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92話 勇者死亡の影響

 隣国・元ガイザード帝国、王都。

 5つの円状の城壁によってかなりの土地を包囲、各箇所に郭を設置していてエリカーサ王国の王城と比較するとより実戦的な造りとなっている。

 その5つの城壁の最奥にティアランシア宮殿があった。


 華美よりは機能性を重視した宮殿の1室。

 つい数時間前に部下から報告された内容を聞かされた部下達による楽観的な馬鹿話が行われていた。


「世間では最恐の魔王と言われていたが、せっかく捕まえた勇者を逃しただけでなく再度捕まえるのが困難だからと殺してしまうとは。とんだ無能魔王ですな」


「全くだ。だから我々に勇者を明け渡しておけば良かったんだ」


「幹部魔族も勇者を倒した魔王の部下だと大きい顔をしていたが、これでただ運が良かっただけなのだと認識を改めるでしょうな」


「その通りだな。我々の方が上であるのは間違いない」


 獣の顔を持った魔族達の笑い声が室内に響く。

 ガイザード帝国を支配している魔王ライオネオは己の記憶を呼び起こしていた。


 ブローとは淫呪石の取り引きで数回対話をした覚えがある。

 確かに我々のような好戦的なタイプとは違う堕落姿勢の魔王であったが、対峙して感じた実力は紛れも無い本物であると感じられた。

 自分と同等の力を持っているのは間違いなく、スキルの相性次第では不覚を取りかねない強者というのがライオネオのブローの評価だ。


 それに部下の質の面で言えば……言っては悪いが、笑っている部下共よりもブローの部下のが優秀だろう。

 特にウォーガル。

 奴の戦力は言うに及ばず、戦闘への姿勢、強者に対する礼はとても見所がある。

 部下として引き抜きたいぐらいだ。

 それ以外も一癖も二癖もある者ばかり、その分腹に一抹、二抹持ってそうだがそれを操るのが強者の務めというものだろう。


 その幹部を勇者は殺した。

 その事実を部下達は軽視しすぎている。

 どうやって脱走したのかは情報に上がってこないが、ブローでも殺すのがやっとだったとすると勇者が覚醒でもしたか。


「――――だから今こそ俺達の力を見せる時」


「今戦って勝ったところで他の魔王に漁夫の利を狙われるだけだと言っているんだ」


「そもそも魔王ブローとは良好な関係を築けているんだ無理に事を荒げることもないだろう」


 俺の部下達は今、幹部二人を失い弱体化したブローを倒して領土を広げるか、このままの関係を継続するべきかでもめている。


 魔族としては弱った獲物ができたら略奪するが、継続派の言う通り、ブローと戦えば無傷では済まん。そこを狙われれば他の魔王が二人分の領土を取る結果となってしまう。


 ここは様子見するのが先決。


 だが如何せん好戦的な魔族程待てが最も苦痛なのだ。

 特に最近は戦争が終わり血を啜り肉躍る戦いをできずにいるからな。


「友好? 平和? 貴様達何を腑抜けた事を言っている。好戦こそ魔族の本懐だろうが!」


「攻めてきた魔族も殺せばいいだけだろう」


「今の領土ですら満足に支配できていないのですよ」


 それに継続派より好戦派の魔族の方が数が多い。

 つまりそれだけ考えなしの馬鹿が多い。

 継続派が納得のいく反論しても大多数の魔族が好戦する意見に賛同した声を上げる。


「それは配下の魔物でもできる事だろう」


「まったくです」


「そもそも弱者など無視すればいいのですよ。どうせ何もできないひ弱な存在なのですからね」


「この機を逃して攻めずに正常に戻った場合、貴様はどうやって責任を取るつもりだ」


「……っ」


「……そのぐらいにしておけ。今回のは不慮の事故のようなもの。この機に攻めず元に戻ったとしても周りの国の支配下が完全に終わればどっちにしろ抗争にはなる」


 話の方向がまずくなったのを感じて仲裁に入る。


「むっ……」


「ライオネオ様がそう言われるのなら」


 人間を完全に支配下に置き終えれば今度は隠れているエルフやドワーフ、妖精達を探し出して戦闘をできるのは全魔族が理解している。

 面倒な敵を相手にするより弱者をいたぶる方がいいに決まっている。

