48話 制御不能
そもそもちゃんと忠告した通り女を置いて逃げていれば殺す気はなかった。
今回の作戦の予定では死者数を極力抑えて洞窟を占拠するつもりで、処理するのは欲をかく屑と無謀に挑戦してくる者だけ、伝言には隠し通路は知らないと匂わせたし、逃げる為の時間も与えた。
自分の命可愛さに戦場から逃亡した盗賊団は今回も全員が自分の命可愛さに我先にと女を置いて逃げてくれる。
――――と考えていたのだが、予定が狂った。
盗賊団の大半が隠し通路の存在を知らなかった。
知らない者達にとってこの状態は背水の陣で助かる為には戦うことしかなく、入り口担当のエリティアに相当な負担を与えてしまったはずだ。
そして一番の計算外はブルータスだ。
こんな男だとは思っていなかった。
映像で調べたブルータスの評価は低かったが、それでも同情のできる奴だと思っていた。
だからこそ敬意を持って同じダガーのみでスキルも相手のスキルを打ち消す物のみしか使用しなかった。
それが熟練のダガー使いに同じ条件でどれだけ戦えるかという試験的な物があったとしても十分な温情だったはずだ。
だが話を聞いてそんな気遣いをする必要もない人間だったと考えを改めた。
アイテムボックスを解禁してエリティアから教わった暗器戦術へと切り替えると瞬く間にブルータスを追い込んでいく。
やっぱり200以上もレベルの離れている相手ではスキルまで使ったら過剰だった様だ。
ブルータスは何とか立ち上がったが、もう最初の強者としての雰囲気は感じられない。
後はどう殺すか。
それだけだ。
しかしここまで圧倒的だとまた殺す事への躊躇いが生まれる。
その場の勢いや命の危機がある状態ではない所為か自分の手を殺す実感が湧いてしまった。
その所為でフィルティアにいらない危険な目に遭わせてしまった。
突然方向転換してフィルティアを狙って来るとは思わなかったが、【後ろの正面】で追いつき身体能力で追い越して前に塞がる事が出来た。
「戦うふりをして女を人質にする。屑の考えそうな事だな」
後ろにいるフィルティアに裏をかかれた事を気づかれない様にそう言って自分はあなたをしっかり守っていますよって態度をする。
一対一ならともかく守るべき者がいる状態で自分は一体何を迷っているんだ。
「さてこれが最後だ。宣言通り最後に圧倒的な差を見せてやる」
自分の心を奮い立たせた。
全力でブルータスを倒す!!
(…………どうしてこうなった)
壁にめり込んでしまった状態でこの状況になるまでの流れを思い出したが、自分のせいではなかったと思う。
あの時使ったスキルは、
【電光石火】
他のスキルの追随を許さない圧倒的な速度強化系スキル。身体能力に比例して出せる速度が飛躍的に上昇する。
【剛力無双】
他のスキルの追随を許さない圧倒的な筋力強化系スキル。身体能力に比例して出せる筋力が飛躍的に上昇する。
【金剛不壊】
他のスキルの追随を許さない圧倒的な防御強化系スキル。身体能力に比例して出せる防御力は飛躍的に上昇する。
この三つは全て身体強化系スキルの最高位スキルだ。
【電光石火】はエリティアの使用していたものだ。
その凄さは強化の程を見誤って【認識阻害】で避けきれずに横腹を刺されて実証済み。
そんな【電光石火】と同ランクの身体強化系スキル、弱いなんてことは間違ってもあり得ない。
ただでさえ身体能力で勝っているのに更に最高位のスキルで強化したら負ける訳がないと思った。
その結果、今こうして壁にめり込んでしまっている。
自分が何をしたのか理解できない……いや、したくなかった。
失敗……そう、間違いなく失敗をしたのだ。
自分の身体の制御をする事に……。
この時、身体能力強化系スキルは効果型や無意識型(タスクの勝手なカテゴリー訳です)と比べて扱いにくい事にようやく気がついた。
条件や制限はないし、効果が低いという訳でもない。
身体強化系スキルの弱点。
いや、タスク限定の弱点が発生したのだ。
身体強化系スキルは文字通り身体能力を底上げするスキルだ。
逆に言うとそれ以外は補正してくれたりはしない。
言うなれば力のセーブや細かな動き、本来なら無意識で出来る事が出来なくなる。
車も真面に運転できないような人間にいきなりF1に乗らせるような暴挙をしている様な物だ。
この世界の住人はその制御を下位スキルからコツコツと慣れているから出来る様になっている。
それこそ息をするように自然に慣れる。
原因はいくつかあると思う。
効果が分かっているからと他のスキルばかり試して放置していたし、こんなぶっつけ本番の状況で思いつきのように使ったのも悪かった。
……あぁ、これ自分のせいじゃん。
