62話 奇襲
魔物がカルバーナの森の一角を覆いつくしていた。
10体20体なんて数ではない。1000体を超える魔物の軍勢が森の中を大移動しているのだ。
森全体が騒めき、周囲に小さな地響きを起こしながら集団は一つの方向へとその足を進めていく。
遠目から見ても魔物の軍勢の歩いている周囲の木々の動きで行動が分かってしまう。
そんな異常な数の群れであった。
そんな群れの光景を『千里眼』で覗いていた。
魔物の中で数が最も多いのが先頭を歩かされているゴブリン。
ゴブリンはスライムに次ぐ最下級の魔物だ。
人間より小さな緑色の身体で、力も知性もない超初心者が最初に相手をさせられるような魔物だ。
だがゴブリンの繁殖力は魔物随一。
はぐれスライム同様、人間の脅威が無くなったのを皮切りにかなりの数に増えているので、初心者パーティーぐらいであれば難なく呑み込みんでしまう数が壁となって進んでいた。
しかし幾ら数が居ようともこの群れの中では最も低い立場である事は変わらない。
最前線にいるのは移動進路にある障害を取り除く露払いだ。
逆に数は少なくても立場が強いのがトロール。
見た目はオークと言われてもおかしくないが、身体は一回り大きく筋力も高く身体能力面ではオークよりも上だ。
ただ知性はゴブリン並みに低い為、その恵まれた身体能力を生かす術をまるで知らない。
この群れではオークの手足のように働いている。
後方に見えるトロールより更に巨体な肉体を持つのがサイクロプス。
一つ目の顔に一本の角の生えた魔物。
繁殖能力が低いため数は少ないが、種族としては群れの中で最強だろう。
そしてこの群れの中核をなす魔物がオーク。
通常のオーク以外にもジェネラルオーク、アーチャーオーク、ウォーリアーオークなどのオークの上位の進化個体の姿も確認できた。
やはり変異種の種族がオークだからかオークの進化が活発化している様だ。
そんな4種類の魔物で形成された群れの総数1000体以上。
危険度の基準ではAランク以上、国家での対処が必要なレベルに相当する。
とはいえそれはあまり重要ではない。
大事な事は、"この魔物の群れは魔王ブローの部下ではない"という事だ。
この魔物達は野良の魔物。
元はベラルーガの奥地に住み着いていた魔物の集団だ。
純粋なエリカーサ王国産の魔物達である。
そんな魔物達がどうしてこれほどの巨大な群れを作り、カルバーナへと移動しているのか。
群れの中心にいるオークがその答えだ。。
通常のオークとは明らかに格の違うのは見た目からもすぐに分かる。
このオークは偶然にも魔物の王(人間の総称では魔物の変異種)として生まれた。
魔物の王は種族の頂点というだけでなく、その地域にいる全ての種族を従えるほどの力を持っている。
この変異種オークの場合はベラルーガの森とその周囲にいる魔物を全て従え君臨するはずだった。
しかしこの変異種オークは生まれた時期が悪かった。
誕生して成熟する前にエリカーサ王国自体が魔王ブローの軍勢に陥落してしまった事によりエリカーサ王国は魔王ブロー支配地となってしまった。その為ベラルーガの森を含む周辺の魔物達はウォーガルに奪われてしまい、残ったのは自分と同種族とそれに類似する下等種族のみであった。
その事実を知った時、変異種オークは激怒した。
本来なら自分が持つべきだった軍勢を魔王ブローに奪われた。王としてのプライドを踏みにじられた気がしたからだ。
その結果、魔王ブローの軍勢に加わる事はせず、独立を貫き反逆の機会を狙うようになる。
言うなれば大国によって勝手に支配したことにされた小国が意地になって反抗している感じだ。
冷静に分析する必要もなく、規模を見ても強さを見てもどちらが勝つかは明白だろう。
そんな集団を白い空間で見つけた。
魔物であるにも拘らず魔族に対立する組織。
この世界全体を見ても稀な存在がアジトにする予定だった場所の近くにいたのだ。
言ってしまえば運が良かった。
変異種オークの集団が何をしたいのかなんて明白な目的はこの際どうでもいい。
有力な人材も所持している上に魔族を相手に戦うよりも問題が少なく、御しやすい。
特に全滅させたところで魔族に知られる恐れがないというのが都合が良くて魅力的だった。
討伐する対象の条件としては最高と言えるだろう。
エリティアは肉眼で魔物の群れの状況を確認して服を引っ張った。
「タスク、そろそろ標的が目的地点につくわよ」
「了解」
エリティアに促されるとまず【探索】でゴブリンをロックする。
次いで攻撃をロックしたゴブリンに【追尾】するように付与を施した。
これだけで準備完了。
「標準よし。封印解除。『火の矢』696矢、準備OKっ!!」
「発射っ!!」
エリティアの掛け声と同時に大量の火の矢が一斉に放射された。
魔王ブローにやられた時は20本出現したが、放たれた数はそんな所の話ではない。
放たれた696矢が空を覆うとまっすぐに飛んでいき、群れの先頭を歩くゴブリンに降り注いでいった。
それも全て着弾してだ。
突然の攻撃に魔族達は目に見えて大混乱となった。