 だが今すぐ戦いたい魔族達はまだ足りない。


「それに俺達が仮に動かずとも他の魔王が動かないとは言えまい。俺達の戦闘への参加は最も抗争の激しくなった時の方が面白いだろう?」


 そう問いかけると好戦的な魔族達も賛同を始めた。


「では暫くは静観としようではないか」


 魔王ライオネオは自分の望む結果に満足しつつ会議の間の隅にいる女に視線を向けた。


「残念だったな。勇者は必ず逃げて再起するだったか? 逃げることは出来たようだが、結局負けたようだぞ」


 女はライオネオに返事をする事はなかった。

 それでもライオネオは話を続ける。


「神に愛されたお前を助けに来る者などいないと分かっただろう。諦めて貴様の聖女としての力を俺に貸せ」


「……お断りします。神は言いました。必ず助けが来る、と」


「助けが勇者ではなく別にいるというのか? 勇者でないものが助けに来ても俺に殺されるだけだろう」


「それでもあなたに力を貸す気はないです」



 ◆



 大森林の中でも緑の多く生い茂った森でしわしわな顔をした老婆が叫びを上げていた。

 カッと老婆は目を見開くと驚愕しながらも周りに向けて口を開いた。


「人間の希望は完全に光を失ったようじゃ」


「それは本当ですか⁉︎」


「あぁ、今代の勇者……ユクスと言ったか? その若者は間違いなく死んだじゃろうな」


 老婆の周りには若い顔をした美形の男女が平伏した姿勢で各々の反応を示していた。

 全員が耳が長く、白い肌をしていた。


 種族はエルフ。

 この場所はエルフの隠れ里にある神殿のような場所だ。


 老婆の言葉に若い見た目だが、齢500年の中年エルフが口を開いた。


「初めて会った時から不安だったんだ。今回の勇者は何処か淡い感じでとても魔王を倒せるような器ではなかった。……あんな奴に戦争の行く末を任せるのは間違いだったんだ」


「人間の勇者の話などいい。それよりも姫様だ。勇者パーティーの敗北後、勇者ユクスと元凶エリティア以外は各魔王に分配されたという事まで掴んでいるというのに未だに姫様がどの魔王に捕らえられているのか分かっていないのはどうなっている!」


「あなた、そんなに声を荒げないで。長老様も必死に探して下さっているのよ」


 エルフは連合軍結成から勇者の仲間を輩出し、弓と魔法による遠距離攻撃を引き受けていた。

 だが今回の勇者は過去などの勇者よりも危うく、村長は勇者に預ける事を渋った。


 最後には本人の意思と人族の強制的な手段で出て行ったが、今では何が何でも止めるべきだったと後悔していた。


「それに見つかったとしてどうする。奴隷の首輪の解除方法がまだ分かっていないんだぞ」


「魔族に捕まった女は全員魔王製の奴隷の首輪を掛けられている。姫様が例外で刻まれずにいるとは考えにくい」


「じゃあ何か、貴様らは姫様がこのまま魔族に囚われたままのがいいと申すのか!」


「オガルダ、娘の教育係として己の娘以上に我が娘のことを思ってくれているお前の気持ちはよくわかる。だが事態はもう娘一人の問題ではない」


 騒ぐエルフに集まった中で一番貫禄のあるエルフが止めに入るが、止まるどころか胸ぐらを掴んで更に声を荒げていく。


「自分の娘が連れ去られていて心配じゃあないのか‼︎」


「そんなはずないだろう‼︎ だが俺は父である前にエルフの長だ。ここに住む全てのエルフが魔族の手に落ちようとしている今、娘一人のために動くことはできん」


 男二人はそこだけは譲れないと睨み合う。

 周りのエルフたちは二人の気迫にために止められずにいると、老婆のエルフが声を上げた。


「…………‼︎ ーーーー人族の光は消えた。じゃが希望の光は未だなお途切れてはいない。否、前回よりも強くなっておる」


 老婆の言葉に掴み合っていた二人の手が解けた。


 そしてお互いに詰め寄った後、代表するように長のエルフが老婆に問い掛ける。


「どういうことですか長老様」


「わからぬ。じゃが儂等の生き残れる道に光が差したのは間違いない。勇者の死か、魔王に何か起きたか、それとも全く別の何かか。その何かは分からんが、少し前とは世界が明らかに別の方向へと向かっておるのは確かじゃ」


