90話 決着
玉座の間で『覗き見鳥の鏡』越しにこの戦いを見守っていた彼女達は魔王の首が飛んだ瞬間、城内に悲鳴を上げた。
ユクスの勝利だと誰もが思ったのだ。
しかしその後、男――――タスクの姿が見えると驚きと共に何がどうなっているのか分からず困惑した。
そして皆の視線がエリティアへと注がれた。
ユクスの使った聖域や浄化拡散盾、魔王の増殖の説明をエリティアはしていたので彼女なら思い当たる節があるのではと思ったからだ。
しかし今回の展開ばかりはエリティアにも理解できなかったため顔を横に振った。
エリティアに分からないのであれば誰も分からない。
そう思われたが、ただ一人だけ鏡に映る状況に驚愕している者がいた。
「……凄い」
思わず声そう呟いたのはウルカだった。
凄いという賛辞は何が凄いの理解していなければ出ない言葉だ。
エリティアを含め全員の視線がウルカに移った。
「ウルカはこの状況が理解できているの?」
確認の意味を込めてエリティアが質問するとウルカはコクリと頷いた。
「本当かっ!? だったら教えてくれ、師匠は一体何をやったんだ」
スティアは前のめりになってウルカに詰め寄る。
少々表情が怖いが、全員がスティアと同じ気持ちでいるので注意する者はいなかった。
全員から質問の答えを求められるウルカは隠す気はないので自分の知り得ていることを話し始めた。
「……私が使う【幻影】と【幻覚】の使い方はご主人様から教えてもらった」
「ええ、聞いているわ」
「……指導の時教えてもらったのも私ではまだ真似できないほど高度な技術で凄いものだったけど、それをいったらご主人様は【幻覚】よりも更に上のスキルがあるって言った」
「【幻覚】よりも上のスキルがあるの?」
自分の影を作り出して幻の攻撃を仕掛ける【幻影】。
自身の周囲を惑わせて幻を見せさせる【幻覚】。
この二つを越えるスキルがあるなど聞いた事がなかった。
「……ある。そのスキルは私の種族の伝承で幻のスキルだと教えられていたスキルだった。名前は【幻術】。見る者全ての現実と幻の境界を曖昧にしてしまうスキルだと聞いている」
「遠くから見ている私達すら騙すほどのスキルだっていうのか?」
「……普通はそこまでできない。だから凄いって言った」
珍しく饒舌になって喋るウルカの声には尊敬の感情が感じられた。
ウルカは興奮していた。
幼少期からウルカは自分の種族が好きになれなかった。
綺麗な白銀の毛並みが嫌いなわけではない。
獣人には人体能力向上系を全然覚えることのできない種族として舐められ、人間には珍しい上に非力な種族として奴隷商人に狙われて、唯一得意な幻系スキルは戦争で役立たずだと罵られた。
だがそんな種族である自分をタスクは凄いといい、上手く扱えられるようになれば他の種族相手にならないぐらいぶっちぎりで強くなれると言ってくれた。
その時ウルカはタスクが自分のやる気を出させるためにお世辞で褒めてくれてるのだと思っていた。
しかしこうして自分達の得意分野が勇者に通用した瞬間を目の当たりにしてウルカは普段では考えられないほど高ぶりを抑えられなかった。
「つまり今までの魔王は全て幻で、勇者は幻を相手に全力で相手していたという事か」
「タスク様凄い」
「……一体どこから【幻術】だったのかしら」
スティアが身を震わせた。
【幻術】が高等な幻を作り出すスキルとは言えスキル発動の直後にはどうしても違和感があるはず。
しかしスティアの記憶でスキルを使った違和感はないように思えた。
これが最初からであるのならいい。
でももし戦いの合間に使ったとしたらここまでの流れを考える戦術だけでなく、それを実行しうるだけの戦闘技術があるという事に違いなく、敬服以外の感情が湧かなかった。
「みんな静かにして。ユクスが立ち上がったわよ」
確かに凄い。
でもまだ勝敗がついたわけではない。
寧ろここからタスクは生身で本当の戦いをするのだ。
全員の視線が再び覗き見鳥の瞳へと注がれる。
◆
状況が分からず困惑して無防備になっているユクスの腹を思いっきり拳を叩き込むと金属の砕ける音が響き渡った。
ユクスの身に付けている防具はドワーフ製のオーダーメイドの金属鎧で当然のごとく一級品の品物ではある。
その鎧にひびが入って殴ったのが見て分かる程のへこみを作った。
防具を壊すほどの衝撃は装着しているユクスにも届いていて吐血した。
なんとか吹き飛ぶ身体を足で踏ん張って止められたようだがダメージが抜けきれず足元がおぼつかないでいる。
このまま追撃をしても良かったかもしれない。
