第35話 新たな時代が動き出す
戦いは終わった。
夜通し続いた魔物との戦いで残っている殺伐とした熱気は薄れつつあり、人々が勝利を噛みしめ、喜びを共有している中に広がる明るい空気がゆっくりと広がっている。
戦いの最中。
剣によって村の防衛線を突破してきた魔物を倒していたベルと、結界を張って非戦闘民の村人たちを守っていたオルデンを筆頭に、冒険者たちによって守られていた村の中心。
そこから、離れた建物の一つ。
普段は村人からも忘れられているような、あまり使わない農作業の道具を置いておく、倉庫の役目を果たしている小さな民家がある。
神属性魔法の使い手、シーシャがそこにいた。
「ゼスレコです。失礼します」
先ほどまで続いていた戦闘では、この建物は冒険者たちが大量に押し寄せていた魔物と戦っている防衛線に比較的近く、直ぐ外を魔物が徘徊している時もあった。
それでも感情を露わにするどころか、静かに目を瞑っていたシーシャは、人目をはばかりながら、建物の中に名乗りながら入ってきた村長の声に、やっと目を開ける。
「終わったようですね」
感情の起伏が感じられない淡々とした声音で、呟くように神属性魔法の使い手が言う。
村で一番偉いはずの村長は、座っている神属性魔法の使い手を見下ろさないように、決して失礼にならないように気をつける。
「これも、シーシャ様のお陰です。わたくしたちだけでは、突然これほどの魔物が襲ってきても対処することなんて到底できませんでした」
外まで聞こえないように声の大きさに気をつけながら、静かに村長は言葉を続ける。
「あなた様が事前に、魔物が侵略してくるのを察知して下さらなければ、わたくしたちの村は滅びていました」
何の前触れもなかったにも関わらず、村を襲ってきた魔物に対処できたのも、冒険者たちに依頼を出すことができたのも、シーシャが村長に予言してくれていたからだ。
「これも神の思し召しです」
「…………」
村長のゼスレコ自身は、そこまで熱心な神の信者ではない。
長らく農作業に従事していれば、災害や不運の連続に何度も見舞われている。数年前には酷い飢饉が起こり、あまり神なんて信じられなかった。
だが今回はなぜだろう。
何の違和感もなく、こうなった結果を受け入れられるような、それでこそ神の思し召しだと言える気がするから、不思議なものだ。
神属性魔法の使い手。
3人の冒険者。
レクセイナと名乗る若い冒険者が、村に張ってくれていた結界魔法は驚くほど持続し、魔物との戦いで大きな役割を果たした。
結界が崩されるまでの間に、結界の内側から魔物の数を一方的に減らすことができた。非戦闘民が村の中心まで避難するまでの、時間稼ぎをすることができた。
「…………神も捨てたもんじゃありませんね」
神に仕える神属性魔法の使い手に、一歩間違えれば喧嘩を売るような台詞だったが、シーシャは興味なさげに視線を逸らしただけだった。
彼女の脇には、小さな短剣と水筒が置いてあった。
几帳面に、真っ直ぐに揃えられていた品を服の中に慣れた手つきでしまい込むと、長時間座っていたことで堅くなった身体を重たそうに持ち上げて、ゆっくりと立ち上がる。
建物の入り口に立っている村長のことは、視界で入っているようで入っていなかった。
「もう私は行きます」
村長に視線を向けるわけでもなく、まるで独り言のように呟く。
村長は立ち上がって服を着込んでいるシーシャに、静々と頭を下げる。しばらく滞在していた間に、村長もシーシャの気質を少し理解していた。
まるで興味がないように素っ気ない様子を見せているが、本当は気を使わせないようにしているのだろう。
本当に興味がないなら、村はすでに魔物によって滅ぼされている。
「貧しい村です。大量の魔物が襲ってくると分かっていても、冒険者を雇う金なんて捻出できませんでした。冒険者を雇う依頼金を用意してくれていたこと、村の怪我人を滞在中、たくさん治して下さったこと、感謝しかありません」
冒険者に対する依頼金の出所は、村長の金ということになっている。
村長以外の誰もが、そのように認識していた。だが、本来はシーシャが手持ちの金を渡してくれたのだ。
冒険者も命を賭けて依頼を受けている以上、貧しい村長のへそくりを解禁した程度で複数パーティーも雇える額には到底ならない。
銀貨が大量に詰まった両手サイズの大袋を、シーシャがお使い程度の気軽さで渡してきた時には驚いたと同時に、深く意図を探ったものだ。
シーシャが、村長の方へ視線を向ける。
村長の男は、シーシャが気遣いから素っ気ない態度を見せていると考えていたが、結局は彼女の真意まで図れていない。
「いえ、これは私たちにとっても利のあることなので」
村長という、その辺の一般人には到底知り得ないことなのだ。
「あの方には、そろそろ永い眠りから目覚めて頂かなければなりません」
「えっ? あっ、その……」
「こちらの話です」
村長が困惑した様子で言葉を彷徨わせるが、神属性魔法の使い手は話をそこまでで打ち切る。
支度を済ませたシーシャは、村長の隣で建物のドアに手を掛ける。ドアの直ぐ外に、他の誰かが歩いていないか、耳を澄まして暫く様子を窺う。
「もう私は、この村に帰ってくることはありません。他の村人たちには、上手くあなたが言っておいて下さい」
「承知しました」
シーシャは村長が確実に頷いているかどうかを、確認する。
レクセイナという名前の少女と、魔法を使う方の青年。一度は彼女たちに会ったが、二度目は必要ない。
そもそも野良の神属性魔法の使い手が、長期間に渡って一カ所に潜伏しているのはおかしいのだ。
そこを突かれないためにも、彼らにバレることだけは避けたかった。
今はまだ、早い。
シーシャは建物の外に誰も歩いていないことを念入りに確認すると、人目を避けるようにドアを開けて出ていく。
「ありがとう御座いました」
村長の声を背後で聞きながら、シーシャは村を離れていく。
自分でも意外なことに、心の中に隙間風が入り込むような感じがした。
まあ、命じられただけと言えば、それだけですし……。
もしかしたら、気がつかないうちに村へ愛着を持っていたのかもしれない、という気持ちをシーシャは振り払う。
神属性魔法の使い手は、撤退していく魔物に紛れてひっそりと立ち去る。それにレクセイナとオルデンが気づくことはなかった――――。