状況の整理がついたところで壁にめり込んだ身体を外して元の場所に戻った。
元の場所に戻ったというのはめり込んでいた場所は部屋に面した場所ではなく、そこから数メートル進んだから。
当然この穴を作ったのも自分……。
壁の穴から抜け出ると目の前の光景を見て更に愕然とした。
対戦したブルータスはこのよく分からない暴走に巻き込まれて新幹線にぶつかったようにグロテスクになってる。
圧倒的な力の差を見せつけて殺そうとはしたが、この死に方はあんまりではないかと罪悪感が生まれる。
本来なら地面を蹴ってニ、三歩蹴って間合いを詰めて懐に入り一撃入れるつもりだった。
それが一歩目で身体が宙を浮いて初速を維持したまま突き進み、二歩目がようやく着くころには壁へと激突して、ぶつかった後も威力を殺しきれず押し進んでしまった。
スタート位置にしたって小さなクレーターを造っている。
それなのに驚くべきことに身体には一切の傷も無ければ痛みもない。
壁にかなりの速度でぶつかったのだから普通なら打撲していたっておかしくないのに擦り傷すらない。
つまり速度だけでなく耐久性も想像以上に高くなっている。
たぶん筋力も同様だろう。
このままだと身体強化を使ったら、何度でもこの惨状を引き起こすって事だ。
取り敢えずこのスキルは封印。
……って事もできないんだよな。
流石に身体強化系スキルは今後の戦いでも必要になって来るし、このままでいい訳ないよな。
(……よしっ、忘れよう)
今すぐどうこうもできるものでもないし、落ち着いたら考える事にして今は忘れることにした。
そして部屋の隅にしゃがみこんだままでいるフィルティアに向かって足を動かした。
フィルティアは驚いている様な、怖がっている様な、少なくとも安心しているとは言えない瞳で固まってしまっていた。
たぶんブルータスに狙われた恐怖が抜け切れていないのだろう。
自分のせいだ。
早足になる歩みを抑えてゆっくりな足取りで向かって行く。
これ以上刺激しない様に注意して進んだ。
フィルティアは目でこちらを負っているが、口を開こうとはしなかった。
「……」
「……」
お互いに一言もないまま手を伸ばせば届く距離に来ると先に口を開いた。
「立てますか?」
「えっ?」
「守ると言っておいてブルータスを向かわせてごめんな。腰抜かして立てないんだったら手を貸すよ」
そう言って右手を差し出すとフィルティアは顔と手を交互に見た。
「だ、大丈夫です。一人で立て、あうっ」
貸した手を握らずに自力で立とうとして倒れそうになる。
危ないと彼女の倒れる方向に回り込むと肩に手をやって支えた。
彼女の顔は助けられたのが余程恥ずかしかったのか赤く染まっている。
随分と細い体だ。
女性だから、という事もあるのだろうけど肌はくすんで垢っぽくなり、髪も艶が無くなってしまっている。
長い間、粗末な食事と入浴のない不摂生な生活を送っていたせいだろうな。
「もう大丈夫です。放してください」
地に足がついてフィルティアが支えはもういらないと訴えてきたので手を離す。
手を離してもフィルティアが倒れる事はなかったので話を続けた。
「まずは……ソレから何とかしようか」
ソレとは奴隷の首輪の事だ。
ブルータスも言っていたが、それなりに強力な契約がなされているようだ。
詠唱中を始めてもフィルティアは騒いだりはしなかった。
ブルータスに監禁されていたのだから男性恐怖症になっていても可笑しくないと思ったけどフィルティアは大丈夫そうだ。
「解除魔法『アンロック』」
魔法が発動するとフィルティアに嵌められていた首輪は外れた。
奴隷の首輪はブルータスが言っていたように結構高Lvな契約がなされていたようだけどLv10の解除魔法で外せない物は無い。
フィルティアは零れ落ちた奴隷の首輪を驚いた表情で見つめる。
「……して」
「え? 何?」
「どうしてですか?」
どうしてと言われても投げかけられた質問の意図が分からない為、答えが見つからない。
「なんで自由にするんですか? あなたは私を自分の物に使用とは思わないんですかっ?」
「……ええぇ?」
「今まであった男性はみんな私の事を自分の物にしたいという想いを抱いて接してきたのにあなたからは感じられない。私に魅力がありませんか?」
間抜けな顔になっていると思う。
それだけフィルティアの質問は意味が分からなかった。
魅力があるか、ないか、で言ったら十人中十人があるというほど素晴らしい美貌の持ち主だ。
そんな分かり切った質問をなぜするのだろう。
「なんで私の奴隷の首輪を外したんですかっ!」
「なんでって当然の事だろ?」
……どうしてそこで信じられないって顔になるのだろう。
奴隷の首輪が外れて嬉しくないの?
