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第七章:賭けは「おはよう、お兄様」

更新しました!


投稿前に文字数を見て、作者自身も引いています(笑)。


「あれ、今回はサクッと終わるはずじゃ……?」 と思いながら書いていたら、いつの間にかこうなっていました。 お時間のある時に、ゆっくり読んでいただければと思います!


石造りの階段教室に、百人を超える学生が詰め込まれている。教壇に立つのは初老の教官――灰色の軍服に無数の勲章を付けた、いかにも歴戦の軍人といった風貌の男だ。


「諸君」


教官の声が響く。


「本日は、帝国における実力の階級について講義する」


黒板に、チョークで文字を書く。


ランクE ~ D


「最も一般的な兵士たちだ」


教官は黒板を叩いた。


「魔法を使うには詠唱が必要。施法道具も必須。身体能力は一般人と大差ない」


ランクC ~ B


「魔導兵の基本階級だ」


「魔導回路を有し、詠唱なしで魔法を行使できる。身体能力も大幅に向上している」


教官は腕を組んだ。


「帝国軍の主力は、このランクで構成されている」


再び、チョークの音。


ランクA ~ 準S級(セミSランク)


「将官クラスだ」


「戦場を一人で支配できる実力者たち。帝国にも、数えるほどしかいない」


そして、ランクS


教官は黒板を強く叩いた。


バン!


「頂点だ」


「魔法の極致。魔力量も桁違い。一人で軍隊を壊滅させることができる」


教室内が、ざわついた。


そして、最後の文字を書いた。


超越者(トランセンデント)


沈黙。


深い、深い沈黙。


教官は振り返った。


「規格外だ」


「世界全体でも、五人を超えない」


「国家の支柱。最高戦力」


教官の目が、鋭くなった。


「我が帝国ストラトクラティアには、二名の超越者がいる」


教官は言葉を切った。


「だが、その名は機密事項だ。諸君が知る必要はない」


---


ヴァンは黙ってそれを聞いていた。


(……ランクS、か)


脳内で、シンカクの姿を思い浮かべる。


あの圧倒的な戦闘力、あの超高速、あの破壊力――


(……シンカクは、どのランクなんだ?)


ヴァンは隣を見た。


シンカクは相変わらず、壁際に立っている。


無表情。


微動だにしない。


ヴァンは小声で呟いた。


「なぁ、シンカク」


「……何」


素っ気ない返事。


「お前、ランクSと戦えるか?」


「可能」


即答。


迷いなし。


ヴァンは目を見開いた。


「……マジか」


「別に難しくない」


あまりにも淡々とした口調。


まるで、朝飯を食うくらいの感覚。


ヴァンは思わず笑った。


「……お前、本当に化け物だな」


「そう」


「……」


(そう、じゃねぇよ)


ヴァンは額に手を当てた。


(……まぁ、頼もしいけどさ)


そして、ふと、疑問が浮かんだ。


「そういえば、お前、昨日の夜どこ行ってたんだ?」


「フィロメラの調査」


「……調査?」


「そう。彼女の足跡を追ってる」


シンカクは無表情のまま答えた。


「あと、アイリの様子も見てきた」


「アイリ、大丈夫か?」


「問題ない。アイリの部屋で寝てる」


「お前が?」


「そう」


「……」


ヴァンは少し考えた。


(……つまり、シンカクは夜はアイリと一緒か)


(まぁ、アイリも安心だろうな)


「わかった。引き続き頼む」


「了解」


シンカクは再び、沈黙に戻った。



教官は話を続けた。


「次に、帝国の歴史について」


黒板に、新しい文字。


ストラトクラティア帝国 建国200年


「我が帝国は、軍事政権(ストラトクラシー)だ」


「封建制度は廃止されている」


「だが」


教官は指を立てた。


「『貴族』の称号は残っている」


「なぜか、わかるか?」


誰も答えない。


教官は笑った。


「簡単だ。功績の証だからだ」


「帝国において、貴族とは世襲の特権階級ではない」


「軍功を立てた者に与えられる『称号』に過ぎない」


教官は黒板を叩いた。


「つまり、実力さえあれば、平民でも貴族になれる」


「逆に、無能な貴族は淘汰される」


ヴァンは目を細めた。


(……ああ、なるほどな。ナポレオン式ってやつか)


功績主義、実力至上主義――階級は流動的で、血統ではなく能力で決まる。


(……なかなか、合理的じゃないか)


だが


同時に、残酷でもある。


無能は生き残れない。


弱者は淘汰される。


(……そりゃ、力こそ正義になるわけだ)



