第5章 ルベスタリア国民 3
第5章
ルベスタリア国民 3
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レアストマーセはハンター歴10年の25歳。
幼い頃は小柄な女の子で、将来の夢はお嫁さんだった。
争い事が嫌いでずっと本を読んでいる様な子だった。
しかし、10歳を過ぎた頃から、どんどん背が高くなり体格も大きくなって行った。
成人する頃には、周囲の男性よりも余程ガッチリした体格になってしまった。
そして、幼馴染達に誘われて断り切れずにハンターになった。
魔獣や魔物が怖くて仕方なかったが、幼馴染達を守る為に必死に戦った。
そして、残念な事に、恵まれた体格同様に、戦いの才能も本人が望まない程優秀だった。
気が付けばAランクパーティーになり自身もAランクにまでなっていた。
しかし、幼馴染5人で組んでいたパーティーのレアストマーセ以外の女性2人が結婚してパーティーを抜けた。
相手は同じパーティーの男性2人だ。
3人パーティーでは危険だからと入って来たメンバー2人は何方も男性。
今迄は男性2人、女性3人だったので、男性用、女性用で色々と準備していて問題無かったが、女性がレアストマーセだけになってしまった為、レアストマーセの為だけにわざわざ準備しなくてはならなくなった。
其れに対して申し訳無く思っていた所で、聞いてしまった。
「アイツは男みたいなモンだろう?もう、一緒で良いんじゃないか?」
「そうだな。元々、女として見るのは無理だよな」
と、云う会話を…………
其れも、恐怖に耐えて、必死で守っていた幼馴染の男性達から…………
今迄、自分は一体何をしていたのか…………
絶望して酒場で項垂れていた時、他のハンターが話している噂が耳に入って来た。
其れは、新人のハンターが登録初日にAランクになったと云うモノだ。
更に、その新人は、ハンターギルド アルアックス支部最強のギルドマスターにすら勝ったらしい。
レアストマーセには幼い頃から、たった1つの理想が有った。
『私を守ってくれる人と結婚したい』
其れは、Aランクハンターとなり、現在ギルドマスターに次ぐ程の実力者となっても変わらない、たった1つの理想だ。
因みに、祖父と同い年のギルドマスターは流石に対象外だったらしい。
と、レアストマーセの話しはこんな感じだった。
「…………なるほど…………
あの、だったら何でさっき決闘の申し込みの時に『賞品は私だ』って、言わなかったんですか?」
「そ、そそ、そんな事、公衆の面前で言える訳無いだろう?!
其れに、私にはそんな価値は…………」
「まあ、恥ずかしかったのは分かりますけど、もし、そう言ってくれたら、あの場でもっとちゃんと話しを聞きましたよ?」
「え?!其れは、あの、その…………」
「ただ、問題が有ります。
レアストマーセさんは、“お嫁さんになりたい”んですよね?
