第十九章:茶番の取調室
第十九章です。
タイトルは「茶番」ですが、
書いている側はわりと真剣でした。
少し長めですが、最後までお付き合いください。
冷たい石壁。鉄格子の嵌まった窓。
ヴァンは硬い椅子に座っていた。
ルートヴィヒが襲撃された。
現場からは、俺の所持品。
本人の指摘。
タイミングが良すぎる。
いや、良すぎるどころじゃない。
店が軌道に乗ったと思えば、戦術で目をつけられる。
戦術で勝ったと思えば、今度は冤罪トラブルだ。
シンカクの件だって片付いていないのに。
(やれやれ……次から次へと、向こうからトラブルが全力疾走してきやがる)
ガチャリ。
重厚な扉が開く。
入ってきたのは、下っ端の治安官ではない。
肩に輝く「黄金」の徽章をつけた男――この地区を統括する治安局長だ。
「被害者本人の証言によれば」
「襲撃者は、二人」
「うち一人は、亜人の女性だったそうだ」
ヴァンの表情が固まった。
「単刀直入に聞く」
局長は席に着くなり、証拠品袋を机に叩きつけた。
ドサッと重い音が響く。
中身はヴァンの学生徽章。
灰色の獣毛。
「徽章は、あなたのものですね」
「現場に残っていたものだ。鑑定の結果、亜人の体毛と判明した」
「心当たりは?」
(……亜人?)
(アイリか?)
だが、表には出さない。
淡々と、応じる。
「俺の徽章なんて、更衣室からいくらでも盗めますよ。それに、アイリは昨夜、寮にはいなかった」
局長は、不愉快そうに口元を歪めた。
「ああ、知っているとも」
局長は身を乗り出し、声を潜める。
「しかし、あなたの亜人奴隷には、重大な嫌疑がかかっている」
「彼女は、下層区の宿屋に潜んでいるんでしたね」
「我々としても、彼女に来てもらう必要があります」
ヴァンの思考が高速で回転する。
(……知っているのか)
(アイリの居場所を)
(エレナにも、院長にも、言っていないのに)
(なぜ)
そして、もう一つ。
(俺には、後ろ盾がある)
(院長、そして恐らく……あの男も)
(だから、俺を直接どうこうすることはできない)
(だが、アイリは違う)
(亜人のしかも身元不明の護衛)
(逼供も、冤罪も、やり放題だ)
もしここでアイリが捕まれば、拷問で偽の証言をさせられる。 『ヴァンの命令でやりました』と。 そうすれば、俺は退学。院長も失脚。
ヴァンは、視線を落とした。
袋の中の毛を、じっと見つめる。
(……待て)
(この色)
先端に、わずかな白い部分がある。
まるで、染めたような。
(詰めが甘いな。アイリの毛並みは、もっと綺麗な鉄灰色だ)
確信は、ない。
だが。
(賭けるしかない)
ヴァンは、顔を上げた。
両手の指を組んだ。背もたれに深く体を預け、挑発的な笑みを浮かべる。
空気が、変わった。
治安官がわずかに身を引く。
「一つ、訂正させてください」
ヴァンの声は、静かだが、鋭い。
「奴隷ではありません」
「護衛です」
「そして」
「その毛と、アイリの毛。照合して一致しなかった場合――」
ヴァンは声を張り上げた。
「俺とヴァレリアン家、そしてアイリへの『名誉』を傷つけた落とし前、どうつけて頂けるんですか?」
局長が激昂し、机を叩く。
「き、貴様! たかが亜人の分際で、帝国治安局に謝罪だと!?」
「できませんか? 自信があるなら、なぜやらないんだ?」
「ぐ……っ!」
治安官の表情が歪んだ。
「……そ、それは」
「後ほど、詳しく調べます」
立ち上がった。
「少々、お待ちを」
そして、慌てて部屋を出た。
廊下に出た局長は、額の汗を拭った。
あの学生、ただ者ではない。
その時。 軍靴の音が、廊下に響き渡った。
カツーン、カツーン、カツーン。
重く、威圧的な足音。 局長が顔を上げると、そこには「金色の野獣」が立っていた。
第一軍団長、マルクス・ソル
はち切れんばかりの筋肉を軍服に押し込め、胸には大量の勲章。 その姿は、歩く要塞そのものだ。
「ま、マルクス閣下……!」
「何があった」
「ガハハハハ! どうした局長、顔色が悪いぞ?」
マルクスは豪快に笑い、局長の背中をバシバシと叩いた。
痛い。骨が軋むほどだ。
局長が震える声で事情を説明する。 謝罪要求の件まで話すと、マルクスの碧眼がギラリと光った。
「くだらん!」
マルクスの一喝が、廊下の空気を震わせた。
