49話 第二の拠点
盗賊団『カエサル』の頭目ブルータスに勝利し、エリティアも入り口に向かった下っ端達を全員倒した。
洞窟内には既に敵はなく盗賊団『カエサル』は壊滅した。
ただブルータスに囚われていたフィルティアがエリティアと合流した瞬間に感動の再会を期待したのに姉妹喧嘩をしてしまったため、やむなく二人を引き離してフィルティア以外の女性達を保護するべく洞窟内を進むことになった。
「悪かった」
「何よ、いきなり」
「いや、当初の計画でさ。正面から逃げようとする敵をエリティアが、女を連れてこようとする敵は俺が相手をするって言ったのが」
「計画通り誰一人逃がさずに殲滅できたわよ」
「だけど俺が一人だけで、エリティアは50人以上、正直悪かったって思って」
本当なら大半が抜け道を使って逃げるって履んでいた。
それがまさか入り口に行くとは思わなかった。
「別にいいわよ。寧ろ肩慣らしにはちょうどよかったわ」
「そう言ってもらえると助かる」
「ただもう一つ、あなたからもらった事前情報に不備があったのは見逃せないわよ」
「えっ!?」
盗賊団の人数、各員の使う得物及びスキルと魔法、逃走に使われるルートと待ち伏せに適した場所まで全部伝えた筈なんだけど一体何が不備だったんだ?
「相手が使う武器に狩猟用の毒針があったわ。魔族には効果のない武器だから見落としていたんじゃないの?」
……確かにそれは見落としだ。
完全な失態だった。
今回の作戦でエリティアには情報収集の重要性を少しでも理解してもらえればと思ったが、事前情報が逆に危険を招いたとしたら逆効果じゃん。
「まぁ、その攻撃を避けられたのもタスクの助言だから差し引きゼロって事で許してあげるわ」
助言?
なんか言っただろうか?
「それでタスクの方はブルータスとの戦いはどうだったの? 途中で凄い地響きが聞こえたけど」
「ああ、あれはな」
お互いに今回の戦闘がどういうものであったのかを話し合いながら洞窟内を進んでいった。
そして一つ目の部屋へと到着する。
「……うぶっ……凄い臭い」
「これは……中年オヤジの加齢臭を何十倍にも蓄積させたような臭いだな。まだ中に入っていないのにこの臭いは流石にきつい」
成人男性が碌に水浴びもせずに生活していた部屋だ。
放つ異臭は覚悟していたが、ホームレスでもここまで酷い臭いにはならないんじゃないか。
「エリティアはここで待っていても構わないよ」
「いいえ、私も行くわ」
そう言ってすぐにでも部屋へと入ろうとするエリティアを一旦止める。
中に入ることまでは止めないが、流石にこの中で直に呼吸をするのは嫌だろうからとタオルを取り出した。
これで口を塞げば多少はマシになってくれると思う。
部屋の中はまさに掃除のできない一人暮らしの男性の部屋という感じだ。
広さは教室サイズぐらい?
十人程度なら余裕のある広さだ。
その中に汚れた衣類や布、泥に食べ物の残りかすといった物が散乱している。
ゴミ部屋みたいで足の踏み場に困る。
だがここが終着点ではない。
本当の目的地はこの先にある女性部屋。
もとい性欲解消部屋だ。
部屋の前まで来ると先程と同等の異臭がするがよりイカ臭さが倍増している。
流石にこのまま中に入るのは耐えられないとお互いに口元にタオルを当てた。
「覚悟はいいか」
中に入ると色々な液体が部屋中に飛び散っているのが眼に映る。
何が行われていたのかは一目瞭然だ。
横たわったままの裸の女性が三人いた。
一人は完全に意識はなく眠っているが、残り二人は俺達が来たのにまったくの無反応。
表情も能面でまるで生気を感じられない。
「……酷い。これが同じ人族にやる事なの。一体どういう神経していたらこんなことできるのよっ!!」
エリティアは激しいショックを受けたようだ。
俺の方はこういう状態になっていること自体を内情調査の際に既に知っていたから多少冷静でいられた。
「もう制裁も加えている奴らの事はいいだろう。それよりも彼女達を早く運ぼう」
彼女達を担いで行きたい所だけど風呂も水浴びもさせてもらっていなかった所為で、彼女達の身体がこの部屋と同じ臭いを放っている。
それに身体に付着している汚れも酷い。
このまま運ぶのは流石に気が引けた。
「生活魔法『洗浄』」
身体についた汚れだけでもこの場で綺麗に洗い流す。
生活魔法『洗浄』は発動対象を水の塊が包み込んである魔法だ。
魔法の発動と同時に女性の身体は水に包まれて流れるプールの様に身体中を水が循環して動いて表面に付着した液体や垢、汚れを洗い落としていく。
「これって生活魔法の『洗浄』よね?」
「ああ、昨日は水場が近くにあったから使う必要がなかったが、野宿には便利なスキルだろ?」
「そうね。洗浄があると遠出するのが楽になるわ。……でも私の知っている『洗浄』はこんな動きはしなかったと思うんだけど?」
そうなのか?