残念ながら僕は結婚出来ません」
「そうだな……私なんて……」
「いや、ちょっと待って下さい。
僕は立場上、結婚が出来ないんであって、レアストマーセさんを拒んでいる訳じゃありません。
一応、先に言っておくと、僕には“お嫁さんのような”女性が既に3人居ます」
「3人も?!」
「はい。ですが、彼女達とも結婚は出来ません。
さっき言った僕の立場上の理由です。
もちろん、生涯大切にしようとは思ってます。
なので、レアストマーセさんが結婚に拘らないなら。
決闘に負けたら、結婚と云う形を取らなくても、生涯僕を愛して一生僕に尽くしてくれるなら、決闘を受けます」
「……其れは、つまり私を報酬として、決闘を受けてくれると…………」
「ええ。ですが、言っておきますが僕の方が絶対に強いので、レアストマーセさんが負ける決闘になりますけどね」
「!!望むところ!!」
そして、決闘は明日の正午、ハンターギルドの訓練場で行う事になった。
本当は衆目を集める場所では戦いたく無かったのだが、レアストマーセさんのパーティーメンバーの前で戦って、負けたら直ぐにそのまま、パーティーを抜ける為に其処で行う事にしたのだ。
レアストマーセさんには、前以てパーティーメンバーに、もしも負けたら、パーティーを抜けて引退すると伝えて貰う予定だ。
翌日、ハンターギルドの訓練場は、満員御礼状態だった。
一体、何故こんなに集まったのか…………
ギルドマスターのルーゲットさんの姿も、僕のハンター登録をしてくれた受付おばあちゃんの姿も見える…………
「レアストマーセさん、何でこんなに人が集まってるんですか?」
「すまない。訓練場の予約をしたら、受付のおばちゃんが大声で叫んで、ギルドマスターが騒ぎ出してしまって…………」
「ああ、なるほど…………
まあ、今更、仕方がないですね。
じゃあ、さっさと始めましょうか。
昨日も言いましたけど、僕の方が絶対に強いので、遠慮なく殺すつもりで来て貰って良いですよ」
そう言いながら、ゆっくりと腰の刀を抜く。
僕が抜いた事で、レアストマーセさんも背中の大剣と大楯を構える。
「無論、そのつもりで行かせて貰う。
いざ!!勝負!!」
レアストマーセさんは、合図を言うと同時に、大楯に身を隠しながら突っ込んで来た。
そして、まだ5m以上距離があるところで、一足飛びに、大剣を振り上げて迫って来た。
流石、個人でAランクだ。
単独でキマイラやキングエアゲーターガーを倒せる程の実力者だ。
でも、僕を相手にするには遅過ぎる。
魔導具を使う迄も無い程に…………
大剣の振り下ろしを大楯の無い側に軽く避ける。
レアストマーセさんは、地面に叩き付けた反動を利用する様に、僕に向かって直ぐに振り上げる。
僕は其れも上体を反らせて避けると側転する様に、剣を持つ手首を蹴り上げる。
手を離れた大剣が宙を舞う。
僕は着地と同時に、左右の二段回し蹴り。
先ずは大楯の側面、続いてブレストプレート。
大楯も飛んで行き、レアストマーセさん本人も吹っ飛んで行く。
僕は納刀しながら本気でダッシュして、レアストマーセさんが訓練場の壁にぶつかる前にキャッチして、クルッと一回転、そのままお姫様抱っこする。
いきなり、僕の顔が至近距離に有って、自分が一体どうなったかも分からず動転しているレアストマーセさんに、にっこり笑って見せる。
「レアストマーセ、今からキミは僕のモノだ。
これからは僕がキミを守って上げるよ」
「!!は、はい!!!!」
真っ赤になって、裏返った声で答えたレアストマーセは少女の様に可愛らしかった。
しかし…………
「……なんじゃ、今のはぁぁぁぁぁ〜〜…………!!!!」
ギルドマスター ルーゲットさんの絶叫が台無しにしてくれた…………
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レアストマーセは、パーティーを脱退し、ハンター引退の手続きをした。
手続きの間もずっと恥ずかしそうにして、僕のコートの裾を掴んでいたレアストマーセに対して、「レアストマーセさんってあんなに可愛いかったっけ……」とか、「アレが本当に“剛力無双のレアストマーセ”さんなのか?」とか、言っているのが聞こえた。
