エピローグ
Music:"The Everlasting Now"――Prince
【アンキュラ】消えた司祭と遺族 警察が公開捜査を検討 葬儀での混乱から一夜
2025年7月29日 07:00 RTK
28日、アンキュラの聖テレーザ教会で行われた葬儀ミサでの混乱に乗じ、ビルゲ・エキンジ司祭と遺族ら計3名が行方不明となっている問題で、警察は29日早朝、3名の足取りが依然として不明であることを明らかにした。
現場となったウルス地区周辺では、当時、SNSでの呼びかけに応じた多数の若者たちが集結しており、警備が非常に困難な状況にあった。当局は、シムシェキ少佐による典礼妨害事件がこれらの行方不明事案とどのように関わっているかを精査している。
特別使徒保安庁の関係者は「不測の事態に対し、現在全力を挙げて行方を追っている」とコメントしているが、白昼堂々、教会関係者らが姿を消したことに対し、市民の間では不安が広がっている。
@サフィーエに自由を
ウラシュ自殺確定で「事件」は終わったはず。なのに、なぜサフィーエ・サナルは釈放されない? 罪状すら公表されない「特別拘禁」なんて、現代のローマ共和国にあってはならない。エキンジ?知らん。 #サフィーエに自由を #FreeSafiye
@KawaiiSafiye
サフィーエちゃんしゅきしゅき❤️❤️❤️#SafiyeChan
サフィはその日の深夜、初めて恐怖を覚えた。警察署の留置所で寝ていたのに突然叩き起こされ、頭から黒い袋を被せられて車に乗せられ、10分くらいでここに連れてこられた。ここもまた牢屋らしいけど、ずっと袋を被せられてたからどこだかわからない。
まさか死刑?んなわけない……ないよね?
この部屋に押し込まれてから、やっと袋と手錠は外されたけど。窓もない、パイプベッドだけ。トイレどーすんの?
サフィはベッドに仰向けになり、天井を見つめた。
真っ暗。まあ夜だからいいけど。鉄格子じゃなくてドアだから、部屋の外がどうなってんのかも全然わからん。あーあ、早まったかなあ。こんなことになるなんて。わかるわけないじゃん?
バビュール様……逃げられたかな。iPorta見たいなぁ。
特別使徒保安庁公示 第2025-07-30-09号
【アンキュラ市内における一部の混乱および不正確な情報流布に関する公式見解】
7月28日、アンキュラ市ジェベジ墓地周辺において、聖テレーザ教会元司祭の埋葬式に伴う一部の混乱が発生いたしました。現在、インターネット上の交流サイト(スィビラ等)において、当該事案に関し非科学的な超常現象やオカルト的な憶測が散見されますが、当庁としての調査結果に基づく公式見解を以下の通り発表いたします。
1. 目撃された「飛行物体」について
当時、現場周辺では複数の不審なドローンおよび無人航空機の展開が確認されており、一部の集団による組織的なプロパガンダ工作が行われていた形跡があります。夕刻の逆光、および当日の猛暑(気温35度超)による上昇気流の影響で、これら飛行物体の影が光学的に拡大・歪曲して視認されたものと断定いたしました。いわゆる「翼」や「人型飛翔体」との主張は、大気現象と機材の誤認によるものです。
2. 参列者の集団的反応について
過酷な気象条件下における長時間の典礼、および突発的な典礼妨害行為(軍少佐による暴挙)に起因するパニック状態により、一部参列者に熱中症および急性ストレス反応に伴う「集団的錯覚」が生じたことが医学的に示唆されています。当庁の心理分析官は、これらを特定のシンボル(虎の仮面等)を用いた煽動による心理的誘導の結果であると分析しております。
3. 霊廟の損壊について
