61話 王国近衛騎士団
Side:紅蓮の乙女
王族の逃亡。
それが何を意味しているのか集団の中で分かっていない者はごく少数だったと思う。
少なくとも『紅蓮の乙女』は分かっていた上で王族の命令に従っていた。
断った所で何も残らない。
仕事だけが彼女達にとって唯一残った物だったからだ。
王都を逃亡する際、護衛として私の部隊以外にもたくさんの部隊がついていたが、逃亡から20日目にして魔族に見つかり集団の大半が魔族との攻防の為に戦うことになった。
そして『紅蓮の乙女』は王の命令で安全な場所まで姫様を逃がすように最後の命令を受けた。
しかしその仕事はもうすぐ終わる。
最後の命令を完遂する前に私達は護衛対象である姫様一人先に行かせなければいけない状況に立たされたからだ。
「姫様にならすぐに追いつきますよ。……ですから早く行ってください」
姫様は心配しながら遅い足取りで森の奥へと逃げていく。
出来れば無事安全な場所にまで言って欲しいけど、冷静に分析して厳しい。
最後の任務は失敗に終わった。
「団長」
「敵の種族は?」
「ゴブリン、オーク、トロール、……あとサイクロプスです」
「魔族の姿は」
「ありませんでした」
報告されたのは全部下級か中級の魔物。
思っていたよりも強敵ではない。
「しかしその数は優に200体は超えています」
「200体っ!?」
敵の総数を聞いて団員の一人が声を上げる。
それを責めたりはしない。
そう思ったのは彼女だけではないはずだから。
ここにいる団員は20人程度しかいない。
10倍以上の戦力差は例え低級の魔物の群れとは言っても十分に脅威になる。
「怯むな。どれだけ敵が多かろうと所詮は下級と中級の魔物しかいない。一人10体倒せばいいと考えれば容易い物でしょう。私達はここから先を全力で死守するのです」
団員達の鬨の声が森の中を木霊す。
(私の部隊ならば十分に勝てる。……なのに何故でしょう。このうちに感じる言いようのない不安は……)
「団長、見えます!」
掛け声とともに森の中から魔物の群れが草木を掻き分けて押し寄せてきた。
最初に出てきたのはゴブリン。
その後ろからトロール、オーク、サイクロプスの姿も確認できた。
報告通りの魔物の姿である。
そして魔族の姿はない。
団員達は魔族の姿がない事を喜んだが、私は不安感が増した。
(おかしい)
本隊が食い止めている魔族は鬼人族の幹部魔族の配下だった。
その魔族は確かに魔物を使役していたが、種類は獣系の魔物だったはずだ。
目の前にいる魔物と種類が異なる。
それに下級の魔物は頭が悪い。
これだけの数を使役して動かすには魔族がいないと統率が取れず、別動隊として使われる事はない。
魔族の姿がないというのは可笑しかった。
(これは本当に魔族の別動隊なのかしら?)
先に接触した魔族の部隊との違いに疑問を持つ者もいたが、最前線にいる団員が敵ゴブリンに接触した。
既に戦いが始まってしまった今、後戻りは出来そうになかった。
(ここで逃げる訳にはいかない。とにかく今は目の前の敵を叩き潰すしかない)
団長もそう決意して団員達の後を追う様に魔物の群れへと走り出した。
魔物の前へと行くと、何体もの魔物が宙へと浮いた。
それから5時間が経過した。
戦いはまだ続いている。
(……想定したよりも魔物の数が多い)
物見の話では魔物の推定は200体以上であった。
その話が本当であれば多くても精々300体ほどを想定する。
しかしそれはあまりに甘く見積もり過ぎていたらしい。
魔物はいくら倒しても後からどんどん溢れてきて一向に減る気配が見られない。
最初の2時間程は部隊として陣営を組み当たっていられたが、魔物の数に隊列が徐々に乱れていき、いつの間にか隊は分断されてしまった。
特に強敵だと認識されてしまったのか部隊の主軸となる団長に魔物が集中している。
それもゴブリンは来ないでオークとトロールばかりが押し寄せていた。
オークやトロールは体格ばかり大きいだけの魔物で、直撃さえ当たらなければどうという事はない。
体力が尽きない限り負ける事のない相手だ。
だが逆に言えば直撃を当れないので無理矢理進んで仲間と合流するのは苦戦している様だ。
それより心配なのは団員達の方、それも魔力主体で戦う者達が気がかりであった。
魔力には必ず限界が来る。
こうした長期戦ではどれほど魔力が持つか分からない。
日頃から武器の鍛錬は一緒に積んでいるが、やっぱり近接専門の団員達よりも見劣りする。
だから必ず一人にならないように複数人で行動するように心がけさせているが、この状況では一人になっている可能性が高いからだ。
『キャアアアァーーーーッッ!!!』
「っ!?」
そう思った矢先に団員の声が上がった。
それもあまり良くない声色の悲鳴だった。
「くっ! そこを退きなさい」
団長はすぐさま声が聞こえた方向にいたオークを斬り伏せて方向転換した。
今更行っても間に合わないかもしれない。
それでも団長として仲間を助けるために温存していた体力を使った。
「どけぇっ!!」
魔物を物凄い速度で斬ってすり抜けていく。
あっという間にもう少しで悲鳴が聞こえた地点までくると、戦況は更に悪化した。
「いやぁぁぁっ、助けてぇっ!」