女性に“剛力無双”って二つ名は流石にないんじゃないだろうか…………
ギルドを出た後、僕はレアストマーセを伴って、昨日予約しておいた婦人服店に向かった。
レアストマーセの衣服を揃える為だ。
僕は絶対に勝つ自信があったので、昨日の内に予約をしておいたのだ。
そして、完全な偏見だが、レアストマーセは女性らしい衣類を余り持っていないだろうと勝手に決めつけて予定しておいたのだ。
因みに此れは正解だった。
レアストマーセの衣服は基本、鎧のインナーくらいで、其れも男性モノ。
下着だけは女性モノらしかった。
僕が予約した婦人服店はオーダーメイドの店だ。
どうしても、レアストマーセの体格では市販のモノでは大柄な女性向けのダボダボのモノしか無いからだ。
そして、最初からレアストマーセに任せるつもりは無い。
僕は、ラフな服から、可愛らしい雰囲気の服、メイド服っぽい服や、ドレス迄、50着くらい注文した。
更に追加料金も払って出来るだけ早い仕上がりを頼んだ。
其れでも全部が出来る迄2週間掛かると言われた。
その後、もう一件予約していた女性下着店に行った。
正直言って、勇気が必要だったし、店内での他のお客さんの視線は痛かったが、グッと堪えて、此処でも、敢えてフリフリのモノや可愛らしい雰囲気のモノを中心に50着くらい注文した。
因みに此処も追加料金を払って2週間だった。
次は化粧品店だ。
此処は特に重要だ。
何故なら現状ルベスタリア王国には、魔法効果の有る化粧品しかない。
普通のモノが無いからだ。
店員にレアストマーセに似合いそうなメイクを考えて貰って、其れに必要なモノや道具なんかも一通り揃えて、ついでに5年分くらい買って、道具の予備も5個づつ買った。
お試しメイクもして貰ったが、見違える程、綺麗になった。
鎧や武装が台無しにしているが…………
最後に高級レストランでディナーだ。
此処も予約済みだ。
僕との決闘の後から、レアストマーセはずっとモジモジして恥ずかしそうにしている。
服を買う時には、「そんなの、私には……」とか、「私なんかじゃ、似合わないんじゃ……」とか、言いながらも僕が「そんな事無いよ」とか、「此れなんか、きっと似合うよ」とか言うと嬉しそうにしていた。
まあ、買う量の多さと金額に驚いてはいたが。
下着を買うときには、そもそも一緒に店に行った時点で凄まじく驚いていたが、此処でも嬉しそうにしていた。
化粧品店では、お試しメイクで、泣きそうになっていた程だ。
そんな今もモジモジしているレアストマーセに食事をしながら今日の感想を聞いた。
「今日一日どうだった?」
「ええっと、その……。あ!!あの、色々と買って頂き、ありがとうございます!!」
「どういたしまして。
其れよりも楽しんでくれた?」
「は、はい!!とっても楽しかったです!!」
『ん?喋り方が変わった?もしかしたら、コッチが素なのかな?』
「だったら良かった。
今日みたいに僕が買い物に付き合ってあげられる事はあんまり無いけど、此れからは是非、自分で可愛くなれる様に色々考えて欲しい」
「じ、自分で、ですか…………」
「レアストマーセ。キミはもう十分可愛いと僕は思うよ。
でも、僕の為に。僕だけの為に、頑張って今以上に可愛いくなって欲しい」
「……貴方の為だけに………
はい!!頑張ってみます!!貴方の為だけに!!」
「うん、楽しみにしてるね」
笑顔で答えた僕に、レアストマーセはまたモジモジし始めた。
僕の中の悪いノッディードが『此れは完全に堕ちたな』と、言っている。
しかし、僕の中の善いノッディードも『ちゃんと彼女を幸せにしてあげようね』と、小声で言っているので問題無い。
その後、これからの予定を立てた。
レアストマーセは流石Aランクらしく、其れなりに稼いでいて自分の家を持っていた。
しかし、その家は他のハンター達にも結構知れているらしいので、荷物を纏めて引き払って貰う事にした。
荷造りと手続きに2、3日掛かる様なので、『ティニーマフーズ商会』本店の合鍵を渡して、4日後に落ち合う事にした。
彼女を家まで送って、最後に軽くキスをして、別れた。
あのリアクションは、もしかしたらファーストキスだったのかもしれない。
まあ、僕はその足で娼館に行ったのだが…………