず暮らしていたアケイシャは、年頃になっても一人で外を歩き回るのが好きだった。

 ロサの国に来て初めて解放された気分を味わいながら、草花を眺めたり手入れの行き届いたバラを摘んで香りを楽しんだりしていたところが___中庭の西の端がわずかに城壁に向かって開いており、そこからナメクジが入り込んでいるところに出会してしまったのだ。


「!」


 アケイシャは声が出せなかった。「お、お奥方様」侍女も腰が抜けてしまったように動けないでいる。

 ナメクジはアケイシャの何倍も大きな図体でじわじわと近寄ってくる。咄嗟に自分のトゲで応戦しようとしたが、振りかぶった勢いで自分の肩を傷つけてしまった上にナメクジがちょうど肩に噛み付いてきたのだ。


「!!」


 突然ナメクジの動きが止まった。噛み付いた口を離し、ふるふると震えながらその場にべたりと平伏する。


「な、に?」


 訳がわからない。しかしさらに襲っては来ないようだ。


「あ、あっちへ、お行き」掠れた声でアケイシャが命じると、ナメクジは平伏したままずるずる後退し始めた。そこへようやく警備の兵が到着し、5人がかりで巨大なナメクジを退治したのだった。


「ナメクジが出たそうだな」


 晩餐の時にヒリアーエが硬い声で話しかけてきた。アケイシャが頷くと、


「一人で外に出てはならん。必ず警護のものを同行させよ。せっかくミモサから買った花嫁をバケモノなんぞに喰われては敵わぬからな。せめて新たなロサの品種を産み出してからにしてくれ」


 夫が珍しく心配してくれたのかと一瞬期待したが、儚く砕けた。同席していたシノウィルソニーがもちろん「なんて言い方をするんです兄上、買った花嫁だなんて冗談にしても言いようがあるでしょう」と合いの手を入れたが、そこをわざわざ抉らないでもらいたい。


 どういうものかナメクジの襲撃が増えているようで、ヒリアーエが苛立つ日が増えている。それでも警護のものを連れて行けば庭に出ることは許されていたので、アケイシャは時折城を離れて息抜きを続けていた。


「そこを動くな!」


 庭を歩いていたアケイシャに誰かが鋭い声をかける。アケイシャが侍女と共に固まっていると、黒髪の剣士がひらりとアケイシャの前に飛び降り、二人を背に庇う。

 はっとして前方を見ると、巨大なナメクジが何匹も庭に入り込んでいる。

なぜ? 警備の行き届いているはずの城の中に?

 混乱していると、黒髪の剣士と警護の兵とでナメクジと戦い始めている。アケイシャは侍女を引きずるようにして城の方へ逃げ出した___ところが、二人を嘲笑うかのように1匹のナメクジが突進してくる。

 咄嗟に侍女を庇ったアケイシャの白い腕にナメクジのぎざぎざの歯が触れた。必死にトゲを振りかざしながら「離しなさい! あっちへお行き!」と叫ぶと、なぜかナメクジはふるふると体を震わせ、べたりと平伏して後退りを始めた。

 こんなこと、前にもあった。

 思うまもなく黒髪の剣士が飛び掛かり、ナメクジを切り裂いた。


「無事か、姫君」


 振り返った細面の美しい顔にグリーンの瞳が印象的だ。


「だ、いじょうぶですわ」


 息を切らしながら応えると、剣士は侍女と警備兵にアケイシャの手当てをするよう言いつけて風のように去ってしまった。


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