魔法はイメージと魔力によって同じ魔法でも形や動きが違ってくることがある。
分かりやすいのが初級魔法の属性矢。
この矢の形状は普段見慣れている矢のイメージが具現化した形で出現する。魔王ブローのように魔力の量で膨張したりするから一概には言えないが、矢の形状から国を特定出来たりもするぐらいにはイメージが魔法に影響している。
だからもしこの『洗浄』が普通と違うというならイメージが反映されたということだ。
「それじゃあ直した方がいいか?」
「ううん、普通の洗浄よりも綺麗になるのが早いからこのままでいいと思うわよ」
性能が向上しているのなら無理して普通に直す必要もない。
そうして数分で女性達は見違えるほど綺麗になった。
(やっぱりこの世界の女性は容姿、スタイル共にレベルが高いな。豊満な胸部、くびれた腹部、肉付きの良い腰部、カモシカのような脚部、そしてアイドル顔負けの容姿。本当に生気のない顔になっているのがもったいない)
――――ゾクッ
さ、さていつまでも女性の裸体を見続ける訳にもいかないので、濡れたままの女性達はタオルを渡してエリティアに任せる。
その間、高まった煩悩を払うべく洗浄で部屋の中を掃除していった。
それにしてもこれだけ身体を好き勝ってされていたら普通は驚くなり、怒るなりはずだが女性は相変わらず反応がない。
これが意味する事を考えると途端に気持ちが萎えた。
「もういいわよ」
エリティアのOKが出た後、身体が綺麗になった女性達をフィルティアの待つブルータスの自室だった部屋へと運ぶ。
この作業を全6班の使用していた部屋へと赴いて行っていく。
最初の部屋が特別酷い訳ではなく、どの部屋も似たような惨状であった。
フィルティアの様にこちらの返答に受け答えできる程元気のある人はいない。
この中から正常に何人が戻れるかという話になって来そうだった。
そして運び終えると看病をエリティアに任せた。
盗賊団『カエサル』のねぐらにしているベラルーガの洞窟は物凄く広い。
まずバレーコート二面分ぐらいの広さの場所が1つ。
それよりも小さい教室サイズの場所が7つ。
四畳半前後の場所が10箇所以上ある。
通路と広場の境には既に扉が取り付けられていて部屋と言ってもいい感じに整備もされている。
今後、仲間を増やしていっても問題が生じにくいだろう。
……しかし家具の数は少ない。
運んだ人数は全部で十五人。
この洞窟にはベッドが一つしかない。
フィルティアが監禁されていたものだけであとは全員雑魚寝だった。
そのため全員を寝かせられるわけがないので運んだ人達はタオルを敷いて直に地面に触れないようにした。
でもこのままではよくないのは素人でも分かる。
「タスク様は何をなされているんですか?」
「これか? これはゼリーっていう食べ物で柔らかくて噛まなくても食べられるから食事にどうかなと思ってね」
「このスライムのようなものが……美味しいのですか?」
「味はそこそこ。気になるなら一口食べてみるか?」
「いいのですか?」
いや、そんな珍しそうに凝視されたら流石にあげない訳にはいかないでしょ。
「まだたくさんあるから遠慮せずにどうぞ」
「それでは……いただきます」
器に乗せたゼリーとスプーンを渡すとフィルティアは興味深そうにゼリーを見つめてからパクリと咥えて目を見開いた。
「これ凄く美味しい」
「気に入ってくれたようで何より。御代わりもあるけどいる?」
「いただきます」
フィルティアの美味しそうに食べている姿を見て、これなら精神が病んでいる人達にも食べてもらえるかなと思えてくる。
全員分のゼリーを用意が出来たのでトレイ代わりの板に載せて運んだ。
部屋に入ると二人が反応した。
一人は当然エリティア。
もう一人は運んだ女性。
意識がある様で入って来るまでエリティアと何やら話していた。
「食事を持ってきた」
「ありがとう、タスク」
「それで彼女は」
「ついさっき目を覚ましたのよ。精神が弱っているけど崩壊にまでは至っていない。でもタスクを見て顔が強張ったからやっぱり落ち着くまであまり近づかない方がいいかも」
もう一度彼女の方を向いてみると確かにこちらを見る目に恐怖が宿っているように見える。