「来ないでっ! 来るなあぁぁーーっ!!」
今度は二人同時に、それも別々の方向から悲鳴が聞こえた。
全部で三人。
もしかしたら想像以上の被害が出ている可能性もある。
(どうすれば、どこから手を付ければいい。自分が大丈夫だからとほったらかしにし過ぎた)
分断されてからリスクを恐れて一人で戦い仲間の状況を確認してこなかったつけが最悪の形で訪れた事に団長は判断に後悔をしながら、最初の悲鳴の地点にまで到着した。
団員の姿を捉えた。
団員は――――、
まだ生きていた。
しかしかなり危険な状態ではある。
彼女は武器を手放してしまっていて、素手で魔物と戦っていたからだ。
「私の部下から離れなさいっ!!」
"暴風障壁"
団員の元まで行くと周囲に風の壁が巻き起こって魔物達の攻撃を受け流し、そのまま風圧で魔物達を吹き飛ばした。
「団長っ!」
「ラクス、一体何があったの?」
魔物が吹き飛んで距離が開いた所で何があったのかを訪ねる。
彼女は実力自体は隊で中堅レベルでも、過去の事件がきっかけで人一倍に負けん気が強い。疲れたからという理由で武器を手放すとは考え辛く、何かなければ窮地にまで陥っていないはずである。
そしてその予想は正しく彼女の口から想定外の名が呼ばれる。
「へ、変異種です。魔物の中に変異種が混ざっていたんです」
「変異種ですって!?」
その名に団長は戦う前に感じた不安の正体が分かったという顔になった。
『変異種』というのは魔物の中で極まれに生まれる種族の次元を超える強さを持った魔物の事だ。強い個体では魔族を凌駕する為出現したら軍が出動する。
幾ら近衛騎士の団員達でも魔物の群れを相手にしながら変異種の相手なんてとても無理だ。
「私と一緒にネルフィーとミラ姉さんも戦っていたんですが、二人とも捕まってしまって」
「ミラが捕まったの!?」
ミラと呼ばれた人物は部隊の発足時からの所属している団員の事で団長と副団長に次ぐ実力の持ち主の事だ。
そのナンバー3の団員が捕まった。
これは想定どころか巻き返す状況すら最早手遅れに近かった。
「相手は何をしてきたのっ!」
「分かりません。最初は変異種相手に善戦できていた筈なんです。なのに二人とも戦いの途中でいきなり動きを止めて変異種に捕まってしまい。私も油断して武器を飛ばされてしまって」
(戦い中に動きを止めた? 何らかのスキルを使ったのでしょうけど、それだけではどんなスキルを使ったのかは判断が出来ない)
「変異種は二人を捕まえると武器を手放した私は周りの魔族に任せて姿を消して」
「悲鳴を上げたのね」
「……不覚です」
恥ずかしそうに俯くラスクだが団長はもう構っていられる余裕はなさそうだ。
先程聞こえた悲鳴、そのどちらかに変異種がいる可能性がある。
どれだけ被害が出ているか分からないが、早くそいつを見つけて倒さないと他の団員達も危ない。
だから一刻も早く行動しなければいけなかった。
「ラスク、そいつがどっちに向かった」
「その必要はないぞ」
「ぐッ!?」
いきなり魔物達の間から拳が飛んできた。
何とか防御をして直撃は免れたが、衝撃は凄まじく勢いを殺しきれずに吹き飛ばされる。
「っ!? 団長、そいつです! そいつがミラ姉達を連れて行った変異種ですっ!」
(……そうでしょうね)
言われなくても今の一撃だけでも他の魔物よりも強いのが分かった。
姿を現した変異種の手にはもう何も持っていないところを見るとミラ達はどこかに運ばれたようだ。
(連れ去ったという事は彼女達は生きている可能性がある。ならこいつをここで倒して救出に行けばまだ間に合うはず。見た限りこの変異種はオークがベースの変異種。なのに絶望的なほどの力は感じられない。ここで確実に仕留める)
「お前がここのボスだな」
「……そうよ。そういうお前もこの群れのボスね」
「投降しろ。既にお前達以外は捕らえた。お前に勝ち目はないぞ」
(なんですって!? ミラとネルフィーだけでなく、副団長も捕らえたというの)
変異種オークからもたらされたのは最悪の展開。
改めて見てもこの変異種オークが特別強い様には感じられない。
ハッタリか。それともなにかあるのか。
どちらにしろ彼女達の取れる手段は一つしかない。
「全員を捕まえたというのならその力で私を捕まえてみなさい」
変異種オークの言葉を信じずに武器を振り上げて変異種オークの首を斬りにかかった。
変異種オークは反応できないのか全く動く気配が見られない。
このままいけば斬れる。
そう思ったが、次の瞬間予想がの事が起こった。
(そ、そんな……)
距離を詰めて武器を首へと当てる寸前、団長は動きを止めてしまったのだ。
一体どうして、と思ったが、団長の表情を見るとどうも身体が意識とは関係なく動きを止めてしまったらしい。
必死になって腕に力を入れて動こうとしているが、これ以上先に身体は動かなかった。
「おお、危ないな。もう少しで首を斬られるところだった」
変異種オークは私の武器を掴むと武器は私の手から離れていく。
「それじゃあお前も意識を失いな」
何がどうなっているのか分からないまま、団長の鳩尾に変異種オークは重たい一撃をくらわせた。
そして団長は意識を失い、変異種オークの手で連れていかれたのであった。