「真偽なんぞ、その亜人を引きずり出して確かめればいいだろうが!」
「で、ですが……」
「俺様が許可する。連れてこい」
言葉を切った。
「もし違っていたら? 謝罪の必要もない」
マルクスは、そのまま取調室の扉を開けた。
中にいるヴァンとマルクスと目が合った。
マルクスは、何も言わず。
隣の部屋へと消えた。
一刻ほどが過ぎた。
廊下に、複数の乱雑な足音が響く。
「離せっ! オレは何もしてねぇ! 離せよコラァ!」
聞き覚えのある、荒っぽい声。
扉が乱暴に開かれた。
両腕を屈強な治安官に掴まれ、引きずられてくるアイリ。 狼耳は警戒でピンと立ち、尻尾はバシバシと床を叩いている。
「ボ——……ヴァン!」
一瞬言い淀み、呼び方を変える。
彼女が、叫んだ。
「オレはやってねぇぞ! あの宿屋で大人しく……」
「静かにしろ」
治安官が、アイリの肩を押さえつけた。
ヴァンは、立ち上がる。
「大丈夫だ、アイリ」
彼の声は、落ち着いていた。
だが、アイリは敏感だ。
ヴァンのわずかな緊張を嗅ぎ取った。
(……やべぇ状況なのか)
彼女は、ゴクリと唾を飲んだ。
場所が、変わった。
広い会議室。
臨時に、徴用されたものらしい。
奥の席に、マルクスが座っていた。
治安官が、アイリを椅子に座らせた。
ヴァンも、隣の席に座る。
ベテラン治安官が、立ち上がった。
「では、尋問を開始します」
「昨夜、お前はどこにいた」
「下層区の宿屋だ」
アイリは、即答した。
「誰か、証人はいるか」
「……いねぇ」
アイリの声が小さくなる。
治安官が、例の「証拠の毛」をアイリの目の前に突き出した。
「見ろ。現場に落ちていた毛だ。お前の尾と酷似している」
アイリは鼻をヒクつかせ、毛を睨んだ。
「……ああん? 似てるけど、ちげぇよ」
「往生際が悪いぞ!」
治安官が机を叩く。
「色、太さ、質感。どれをとっても言い逃れはできん。貴様がやったんだろう!」
「やってねぇもんはやってねぇ! ヴァン、なんとか言えよ!」
アイリが助けを求めるようにヴァンを見る。 だが、ヴァンは沈黙を守っていた。
治安官はが勝ち誇ったように笑う、アイリを見下ろした。
「質感は、極めて近い」
「偶然とは、思えん」
アイリが、歯を剥いた。
「だから、オレじゃねぇって……」
「黙れ」
治安官が机を叩いた。
「では、こうしよう」
冷たく笑った。
「少し、痛い思いをしてもらう」
「真実は、拷問の中で明らかになる」
「待て」
ヴァンが、立ち上がった。
「高度に似ているというのは、つまり一致していないということだ」
「それで、なぜ拷問が」
「色は染色で誤魔化せても、魔力残留までは偽造できません」
「もし本当にアイリのものなら、術式解析局に回せば魔力残留パターンで即座に特定できるはず」
「うるさい」
マルクスが、初めて口を開いた。
「放置すれば、変色する」
「お前が、口裏を合わせている可能性もある」
彼はヴァンを睨んだ。
「それとも」
「彼女に、供述されたくない理由でもあるのか」
ヴァンは拳を握った。
(……クソッ)
「待てっ……!」
アイリが、暴れる。
その時。
廊下から、優雅な足音が近づいてくる。
扉が静かに開いた。
「これは、冤罪の製造ですか」
声が、響いた。
全員が振り返ると。
そこには白い手袋をした痩身の男がいた。
第二軍団長。ルキウス・ソル。
「疑わしきは罰せず、という言葉を」
微笑んでいた。
「ご存知ないのですか」
会議室が、凍りついた。
ルキウスは、ゆっくりと中に入ってきた。
そして、マルクスの反対側の席に座る。
左右に、二人の軍団長。
治安官は、完全に板挟みになった。
「し、失礼ですが」
「ルキウス閣下、なぜここに……」
「通りすがりですよ」
ルキウスは、柔らかく笑った。
「それで」
彼はヴァンを見た。
「調査は、進んでいますか」
治安官が、汗を拭った。
「そ、それが……」
「やれ」
マルクスが、低く言った。
「何を見ている」
「お前の仕事をしろ」
「は、はい!」
治安官は、再びアイリに向き直った。
だが、手が震えている。
ヴァンは、深く息を吸った。
彼はアイリを見た。
――『合わせろ』
アイリの野性的な勘が、ボスの意図を嗅ぎ取る。
(……? よく分かんねぇが、何か仕掛ける気か?)