公営霊廟の天窓損壊および内部の破損については、急激な気圧の変化または不法に持ち込まれた小型爆発物による物理的衝撃が原因であり、超自然的な要因は一切認められません。現在、法医学および工学的見地から詳細な現場検証を継続しております。
4. 市民への要請
根拠のないデマや加工された画像、オカルト的な主張を拡散する行為は、共和国の安寧を乱し、公共の秩序を阻害する「社会的攪乱行為」とみなされる可能性があります。市民の皆様におかれましては、理性を保ち、当局の発表する事実に基づいた冷静な判断をお願い申し上げます。
不確実な情報に惑わされることなく、聖座と共和国の法の下で平穏な生活を維持されることを切に願います。
2025年7月30日
特別使徒保安庁アンキュラ支局 広報官
@墓場のユーレイ
あの霊廟の天窓とか爆音とか、爆発物? なんだよそれ。俺の写真、GTの要請とかで勝手に削除されたんだが。マジで腹立つ。 #黒い影 #アンキュラの怪
@アンキュラ日記
例のファルトの件。情報求む。
パヴルはスィビルスると、ベッドに仰向けになった。
ズィが逮捕された。サフィもまだ釈放されない。僕はどうしたらいい?とりあえずオズギュネシュのシテは引き払って、この第二拠点でエーミッターはもちろん続けるけど……ズィの動画。作ってみたけどこんなんじゃダメだ。
虎の仮面。バビュルスのみんなは頑張ってくれた。でも、ズィもサフィもいなくて、僕ひとりで……敵はGTだ。強すぎる。
iPortaに通知がきた。さっきのスィビルスへの返信だ。中古車屋の広告。ちぇっ。やっぱりネットだけじゃダメだ。
パヴルはiPortaからネビュラに繋がり、過去のアルバムから画像を探した。前にズィに見せた、教会の悪魔の画像。
悪魔、か。İşi başından aşkın(仕事が許容範囲を超えている)。悪魔の力でも、借りなきゃ。
パヴルはインウェニ・ハリタを開き、レンタカー屋を探し始めた。
【コジャテペ、特別使徒保安庁アンキュラ支局、第12特別留置施設】
通称悔悛棟の独房で、ズィヤは月を見上げていた。鉄格子の窓越しに。窓は独房の天井近くにひとつだけで、脱獄に使えるようなものではない。だが空はよく見えた。
今夜は上弦の月。半月だ。半分欠けた、まるで今のズィヤそのままだった。
保安庁に逮捕されて、軍からも何の連絡もない。弁護士がつくでもない。そのうち大宮殿にでも移送されるのか、それともずっとこの独房で、月を見上げて過ごすのか。
『……お願い!エモ!』
アイシェはどうしているか。俺のせいで病が進んでたりしないか。パヴルは無事か。
ズィヤは頭を振った。ここでそんなことを気に病んでもしょうがない。だが俺は諦めたわけではない。
必ず、ここを出るのだ。ここを出て、エキンジや保安庁にわからせてやる。
このズィヤ・シムシェキを怒らせるとどうなるかを。
稲妻の光で、闇を照らしてみせる。
【ジェベジ墓地、キムセシーズレル】
カアン・ギュネルと運転手の遺体は、あの日の夜までにディルシズたちが、極秘理に処理した。公には、ギュネルは死亡しておらず、聖テレーザ教会にまつわる事件の現場指揮官として、現在もアンキュラ支局長の地位にある。
遺体は、身元不明遺体として運転手のそれと一つの棺に押し込まれ、2025/K-154として埋葬された。ギュネルは運転手を誤射した時、これで解放されたと思っていたが、そうはならなかった。
それから約2週間後、ギュネルの墓から少し離れたところに、K-155とK-156が埋葬された。カフラマンとウラシュだった。
この2人の墓には、なぜか他より多くの落ち葉や枯葉が溜まった。風が吹くと、その死んだ葉たちは、取り留めのない馬鹿話を交わす。カサカサと。
この4人が死後それぞれどの地獄で彷徨っているのかは、定かではない。