「……変わった方ですね。あな……いえタスク様」
「え? タスク様?」
「無理を承知でお願いします。国を……国民を救ってください。魔族に支配された民を救いたい。でも私には力がない。タスク様にはその力があると感じました。なんでもします。協力してもらえるのならこの身体を差し出しても構いません。ですから……どうか一緒に魔族と戦って下さい」
いきなり様付けで呼ばれたことに驚いたが、その後のフィルティアの懇願に真剣に聞くことにした。
「私たち王族は民を見捨てて王都を離れました。王女なのに国の窮地も気づかなかった愚かな女です。また王族としての地位が欲しいなんて言いません。罪のない民を一人でも多く助けていただければいいのです」
ブルータスから戦争や国の状況を聞かされているので国王が王都を離れた理由も王都がその後魔族に占拠されたのも知っている。
だから自分がこんな申し出を言える立場ではないという事も分かっている様だ。
その上でこんな申し出をしてきている。
敗戦から自分の無力さを嫌というほど実感させられたんだろうな。
自分にもっと力があれば、もっと強ければ状況を少しは改善できたのではないかって本気で後悔している。
そしていざ目の前に力を持った人が現れて恥も外見も構わずに協力を仰ぐ。
あの戦争に無関心だった女といった印象だったが見事な変貌を遂げていた。
「この通りです!! お願いしまふぐっ!!」
平伏して頭まで下げようとしたので、そこまでする必要はないと口を塞ぐように止めた。
彼女は頭を上げると顔を覗いてくる。
「やめてくれ。もとより魔族と戦っていく。そこまでしてもらう必要は」
「そうはいきません」
手を振り払ってフィルティアは柔らかな動作で態勢を整えて敬礼をする。
「私の名はフィルティア・A・エリカーサ。此度助けていただいたタスク様に謹んでお礼申し上げます。そして魔族から民を守るために力を貸してください」
「分かりました。その申し出をお受けします」
強情な所は姉に似ているな。
髪や瞳の色はエリティアと同じでも与えてくる印象が深窓のご令嬢って感じで似ていないと思ったけど考えを改めた。
「それで早速お願いしたいんですが」
「お願いですか?」
「その様を付けるのは止めないか? 俺の事はタスクって呼んでくれていい。俺もフィルティアをフィルティアって呼び捨てにするから」
「まぁ、それはとても嬉しい申し出ですわ。分かりました、タスク様」
「……あぁ、うん。……それじゃあ改めてよろしくフィルティア」
たぶん様付けは一生直らない事も覚悟した。
こんないい笑顔をされたらこれ以上強く言えない。
……この娘、天然だな。
「タスク、さっき凄い爆発音がしたけど一体何をやらかしたのっ!!」
タイミングよくエリティアが合流した。
やらかしたとは何だ!