 長老の言葉に長のエルフはエルフ達の安寧を、姫の教育係だったエルフは姫の救出できる希望が生まれたのだと解釈した。



 ◆



 花と緑の生い茂る丘。

 まるで世界の情勢とは無関係のような絶景の景色の中で影が右往左往に動き回っている。


 人間よりも小さく、羽の生やした精霊達が丘の上に生えた巨大な樹木に集まっていた。


「女王様! 女王様!」


「知らせだよ! 知らせだよ!」


「勇者の……名前なんだっけ?」


「ユクスだよ! ユクス!」


「そうそう」


「ユクスと契約を結んでいた精霊が繋がりが消えたって言ってるよ!」


 樹木に向かって叫ぶ精霊達。

 誰が喋るのかも決めず、誰彼構わず声を出して声を出しても次の台詞を隣の精霊が取っていくから一向に本題まで到達しないが、これが精霊にとっていつも通りである。


 その声に応えるように樹木は震え出すと、頭上から女王が降りてきた。


 すると今まで姦しいぐらい騒いでいた精霊達が騒ぐのをピタリとやめた。

 あまりの静かさに降りてきた者の大地へ着地する音まで聞こえる。


 降りてきた者は集まった精霊とは違い、人と同等の大きさの女性あった。

 見た目は人間と全く変わらない姿形をしているが、精霊だと分かるように背中から羽が生えている。


「そうか。今世の勇者は死んだか」


 彼女は土の大精霊。

 土に連なる全ての精霊達の王である。


「その事を他の大精霊にも伝えよ。他の大精霊の眷属は帰還する前に捕まってしまったのですから我々が教えなければなりません」


 女王は誰に話したわけでもなく精霊達に自分の考えを述べると、再び精霊達は騒ぎ出した。


「他の所は死んだんだっけ?」


「違うよ! 違う!」


「捕まったんだ!」


「知らせないと大変だ!」


「そうだね! 誰が行く?」


「伝令役だ!」


「外は怖いよ!」


「魔物が蔓延る!」


「魔族が多い!」


「「「誰もやりたくないよ!」」」


 外とは人間や魔族のいる空間のこと。

 今いるこの緑豊かな世界は言わば精霊達だけの空間。


 この空間にいる限り、魔族にも入ってくることができない絶対安全エリアである。


 しかし、他の種族の精霊達のいる空間に行くには一度外の世界へと出なければいけない。

 精霊はひ弱な存在だ。


 人間、エルフ、ドワーフの媒介無しでは外で強い力が発動しない。


 1人で外に出たところで魔族に見つかれば一瞬でお陀仏だ。

 何より、今の魔族は精霊を捕らえる術を身に付けている。

 今までのように危険だからこちらの世界に逃げられるか分からない。

 出たい者など誰もいなかった。


「仕方あるまい。私、自ら行くしかないか」


 女王はまた独り言を述べるかのように言い放った。


「女王様がっ⁉︎」


「危険だ! 危険!」


「ダメだよ! 無理だ!」


 女王の発言に精霊達が全員制止の言葉を続ける。


「勇者が死にもう人間は絶滅が確定した事を他の精霊に伝えなければなりません。大丈夫。私は貴方達とは違い、外でも力を発揮できます。多少の魔族なら自力で逃げられるでしょう」


「でも、でも」


 精霊達はなんとか女王を説得しようとするが女王は聞く耳を持ってはくれない。


 それから時を置かずして土の女王は精霊の世界から外界へと出立した。


 その後ろ姿が見えなくなっても精霊達は女王の無事を祈った。


 精霊達は恐怖しているのだ。

 自分達の種族の王まで魔族に捕まってしまう事を……。



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