教官の声が、遠くなる。


ヴァンは窓の外を見た。


中庭では訓練している学生たちが魔導回路を発動させ、剣を振るっている。


(……俺、何しに来たんだっけ)


ふと、思った。


(学院に入学する)


(それだけのはずだったのに)


だが


現実は違った。


アイリを捕獲し、軍情局に招待され、特別監察官の徽章まで渡された。

(……入学前から、こんなに忙しいとは)


ヴァンは深くため息をついた。


(前世で会社員やってた時より、疲れるんじゃないか、これ)


---


「ヴァン!」


突然、声。

ヴァンは我に返った。

隣の席のローランが、肘で突いてくる。


「授業、終わったぞ」

「……あ、マジ?」

「お前、ずっとボーッとしてただろ。……まあいい、ちょっと付き合えよ。面白いもの見せてやる」


中庭の一角、石造りのテーブルの上に戦棋盤(ボード)が置かれていた。


「これが『帝国戦棋(クリークシュピール)』だ」


ローランが説明する。


「帝国貴族の必須教養さ。駒にはSからEまでのランクがあって、基本的には高ランクが勝つ」


「……ただの数字比べか?」


「基本はな。だが、面白いのはここからだ」



ローランは声を潜めた。


「例外がある。『挟撃(フランク)』なら1ランク上を、『完全包囲(サラウンド)』なら2ランク上の敵を撃破(イート)できる」


「へえ……。数と配置次第で、下克上(ジャイアントキリング)ができるわけか」


ヴァンは興味深そうに盤面を見た。

なかなか奥が深そうだ。

だが、ローランは肩をすくめた。


「理論上はね。でも、貴族連中はそんな『チマチマした戦術』は好まない」


「なんで?」


「美学に反するんだとさ。『高ランクの力で、正面からねじ伏せる』のが王道らしい」


ローランはニヤリと笑った。


「だから流行ってるんだよ。頭を使わずに、持ってる駒の強さだけでマウント取れるからな」


盤の周りには数人の学生が集まっていた。その中の二人、金髪の青年と銀髪の少女が真剣な表情で対局している。カチャ、カチャと駒を動かす音だけが響いていた。


一目で冷めた。

ただの「数字比べ」だ。

強い駒を前に出して、弱い駒を潰すだけ。


補給線の概念もなければ、地形効果もない。

こんなもので「軍略」を気取っているのか?


現在対局しているのは、一人の銀髪の少女だった。

彼女の指し手は完璧だった。

教科書通りの定石。

圧倒的な物量で、相手をすり潰していく。


(……つまらん手だ)


ヴァンは思わず口に出していた。


「あーあ。そこ、もっと効率よくやれるだろ」


小声のつもりだった。

だが


ピタリ。


少女の手が止まった。


聞こえた。



少女がゆっくりと顔を上げた。


銀髪、青い瞳、陶器のような白い肌――美しい。だが、その目は絶対零度の冷たさを(たた)えていた。



「……今、何とおっしゃいました?」


凛とした、だが棘のある声。


ローランが真っ青になって耳打ちした。


「おい、馬鹿! あれはエレナ・ヴァレリアンだぞ!」


「……あ?」


「学年主席! しかもベルンハルト院長の実の娘だ!」


(……マジかよ)


ヴァンは瞬きした。

これが、噂の義妹か。

確かに「氷の聖女」という二つ名が似合う。


エレナは優雅に立ち上がり、ヴァンに歩み寄った。


「私の戦術に、何か不満でも?」


「不満っていうか……」


ヴァンは頭を掻いた。


「もっと楽に勝てるのに、わざわざコストのかかる手を選んでるなと思って」


「コスト……?」


エレナは眉をひそめた。


「失礼ですが、あなた、お名前は?」


「ヴァン・ラーク」


一瞬、周囲の空気が凍りついた。

エレナの目が、さらに冷たくなる。


「ああ……あなたが」


彼女は扇子で口元を隠し、侮蔑の色を隠そうともしなかった。


「お父様が拾ってきた、辺境の野良犬ですのね」


「……」


「その薄汚い血で、高貴なる戦棋を語らないでいただけます?」


強烈なご挨拶だ。

ヴァンは苦笑した。

これは相当嫌われているらしい。


「口だけなら何とでも言えますわ」


エレナは盤面を指差した。


「証明なさい。私に勝てるというなら」


「……勝負か?」


「ええ。もしあなたが勝てたら、今の無礼を許して差し上げます。ですが負けたら」


エレナは冷酷に言い放った。


「その汚い口で二度と私の前に現れないと、土下座して誓ってくださいまし」


ヴァンは少し考え、そしてニヤリと笑った。


「いいぜ。乗った」

---



対局が始まった。


周囲に、見物人が集まる。


エレナの戦術は「王道」だ。

高ランクの駒を前面に押し出し、力でねじ伏せる。


対するヴァンは、「邪道」だった。

駒を散開させ、逃げ回り、死角を突く。


「……チョロチョロと! 鬱陶しいですわね!」


エレナが苛立ちを見せ始めた中盤。


カチャ。


エレナが動いた。

彼女の切り札である『Sランク』の駒を、敵陣深くに突撃させたのだ。


「これで終わりですわ!」


彼女のS駒が、ヴァンの守備の要である『Aランク』を粉砕した。


ガシャン!