でも一撃を食らってユクスの中で自分が敵認定されて緩んでいた集中力が戻っている様にみえた。
臨戦態勢に入ったユクスにもう今のようなダメージは期待できないと深追いしなかった。
追撃しなくてもメリットがあるのだから。
「ぐぷっ」
追撃が来るものだと思っていたユクスは追撃が来ない事が分かると何かを言おうとして再び口に堪っていた血を吐き出した。
血を吐いている間も目はこちらに向いていて凄い怒りのオーラを全開で展開していた。
「汚いな。もう一発殴って吐き切ったら綺麗になるか?」
「なるかっ!? うぷっ……くそっ俺の鎧が」
「結構深い入ったのにまだツッコム元気はあるか」
「この程度で俺が負けるはずがないだろう」
まあそうだろうな。
ユクスには言わないけど今の攻撃ってダメージを与えるっていうより【老朽化】Lv極でユクスの防具を壊すのが目的だった。
ダメージが大きいのは防御なしで鳩尾に拳が当たっただけで最初から今のでどうこうなるとは思っていない。
「今のは油断しただけだ。勇者である俺がただの人間に負けるはずがない」
ユクスはダメージが抜けきっていないにも拘らず仕掛けてきた。
直前の言葉通り他の人間は全員自分よりも弱いという傲慢からもあるだろうが、それ以上に【限界突破】の効力がまだ効いている今の内にサクッと倒しておきたいという心情からだろう。
だから攻撃が単調になっていて身体能力(すでに強化済み)だけで避けられる。
「”雷鳴拳”」
「あばばばば」
攻撃を避けて即カウンターだがさっきのように力を込めて打っていたら避けられるので速度重視の腰の入ったパンチを当てるとユクスは面白いように痙攣した。
雷属性の魔法適性があっても雷耐性はなかったようだ。
「丸腰が相手だからって甘く見過ぎだろ。勇者のくせに戦闘が下手くそだな」
「ふざけるな」
ただの人間に見下されて再び聖剣を振るってくるユクス。
今度は勢い任せではない様で今のままでは避けるのが難しい攻撃だった。
「――――」
「っ!?」
スキルを二つ使って聖剣を回避した。
そのまま追いかけてくる可能性もあるので急いで距離を取ったが、ユクスはその場から立ち止まったまま動けずにいた。
「……なんで」
ユクスは何やら呟いているその表情からは先程まであった怒りではなく戸惑いと疑問に支配されていた。
「なんでお前が【限界突破】を持っているんだ!」
「なんでって言われても取得しているから持っているに決まっているだろう」
「ありえない。そのスキルは勇者しか持てないスキルだ。そして勇者は世界にただ一人、俺だけが持っていいスキルなんだ」
自分だけが持っているアイデンティティを侵されたと感じたユクスは剣の射程圏外にまで距離を取られていると見ると魔法を発動した。
「火と雷の混合超位魔法"荒れ狂う万雷の暴炎"」
腕から生み出された雷を纏う火の渦を殴る動作でユクスは放つ。
渦は距離を進むにつれて増大になっていき丸呑みしそうなほどの大きさになっていった。
しかし渦は呑み込む直前に発散する。
「ーーーーーーーーっっっっ‼︎‼︎⁇⁇」
ユクスはもはや言葉ですらない声を上げる。
顔もイケメン顔が完全に崩れて変顔になってしまっていた。
「それは"浄化拡散盾"……それも勇者である俺にしか使えないスキルだぞ。俺だけのただ一つのスキル……そうだこれは何かの間違い。幻を見せられているだけだ。こんなただの人間に勇者専用スキルがある訳ない」
一世代に一人出現する勇者のみのスキルをもう一人持っている者がいると知ってユクスは相当ショックが大きかったらしく今更幻だと言い出した。
幻はユクスが作り出した魔王に快勝している方だというのに。
「勇者専用スキルがお前ひとりだけのスキルなんて誰が決めたんだ?」
「黙れ。お前は魔王の作り出した幻だろう」
聖剣を振りながら近づいてくるので逃げる。
【限界突破】を使用しても未だにユクスの方が身体能力は高く、戦闘技術も少年時代から英才教育を受けているだけあって格上であったが、エリティア戦の経験が劣勢への焦りを抱かせずにすんでいた。
あの時とは違って自分の持っている手札は確実に増えている。
「勇者と言っても剣筋は読みやすいな」
「き、貴様何者だ」
「異世界人のユクス。お前の代わりに魔族に取られたものを奪いに来た者だよ」
「……異世界人」
ユクスの動きが止まった。
(……異世界人。確か城の秘蔵の書物の中に勇者召喚という方法で現れる勇者の話にその勇者は異世界人であるって記述があったはず。……伝説だと言われていたのに実在したのか!?)