「そうみたいだな。じゃあ食事も頼むわ。その間にフィルティアに現状の説明をしておくよ」
「そうしてくれると助かるわ」
お互いにやるべきことを確認し合い微笑み合いながらゼリーをエリティアに渡す。
その後ろでフィルティアがふくれっ面をしているが、気づく事はなかった。
その後、先程言った通りフィルティアに現状を告白した。
魔王ブローを倒した事、エリティアの着けられていた奴隷の首輪について、王城にいるマークス達。
しかしフィルティアは中々説明を聞いても信じてもらえず色々と脱線した。
「魔王には【絶対者のオーラ】と呼ばれる魔王専用のスキルが必要な筈です。それがなければ幾ら姿形は魔王ブローに擬態できても魔族は騙せません」
「【絶対者のオーラ】。これで問題ないか?」
「きゅう~~」
絶対者のオーラの圧に当てられて白目をむいて気絶した。
一応レベル1で放ったのに……。
その前も「魔王ブローを殺したのですか? 勇者でもないのに魔王を殺せるなんて信じられません」と言われたので魔王ブローの死体を見せて気絶している。
この目で見たものしか信じないって姿勢はエリティアと似ている。
肝が小さいが。
「……分かりました。タスク様の仰っている事は全て本当の事であると信じます」
理解して貰えて安堵する。
「でも一つだけ腑に落ちない事があります」
まだ何かあるのか。
「エリー姉様をなぜ隣に置いているのかです」
「……はい?」
本当に何を言っているのか分からなかった。
「今回の戦争の敗北は元を正せば全て魔王に捕まった姉様に起因しています。言わば元凶です。それだけに飽き足らず魔族に堕ちた後に自分の国を滅ぼしました。そんな姉様を如何して隣に置いているのかと聞いているんです」
「それは奴隷の首輪のせいだと説明しただろ。それにエリティアはお前の姉だろう。生きてて嬉しくないのか?」
「姉であろうと関係ありません。いえ、私の姉様だからこそ敗戦の立役者だと知った時のショックは大きかった。タスク様は先程信頼できる者達を魔族から解放して仲間にしていくと仰いましたが、エリー姉様は当てはまらないと思います」
「エリティアは信用できる」
「信頼できるとは思えません。また大事なタイミングで裏切られるかもしれない相手を隣に置くべきじゃないです」
最初の反応で大方の予想はしていたけど、ブルータスから今回の戦争の顛末を聞かされていたようだけどその内容は結果だけしか伝えていないからエリティアを偏った見方で見てしまっている。
確かに結果だけ見るとエリティアは連合軍を裏切った悪女と言われても仕方ないかもしれない。
だけどすべてを見たからこそ、捕まった後にどれだけ努力をしていたのかも見てから判断してほしいと言いたかった。
しかし残念ながらフィルティアに捕まっている間のエリティアの努力をいくら言おうとも正しく伝わってくれないだろう。
「エリー姉様の代わりであれば……私がサポートをします。ですから手遅れになる前に姉様は縛り上げて監禁すべきです」
そこで殺すのではなく監禁を選んだのは血縁者としての情だと思っておこう。
そして答えは既に決まっている。
「俺の事を心配しての申し出は嬉しい。でもそれは出来ない。俺にとってエリティアは特別なんだ。彼女の代わりはいないよ」
はっきりと断るとフィルティアは悔しそうな表情をする。
まだ何か言いたそうだ。
けど一度だけ俺の顔を見た後これ以上食い下がる事はしなかった。
最初から自分が姉の代わりなんて務まらないのは百も承知で勢いから言ってしまったんだろう。
ここは少し励ましておくか。
「それはフィルティアにも言える事だ。これからフィルティアの力も必要になってくる。それもまた代わりはいないフィルティアだけの役目だ」
「私にしかできない事ですか?」
自分の力の無さを悔いていた彼女にとって必要とされているという言葉は嬉しかったようで途端に顔が綻ぶ。
「その内容は後々教えていくが、兎に角これだけは分かって欲しい。俺は何もエリティアの妹だからと助けた訳じゃないって事を」
「はいっ!」
「エリティアの事が信用できないというのなら今は俺を信用してくれ。その間エリティアの事を自分の目で見て確かめて、それでも許せないと思ったらその時もう一度話を聴こう」