特に攻撃を向けられているゴブリン達は逃げ出すが、【追尾】によって火の矢は逃げるゴブリンを追跡する。
ゴブリンでは初級魔法とは言えレベル差のある相手から放たれた魔法を防ぐ手立てがなく、確実に火の矢を喰らっていった。
『ギャアッ!!』
『ギギャアッ!!』
『ハギャバァッ!!』
頭や胸を貫かれて次々と討伐されていくゴブリン達。
燃えたゴブリンの中には木に登ったりする者もいて火の矢が木々に燃え移って更に大変になっていく。
しかし騒ぎになっているのは戦闘だけ。
火の矢が狙うのはゴブリンばかりでそれ以外の魔物は一切狙っていない。
後ろのオーク達は突然先頭が止まったことに怒っている様で事態の深刻さにまだ気づいていない。
なぜゴブリンしか狙われていないのかも、
「次! オークとトロール」
「おう。封印解除。『雷の弾』964発、準備OKっ!!」
「発射っ!!」
再び魔法の雨が放たれる。
それも先程よりも大きな魔法が先程以上の数で降り注いだ。
二射目に放たれた雷の弾は中級魔法。
貫通性が強く、オークやトロールの分厚い脂肪に包まれた肉体内部にまで攻撃が通る。
つまりゴブリン同様、ただのオークやトロールでは防ぐ術がない上に当たれば一撃で死んでしまう攻撃だ。
『ブフォオオオーーーーッ!?』
『グブフォーーーーッ!!』
『ゴガッアアッ!!?』
攻撃を喰らったオークとトロールの肉体が焦げて辺りにはこんがりと焼けた肉の香りを漂わせた。
オークやトロールはゴブリンよりも俊敏性がないので逃げる間もなくドンドンとくらっているのが見える。
オークがやられた事でようやく鈍いボス豚さんも攻撃を受けていると気づいたみたいで指示を出しているがもう遅い。
「ラスト!! 『天の雷』」
「発射ーーっ!!」
最後の魔法は巨大な落雷だ。
半径500mにも及ぶ広範囲、高威力の上級魔法に一瞬で範囲内にいた100以上の魔物が断末魔を上げる暇もなく絶命した。
上位に進化したオークも直撃をくらい耐えられるのは極一部のみ。
運よく生き残れたとしても無傷では済まない。
その中には変異種オークも含まれていた。
(さて戦果は――――)
千里眼で魔物の群れの惨状を確認する。
ゴブリン――――壊滅。
オーク――――壊滅。
トロール――――壊滅。
サイクロプス――――半壊。
上位種は――――やっぱり生きているけどダメージは与えられていた。
上々だな。
そこまで確認して急に脱力感に襲われて場に倒れた。
流石にこれだけの魔法を発動すれば魔力が枯渇する。
気絶しないように調整して放ってもどうしても身体の重さや気分は悪さには襲われる。
「はい、ポーション飲んで」
「ありがとう」
こうなる事を事前に予想していたので、エリティアは慌てる事無く懐から魔力ポーションを取り出して飲ませてくれた。
飲み干すと立っていられるぐらいには回復する。
一本では流石に全快はしない。
そこからは自分でアイテムボックスから魔力ポーションを取り出すとどんどん飲んでいく。
ゲームのキャラは何事もなくポーションを幾らでも飲めているけど、現実では2リットル一気飲みは大分キツイ。
全快した時には別の意味で気持ち悪くなった。
さて、魔力は一応回復した所でもう一度魔物達の様子を窺う。
幾ら鈍くてもそろそろ状況を理解して今後の方針を決めただろう。
(変異種オーク様は一体どういう行動を取っているかな)
群れのいた場所を見たが、生きている魔物がいない。
どこに行った? と思って周囲を調べて木々の動いている場所を発見した。
「まっすぐこっちに向かってきたな」
「私達の位置を特定したの?」
「魔法の放たれた方向で大まかな方向は分かるだろうけど、この動きの迷いのなさは俺達の場所を特定されたかもな。……にしても群れが全滅したっていうのに普通突っ込んでくるか?」
「それが魔物ってものよ」
こちらに向かっているのは先頭に変異種オーク。
その後ろに近衛のオークであるジェネラルオークやウォーリアーオークが続いていき、更に後ろをオークの生き残りが続いていく。
それ以外もそれなりな数がついて来ていた。
オークは仕方ないとしても意外とトロールやサイクロプスも逃げていない。
忠誠心はないと思っていたんだがな。
全部合わせると100ぐらいだろうか?
想定よりも手や脚に当たって一命を取り留めた魔物が多かったようで随分と生き残ってしまった。
「悪い。もっと減らす予定だったのに」
「殺し過ぎよ。これ以上減らしたら私の相手がいなくなっちゃうじゃない」
そのことを謝ったら逆に怒られた。
エリティアは100体と聞いて嫌な顔を浮かべる事はなく、寧ろ表情を輝かせて魔物の手段の居る方を見ている。
嬉しそうであり獰猛であり凛々しい表情。
ついつい見惚れてしまう。
「そんな事よりも本当にあの軍勢と変異種オークを引き離せるの?」
「大丈夫。随分と練習したからな」
具体的にどのようにするかはエリティアに何も伝えていない。
それでもエリティアは何も言わずに信用してその場から移動を始めた。
ここから俺達は別行動。
怒れる変異種オークを迎え撃つために適切な場所に配置について、それぞれの戦いを始める為に行動を開始した。




