第4章【第6話:鏡の向こうから呼ぶ声】
第6話:鏡の向こうから呼ぶ声
ガラスを叩く小さな手──白く透けるような肌。
指先は爪が剥がれかけ、血の跡が乾いて黒ずんでいる。
「……助けて……」
幼い声が、鏡越しに震えた。
しおりの瞳が、恐怖と後悔で揺れる。
「やめて……やめて……来ないで……!」
後ずさる彼女の肩を、ナオが掴む。
「しおり、知ってるのか……この子を」
しおりは唇を噛み、震える声を絞り出す。
「……あの火事の日……私、この子を見捨てた……」
その瞬間、鏡の向こうで別の影が動いた。
──白いワンピースの女。
首をかしげながら、まるで水の中を歩くようにゆっくり近づいてくる。
鏡の表面が水面のように揺らぎ、冷たい空気が流れ込んできた。
足元の灰が舞い上がり、耳の奥で“あの青年”の声が響く。
『……返せ……』
「返す? 何を──」
ナオの問いを遮るように、鏡の奥の景色が変わった。
そこには、火事の中で立ち尽くす幼い少女と、必死に手を伸ばす白いワンピースの女。
──だが、女の腕は異様に長く伸び、指先は鋭く尖っていた。
「……この女……助けようとしてたんじゃない……連れて行こうとしてた……」
ナオの声に、しおりがかぶせる。
「違う!あの子は……私が助けられなかったから……」
鏡が大きくひび割れた。
次の瞬間、ガラスの破片のような光が宙を舞い、二人の周囲に降り注ぐ。
破片一枚一枚に、別々の記憶が映っていた。
──地下施設で泣く子どもたち。
──観覧車の設計図に書き込まれた赤い印。
──実験記録に刻まれた「被験者NO.0017ーYOUTAー」
白衣を着た少年。
ナオは息を呑む。
それは……あのカメラマンの青年だ。
『……返せ……妹を……』
青年の声がはっきりと響いた瞬間、鏡の奥の女が、異様な速さでこちらに顔を近づけてきた。
焦点の合わない空洞の目。血の匂い。
「ナオ! 逃げ──」
しおりの叫びと同時に、全ての鏡が一斉に割れ、真っ暗な空間が二人を包み込んだ。