【コンスタンティノープル、アヤソフィア大聖堂、首席審問卿執務室】
ヴェシリアはアンキュラ支局長とのスペクルム通話をしていた。
「順調のようですわね。でもその笑い方はどうかしら」
サンドベージュの髪をスリックバックに固めた銀縁眼鏡の男は、笑顔をやめて本来の無機質な表情に戻った。
「そうね。その表情。そちらの方がお似合いですわ。あの男の稚拙な演技まで真似することはありません。部下たちも戸惑うかも知れませんが、初めのうちだけ。すぐに歓迎されます。あなたの方がずっと有能なのですから。そうですわね?二代目カアン・ギュネル支局長」
「閣下のご期待に沿えますよう、粉骨砕身致します」
「これからはステアリングではなく、アンキュラを握りなさい。わたくしの右腕として。では、ごきげんよう」
ヴェシリアは通話を終了するとアプリを閉じ、
XXVIII.VII.MMXXV(2025年7月28日)
のフォルダを開いた。
最初の映像は、丸く切り取られたような動画だ。円の中心にレティクル。タイムスタンプは2025-07-28 16:50。あの日ギュネルが覗いていたスコープの記録動画だった。
中心に見えるのは、ターゲットであるエキンジ。その隣にシスター・ヴェシレ・クルチュの半身。画質があまり良くないので、表情は読み取れない。音声は蝉しぐれしか聞こえない。
コンシリウムのプリマ・ファシスの進捗率は、98%。セクンダ・ファシスへの移行も、スムーズに行えるだろう。順調過ぎて退屈なほどだ。
だが。
スコープの中で、突然、シスターを庇うように黒い影が飛び出す。
ヴェシリアはポーズボタンを押した。黒髪、喪服の男。シークバーをゆっくりと動かす。男の背中が膨張し、スコープの中は真っ黒になる。停止して、拡大。ただ黒いだけではなく、何かが折り重なっているように見える。この画質では、それ以上はわからなかった。
ハーフスピードで再生。くぐもった、「なんだあれは」という叫び声。画像が乱れ、青空にパンする。一瞬映り込む小さな黒い飛翔体。カラスだ。スコープはカラスを捉えるのではなく、さらに高速でパンして、ディルシズの運転手が映ったかと思うと、画面が揺れて銃撃音。サプレッサーのせいで静かな音だが威力は凄まじい。ほとんどゼロ距離。運転手は吹き飛び、背後に血のマントがはためく。
ヴェシリアは少しだけシークバーを戻した。
カラス。相変わらずの画質、しかもカメラが高速移動しているので、個体特定まではできない。だが想定される大きさ、銀色の眼。ニシコクマルガラスだろう。
別の映像ファイルを開く。
2025-07-27 06:03 アッカレ。白い城壁に、昇ったばかりの朝日が反射して白飛びしている。倍速にする。画面の下方から、大きな黒い影が現れ、壁を這うように登っていく。輪郭がぼやけ、これが何かを判別するのは不可能だ。
だがそのぼやけた影が、壁を昇り切った直後。今度は上方から巨大な鳥の影が、白い壁にくっきりと落ちた。実際の大きさはこの映像から解析するのは不可能だろう。だが恐ろしく――いや、素晴らしく大きい。そして、その巨大な影が消えたすぐ後に、小さな影が壁を昇っていく。カラスだ。スコープの映像と、同じ組み合わせ。
ヴェシリアはファイルを閉じた。あの日から、もう何度も繰り返し、この2つの映像を見ていた。頬が緩むのを禁じえなかった。
素晴らしい。これほど知的好奇心をくすぐられるのは何年ぶりか。この影たちが、私のコンシリウムにどんな華を添えてくれるだろう。
ヴェシリアは、また別のファイルを開いた。
写真。
私と同じ、ダークブラウンの髪と瞳。
ヴェシレ・クルチュ。
もうすぐよ。
もうすぐ会えるわ、私の妹。
(第一部 完)




