63話 豚? いえ、猪です
Side:エリティア
カルバーナの森を怒り狂う魔物の軍勢が駆けていた。
大量の同族を殺したタスクを殺すべく一直線にこちらに向かって進軍してくる。
まるでこちらの位置を把握している様で迷いがない。
攻撃した場所から移動を始めても私達の動きに合わせて方向転換してくる。
(捜索系スキルはタスクが妨害スキルを使用しているそうだから他の方法を使って追っているのよね。一体どうやって私達の居場所を特定しているのかしら)
それが自分にもできる方法なのか。
――――知りたい。
今まで敵を見てもそんな感情を抱かなかったのに今では疑問を無視できなくなっている。
それを自覚すると少しタスクに影響されているかも、と微笑した。
そうして足を止めた。
「ここまではタスクの計画通りに来てるわね」
着いた場所は谷間の入り口。
私はここで待機する。
タスクはこの先で変異種オークを迎え撃つために控えている。
タスクの話では現在向こうに私は捉えられていない。
標的になっているのはタスクだけでその逃走を追っているのであれば間違いなく魔物の群れはこの地点を通過してくる。
私の任務は通過する瞬間、変異種オークと他の魔物が引き離される瞬間が訪れるそうなので変異種オークを追わせないの様に他の魔物を食い止めて欲しいという事だった。
役割分担は前回と同じで雑魚は私が担当、大将はタスクが担当って事ね。
作戦自体は問題ない。
だけれど一体どうやって変異種オークと他の魔物を引き離すのか。その方法は一切教えてもらえなかった。
ただ私なら一瞬で分かると断言したので私はタスクを信じてその瞬間が来るまでは見つからない様に隠れている。
(まぁ、タスクが大丈夫って言っているんだから大丈夫でしょ)
それから私は姿を隠せられる場所から谷間の入り口を覗いていると暫くして魔物の姿が現れた。
先頭には当然変異種オーク。
醜い豚の顔に太った肉体と戦闘に向かない見た目。
それなのに普通のオークとは違う雰囲気。どこか魔王ブロー似たものを感じる。
変異種オークは怒りの形相で谷間の入り口を通過しに行く。
まだ何も変化はない。
続いて変異種オークの後ろから遅れながらオークの団体が続々と森の中から出てきた。
その数100体。
全員がこのままでは変異種オークの後を追って谷間へと向かってしまう。
――――ゾクッ
その瞬間、タスクの言った意味を理解した。
悪寒が走る圧倒的なプレッシャー。
私が何度も感じてきたこの感覚は【絶対者のオーラ】。
これを放ったのは間違いなくタスク。
タスクは超遠距離から【絶対者のオーラ】を発動して私のいる場所まで効果を届かした。
絶対者のオーラは私だけでなく魔物の軍勢に向けて放たれていた。
オーラに当てられた魔物達はその圧倒的プレッシャーの前に一斉に足を止めた。
当然よ。
感覚からいってLv1でしょうけど、魔族でも恐怖する絶対者のオーラを下級の魔物が耐えられるはずがない。
しかしその中を一体だけまるで反応もせずに突き進む者がいた。
その魔物は変異種オーク。
一体だけまるで【絶対者のオーラ】を感じていないかのように谷間へと入っていく。
御蔭で他の魔物と距離がどんどんと離れた。
本当に他の魔物と引き離してしまった。
「流石タスクね」
私は変異種オークが谷間を通過していったのを確認した所で、自分の任務の為に魔物達の前へと飛び出した。
魔物達は変異種オークの姿を追う様に動き出していたので、邪魔する様に"飛鳥"を放って足止めをする。
"飛鳥"は魔物に当たることなく地面に着弾したが、魔物達の動きは再び止まった。
「キサマ、何者ダ」
「へぇ、変異種オーク以外にも喋れる魔物がいたんだ」
喋ったオークの姿はジェネラルオークみたいだけど色合いが少し違うような気がする。
やっぱり変異種のいる魔物の群れは配下も普通じゃなくなるみたいね。
「キサマ人間ダロウ。ソコヲスグニドケ。ソウスレバ今回は見逃シテヤル」
「随分と上から目線ね」
「魔族ニ敗北シテ奴隷ニサレテイル人間ハ弱者ダロウ。モウ一度言ウ、死ニタクナケレバサッサトソコヲ退ケ」
「退かないわ。ここから先は王同士の戦いの場所よ。変異種オークの配下でしかない貴方達が邪魔するのは許されないのよ」
「許サナイ? ソンナ事聞イテナイ。退カナイノナラ無理矢理ニデモ押シ通ルマデ」
そう言うと喋っていたジェネラルオークではなくウォーリアーオークが三体が武器を手にすると攻撃を仕掛けてきた。
オークの武器は棍棒や錆びた斧のことが多い。
でもこのオーク達は大剣やハンマーといった人間のように多彩な武器を所持していた。
どの武器もオークが持つにしては新しい感じだ。
(タスクから戦士階級以上のオークには人間が使っていた武器を奪って使っているって聞いたけど本当だったわね)
そう思いながら私はオーク達の攻撃を避けながら首を斬った。
武器を持っていようと当たらなければ怖くない。
寧ろオークの身体能力による攻撃が武器のみになった分、対処は簡単になったとさえいえる。