「……分かりました。今はタスク様に免じてエリー姉様に強く当たるのは止めます」
納得してくれたようで何よりだ。
もうエリティアを呼んでも大丈夫だよな。
あちらも一段落ついているだろうとエリティアも呼んだ。
部屋に入ったエリティアをフィルティアは敵視する目で見る様な事はしなかった。
「それじゃあ、今後の話をしよう。まず俺達の本拠地は王城の玉座の間とそれに隣接している部屋だ。王城には使用人三人を既に解放して諜報として活動してもらっている」
「私も王城に行くのですね」
「いや、フィルティアは王都には連れていかない」
本拠地である王城は文字通り敵地のど真ん中、最悪の事態になっても大丈夫なように万全の準備にしておきたい。
そうなると非戦闘員のフィルティアはお荷物にしかならない。
「王都は魔族の巣窟。周り全てが敵に囲まれていると言っていい。その中で生活するのは出来る限り厳選したメンバーに絞った方がいいというのが俺の意見だ」
「私もその方がいいと思うわ。無暗に王都に人を増やしても危険が増すだけだもの」
「そこで今回の目的の一つであったこの洞窟だ。50人を超える数が生活しても余裕のある広さ、発光石による視界の確保、そして未だに魔族に見つかっていないという三つの条件が揃っている。ここを第二のアジトにするのにうってつけだとは思わないか?」
更に幸運な事にこの支配領域の管轄はウォーガル。
奴は探索はからっきしなので今後見つかる可能性も低い。
「王都には戦闘員と諜報を連れていき、それ以外の者達はここで行動してもらう」
「戦闘員と非戦闘員で拠点を分けるんですね」
「それにもしもの事が起こり、王都を追われる身になった場合の逃亡先も必要だと思っていた。そう言う意味でもここを第二の拠点にするのはいいと思っている」
要は自分達が逃げられる保険だ。
「その管理をフィルティアに頼みたい」
「分かりました。全力でタスク様の帰られる場所を私が死守します」
「そこまで気負わなくてもいいけど頼むな」
エリティアも特に反対はしてこない。
妹を危険な王城に連れていくよりはこちらの方のが安全だと考えて賛成したのだと思う。
「でもこのままでは不味いんじゃない?」
「その通りだな。今のままじゃあ満足に生活できない。俺達が王都に戻るまでの間にアジトをもう少し住みやすい環境にする必要がある」
先程のベッドの不足もそうだが、この洞窟は盗賊の住処にしていた割には生活環境が整っていない。
それどころかあの強烈な異臭を放つ部屋を始め、色々と手を加えないといけない状態だ。
2人も洞窟の環境改善に賛同するように頷く。
「だがそれと同時に精神が病んでしまった人達の世話も必要だ」
これに対してもエリティア、フィルティア共に頷く。
「だから仕事を分担しよう。アジトの改装及び家事を俺とフィルティア、女性達の看護をエリティアに頼みたい」
「……フィルが改装を手伝えるの?」
「姉様酷いです。私だって改装の手伝いの一つや二つできます」
自分で言っといてなんだが、俺もエリティアの意見は正しいと思ってる。
俺だって聴く側であったら力仕事が出来るエリティアの方が改装に廻した方がいいと間違いなく意見していた。
「フィルティアにはここの管理をしてもらう為に改装した場所を把握しておいてもらわないといけないし、色々と覚えてもらう必要があるんだ」
「そう言う事なら仕方ないわね」
「ちょっとエリー姉様、無視しないでください」
俺の説明にエリティアは納得してくれた。
フィルティアは相手にされずに構って欲しいって感じになっている。
本当は姉大好きっ子じゃないだろうか?
「それじゃあ時間も限られているし早速取り掛かろう。フィルティアは俺について来て、エリティアは必要な物があったら言ってくれ。それじゃあ解散」
話が終わり、俺が一番に席を立つ。
そして背を向けると何やら姉妹で言い合っている。
「エリー姉様、私負けませんから」
「? ……そう、勝負ならいつでも相手になるわ」
やっぱり姉妹中は悪いのかもしれない。
とりあえずその勝負が命の取り合いだったら全力で阻止させてもらう。
「それから今更ですが」
「なによ。急に歯切れを悪くして」
「お姉さまはなぜメイド服を着ていらっしゃるんでしょうか?」
「「……っ!?」」