次の瞬間。
ヴァンが、アイリの尾を掴んだ。
そして。
ブチッ。
一房の毛を、引き抜いた。
「ギャウッ!」
アイリの悲鳴が響いた。
彼女は涙目でヴァンを睨み、尻尾を抱え込んだ。
「て、てめぇ……! 痛ぇだろうが!」
「見ましたか」
ヴァンは、治安官を見た。
「引き抜けば、叫ぶ」
「しかも、周囲の住民が気づかないはずがない」
「では、聞いてください」
「ルートヴィヒ少尉は」
「尾の毛を引き抜かれる音を、聞いたんですか」
「周辺住民の証言は取りましたか?」
「それとも」
「対質させますか」
治安官の顔が青ざめた。
「そ、それは……」
ルキウスが、笑った。
「なるほど」
「合理的ですね」
マルクスが舌打ちし、強引に話題を変えた。
「屁理屈を! ならば別の容疑で逮捕するまでだ!」
「貴様、ノストラ出身の亜人を無断で雇用していたな?」
「敵国の民を、軍関係者がのうのうと連れ歩く……これは『通敵行為』の疑いがある!」
ヴァンの表情が凍りついた。
(……なるほど)
(どう転んでも、罪をかぶせる気か)
静かに言った。
「つまり」
「今日のこの茶番は」
「最初から、結論ありきだったんですね」
マルクスは、無言で立ち上がった。
ルキウスは、微笑んだまま。
アイリは、呆然としている。
治安官は、汗だくだ。
ヴァンは、深く溜息をついた。そして、呆れたように肩をすくめる。
(アイリから聞き出したノストラの拠点情報――今、使う時だ)
「通敵、とおっしゃいましたね」
ヴァンは、ゆっくりと瞬きをした。
次に目を開いた時、
そこにあったのは、温度のない視線だった。
ヴァンは、わざとらしく肩をすくめた。
「……本当は、口外禁止なんですがね」
「軍情局の秘匿作戦です」
空気が、凍る。
「彼女を泳がせて、ノストラ側の窓口と接触させる。そこを押さえる算段でした」
ヴァンは、冷ややかに続ける。
「あと一歩で、向こうの拠点に辿り着くところだった」
「それを、第一軍団長閣下自ら潰してくださった」
わずかに、笑う。
「……報告書には、“作戦妨害”の経緯も正確に記すべきでしょうね」
「き、貴様ァ……!」
「口から出まかせを! ぶっ殺してやるッ!!」
マルクスが激昂し、拳を振り上げたその時。
ドオォォォォン!!
扉が、物理的に「爆砕」された。
粉塵が舞う中、重厚な足音が響く。
現れたのは、漆黒の魔導重鎧に身を包んだ巨漢。 その顔には感情がなく、ただ鉄塔のようにそこに立っていた。
大元帥近衛統領――ガイウス・アウレリアン。
「が、ガイウス……!」
マルクスが振り上げた拳を止める。 あの傲慢な男が、明らかに怯んでいた。
ガイウスは、無表情で室内を見渡した。
「大元帥閣下の勅命だ。この案件は、これより軍情局が引き継ぐ」
彼はマルクスとルキウスを見た。
「二人とも、お引き取り願おう」
そして。
ヴァンも、表情を失っていた。
(……何だ、これは)
(第一軍団長に、第二軍団長)
(そして、軍情局)
(今度は、あの男まで出てきたのか……?)
(俺は、一体何に巻き込まれている)
マルクスはドカドカと足音を立てて部屋を出て行こうとする。
その背中に、ヴァンが声をかけた。
「あ、そうだ閣下」
「ああん!?」
「例のノストラの研究所ですが……バックに帝国の高官がついているという噂がありましてね」
ヴァンの目が、細められる。
マルクスの肩が跳ねた。 彼は振り返り、殺意の籠もった目でヴァンを睨みつける。
その後ろで。 騒ぎを聞きつけて来ていた第二軍団長、ルキウス・ソルが、 壁に寄りかかりながら、ヴァンに向けて親指を立てていた。
その顔は、「よくやった」と笑っているが、目は全く笑っていなかった。
ヴァンは小さく溜息をつき、アイリの拘束を解いた。
嵐は過ぎ去った。 だが、本当の戦いはこれからだと、ヴァンは予感していた。
【第十九章・終】
第十九章までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、完全に言葉と立場の戦いでした。
ヴァンもアイリも、なかなか大変な目に遭っていますが、
物語はいよいよ核心に近づいてきました。
もし続きが気になりましたら、
ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。
日曜二話更新でした。
良い週末を。




