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第二十章:ひと息ついた、その直後に

第二十章です。


個人的には、今のところ一番まとまりよく書けた章かもしれません。



今回もお付き合いいただければ嬉しいです。



治安局の重い鉄扉が、背後で閉ざされる。


外の空気だ。ヴァンは肺いっぱいに外気を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


「なぁ、ボス」


隣を歩くアイリが、所在なさげに呟いた。


「さっき言ってたこと……全部、本当なのか?」


「半分本当で、半分嘘だ」


ヴァンは肩をすくめて歩き出す。


「ああん? 結局どっちなんだよ!」


アイリの眉が跳ね上がる。


「終わり良ければ総て良し、だろ。お前が無事ならそれでいい」


「……ッ」

アイリは言葉に詰まり、ムッとした顔でそっぽを向いた。 狼耳がパタパタと動いている。少し赤い。


「……まぁ、悪くねぇけどさ」

その声は風にかき消されそうなほど小さかった。


その時だ。


「ヴァァァァァァンッ!!」


遠くから、声が響いた。

二人が振り返ると、金髪の男が全力疾走してくるのが見えた。 片手にはズシリと重そうな麻袋。 もう片手には安物の魔導杖。


ルームメイトのローランだ。


「ぜぇ……はぁ……! 無事……だったのか……!?」

ローランはヴァンの目の前で膝に手をつき、肩で息をしている。 顔は真っ赤で、汗だくだ。運動が苦手な彼には過酷だったらしい。


「ああ、なんとかな。……で、その大荷物と杖はなんだ?」

ヴァンは頷いた。

そして、ローランの両手を見た。


「これか?」

ローランは息を整え、ジャラリと麻袋を掲げた。


「賄賂だ、金貨三百枚。お前の『帝国戦棋』の配当分、全部持ってきた」


「金で役人を買収するつもりだった!」


周囲の治安官がギョッとして振り返る。

「おい、大声で言うなバカ」

ヴァンは慌ててローランの口を塞いだ。こいつ、本当に捕まるぞ。


「で、そっちの杖は?」


「これか?」

ローランは息も絶え絶えに、安物の魔導杖をブンブンと振り回した。どう見ても喧嘩慣れしていない、へっぴり腰だ。

「お前が捕まったら、『帝国戦棋』の拡張パックが止まるだろうが!」

「これは……先行投資だ。万が一の時は、こいつで……」

言い訳めいたことを叫ぶと、彼は力尽きたように杖を地面に投げ捨て、その場に座り込んだ。

「ぜぇ……はぁ……死ぬかと思った……」

ヴァンの胸に、温かいものが広がる。こいつは守銭奴だが、義理堅い。そのちぐはぐさが、不器用な友情を物語っていた。


「……バカだな、お前は」

ヴァンは苦笑し、肩を叩いた。


「ありがとうな」

「で、この金は?」


「彼の分け前だ」

ローランは麻袋を揺すった。

「足りなかったら、お前への貸しってことで」


「……お前、本当に商人だな」


「当然だろ」

ローランは胸を張った。


「じゃあ、俺は先に戻る」

ヴァンはアイリを見た。

「こいつと、ちょっと話がある」


「ああ、分かった」

ローランは頷いた。そして、二人を見送った。


数秒後。

彼はポンと手を打った。


「……あれ」

「あの亜人、誰だ?」


その時。

治安局の門から、もう一つの集団が現れた。

銀髪の少女。そして、赤い袖章をつけた二人の男。

エレナと憲兵隊だ。


「ローラン!」


エレナが、駆け寄ってきた。


「兄さんは!?」


「ああ、無事だ」

ローランは親指で後ろを指した。

「さっき、出て行った」


エレナは肩の力を抜いた。

「ご無事で何よりですわ、お兄様」

彼女は胸に手を当てた。

「本当に、良かった」

 

 