ユクスが攻めてこないのでその間に魔法の詠唱&封印をして置く。
(だがそれなら奴に【限界突破】や”浄化拡散盾”があるのも納得がいく。しかし過去何度も各国で行われた勇者召喚は全て失敗に終わったという記述もあったのに今となって成功したのは……世界が、神が、僕だけでは足りないと、僕はもう用済みだと言われている様ではないか? ふざけるな。勇者は俺一人で十分だ)
ユクスの方が聖剣を構え直した。
なにやらまた殺気が増している様に見えるが、今度は一体何に琴線が触れたのか。
まぁなんでもいいか今更怒りが増しても大して変わらないし。
その推察通りユクスは先程と同じように聖剣を振って近づいてきた。
特にスキルを使った形跡もな……るほど聖剣は囮で隠し武器を持っていたのか。
気づくのが遅れて自力での回避は少し難しい。
ユクスの方は討ち取ったと笑みを浮かべている。
迫る刃先は隠し武器にしてはそれなりに大きく食らったら後の戦闘に響く怪我になりそうだ。
少し油断したと後悔しながら【緊急回避】を使用した。
久し振りに身体の自由が奪われて自分の身体とは思えない速度でユクスの攻撃を紙一重で躱した。
ただあの時とは違いスキル発動中もユクスの状況を確認するだけの余裕があった。
確実に当たると思われた攻撃を避けられたユクスの顔は見えないが、攻撃を途中で止められなかったようで体勢が大きく傾いて隙が出来ていた。
完全無防備なユクスに当然攻撃をする。
後頭部への手刀からのがら空きの下半身への膝蹴り、下半身の痛みにようやく俺の位置を掴んだユクスが体を向けた所で胸部への掌底打ち、身体が飛ばされそうになって置き去りの腕を掴んで思いっきり地面へと打ち付けた。
「ご愁傷様」
最後に大の字で倒れるユクスの股間へと氷結の付与された右の足が降ろされた。
「――――っっ!!??」
ユクスはその場からのたうち回りながら暴れた。
見なくても分かる。
ユクスの逸物はたった今、潰された。
これでもう女を楽しむことは出来ないだろう。
「よ、よくも、潰してくれたな!お前のも同じようにして……」
立ち上がったユクスは言葉を最後までつなぐことは出来なかった。
ユクスがのたうち回っている間ただ黙って見ていた訳じゃない。
「な、なんだその魔法は……。勇者の持つ聖属性に、魔族しか持たない闇属性の魔法が融合している? あり得ない。相入れない二つの属性を持てるはずがない。ましてや混合させることなんて……」
今、目の前にあるのは聖属性と闇属性の混合魔法。
どちらか片方でも他の属性よりも強力な二つの属性が交わり、未知の領域に踏み込んだ魔法の塊。
試行錯誤して作り出したオリジナル魔法だ。
ただ少し問題があってこの魔法は短縮スキルだと上手く発動しない。
細かい微調整を手動で行わないといけないから発動に時間が掛かる。
のたうち回っていた時間を合わせてもまだ発動まで少しかかるだろう。
ユクスもまだ発動までに時間があるのを感じ取ってこちらに急いで近寄ってくる。
今までで最高速度と言ってもいい速度だ。
あのままの速度であれば発動前にこちらに聖剣が届く。
だがそのくらい計算の内だ。
距離を半分過ぎた所でユクスの身体が大きく傾いた。
魔王ブローの戦いから使用した限界突破がついに時間切れとなり、反動で体のいうことが効かなくなったのだ。
ただユクスも【限界突破】の効果時間ぐらい自己管理していた。
ユクスの予想に反して早く効果が切れたのは限界突破を使った時に一緒に使ったスキル【相殺】によるもの。
(冗談じゃない!今、限界突破が切れたら耐久力が下がって耐えることが出来なくなる。あんなもの普通のスキルや魔法じゃ止められない!浄化拡散盾があれば防げるが!聖域からの聖剣の物量でもいい!直撃さえ免れれば今の体力なら生きられはするはずなのに……どちらも使用制限で使えなくなっている)
ユクスは【限界突破】が切れてしまい魔法発動前に止める事が出来なくなったと悟って何とかしようとしている様だけどもう残されている手はないだろう。
俺がそのようにしたのだから。
「一つだけ真実を伝えといてやろう。お前が執着する勇者は職業じゃない。魔王の脅威から人々を守る勇敢な若者だった初代勇者を称える為に市民が言い出した言葉だ。お前のように勇者だからと威を借りて威張るものが名乗っていい言葉ではないんだよ」
魔法が完成した。
ユクスは無駄だと分かっていても剣を盾にしながら逃走を図る。
放たれる光と闇を持つ鳥の形をした新たな超位魔法はまっすぐにユクスに向かって進んでいく。
魔法とユクスの間はどんどんと埋まっていき、閃光が全てを包む。
ユクスは魔法の中で自らの肉体が崩壊していくのを知った。
光による灼熱のような感じと、闇の凍結する痛みを感じながら体の節々からボロボロに崩れていく。
喉が焼けて乾ききり、最早絶叫をすることもできない中でユクスはタスクを見た。
(ちくしょう。……僕は……僕は……)
瞳の端に涙が浮かんだ瞬間に蒸発し、体内からも急激に破壊されて、肉体を一切残さないまま勇者ユクスは完全に消え去った。