斬り捨てた後、再び"飛鳥"を放った。
今度は攻撃ではなくオーク達のずっと前に地面に着弾して一直線上の線を作った。
「別に貴方達を全滅しろだなんて言われていないわ。この先に行こうとしなければ何もする気はない。貴方達こそ大人しく立ち去りなさい」
「ソレハ出来ナイ」
「そう、向かって来るならそれでもいいわ。ただその線からこちら側に来た瞬間、貴方達を殺す事は決定事項となる。来るなら死ぬ覚悟で超えてきなさい」
魔物達は私の啖呵に一歩後退りした。
(先程の攻防だけで頭の悪いオークでも本能で私との実力差を感じ取ってくれたようね)
でも誰も逃げない。
一体一体では勝てなくても人数がいる。
単体では駄目でも数で押せば勝てるとでも思っているのでしょうね。
弱者だと理解して多勢で強者に挑む。
(肉体的に勝る種族の魔物が徒党を組んで、身体的に劣る人間の私が一人で戦うなんて、これじゃああべこべじゃない)
私は鞘に刀を戻すと、ジェネラルオークが決断した。
「タカガ人間ノ女一匹、本気デコノ数ヲ相手ニデキルト思ッテイルノカっ!!」
雄たけびを上げる。
話を聞くだけだった他の魔物達も強者に対する恐怖心が仲間の数の優位性を上回った。
『ギ、ギャァアアアッ!!』
100体を超える魔物の突撃に対し、私は思わず口元がつり上がってしまいながら線を越えた瞬間、刀を抜き放った。
多勢VS無勢の戦いが始まった。
◆
スキルは鑑定の説明文の様に基本となる用途がある。
でもその使い方はあくまでも使った事でもたらす効果の一つでしかない。
【探索】の使用に慣れた事で相手の居所を探るだけでなく種類や強さを認識出来たり、【千里眼】は遠くを見る事が出来るだけでなく視界を俺の身体の周りにして自分の身体を見たりと説明ではない効果が行えた。
つまりスキルには無限の可能性がまだ眠っている。
この方法で【絶対者のオーラ】もコントロールできないか模索した。
その結果、【絶対者のオーラ】はコントロール不可であることが分かった。
オーラを放つ方向までは制御できる。
しかしオーラを感じる者と感じない者を分けようとするとオーラの流れ自体を感じないと無理だった。オーラの流れる感覚を使用者は認識する事が出来ないのだからどうしようもなかった。
【絶対者のオーラ】は特定の者だけに効果を無効にできない。
だが先程谷間に侵入する魔物の群れに向かって変異種オークのみを対象から外した。
一体どうやってそうしたのか。
【絶対者のオーラ】のみでは無理と結論の出た以上【絶対者のオーラ】に期待するのは止めた。
その代わりとして【平等分配】と同じ方法を取った。
【平等分配】はそれ単体では弱者が強者に寄生してレベルを上げるだけのスキルだった。
それを経験値上昇スキルと組み合わせる事で経験値の取得効率を大幅に上昇させる事が出来るのは既に分かっている。
その方法と同じように【絶対者のオーラ】と他のスキルを組み合わせる事でオーラの影響を消すことは出来ないかと考えたのだ。
勿論白い空間で見た限りそんな都合のいいスキルは記憶になかった。
それでも色々なスキルを試した結果、見つかったのだ。
そのスキルとは……【認識阻害】
このスキルは姿や攻撃の認識をずらす力。
つまり視覚を惑わせるスキルだとばかり思っていた。
しかしこのスキルは視界を惑わすスキルではない。
このスキルの効果は視覚ではなく五感全てを狂わせるスキルだった。
音が聞こえる方向や鉄を触っているのに柔らかく感じたりといった感じで聴覚、触覚、嗅覚も誤認させられる。
これを【絶対者のオーラ】に組み合わせると威圧自体は消せないが、オーラを浴びた者を正常だと誤認させることは出来る事が分かったのだ。
変異種オークとその他の魔物を引き離す方法はこんな感じだ。
(エリティアは驚いてくれたかな)
エリティアは【絶対者のオーラ】に関して知らない事はないと言った様子であったが、この使い方は知らないはずだ。
新しい使い方にさぞや驚いてくれること請け合いだろう。
その為だけに何も伝えなかった。
谷間の入り口では予定通り離れた魔物達の前にエリティアが登場した所で、俺は【千里眼】を閉じた。
変異種オークは未だに速度を落とさずにここに向かっている。
谷間からここまで大した距離はない。
立ち上がって今にも飛び出して来るだろう変異種オークを待った。
それから葉が落ちるまでの短い時間で、
「ガアアアッ!!」
怒り心頭な雄たけびを上げて変異種オークが姿を現した。
「貴様がぁぁぁっ」
相手も俺の方の姿を確認し、立ち止まって咆哮を上げて威嚇してきた。
その咆哮を受け止めると変異種オークを見下ろした。
怒りですぐにでも襲い掛かってくると思っていたのに思ったよりも冷静じゃないか。
こちらの話を聞く耳を持っているというのなら、いい予行演習だ。
強者として振る舞ってみようじゃないか。
「よく来たな。下等種族の王よ」
擬態した魔王ブローの姿で見下すように変異種オークを出迎えた。