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89話 つかの間の夢

 聖剣が首筋に突き付けられた魔王は動く事ができない。

 そうでなくとも度重なる攻撃で指を曲げ、骨を折り、靱帯を切り裂き、筋肉を壊されていて真面に動ける身体ではない。

 辺りには血飛沫がかなりの量が飛び散り、満身創痍であった。


「俺の勝ちだ」


 勝敗がついたと宣言をしたユクスだが、すぐに魔王を殺そうとはしなかった。

 仮にこの場で足掻かれても勝てる強者の余裕が敗者の言葉を求めて攻撃の手を止めさせたのだ。


「どんな気分だ。今まで散々好き勝手してきた相手に負けたのは」


 ユクスは魔王に問う。


「これからお前は俺に勝った魔王ではなく俺に初めて負けた魔王になるんだ」


「なるほど俺を倒して栄誉ある勇者に返り咲こうというのか。哀れだな」


 悔しがる魔王を期待していたのにユクスは可哀想な子を見る目を向けられた。


「お前が他の勇者の様に評価される事はないって言っているんだ」


「なんだと」


「何を驚いた顔をしているんだ。仲間を平然と殺すような男が評価される訳ないだろ、と言っているだけだぞ」


「っ!? 貴様なぜそれを」


「まさか知られていないと思ったのか?」


 魔王はユクスに小ばかにした笑みを浮かべた。


「お前は気に入らない奴を魔物討伐に紛れて殺していただろう? 特にパーティーメンバーに自分より顔がいい奴が入ったら間違いなく殺しているな」


 殺し方は基本が魔物を嗾けて対処できなくさせる方法だが中にはそれでは殺せない者もいるのでそういった物は後ろから斬って殺しているのだ。


「それだけじゃない。気に入った女を仲間にしたくて大切な者を奪ったり、わざと窮地に立たせて自分が助ける自作自演なんかもしていた。ああ、気に入らない奴に恋人がいたら魔物を嗾けて男が女をかばって死んだ後に女を助ける二重の罪もあったな。男が死ぬタイミングをじっくり監視していたのも知っているぞ」


「このストーカー野郎がっ!?」


「いやいや、この位少し調べればすぐに分かる事だろう。お前の国の王も当然報告で聞いていた。戦争に勝つためだと暗黙の了解で黙認していたようだがな。本当にあれだけ殺しておいてバレないと思っていたのか?」


「う、嘘だっ!?」


「じゃあ聞くが、勇者パーティーの新加入の男性メンバーが途中から冴えない男や年齢のいったおっさんばかりになっていただろう?」


 イケメンだったら100%殺しに来るんだから国だって対処として人選を絞るぐらいする。

 それ以外にも強姦や窃盗と国王も頭を悩ましていた。

 育て方を間違えた張本人なので同情はしないが。


 ユクスは魔王の言葉に思い当たる節がある様で手に持っている聖剣がプルプルと震えていた。


「……そ、そうやって動揺させて隙を伺って逃げようというんだな。俺は騙されないぞ。何を言おうとお前は今から死ぬんだ。これで最後だ。何か言い残すことはあるか」


「己の罪すら背負えん男が勇者か。まぁいい。……そうだな。『彼を知り己を知れば百戦殆うからず』って諺を覚えておくんだな」


「はっ?なんだその言葉は?」


 言葉の意味がいまいちわからず聞き返すが魔王はもう殺される体勢に入っていて一切口を開かなかった。

 ユクスは最後まで魔王の戯言だと判断して言われた言葉の意味をそれ以上追及することなく聖剣を振り被って魔王の首を跳ね飛ばした。

 最後は結局あっけなく死んだ。






「……ハハハ、やったぞ。遂に俺が魔王を倒したんだ」


 余りにも呆気ない死にユクスは最初魔王を倒したことに実感が湧かなかったが、次第に気持ちが追い付き始めると興奮したように悦びの声を上げた。


「これからどうするか。この国にいる魔族を殺して俺好みの女を囲って理想郷でも作るか。ならまずフィルティアだな。あの女は俺の嫁に相応しいすぐにでも救ってやらないとな」

 

 ユクスの頭の中ではフィルティアを救出し、他にもたくさんの美女を囲って王座に座った自分の像がありありと浮かんでいた。


 そんな興奮気味に理想の世界を創造するユクスの耳に音が鳴った。

 パチパチパチ、と式典や凱旋パレードで民衆が賛辞のために贈る拍手の音を鳴らしながら男が一人ユクスに向かって歩いてきたのだ。


「お見事な戦いでしたよ。流石歴代最強の勇者スキルの使い手ユクス様(笑)だ」


「あぁ?」


 称賛の言葉を並べても内では全く敬う気配がない事を感じ取ってユクスはチンピラみたいな声を上げて睨んだ。


「一騎打ちの戦闘の場合、まず重要なのは戦士の基礎ステータス。いくら強い魔法やスキルが使えてもステータスが弱ければ相手にならない。前回はそれすら分からずにいたのに、運よくレベルを上げて貰えて解消して貰えたみたいですね」