そんなしょっちゅうやらかしていないぞ。
「そっちも終わったみたいだな」
「こっちも一応戦いはあったみたい……」
エリティアの視線が隣へと移動する。
「フィルっ!」
一目瞭然だが二人は姉妹だ。
ただし腹違いの姉妹で父親は同じだが母親が違うという関係。
姉妹なのに片や勇者パーティーに選ばれるほどの実力者、片や温室育ちのお嬢様。
同じ王女でありながら全く違う成長を遂げた二人の王女は勇者パーティーの旅立ちの式典以来の再会を果たした。
お互い辛い境遇を乗り越えての再会だ。
さぞ感動的な物になるだろうと察した俺は一歩引いた位置で見守る。
「やあ――――っ!!」
接触する瞬間、フィルティアはさっきまでの弱々しい姿が嘘のように勢いよくエリティアを殴りにかかった。
しかもパーではなくグーで本気で殴りに行っている。
だがいくら勢いがあって不意を突こうともフィルティアの拳は高レベルのエリティアにしたら非常に遅いので当たるはずもなく首を動かすだけで避けた。
「どうして……どうしてエリー姉様がここにいるんですかっ!! 姉様のせいでいったいどれほどの不幸を生んだと思って」
「……ごめんなさい。私が弱かったからこんなことになってしまって」
「そんな言葉で納得いきません。お姉様のせいで何百年と続いた戦争を敗北させたんですよ。悪いと思っているんならどうして生きているんですかっ!!」
「っ!?」
避けられた後もフィルティアは懸命に拳を振って殴るが、エリティアに当たる事はない。
素人目に見ても物理的な攻撃は当たる気配は感じられない。
でもフィルティアの言葉の刃はエリティアの心に深く刺さっているように見えた。
エリティアは攻撃できないだけでなく攻撃を繰り出すフィルティアが無理しない様に敢えて次の攻撃をしやすい場所へと避けて転んで怪我をしないよう配慮までしている。
それでいて自分は言葉の刃を無防御で食らっているのだ。
「この国だけじゃない。他の国も全て魔族に支配されていると聞きました。それにお父様も、お母様も、逃走中に魔族に遭遇して戦うことになって安否は不明です。それもこれも全部お姉さまがっ!」
拳では当らないと思ったフィルティアは徐に攻撃をやめて……足元に落ちているダガーを手に取った。
それを危なげに振り被ってエリティアに向かって攻撃しようとする。
流石にこれは不味い。
慌ててエリティアとフィルティアの間へと入ると振り被ったダガーを掴んだ。
「あっ!?」
掴んだ手は少しだけ手を切って血が流れた。
それを見たフィルティアは怒りを忘れて驚いて瞳を見開かせた後、ダガーに手を離してその場にへたれ込んだ。
手の方は少し痛いけどこの位なら回復魔法ですぐに治る。
それよりもようやく攻撃する事を止めて聞く耳を持ってくれているフィルティアの説得をしないと。
「エリティアは俺の大切な……仲間だ。これ以上彼女を気付付ける事は許せない」
「でもエリー姉様は魔族に加担した裏切り者で」
「フィルティアはエリティアに何があったのか全てを知っている訳ではないだろう」
「……ブルータスから聞きました。でも彼が偽情報を私に教えるメリットはありません」
「なら俺の話も聞いてくれないか? その上で判断しても遅くはないだろう?」
「……分かりました」
取り敢えずまたすぐに襲うような事はなさそうだ。
「では話を」
「それは後でじっくりじっくり話す機会を設けることを約束する。ただその前にやっておかないといけない事があるからまずはそっちを終わらしてくれ」
「……時間が掛かりますか?」
「いや、そんなに時間は取らない。知っていると思うがこの洞窟には君と同じように盗賊に捕まっている人達がいる。その人達の安否確認と安静を確保してからにしたい。それでは駄目か?」
「それを駄目というほど我儘ではありません。話はそれが終わってからゆっくり聞きましょう」
落ち着きを取り戻したみたいだな。
「それじゃあエリティア。捕まっていた人を運ぶから一緒に来てくれ」
作戦前までは久々の再会で姉妹水入らずで話をさせようと考えていたけど、今二人だけにしたらどうなるか分からない状態だからエリティアにはついて来てもらう事にした。
「あの私も」
「フィルティアはここで休んでいて良いよ」
申し出は嬉しいけどフィルティアの細い腕では運ぶのは無理そうだし、ずっと監禁生活を送っていたから今は休んでいた方がいい。
そう言うとフィルティアは一瞥だけエリティアを睨んだ。
話も終わったのでエリティアを連れて部屋を出る。
部屋を後にすると彼女は申し訳なさそうな顔で「ごめんなさい」と告げてきた。
「構わないよ。寧ろあれだけ元気だったことを喜ぼう」
「……そうね」
エリティアはもう一度顔を近づけて今度は「ありがとう」と言った。