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第百章:喧騒の後で

この回は、ようやく“戦争”ではなく“青春”っぽい空気を書けた気がします。

胴上げしたり、酒の約束したり、勝手に戦術評論家になったり。


戦いそのものも大事ですが、個人的には「勝った後の空気」もかなり好きです。

特に今回は、新兵たちが人生で初めて「自分たちでも勝てるんだ」と実感した瞬間でもあります。

演習場の混乱が、ようやく収まったのは、つい先刻のことだ。

軍団長の号令一下、殴り合っていた『死体』どもは強制退場させられ。


野営地に近づくと、ざわめきが聞こえてきた。

遠くからでもわかる、熱のこもった賑やかな声。


「やっぱり防御こそが最も効率的な戦い方なんだよ」

「違う違う、防御はあくまで起点だろ。反撃に移る瞬間が肝心なんだ」

「馬鹿、殲滅ってのはつまり主力を潰すことだろ、そこさえ押さえれば――」

「お前ら全員わかってない。あの泥濘が全部の基盤だったんだって」


新兵たちが車座になって、興奮冷めやらぬ様子で語り合っている。

軽傷の者たちは陣地の隅で、衛生兵の治癒魔法を受けながら、それでも身振りを交えて議論に熱中していた。


声は明るい。

極限の疲労困憊のはずなのに、その顔に暗い影は一切なかった。


ヴァンが野営地の入り口に姿を現した。

誰かが振り返る。


「あ」


一瞬の静寂。

次の瞬間、爆発したような歓声と共に、無数の手がヴァンへと伸びてきた。


「うおおおおお――ッ!!」

「ヴァン閣下が戻られたぞォォォ!!」

「おいっ、持ち上げろ! 胴上げだ!!」

「ちょ、お前ら――」


ドンッ。

ヴァンの体が宙に浮いた。


上に。下に。また上に。

放り投げられ、無数の腕に受け止められ、また夜空へ放り投げられる。


「やめ――落とすな、おい、落とすなよお前ら――!」


ヴァンの抗議など、誰の耳にも届いていない。

ただただ、弾けるような笑い声だけが野営地に満ちていた。


しばらくそれが続いた後、ヴァンは抵抗を諦めた。

空を見上げながら、無重力の放物線を何度も描く。


(……これが、勝利の後の光景か)


ヴァンが知る血生臭い「戦場」の記憶とはかけ離れた、やけに陽気で、馬鹿馬鹿しい光景。

まるで学生のスポーツ競技で優勝したかのような、熱狂と祝祭。

それでもまあ、悪くはない。


ようやく地面に下ろされ、乱れた軍服の襟を正したヴァンは、咳払いを一つして口を開いた。


「……騒ぐのはいいが、正式な結果はまだ出ていないぞ」

「でも実質、俺たちの完全勝利でしょ!」

「あの状況で負け判定なんてありえねえって!」

「たとえ審判組が引き分け判定にしたって、第一軍団の先輩方に一泡吹かせたんだ、最高だぜ!」


ヴァンは少しだけ眉をひそめた。


「それは違う」

「え?」

「勝ったなら、勝ちは俺たちのもんだ」


周囲が静まり返る。


「おかしいと思うなら、おかしいと上に言え。腑に落ちないなら、納得するまで――」


「――失礼いたします」


冷ややかな声が、野営地の熱気を切り裂いた。

振り返ると、野営地の外に軍服を着た男が二人、影のように立っていた。

帝国の正規軍とは違う、黒塗りの徽章。

軍情局のスパイだ。


「ヴァン・ラーク特別監察官殿」


「我が局の局長より、至急のお召しがございます。ご同行をお願いできますか」


ヴィヴィアンからの呼び出しだった。


新兵たちの間に、ピリッとした緊張が走る。


「……召致?」


「もしかして、あの戦術が軍規違反だって言いがかりをつけられてるのか?」


誰かが前に出た。あの大隊長の一人だった。


「待ってください!」


彼は軍情局の男たちを睨みつけた。


「今回の演習において、我々に規則違反は一切なかったはずです! もしその件での査問なら、我々も同行して証言します!」


他の新兵たちも次々と立ち上がり、ヴァンを庇うように壁を作る。


「そうだ!」

「俺たちも一緒に行く!」

「閣下一人に責任を押し付けるなんておかしい!」


ヴァンはそっと手を上げた。

ただそれだけの動作で、怒れる新兵たちの声がピタリと収まった。


男の一人がヴァンに歩み寄り、周囲に聞こえない小声で囁いた。


「局長が既に手を回しております」


「後続の演習に、閣下のご参加は予定されておりません。

そのため、このタイミングでお呼びするようにと」


ヴァンは短く頷いた。それから振り返り、新兵たちを見た。


「問題ない」

「……でも、閣下」

「大丈夫だ。査問じゃない」

「審判組の連中には通知が行っているか? 俺が抜けた後で、脱走扱いで手配されるのは御免だからな」

「既に連絡済みでございます」

「そうか」


ヴァンは振り返り、黒服の男たちに言った。


「少し待て」


男たちは無言で頷き、一歩下がる。

ヴァンは新兵たちの前に進み出ると、代表して前に出ていた五人の大隊長を見た。


「お前たち。所属はどこだ?」

「はっ! 第四兵学校です!」

「西方辺境守備隊、第三大隊です!」


エリート将校が通う軍事学院ではない。兵卒を育てる訓練校と、地方のしがない駐屯部隊だ。

ヴァンは一つ一つ聞きながら、しっかりと頷いた。


「暇ができたら、茶でも飲みに行く」


「辺境へ視察に行くことがあれば、寄ろう」


五人の大隊長の顔が、パッと明るくなった。


「よ、喜んで!!」


最後に、ヴァンは一人の男の首根っこを掴んで引っ張り出した。

演習中、ずっとヴァンの傍で声を張り上げ続けていた、あの声のデカい伝令兵だった。


「お前だ」

「えっ、自分ですか!?」

「俺の言葉を復唱しろ。腹から声を出せ」


伝令兵は一瞬だけきょとんとしたが、すぐに意図を察して、腹に力いっぱい空気を溜め込んだ。


「――今回は!! 慰労の宴が間に合わなかった!!」


ヴァンが小声で伝え、伝令兵がそれを野営地中に響き渡る大音量で拡声する。


「――時間ができたら! 必ずお前たちの部隊と学校に出向いて! しっかりと礼をする!!」


「――以上だァァァ!!」


野営地が、今日一番の熱狂で沸き返った。


「うおおおおおおおッ!!」

「絶対来てくださいよ!!」

「とびっきりの酒用意して待ってるからな!!」

「閣下、忘れんなよー!!!」


兵士たちの歓声を背に受けながら、ヴァンは踵を返した。

軍情局の二人の後ろにつき、歩き出す。

喧騒が、少しずつ遠ざかっていく。

歓声に混じって、自分の名前を叫ぶ野太い声が、まだ聞こえていた。


野営地が完全に見えなくなったあたりで。

ヴァンは、前を歩く二人の黒い背中へ向かって淡々と口を開いた。


「それで?」


「こんなに急いで呼びつけるなんて、何の用だ」


男たちは歩みを一切緩めないまま、機械的に答えた。


「道中にご説明いたします」


「……手間をかけさせるな」


ヴァンは面倒くさそうに頭を掻き、小さくため息をついた。




【第百章・終】

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