 小ばかにしていると判断したユクスは聖剣に手を掛けるが、男は動じることなく続けた。


「でも問題なのはレベルが上がってステータスの高さだけでは勝敗が分からなくなってから。ステータス差をひっくり返すだけの戦術を覚えないといけない。しかしこの世界の住人はどうも力を強くすることばかりに固執している。例えば火魔法で攻撃して風魔法で防いだのなら相手は水属性を取得していないと判断したり、身体能力や攻撃系のスキルが重要でそれ以外のスキルは戦闘には使わないという先入観があったりといった風にな。相手は力に対して力で返すものだと疑っていない」


「貴様、何が言いたい」


 男が先程の魔王との戦いをどこかから見ていたのは分かった。

 だがその言っている事は変な事でユクスは本題を求めた。


 男の話に何か引っかかりのようなものを覚えたのだ。


「魔力の相性はこちらが上、スキルの強さもこちらのが上、ステータスに至っては相手にならない。だから勝者は俺だと……そう考えてまるで見せびらかすように温存することなく力を使ってくれた。本当に警戒したのが馬鹿みたいに後先考えずに聖域とか限界突破なんて使用できるというだけで一発逆転を警戒しないといけない脅威をバンバン使うんだもんな」


 男の口調はどんどんと軽い物に変わっていく。

 言葉の意味が相変わらずユクスには分からなかった。

 ただの観戦の感想のようには思えない。

 心の奥底から込み上がってくる感情がユクスの足を男へ向けさせた。


(……この俺が寒気を感じている? そんな訳がない。相手はどう見てもただの人間だ。人類最強の勇者の俺よりも数段も劣る存在だ)


「でも強者と戦う上で一番重要なのは情報だ。相手がどんなスキルを持っているのか知らずに戦闘中の情報だけで判断したら簡単に虚実の情報を掴まされる。……まだ気づかないのか?」


「……何をだ」


 まだ気づいていないユクスに一笑を浮かべた。


「普通魔物でも魔族でも倒すと経験値が手に入る。魔族の王である魔王を倒せば大量の経験値が手に入るのはお前も知っているだろう? それなのにお前はまだレベルアップをしていないんじゃないか」


 興奮して高まっていた体温がザっと落ちたような感覚をユクスは感じ、代わる様に心の中に焦りが込み上がってくる。

 男の言っていることに嘘はない。

 魔物を倒せばどんなザコだろうと経験値が手に入る。

 幹部魔族を倒した時には身体が生まれ変わったと感じる程の上昇を感じられた。

 だが今は経験値が入った感覚がない。

 考えられることは一つしかない。


「あああっ‼︎」


 思い至った瞬間、ユクスはその答えを否定したくて絶叫する。

 そしてその考えを与えた目の前の男を殺すべく聖剣を放った。


 男はまるで反応しない。

 このまま聖剣で魔王の様に首を撥ねて終わる。


 そう思っていたユクスは目を見開いた。

 その光景はあまりにありえない事だった。


 聖剣が通り抜けると男の姿が煙のように消えてなくなった。

 避けたりスキルで躱したのならユクスはすぐに反応して追撃しただろう。

 しかし斬った手応えは全く無く消えられたら後の追いようがなかった。


 それだけではない。


 ユクスの周囲の景色が一転した。

 岩場だったはずの周囲の戦場の跡が変わっていく。

 魔王との戦いで壊れたと思った岩が再生し、代わりに500m以上先まで及ぶ破壊の跡が二つ。

 それ以外の【鉄爪】や魔法で壊した跡もどんどん変化していく。

 極めつけに倒したはずの魔王ブローの死体まで消えてしまった。


(何が起こっているっ!?)


 混乱する中、ユクスの肩に手が添えられる。

 振り返えるとそこには先程消えた男が何事もなかったように佇んでいた。

 そのままに見下す視線で冷ややかな声でユクスに語りかける。


「さっきのは敵と味方をよく知っていればどんな戦いにもほとんど破れる心配はないだろうって意味だよ。つまりお前は準備の段階で負けているって事だ。三下勇者様」


 勝負を始めて最大級のとても重たい一撃が腹部へと放たれた。


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