ヴァンのA駒が盤外に弾き飛ばされる。


「チェックメイトです」


エレナは勝ち誇った。

だが、ヴァンは頬杖をついたまま、あくびをした。


「……誘いに乗ってくれて助かるよ」


「は?」


ヴァンが指を弾く。


カチャ。


ヴァンの『Sランク』の駒が、側面からエレナの『Sランク』に突っ込んだ。


相打ち(トレード)


ルール上、同ランク同士は共倒れになる。

盤上から、双方の最強戦力が消滅した。


「なっ……!?」


エレナが絶句する。


「馬鹿な……! Sを捨て駒にするなんて……!」


「計算してみろよ、お姫様」


ヴァンは盤面を指差した。


「お前の手元に残ってるのは、雑魚の歩兵だけだ」


「……っ!」


「対して俺の手元には、まだ『Aランク』が一枚残ってる」


そう。

ヴァンは自分のSを犠牲にして、相手のSを消した。

結果、盤上に残った最強戦力は、ヴァンの『A』のみ。


「それに、お前の本陣はガラ空きだ。こっちのAが到着するまで、あと3ターン」


圧倒的優勢。

誰の目にも勝敗は明らかだった。


エレナの指が震える。

プライドの高い彼女にとって、屈辱以外の何物でもない。


だが、その時。

そう悟った瞬間


パン!


ガタン。


ヴァンがいきなり席を立った。


「……え?」


エレナが顔を上げる。


「腹減った。帰るわ」


「は、はぁ!?」


エレナが素っ頓狂な声を上げた。


「待ちなさい! まだ勝負はついていませんわ!」


「いや、見えてるだろ」


ヴァンは背伸びをした。


「それに、こんな単純なゲームで勝っても自慢にならん」


「屈辱……ッ!」


エレナの顔が真っ赤になった。

手加減されたことへの怒り。


「逃げるおつもり!? 私に勝ったまま勝ち逃げなんて、許しませんわよ!」


「じゃあ、続きは今度にしよう」


ヴァンは振り返り、意地悪く笑った。


「次にやる時は、賭けをしようぜ」


「賭け……?」


「ああ。もし次、お前が俺に勝ったら」


ヴァンは懐から、学生証を取り出して見せた。


「俺は父さんに直訴して、『ヴァレリアン』の名を捨てる」


「……!」


周囲がどよめいた。

それはつまり、貴族の地位と、将来の約束された地位を捨てるということだ。


「ほ、本当ですの……?」


「ああ。野良犬は野良犬らしく、路地裏に戻るよ」


「……いいでしょう」


エレナの目に、強い光が宿った。

家名の汚点を消せるチャンスだ。


「ですが、もしあなたが勝ったら?」


「その時は」


ヴァンは一歩近づき、妹の耳元で囁いた。


「俺の言うことを一つ、無条件で聞いてもらう」


「なに?」


「まずは毎朝『おはようございます、お兄様』の挨拶からだな」


「……は?」


エレナが固まった。

時が止まったかのように。


そして次の瞬間、顔を真っ赤にして叫んだ。


「ふ、ふざけないでくださいまし!!」


「嫌なら勝てばいい」


「言われなくとも勝ちますわ! 絶対に! 完膚(かんぷ)なきまでに叩き潰して差し上げます!」


「そいつは楽しみだ」


ヴァンは手をひらひらと振りながら、中庭を後にした。


背後からは、氷の聖女の殺気立った視線が突き刺さっていた。


「……やれやれ」


ヴァンは苦笑した。

妹とのファーストコンタクトは、まあまあ最悪だったが


(まあ、興味は引けたか)


これからの学院生活、退屈はしなさそうだ。


【第七章・終】


読んでいただきありがとうございます。


改めまして、長文失礼しました! 筆が乗ってしまい、止まりませんでした。書きたいことを全部詰め込んだら、文字の壁ができていました……。 読破してくださった皆様、本当に猛者です。ありがとうございます。


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