騒動が一段落した後。ヴァンとアイリは、人目を避けて下層区の宿屋に戻っていた。


ただし、休むためではない。

逃げるためだ。


「急げ。必要なものだけ持て」

「お、おう」

狭い室内。アイリが慌ただしく荷物をまとめている。


「なぁ、ボス」

荷物を袋に詰め込みながら、アイリが真剣な表情で切り出した。

「今日のあれ、何だったんだ?」


「罠だ」

ヴァンは窓の隙間から外を警戒しながら、即答した。

「やっぱりな」

それ以上は言わなかった。アイリも聞かなかった。

「お前のことを、誰にも話していない。エレナにも、院長にも、なのに、あいつらは知っていた」

「だから、ここももう安全じゃない」


ヴァンは懐から鍵を取り出し、アイリに投げ渡した。

「……なんだ、これ?」

「ローランが商品を保管してる予備の倉庫だ」


「……じゃあ、どうするんだ? ボスは」

「俺は軍情局に行く。お前の記録があるか、調べる」

「弱点を、事前に潰しておく」


アイリは不服そうだが、今日の尋問で懲りたのだろう。大人しく頷いた。

「また留守番かよ? チッ。分かったよ」

「じゃあ、俺は寮に戻る。何かあったらすぐに連絡しろ」

ヴァンは立ち上がった。


「おう。気をつけてな、ボス」

アイリは手を振った。


ヴァンは扉を開けた。

二人は短く笑った。

扉が、閉まる。

 

 

寮の自室。 戻ったヴァンを待っていたのは、興奮した様子のローランだった。

「おいヴァン! これ、窓から使い魔が入ってきて置いてったぞ!」


「何だ?」

ヴァンは紙を受け取った。


「使い魔が持ってきたんだ」

「使い魔……?」


ヴァンの眉が寄る。 嫌な予感がする。またトラブルか? 封を開けると、そこには見覚えのある文字。

 

『状況変化。ビリィ救出済。現在帰還中』

 

ヴァンは目を見開いた。

何度も読み返す。


(シンカクだ……!)


文体は簡潔。無駄がない。間違いない。


だが。待て。


……おかしい。

シンカクには魔導回路がない。

使い魔を飛ばせるはずがない。

――誰かに借りたか?

いや、あいつが他人に頼るか?

胸の奥に、薄い違和感が残る。

(誰かに頼んだのか? それとも……俺の知らない『機能』があるのか?)


偽物か。罠か。

ヴァンの思考が加速する。


だが、この文面。

シンカクそのものだ。

誰かに頼んで、送らせたのか?ビリィか?


ヴァンは深く息を吐いた。

立ち上がる。

アイリに知らせないと。


だが。

彼は動きを止めた。


知らせるべきだ。

そう思った。

だが――

今日の尋問室で、

震えていた背中が脳裏に焼き付いている。

今は、休ませろ。


それに。

シンカクは『帰還中』と書いた。

つまり、まだ途中だ。もし、何かあったら。アイリは確実に——

(……やめとけ)


ヴァンは紙を懐にしまった。

今は黙っておこう。


彼はベッドに倒れ込もうとした。 泥のように眠りたい。


だが。

コンコン。

無慈悲なノックの音が、安息を打ち砕く。


「……冗談だろ」

ヴァンは呻いた。


「ヴァン・ラーク特待生。在室か」

扉の向こうから、声。

「院長からの伝言です」

「今から数日間、ご自宅に戻られるよう、とのことです」

「相談したいことがあるそうです」


ヴァンは天井を仰ぎ、深く、重く溜息をついた。休む暇が、ない。

(休む暇、か。人使いが荒いことで)


「分かった、すぐ行く」

ヴァンは重い体を起こし、荷物をまとめ直した。


「ヴァン、お前、大丈夫か? 顔色が死人のようだぞ」

ローランが、心配そうに言った。


「大丈夫だ」

ヴァンは力なく笑い、部屋を出た。


寮の外は、もう夕暮れだった。

(……飯くらい、ゆっくり食わせろよ)

ヴァンは苦笑し、歩き出した。

ヴァレリアン邸へ。

 

 

【第二十章·终】

第二十章までお読みいただき、ありがとうございます。


今回は少し呼吸を整える回――

のつもりでした。



気づけば、また新しい火種が増えています。





もし続きが気になりましたら、

ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

今後は更新時間を夜七時頃に変更させていただきます。

本日は二話更新とさせていただきました。日頃より温かいご支援をいただき、心より感謝申し上げます。いつも応援してくださり、本当にありがとうございます。


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